裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

298話



ローウィンスから朝食時に聞かされたんだが、昨日の今日でヤイザウ侯爵の公開処刑が行われるらしい。その話を聞いていたサーシャが朝食後に嬉々として見に行くと宣言して、仙狐とノーブルインキュバスを連れて出かけていった。

朝食後によくそんなもんを見に行こうと思えるよな…。

昨日までに上がっていた分の証拠だけでは頑張っても禁固刑が限界だったらしいが、取り調べを始めたら勝手にバレてない罪を話し出すわ、王都で起こった事件の確認をしたら自分がやったといい張るわで、まるで早く殺してくれとでもいわん気迫だったらしい。いや、実際に早く処刑してくれっていってたらしいな。

アリアから聞いたんだが、昨日アリアが使った魔法は『副音声』とかいうスキルを使って複数を同時発動した複合魔法だとか。
イーラと違って今はまだ魔法名まで省略が出来ないから、頑張って代わりとなるスキルを取得したとかいっていたが、頑張ってどうにかなるもんだとは思えないけどな。いや、アリアができてんだから、努力次第なんだとは思うが、それほどの努力ができるやつがどれだけいるんだか…。

そのアリアがヤイザウ侯爵にかけた魔法は気絶出来ないように精神を強くしつつ、アリアが今まで負った傷の痛みを全て写したらしい。その痛みを永続的に続くようにするための魔法陣の転写までしたらしいから、やっぱりそうとう恨んでたんだろうな。

あれだけの古傷が残るほどの痛みを一度に受ければ死にたくもなるだろう。

そういや仙狐とノーブルインキュバスの身分証はまだ作ってやってねぇどころか名前すらまだない状態なのになんで町に出入りできてんだ?
長いことラフィリアに住んでたみたいだし、既に身分証を作ってるのかもな。




学校も終わってるし、その後の後処理も終わったみたいだからと朝食後に部屋でダラダラと過ごしていたら、アリアに呼び出された。

イーラと遠出する約束しちまってるけど、1日くらいはいいかと思ったんだが、ずいぶんと珍しい客が邪魔しにきたせいで起きることとなった。

どうやらマルチが来たらしい。

あいつは二度と会うことがないようなことをいっていた気がするんだが、普通に来やがったな。

まぁ、あいつは嫌いじゃないから一度くらいなら休みを邪魔されてもいいかと思いながら、待合室へと向かった。



待合室の扉を開けると、中ではアリアとローウィンスが相手をしていたみたいだ。ただ…誰だこいつ?

「リキさん、お久しぶりッス〜。約束のダンジョンコアを持ってきたッスよ!」

「誰だよお前。見たことある気はするが…思い出せねぇ。」

「酷くないッスか!?ついこの前一緒にダンジョン攻略したばかりじゃないッスか!」

「…リキ様、ドルテニアでお会いした『道化師連合』のマルチさんです。」

俺がこいつが誰だったかを思い出そうとしていたら、アリアが補足してきた。

念のためアリアのステータスを確認するが、状態異常にはなってない。

たしかに声はマルチに似ている気がする。
別れ際に、もうマルチではいられないようなことをいっていたし、変装している可能性も否定は出来ないだろう。だが、俺の知ってるマルチは少なくとも女だった。骨格まで変えるスキルでもあるのか?

「俺の知ってるマルチは女だったと思うんだが、骨格まで変えるスキルなんて持ってるのか?」

俺の質問に男は一瞬目を大きく開き、すぐに薄ら寒い笑みを浮かべた。

アリアとローウィンスが驚いて男に振り向いて警戒したようだな。

あぁ、この顔思い出した。

「お前はスランダなんちゃら…辺境伯だな。マルチのフリして村に来るってのは喧嘩を売りにきたってことか?」

「…スランダ・カフ・ミルラーダ様?」

「私も全く気づきませんでしたが、ミルラーダ様なのですか?」

誰かがわかった瞬間、2人は警戒を解いたようだが、辺境伯は敵じゃないってことか?

俺が疑問に思ったところで男は立ち上がり、お辞儀をした。

男が顔を上げたタイミングでアリアとローウィンスがまた驚いたっぽいから、幻覚か何かで誤魔化していたのを解いたんだろうな。
俺は観察眼のおかげで幻覚が見えてなかったってわけか。

「これは大変失礼いたしました。警戒しないでいただくためにマルチでお会いしたのですが、余計に警戒させてしまいましたね。まさかそれほどまでに良い眼をお持ちだとは思っていなかったもので、見誤りました。騙す結果となり、申し訳ありません。お詫びに後ほど情報の提供をいたしますので、お許し願いたい。」

「ずいぶん殊勝だな。なんの情報だ?」

「黒龍の素材についてなどはいかがでしょうか?」

俺らがマルチに聞いたことはこいつに筒抜けになってるっぽいな。ってことはこいつはマルチの上司とかなんだろう。

「悪くはねぇな。というか、初めて会った時と口調が全く違う気がするが、気のせいか?」

「あの時は偽りの見た目と胡散臭い口調に本名を混ぜ、あなたの真実を見極める能力を測ったつもりだったのですが、恥ずかしながら無意味なことをしていたと気づかされたので、普段の表向きの私で対応させてもらっています。」

さっきの薄ら寒い笑顔とは違う、爽やかな笑顔を向けてきやがった。
とうに40歳は超えてるだろうに爽やかに見えるのが不思議だ。

「表ってのが辺境伯の顔ってことか。じゃあ裏は『道化師』か?」

俺の当てずっぽうに対して、辺境伯が笑みを深めて右手の甲に魔力を集め、ピエロのようなマークを浮かべた。

どうやら当たったみたいだな。

まぁ、マルチのことを把握しているなら『道化師連合』の一員なのは確定として、マルチのフリをするくらいだからマルチよりは上の立場だろうし、辺境伯なんて地位があるならリーダーの可能性もあるかもねってくらいの軽い気持ちで聞いただけなんだが、あっさりと表情で答えてくれたな。
もしかしたらここに来た時点で隠すつもりがなかったのかもな。

このやり取りを聞いたアリアがわずかに驚いて辺境伯に顔を向け、ローウィンスは微笑んだだけだった。つまりローウィンスは辺境伯が『道化師』だってのは知ってたんだな。

「頭脳はアリアくんが担当していると聞いていましたが、なるほど、やはりトップはあなたなのですね。そのうえで部下に全てを任せて周りの反応を探ると…恐ろしい方だ。」

「何いってんだ?」

「いえ、失礼したね。まずは名乗るべきだったよ。私はスランダ・カフ・ミルラーダ。辺境伯として海に接する土地を治めている。そして、『道化師連合』のリーダーをさせてもらっているよ。どうせバレているのだから、口調は崩させてもらうが構わないかい?」

確認しながら既に崩してんじゃねぇか。べつに問題はないんだが。
それより、微妙に会話が噛み合ってない気がするんだが…まぁいいか。
べつにそもそもウチらはなにかをする気もねぇし、頭脳担当とかわけてないんだから、わざわざ訂正する必要もねぇしな。

「口調はどうでもいい。それより、喧嘩を売りに来たわけじゃねぇなら何しに来たんだ?」

「もちろん君に喧嘩など売らないよ。私が足を運んだ理由は君をもう一度直接見たかったからというのもあるけど、約束のダンジョンコアを渡しに来たのとお願いをしに来たのが主な理由だね。」

辺境伯はいつのまにか取り出していた丸くて黒いボーリング玉のような物をテーブルの上の固定用の板の上に置いた。あの固定用の板もさっきまでなかった気がするんだが、まぁいい。

「これがダンジョンコアか?」

「そうだよ。君のところには魔族もいるから、まだ浄化も何もしていないダンジョンコアだね。魔族の強化に使うのならそのままの方がいいけど、強力な魔法を使うために魔力を蓄積させるつもりなら、浄化をした方がいいと思うよ。」

玉から靄のように黒いのが漂ってるのは邪龍の時と似てるから瘴気とかいうやつか?
まぁ強化とか魔力タンクとかいわれても、そもそも使い方を知らないんだがな。
いい金になるって話を聞いたから、せっかくだからもらっておこうと思っただけだし。

「たしかに受け取った。アリア使うか?」

「…いいのですか?」

なんとなく聞いただけなんだが、なんかやりたいことがあるっぽいな。
今は金に困ってるわけでもねぇし、俺はこれの使い方がわからねぇんだから、アリアにあげた方が有効活用してくれそうだな。

「あぁ。好きに使っていいぞ。」

「…ありがとうございます。ソフィアさんといろいろ試してみたいと思います。」

アリアがアイテムボックスにダンジョンコアをしまうのを確認してから、辺境伯へと視線を戻した。

「そんじゃ、黒龍の素材とやらの話を聞こうか。パチだったりマルチから聞いた程度の情報だったら、さっきの喧嘩を買うからな。」

「私もずいぶん甘く見られてしまっているみたいだね。でも、君とは敵対するつもりはないから、安心していいよ。」

ニヤリと笑う辺境伯の感情は全く読めないが、嘘ではなさそうだな。

ふと気づいたんだが、こいつと初めて会ったときは敵わない相手という印象だったのに今はなんにも感じないという違和感。
敵対せずに助かったのは案外俺の方かもしれねぇな。

「それでは黒龍の素材についての話をしようか。正確には黒龍の素材を使われた防具なのだけど、分解や再加工すればいいだけだから、君にはドワーフの仲間もいるのだし、問題はないはずだよ。」

「防具に使われてる分だけだとたいした量は手に入らないってことか?」

「正確なところは確認できなかったけど、駒が遠目で見た限りはメインに黒龍の鱗を使って作られた全身鎧だろうとのことだよ。だから、君の武器用に黒龍のガントレットを作っても余るくらいは確保できるはずだね。」

そもそも黒龍の鱗の全身鎧ならガントレットが既に含まれてんだろうから、余らなきゃおかしいわな。
もともと壊れたときのために確保したい素材ってだけだったから、加工済みのものを分解したとしても量としては十分か。

「話を遮って悪い。続けてくれ。」

「聞きたいことはいくらでも聞いてくれてかまわないよ。それで、どこで手に入るかについてだけど、約一月後にパワンセルフ王国の王都キョーシンで行われるオークションに出品されることになったみたいだね。オークションだからお金はかかってしまうけど、それについてはルールの中で競り勝ってくれとしかいえないかな。まぁ、キョーシンまではイグ車で20日もあれば行けるだろうし、お金についても君たちなら問題ないと思うけどさ。」

イグ車で20日といわれてもどの程度の距離かがいまいちわからん。
クローノストから帰ってくるのにイグ車で4日だった気がするから、その5倍か?…遠いな。

イーラで行けばどのくらいかと思いながらアリアを見たら、アリアは考える仕草を取った。
今ので伝わったのか?

「…丸2日あれば大丈夫だと思います。」

知ってたけど、イーラは凄えな。いや、今ので伝わるアリアも凄えけど。
まぁ空ならまっすぐ進めるから早いってのもあるだろうな。

「もう準備の話をしているということは行く気になってくれたのかい。私の話を信じてくれたことは嬉しいよ。その2日でいくら用意するつもりかはわからないけど、一応目安を伝えておくと、金貨500枚から始める予定だそうだよ。そして、私の予想では1000枚は超えると思ってる。そこまでわかっていての2日だとしたら、余計な口を挟んでしまって申し訳ないね。参考程度に聞いてもらえたら嬉しいよ。」

いきなり何をいい始めたのかと思ったら、どうやらアリアがいった2日を準備のための時間だと思ったっぽいな。
というか、準備とかいるのか?

ジャンヌとの約束があるから今から向かうとかはさすがに出来ねぇが、準備期間とかはなんも考えてなかったな。
でも、普通に考えたら仕事の引き継ぎやらで数日は欲しいよな。ってことはさっきの2日は実はそういう意味か?

そんなことを考えていたせいで一瞬聞き逃しそうになったが、金貨500枚から!?
普通にそんな金ねぇから。いや、500枚ならあるが、1000枚超えたらさすがに手が出ねぇだろ…。アリアにあげたダンジョンコアを今さら売るなんていえねぇしな。

「俺らがそこに行くかはわからないが、情報はありがたくもらっておく。用はそれだけか?」

「いやいや、最初にもいったように実はお願いがあるのだよ。もちろん、黒龍の素材についてはお詫びだから別ものと考えてくれてかまわないし、聞いた後に断ってくれてもかまわない。それに、受けてくれた場合はまた別の情報を提供しようと思っているよ。聞いてくれるだろうか?」

「聞いてから断っていいなら、ついでだから聞いておくが、なんだ?」

「ありがとう。君にお願いしたいのは魔族の討伐だね。キョーシンまでの通り道にいるのをちゃちゃっと倒してくれればいいだけだよ。」

凄く簡単なことのようにいっているが、だとしたら俺にわざわざ頼む意味がわからない。

「ちゃちゃっと倒せるなら自分で倒すなり部下に倒させるなりすればいいんじゃねぇか?」

「相性の問題があるみたいでね、もちろん近場の駒を動かしはしたんだけど、相手が魔族だということを伝えてきて以降、連絡が取れなくなってしまったんだよね。メデューサだといっていたから、状態異常の耐性が足りずに石にされてしまったのだろう。もちろん駒には状態異常耐性の加護付きのアクセサリーは持たせていたんだけど、それでも石にされてしまったなら、これから近場の駒をいくら送っても結果は同じだろうね。でも、男でありながらサキュバスクイーンの魅了に耐えられるほどの状態異常耐性を持っている君なら、簡単な仕事だと思うよ。もちろん君の強さも考慮に入れたうえでの簡単であって、誰でも倒せるわけではないけど。」

「俺で倒せるならあんたでも楽に倒せるんじゃないのか?」

俺の質問に男は口角を上げた。

「さっきは甘く見られていると思ったけど、実力差は理解できているみたいだね。それでも態度を変えないというのは大物なのかもしれないね。少なくとも命知らずではないことを願うよ。君の質問についてだけど、私なら倒せるだろうね。ただ、時間の問題で私は行けないのだよ。」

「時間の問題?」

「そう。私が取れる移動手段では急いでも10日はかかってしまう。こんな私でも辺境伯だからね。魔物が活発になっている大災害の時期に往復で20日間も領を離れるわけにはいかないのだよ。それに君たちなら準備に2日かけたとしても、ヴェルデナーガくんがいるからドルテニアの隣国までなら合わせて5日もあれば行けるだろう?それだけ早く解決してもらえれば、攫われた子どもたちが生存している可能性も出てくるからね。もちろんイグ車でゆっくり向かってもらってもかまわないけど。今回のは今のところ大災害とは関係ない被害のようだからさ。」

魔族に攫われたならとっくに食われてんじゃねぇの?5日早かろうが変わらないと思うけどな。

大災害についてはイマイチよくわかってねぇし、下手に聞いて巻き込まれたくないからスルーするが、こいつが俺らのことを知ってることは気になるな。
だが、ヴェルに乗ってると勘違いしてるってことはヴェルが龍族であることと俺らが龍に乗って移動してることをどこからか情報を得て、こいつが勝手に予想しただけだろう。
それなら警戒するほどのことでもねぇのか。そもそもべつに隠す必要があるわけでもねぇし。
それにドルテニアを基準にしたってことはマルチ経由で得た情報とかだろうから、俺が覚えてないだけで自分からマルチに話しただけな可能性もあるしな。

「その依頼の達成条件は魔族を討伐なのか?それともその子どもの救出なのか?」

「私が受けたのは国からの討伐依頼であって、貴族の娘の救出依頼は断ったよ。だから、最悪死んでいてもかまわない。救出出来れば報酬が上がるうえに恩が売れるというだけだね。だから最終手段としてはメデューサの住処ごと吹き飛ばしてくれてもかまわないよ。出来れば生存者の確認をしてくれたら嬉しいけど。」

「それに対する報酬の情報とやらは俺らが欲しがるようなものなのか?」

「魔王の居場所だよ。もちろんクルムナを襲った悪魔王のことではなく、君たちなら倒せるだろう強さの魔王のね。」

…ん?
べつに魔王の居場所とかどうでもいいんだが…。

というか、なんで魔族の討伐をやらされた後に魔王の討伐までやらせようとしてんだ?そんなの報酬でもなんでもねぇじゃん。

「…ヒトミが欲しがっている情報です。ですが、リキ様が面倒なことをしてまで得る必要はないと思います。」

「ヒトミが魔王の居場所を知りたがってるのか?」

復讐相手かなにかか?
そういや前にマルチにそんな質問をしていたな。

「…はい。ヒトミも魔王になりたいようです。ただ、まだなりたい種族になれるほど経験値が貯まってはいないようなので、急ぐ必要はないと思います。」

魔王を倒すと魔王になれるのか?
そういやそんな説明をアリアにしてもらった気がするな。

そう考えるとたしかにサーシャはサキュバスの魔王を倒した直後に魔王になってたが、イーラは邪龍のときだよな?
でもその前にゴブリンキングを一緒に倒してるし、魔王を倒してからあとあと経験値を貯めても大丈夫ってことか?

「べつに先に魔王を倒しても進化しないで、経験値を貯めてから進化とかもできんだろ?」

「…それはできると思いますが、時間をもらえるなら、わたしが魔王の居場所を調べます。だから、報酬としては釣り合わないのではないかと思います。」

もしかしてアリアはもっと違う報酬が欲しいってことか?
アリアがマルチに聞いてた情報ってなんだったっけか?…………あぁ、『御霊降ろし』のスキル持ちの居場所だったな。

「アリアの気持ちは嬉しいが、存在することを教えてもらってから調べるのはちょっとズルいだろ。しかもおおまかな場所までいわれてんだからさ。それにヒトミも今回痛い思いしながら頑張ってくれたからな。こんくらいの褒美はあってもいいだろ。だが、アリアも頑張ってたからな。アリアが欲する情報は別払いでも聞いてやるよ。」

「…わたしが欲しい情報ですか?」

アリアが首を傾げたが、俺の勘違いだったか?
…まぁいい。昨日は『御霊降ろし』所持者を殺しちまったことを悔しがってたから、あって困る情報ではないだろ。

「ということで、とりあえず依頼を受ける受けないは別として聞きたいんだが、『御霊降ろし』のスキルを持つやつを知らねぇか?」

「残念ながら、昨日死んでしまった元勇者パーティーの彼以外は知らないのだよ。情報が入り次第持ってくるよ。」

「そうか。マルチが知らないだけでリーダーなら知ってるかと思ったが、知らないものは仕方ねぇな。」

「そういえば君はあれと仲良くしていたのだったね。本当なら個人を特定された駒は処分、もしくは二度と同じ相手に会うことがないようにするのだけど、君が望むなら報酬をあれの居場所に変えてもいいよ。」

こいつにとっては部下は仲間じゃないのか?というか、部下という認識すらないのか。さっきから駒とかあれとかいってるしな。
それにしてもバレたら処分とかなかなか厳しい組織みたいだし、マルチは左遷ですんでるだけマシなのか。

べつにマルチは嫌いじゃなかったが、ヒトミの褒美をなしにしてまで会いたいわけじゃねぇからな。

「いや、魔王の居場所の情報と交換でメデューサとやらの討伐を受けようと思う。」

俺の言葉を聞いた辺境伯がニコリと笑った。

「受けてもらえて嬉しいよ。それではオークションの紹介状と、メデューサの居場所と魔王であるオーガキングの居場所を記した紙を渡しておくから、よろしく頼むよ。」

いつのまにか2つの封筒を持っていた辺境伯がそれらを俺に差し出してきた。
俺は受け取った封筒をそのままアリアに渡した。

俺は文字は読めるようになったが、地理とか詳しくないからな。アリアに任せた方が間違いないだろ。
アリアもなんの抵抗もなさそうに受け取ったから問題ないはずだ。

「これで私の用件は全て終了したのだけど、君たちから聞きたいことはあるかい?」

「俺は特に思いつかねぇが…アリアはなんかあるか?」

「………………ありません。」

今の間はなんだ?
聞きたいことがあるけど遠慮してるとかか?

「まぁ、聞きたいことがあればいつでも聞いてくれてかまわないよ。ローウィンスくんを通してくれればいつでも連絡を取れるからね。もちろん対価はもらうけど。」

ローウィンスくん?

「ミルラーダ様は辺境伯という爵位を与えられていますが、『道化師』としては父と対等な関係を築いていますので、今の彼からしたら私は友人の娘なのですよ。だからあまり気にしないでください。」

俺が不思議に思っていたら、ローウィンスが説明してきた。
ローウィンスの父って王様だよな?自国の王様と対等ってなかなかにヤバイやつじゃねぇか。

「ローウィンスくんはここではずいぶん砕けた口調で話すのだね。新鮮で面白い。」

「リキ様と距離を置きたくはありませんので。」

ニコリと微笑んだローウィンスの顔が「これ以上余計なことを喋るな。」といっているように見えた。

「ずいぶん仲良いんだな。」

「いえ、そんなことはありません。私自身、ミルラーダ様が父と対等な関係を築いていると知ったのは最近なので、距離を測りかねているところです。」

「おじさんと呼んでくれてもかまわないよ。」

「けっこうです。お気持ちだけいただいておきます。」

「ハハハッ。これ以上は嫌われてしまいそうだから、私はここで失礼するとするよ。…君の眼はどこまで見えるのかな?」

ニコリと笑った辺境伯と目が合ったところで、視界が歪んだ気がした。
いや、歪んだわけではないんだが、なんか違和感があったというか…べつに男が普通に立ち上がって出口に向かおうと歩き出しただけなのになにかがおかしい気がした。

ふと風が頰に当たったことで窓に目を向けたら、いつのまにか窓が開いていた。
いや、最初から開いてたような気もするな。

待合室には俺とアリアとローウィンス。
…なんでこのメンツでわざわざ待合室で話し合いなんてしてるんだ?べつに秘密の話ってわけでもねぇんだから、朝食後に食堂で話せば良かったのにな。

まぁ話が終わったあとにそんなことに気づいても意味ねぇんだけどな。

視線を正面に向けたところで俺の対面の空席のところに「またね。」と書かれた紙が置いてあった。

ん?

いや、マジか…。

「辺境伯はいつ帰った?」

俺がどちらともなく確認すると、2人がハッとして辺境伯が座っていた場所を見た。

そういや辺境伯は普通に立ち上がって出口に向かってたな。そこまでは見てたことを思い出せた。
だが、ふと目を窓の方に逸らした時点で辺境伯のことを完全に意識から除外してた。

辺境伯は詠唱どころか魔法名すらいってなかったはずだ。にもかかわらず目の前にいやがったのに意識を外させるとか、もしスキルでやってんなら敵対したときに殺されんのは俺の方だろうな。殺し合いにすらならずに殺されかねねぇ。
こんなヤバイやつが近くにいたのかよ。

俺の実力がSランク程度だって話を聞いて、だとしたら強さの基準がやけに低いのによく大災害を乗り越えてこれたなって思ってたが、冒険者以外でも化け物がいやがるわけか。

「ミルラーダ様が人に自身の力を見せつけるなんて珍しいですね。いつもは実力を隠して、お願いしても手品程度しか見せてはくれないのですが、リキ様にかっこいいところを見せたかったのかもしれませんね。」

なぜかローウィンスがクスクスと笑っていた。

俺にわざわざスキルを披露してもいいことなんかなんもねぇと思うけどな。

「まぁいいや。とりあえずヤバイやつが案外近くにいたって知れただけでも俺たちにとってはメリットだしな。そんじゃ、さっさとメデューサとやらを討伐してオークションをやる国に向かおうと思うんだが、準備にどんくらいかかる?とりあえずアリアとイーラとセリナとヒトミは連れていきたいと思ってるから、仕事の引き継ぎとかにかかるだいたいの時間を教えてくれ。」

「…今からでも出発できます。」

「そ、そうか。」

返答があまりにも予想外だったから、若干言葉に詰まっちまった。

「…他の方は連れていかないのですか?」

「べつに連れていくのはかまわないが、気ままなぶらり旅をしながらの魔物狩りでもしようかなってだけだから、強制で連れてく気はねぇよ。来たいやつは来ればいい。」

「…では一応声をかけておきます。」

「あぁ、そんじゃ、俺の用事が終わったら声をかけるから、いつでも出かけられるように調整しといてくれ。」

「…はい。」

「リキ様がまた出かけてしまうと寂しくなりますね。」

悲しそうな顔でローウィンスが見てくるが、いくら顔の整ったやつがそんな顔をしてこようとも意見を変えるつもりはない。

「悪いな。今回は1ヶ月以上帰ってこねぇかもしれねぇから、村のことはよろしく頼む。」

「お任せください。ですが、出来るだけ早く帰ってきていただけると嬉しいです。」

「なんかあれば帰ってくるから、連絡くれ。んじゃ、俺は部屋に戻るな。」

2人に別れを告げて待合室を出た。

辺境伯の依頼に向かうためにも、さっさとジャンヌとの約束を終わらせなきゃな。

コメント

  • 葉月二三

    自作品を好んでもらえてめちゃくちゃ嬉しいです٩( 'ω' )و
    今はこことなろうとカクヨムとマグネットの4ヶ所に投稿してるので、読みやすいところで読んでもらえたらと思います!

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  • 心の友

    めちゃ好きまさかこっちでも出されていたなんて!

    0
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