裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
293話
リスミナの闘技大会出場の予定がなくなって暇になった1日を久しぶりに寝て過ごそうかと思っていたんだが、なぜか昼前にデュセスとリスミナが来て、ラフィリア観光をすることになった。
まぁ以前注文したコートが出来上がっていたみたいだし、ちょうどよかったっちゃちょうどよかったんだが。
他にも俺の行動範囲が狭かったってだけで、ラフィリアにもいろんな店や場所があるのも知れたし、悪くない1日ではあったな。
そんな1日を過ごした翌日、テキーラとして最後の日となった。
今日はリキに会える日だったか?
なのに俺がテキーラとして参加する意味がわからんが、サラにテキーラとして招待されてるんだからテキーラとして参加するけどな。
時間は全ての授業が終わった夕方だ。日が半分ほど沈んでいたから、もうすぐ夜になる頃だろう。
既に集合場所に来てはいるが、この部屋には窓がないから、夜になる頃ってのは感覚的にだが。
今日を空けといてほしいっていわれたのに、こんな時間からってのは予想外だったが、時間を聞かなかった俺が悪いから何もいえねぇ。
俺の近くにはデュセスとスミノフがいる。
リスミナとローウィンスは呼ばれなかったみたいだな。
他にも実力が高そうなやつやイマイチよくわからないやつなんかが集まっている。
全部で10人ちょっとといったところか。
たしかサラに見せられたリストもこんくらいだった気がするな。細かいとこまでは覚えてないが。
そういやこん中に道化師連合のやつがいるんだったか?
周りを見てみるが、どいつかはわからねぇ。
まぁ今まで俺に近づいてきたやつはいなさそうだから、騙されたわけではねぇからいいか。
あとは冒険者ギルドのやつもいるはずなんだが、どいつかわからねぇな。
他に室内にいるのはカンノ村の村人が数人とアリアだけだ。
俺はサラに呼ばれたはずなんだが、サラがいない。
時間的に夜になっただろう頃、部屋の扉が開いて、サラが俺を連れて入ってきた。
いや、いってて意味がわからないが、俺はテキーラとしてここにいるのに、本来の俺とそっくりなやつがサラと一緒に部屋に入ってきた。
あれは幻覚か?いやだが、俺が観察眼をフルに使っても気づけないほどの幻覚を使えるやつが仲間にいたっけか?
俺が1人で頭に疑問符を浮かべていたら、部屋の空気があからさまに変わった。
緊張をはらんだ空気というか、重い空気というか、一気に居心地の悪いものになったな。
ここはホールのように少し広めの部屋だ。その壇上のところにサラともう1人の俺が立ち、俺らを見回した。
「今日は約束通り、ここにいる方々に強くなる方法を教えるのです。その前に、ここに呼ばれるほどの実力を持った方1人1人にリキ様からお言葉をお送りするのです。名前を呼ばれたら前に来てほしいのです。」
静まり返っていた部屋にサラの声が響いた。
そして、サラが1人ずつ名前を呼び、呼ばれたやつがもう1人の俺と握手を交わしながら一言二言喋っていた。
もう1人の俺は声までそっくりだな。
数人の挨拶が終わり、スミノフの名前が呼ばれた。
「それじゃあ行ってくるよ。約束の件、よろしくね。」
スミノフが俺に笑顔を向けてからもう1人の俺のもとへ歩いていった。
約束ってのは邪魔するなってやつだよな?
まさかここで文句をいうつもりなのか?
一言二言で済む話じゃねぇだろうから、てっきりあとでじっくり話す予定なのかと思ってた。
まぁ、俺に迷惑がかからない限りは邪魔しないと約束したから、傍観させてもらうがな。
「卒業おめでとう。スミノフみたいな強者と知り合えたことに感謝する。」
「こちらこそ機会をくれてありがとう。」
もう1人の俺が感謝を述べて差し出した手に応えるようにスミノフが右手を伸ばし、そのまま握り合うことなくスミノフがさらに一歩近づき、淡い光を纏ったスミノフの右手がもう1人の俺の鳩尾に吸い込まれていった。
あれは『気纏』を使った貫手か。
完全に相手の隙をついたからか、もう1人の俺は一切抵抗することなく、背中からスミノフの腕を生やしていた。
俺が他人事のように眺めていたら、生徒側にいた中の2人が武器を抜いて飛びかかった。
一瞬スミノフの仲間がもう1人の俺に追撃をしようとしたのかと思ったが、どうやら狙いはスミノフみたいだな。
スミノフはもう1人の俺から引き抜いた腕を払って血を飛ばし、迫ってきた2人を相手にククリナイフを抜いて応戦した。
飛び出した2人はスミノフの敵なのか?
というか、いきなり過ぎて状況を飲み込めなかったから傍観していたが、そんな場合じゃねぇな。だが、アリアやサラ、村人たちは武器すら抜いていない。
もしかしてヤラセか何かなのか?
スミノフに襲いかかった2人は2人がかりでも『気纏』を使っているスミノフを倒せず、一度距離をとった。
「さぁ、元凶のリキ・カンノは殺した!今僕ら側につくのであれば傘下に入れてやるぞ。」
スミノフがチラッと俺ら生徒側に視線を寄越したが、誰も動かなかった。迷ってるっぽいやつはいるが、判断しきれないって感じだ。
まぁいきなり過ぎて俺もイマイチよくわからんからな。
「テキーラくんはどうだい?仲間になる気になったかな?リキ・カンノが死んだことで主を失った奴隷の一部をあげてもかまわない。テキーラくんなら君が好んでいたサラクローサかアリアローゼのどちらかを譲ってもかまわないと思ってる。悪い条件ではないと思うよ。」
こいつは何をいっているんだ?
奴隷反対派じゃなかったのか?
俺が眉間に皺をよせていたら、スミノフが男2人との間合いを測りながらチラッとまた視線を送ってきた。
「まだ決めかねているのか。リキ・カンノは死んだ。怖がることはない。君さえ味方になってくれれば、この2人を確実に殺せる。そうすれば残りのやつらは仲間になることを選ぶさ。こちら側にはヤイザウ侯爵もいるからね。」
生徒側にいたやつの何人かがピクリと反応した。
あいつらはそのヤイザウ侯爵とやらとなんらかの繋がりがあるのかね。
さて、どうするか。
なんか俺の返事待ちみたいな空気が流れたが、俺がスミノフの仲間になることはあり得ない。
だからといって俺はサラに何もせずに見ていてほしいと釘を刺されているから、とりあえずスミノフを殺して黙らせるわけにもいかないよな。
「ククク…アハハハハハハハハハッ♪」
鳩尾に風穴を開けたまま俯いて立ち尽くしていたもう1人の俺が、笑いながら顔を上げた。
途中までは俺に似た声だったのが、最終的には聞き覚えのある声へと変わりやがった。
「生きている…だと!?間違いなく心臓を抉ったはずだ!」
スミノフがあからさまに動揺した瞬間を狙って、スミノフに敵対していた男2人が飛びかかった。
『ルモンドアヌウドゥ』
アリアの呟くような声が聞こえたのと同時にスミノフともう1人の俺だけを包むような膜が張られ、飛びかかった男2人の攻撃を阻んだ。そして膜はすぐになくなった。
男2人はスミノフがやったと勘違いしたのか、警戒するようにまた距離をとった。
だが、スミノフは自分がやったわけではないとわかっているから、わけがわからなくてさらに動揺している。
「アハハ♪リキ様だと思った?」
もう1人の俺の表面がドロドロと溶けるように崩れ始めた。
「残念♪ヒトミちゃんでした♪」
中から出てきたのは満面の笑みを浮かべたヒトミだった。
そういやヒトミも変身できるんだったな。だが、俺はヒトミに食べられたりしたことがねぇんだが、イーラと違って取り入れなくても変身できるのか?
「なっ!?いや、リキ・カンノでないのは予想外だったが、それでもなぜ生きている!?」
「君は面白いことをいうね♪リキ様の使い魔が胸に穴を開けられたくらいで死ぬわけないじゃん♪でもあたしは物理耐性すら持ってないからすごく痛かったけどね♪」
さっきドロドロと表面が溶けたときに体を作り直したのか、今はもう鳩尾に穴は空いてなかった。
「魔族!?っ!」
一瞬驚いたスミノフだったが、すぐにククリナイフを強く握り、踏み出そうとした。
混乱していても即座に判断できるのは凄えと思うが、スミノフが移動するより前にヒトミが右腕を振っていた。
ヒトミの腕の振りからワンテンポ遅れて飛んできたモーニングスターの棘付き鉄球に気づいたスミノフが、咄嗟にククリナイフをクロスに構えて防御し、なんとかヒトミのモーニングスターを弾き返した。だが、同時に自身の両腕も弾かれて、隙だらけとなった。
そこにサラが近づき、スミノフの足を払ってから槍の穂先でスミノフの左肩を貫き、そのまま倒して床に張り付けた。
遅れてまた飛んできたヒトミのモーニングスターが倒れているスミノフの右の二の腕をグシャッと潰した。
ヒトミってけっこう強かったんだな。
攻撃手段が限られてるから相性に左右されやすいが、単純な物理攻撃が通用する相手ならけっこう戦えるみたいだ。
もちろん今回はスミノフがテンパってたからってのもあると思うが、あっけなく終わっちまった。
「『道化師連合』、冒険者ギルドは味方、他は中立、ヤイザウ侯爵は敵対と確認したのです。」
スミノフの呻き声以外がしなくなった室内を見回したサラが口を開いた。
その言葉を聞いて顔色を悪くしたやつがいたが、もしかしたら上からは取り入っておけとかいわれてたのかもな。中立なら敵対じゃないからいいと思うが。
「自分たちは敵対する相手の地位や影響力などで態度を変えるつもりはないのです。もし末端だけを切ればどうとでもなると思っているのでしたら、数日後にヤイザウ侯爵家がどうなったかを確認してから、今後の方針を上の方々と話し合うことをお勧めするのです。敵対さえしなければ何もするつもりはないのです。それでも脅威と見なすなら好きにすればいいのです。自分たちはリキ様の意思に従うのです。」
6歳児にビビっている大人っていうのも不思議な感じだな。
「それでは自分はこの敵対者を連れていくので、後のことはアリアさんにお願いするのです。」
サラはペコリと頭を下げてからスミノフの肩に刺さった槍を引き抜き、スミノフの左腕を掴んで引きずって出て行った。
アリアが目配せすると、部屋の中にいた村人たちがサラの後を追いかけていき、最後の村人が出ていくときに扉を閉めたことで、また静寂が訪れた。
何が何だかわからないうちに終わっちまったが、ここまでを全てサラが計画したんだとしたら凄えな。茶番かってくらいにスミノフが正体を現して見事に捕まりやがった。
そういやリストにあった印はスミノフがバツで『道化師連合』のやつにマルがついていたから、最初から敵味方になりそうなやつがわかっていたんだろうし、だいぶ頑張ったんだろう。
手伝ってもらったとはいっていた気がするが、それでもここまで予想通りに相手を動かせるってのは異常だ。こりゃアリアを目標にするだけの才能があるのかもしれねぇな。
ただ、サラが俺を呼んだのに先に帰っちまったのは予想外だったが。まぁ、スミノフが敵なら放置もできねぇし、仕方ねぇのか。
とりあえずサラを褒めてやらねぇとなと思っていたら、サラに頼まれたアリアが全員の前へと移動した。
「…ここからはリキ様の第一奴隷であるアリアローゼが引き継がせてもらいます。」
アリアが全員の前に立って軽く頭を下げた。
「…まず、みなさんがお会いしたいようなので、リキ様に出てきていただきたいのですが、良いでしょうか?」
アリアは俺に視線を向けてはこなかった。
たぶん俺が出てこなければそのまま進めるつもりだから、バレるようなことは控えたんだろう。
サラには何もせずに見ていてほしいといわれたが、サラがやりたいことは終わったみたいだし、もういいか。
「イーラ、顔だけ変身を解いてくれ。」
「は〜い。」
アリアとヒトミがいるところに近づきながら顔だけ元に戻したら、全員が驚いていた。
アリアたちに即座にバレてたみたいだったが、やっぱり普通はわからねぇよな。この反応が普通のはずだ。
「リキだ。」
アリアのもとまで向かってから端的に自己紹介をして、すぐにアリアに場を譲った。
「…リキ様と話をしたいという方もいるかと思います。何かあればどうぞ。」
アリアが確認するように全員を見るが、誰も口を開かない。
なんかいいたそうにしてるやつはいるが、他のやつらがいると話せないことなのか?
誰からも何もないからこのまま次に移るのかと思ったら、1人の男が手を上げた。
こいつはさっきスミノフに飛びかかった2人のうちの1人だな。
「なんだ?」
「リキさんはSランク試験を受けてくれる気はありませんか?」
またその話かよ。
ってことはこいつが冒険者ギルドのやつみたいだな。
リスミナがいう俺の実力を信じるなら、試験を受けてミスって死ぬことはなさそうだが、わざわざSランクにするメリットがそんなにあるとは思えないんだよな。
Sランクになっておけば、変なやつに絡まれなくなるとかはあるかもだが。
「Sランクになると何か変わるのか?」
「受けられる依頼が増え、ギルドや国の待遇も少しですが変わります。リキさんが一番利点だと思えるところでいえば、BランクやAランクに絡まれるという面倒ごとを回避できるかと思います。」
「欠点はないのか?」
「…緊急招集がかかることがあるかもしれません。」
「断ったらどうなる?」
「冒険者資格の剥奪となる可能性があります。」
今はアラフミナ国民としての身分証があるから、冒険者資格を剥奪されたところでたいして困らねぇが、わざわざSランクになるための試験を受けるほどの魅力もねぇな。
「面倒だから断る。試験を受けなきゃ資格を剥奪するってんなら好きにしろ。」
「そのつもりはありません!上には報告しておきます。気が変わったらいつでも準備は出来ていますので、遠慮なく受付に申し付けてください。」
男はいいたいことをいい終えたのか、一歩下がった。
それを見た他の男が手を上げた。
「なんだ?」
「先ほどは咄嗟に行動できず申し訳ありません。ですが、我々はリキさんの味方です。良ければ…「…敵対するつもりですか?」…。」
アリアが男の言葉を遮った。
けっこうな怒気をはらんでいるような声だったな。
「そんなつもりは!」
「…でしたら余計なことはいわないでください。あなたが戦闘面も考慮して選ばれているのも、ある程度の裁量を任されているのも知っています。にもかかわらず、行動で示せない方の言葉を聞く気はありませんし、余計な時間を使われるのは迷惑です。」
男はアリアにいわれたことにいい返せず、口を噤んだ。
「…他にはないようですので、話を進めます。この集まりはみなさんを通して他国の上層部の方々にリキ様の立ち位置を理解してもらいたいという意味がありましたが、みなさんに強くなる方法を教えるというのも嘘ではありません。中立の方々にも教えるつもりなので、安心してください。」
アリアの言葉を聞いた何人かが驚いていた。
ここまで噂を信じて来ておいて、本当に教えてもらえるとは思ってなかったのか?
まぁ俺もアリアが教えるとは思ってなかったがな。
「…学校を始めてあらためて理解しましたが、皆さんは弱すぎます。国や組織、貴族の私兵代表がこの程度では今回の大災害を乗り切れるとは思えません。」
事実なんだろうが、なかなかに辛辣だな。
周りのやつも何もいえなくなってるし。
「…これから教えることはあなた方の所属する国や組織だけで知識を独占するのも広めるのも好きにしてもらって構いません。大災害を乗り越えるよりも自らの優位性を優先するのであれば、知識は独占した方がいいですからね。」
やけに皮肉を混ぜるなと思ったら、どうやらアリアは話しながら相手の表情の変化なんかを観察してるっぽいな。
何を確認したいのかはわからないが、見られる側としてはたまったもんじゃねぇな。
「…それでは、魔導師のなり方について教えたいと思います。どこも魔導師は不足しているかと思いますが、みなさんは魔導師のなり方は知っていますか?」
「初級魔法、中級魔法、上級魔法を全て覚えればなれるはず…です。」
アリアの質問に別の意図があると思っているのか、訝しむように1人の男が答えた。
「…その通りです。それではなぜ、魔導師が不足しているのですか?」
たしかにそれだけ聞けば難しい話でもない。
ただレベルを上げてSPを使って覚えればいいだけだ。だが、けっこうなSPが必要だったはずだ。
「それはスキルを覚えるためのレベル上げに時間がかかるからです。それにせっかく覚えた初級魔法や中級魔法はあまり戦闘で使えないので、レベルを上げるためには他の魔法を先に覚える必要があるためです。」
「…その認識がそもそもの間違いです。リキ様の戦闘奴隷にはスキルとしての魔法を1つも取得せず、魔導師になっている方がいます。この方はリキ様と出会う前に既に魔導師でしたので、リキ様の力に関係なく、誰でもなれるはずです。」
「スキルを取得しなくても魔導師になれる方法があるのか!?」
さっきまで敬語を使っていた男が、驚きのあまりデカい声で聞き返してきた。
そういや俺もソフィアのことは最初は不思議に思ったが、てっきり種族によるものだと思ってたわ。
「…簡単です。初級魔法、中級魔法、上級魔法の全てをスキルではなく覚えればいいだけです。」
「そんなの無理だ!いくつあると思ってる!」
即否定してきたやつがいるが、教わる立場の態度じゃねぇよな?
俺がイラッときて視線を向けたら、男は顔を引きつらせて一歩下がった。
『威圧』は使ってねぇと思うんだが、無意識に軽く使っちまったか?…まぁいいけど。
「…無理ではありません。わたしは全て覚えています。子どものわたしが出来ることを代表に選ばれるほど優秀なあなた方が出来ないと否定するのですか?」
うわっ、これはキツい。
俺はアリアが異常なまでに優秀だと知っているからまだ軽傷ですんでるかもしれないが、なかなか胸を抉られる言葉だ。
実際顔を歪めたやつが何人かいる。
「…ごめんなさい。わたしは自身の能力を底上げしているので、比較に出すのは間違いだったかもしれません。」
アリアがフォロー?をしたことで、何人かがなぜか安心したような吐息を漏らした。
こいつら表情豊かだな。
もう隠す必要がないからって感情を表に出しすぎだろ。むしろ素性がバレてるからこそポーカーフェイスを保てよ。
「…なので、最初にスキルを取らずに魔導師になったソフィアさんの話に戻します。彼女は鳥人族です。たしか多くの方が鳥人族を頭が悪い種族と馬鹿にしていると聞いています。その鳥人族が出来ていることを出来ないとハッキリいってしまえるのは、ある意味尊敬します。わたしには見下した相手に負けるなんて恥ずかしくて認めたくありませんから。」
「フッ。」
思わず笑っちまった。
そのせいでアリアが俺を見てきたが、てきとうにアリアの頭を撫でて誤魔化した。
今日のアリアは皮肉増し増しだな。
まぁ俺もソフィアは馬鹿だなって何度か思ったことがあるから、なんもいえねぇけどな。
でも見下してたつもりはねぇけど。
「…仕方がないので、無理というあなた方のためにもっと簡単な方法を教えます。べつに全てを覚える必要はありません。教わりながらでもかまわないので、全ての魔法を一度ずつ発動させれば魔導師のジョブが手に入ります。これならあなた方でも出来るかと思いますが、どうでしょうか?」
「そんな簡単に出来るのですか?」
「…はい。魔導師のジョブを得るだけならこれだけで出来ます。ただ、強い魔導師のジョブを得たいのであれば、これだけでは得られません。」
「どういうことですか?」
「…魔導師のジョブは魔術師のジョブのステータスの一部を引き継ぎます。そして、魔術師のジョブは魔法使いのジョブのステータスの一部を引き継ぎます。なので、魔法使いと魔術師のレベルを上げることなく魔導師のジョブを取得してしまうと、今まで自力で魔導師になっていた方よりステータスが低めとなってしまいます。」
「それではけっきょく今までと変わらないのではないですか?」
「…本気でいっているのですか?」
アリアと目が合った男がビビったように一歩下がった。
国や組織の代表が8歳児にビビんなよ。
「つまり、適性がなくとも魔導師になれるということでしょうか。」
別の男が確認を取ってきた。
こいつはスミノフに飛びかかった2人の内の冒険者ギルドじゃない方だから、こいつが『道化師連合』のやつか。
こいつだけはあまり表情が変わってなかったな。
「…はい。それに取得したSPは全て別のスキルに回すことが出来るというだけでだいぶ変わると思います。強力な魔法を覚えるためにSPを使えるので、レベル上げ自体の苦労もだいぶ変わるかと思います。」
そういやSPで取得できるものは人によって違うんだったな。
俺はもう魔導師のジョブはとっくに手に入れてるし、SPも余ってるくらいだから聞き流していたが、けっこう大事な話なんじゃねぇか?
「貴重なお話、ありがとうございます。」
『道化師連合』のやつが深く頭を下げた。
「…あとはそれぞれの本拠地で試してみてください。あともう一点、これは既に取り組んでいる国もあるようですが、付与師の待遇をもう少し考えた方がいいかと思います。特に冒険者ギルドは付与師の重要性を理解した方がいいと思います。」
名指しで指摘された冒険者ギルドのやつがビクッと反応した。
他のやつもイマイチわかってなさそうなやつがけっこういるな。
「付与師とは加護を装備に付与する方々のことですよね?その方々の待遇が冒険者ギルドと関係するのでしょうか?」
「…はい。その付与師で間違いありません。付与師はレベルによって付与出来る効果や付与にかかる時間などに差が出ます。ですが、付与師は戦闘に適したステータスではないうえに戦闘向けのスキルは一切覚えません。だから、レベルを上げる場合は知り合いを頼るか冒険者ギルドに依頼をすることになります。つい先日、リキ様の仲間の付与師の方が冒険者ギルドに金貨5枚という破格の報酬で依頼をしていたそうですが、誰も引き受けてはくれなかったそうです。知っていましたか?」
「…いえ、知りませんでした。」
冒険者ギルドのやつが若干顔を青くした。
べつに依頼を受けるかどうかは冒険者の自由なんだから、冒険者ギルド側がそんなに気にすることでもないんじゃないかと思うのは俺だけか?
「…結果的にはリキ様が手伝ったので、彼女のレベルを100まで上げることができましたが、今の彼女がどの程度の付与を出来るか知っていますか?」
「…わかりません。」
「…今の彼女は身代わりの加護程度なら、丸1日あれば付与できます。ですが、リキ様が気づかず、レベルを上げることが出来ていなければ、諦めて違うジョブを選んでいたかもしれません。他にも途中で断念した方もいるかもしれません。これがどれだけの損失かわかっていますか?」
マリナの話だよな?
マリナは諦めるって選択をすることはなかった気もするが、たしかに他のやつなら諦める可能性もなくはないのか。
まぁマリナだからこそ依頼を受けてもらえなかったのかもしれねぇけど。
冒険者ギルドのやつは気まずそうな顔で口を噤んだままだ。
「…そもそも加護の重要性を理解していないようなので、一度味わってもらった方が良さそうですね。もちろん加護が全てとはいいませんし、加護が通用しない相手が存在するという噂もあります。それでも、加護付きアクセサリーは持っていて損はありません。特に精神攻撃耐性は必須です。それを理解してもらいます。…リキ様。半分ほどの威力で『威圧』をお願いします。」
アリアは俺に頼んだ後に俺の斜め後ろに下がった。
半分ほどのっていわれてもよくわからんが、感覚的に半分くらいの力で『威圧』を使った。
『道化師連合』のやつはピクリと眉を動かした程度だったが、何人かは不快そうな顔をした。
だが、こいつらはマシな方だ。
他のやつらはもっと酷い。
冒険者ギルドのやつも含めて胸もとを握りしめて苦しそうに蹲りやがった。こんなんじゃ、本気で『威圧』しただけで死んじまうんじゃねぇか?
「…リキ様ありがとうございます。」
アリアにお礼をいわれて『威圧』を切ると、蹲っていたやつが荒い呼吸をし始めた。
「…これで理解できましたか?弱い魔物を倒してレベルを上げただけの人では肉体のステータスは上がっても、本当の強者の精神攻撃に自力で耐えることが出来ません。リキ様は優しいので、半分よりも弱めで『威圧』を使ってくれたようですが、それで呼吸が出来なくなるのでは、戦うどころか本気で睨まれただけで死んでしまうのではないですか?」
もう誰もなんもいえなくなってんな。『道化師連合』のやつ以外は目すら合わせようとしねぇし、いい大人が8歳児にいい負かされるとか可哀想だな。
「…精神攻撃抵抗の加護なら付与できる付与師もいますが、精神攻撃耐性の加護を付与できる付与師は現時点では限られています。先ほど話に出した付与師の方は精神攻撃耐性を付与できます。抵抗と耐性の効果の差に関しては自分たちで調べてみてください。そのうえで上の方々と今後のことを考えてみてください。意見を変えるつもりがないのであればそれはそれでかまいません。お好きなようにしてください。」
最後にアリアは突き放すように言葉を締めた。
さすがに皮肉を盛り込みすぎて疲れたか?
ちなみに名指しで指摘されてた冒険者ギルドのやつは俺の『威圧』よりも精神的ダメージを負ってそうな顔になってやがる。
「…勘違いしているようですが、冒険者ギルドは味方としての行動をしてくれたので、そのお礼を込めて付与師の話をしただけです。なので、責めてるわけではありません。まだ遅くないので体制の見直しなどを一考してもらえたら幸いです。…それでは本日の話し合いは以上になります。今後もカンノ村の学校は利用してもらってかまいませんが、門に書いてあることは事実なので気をつけてください。」
最後に冒険者ギルドのやつにフォローを入れたアリアが、今度こそ本当に終わりというように教室の出口に向かっていったから、俺もそれについていった。
「リキ様♪あたし、うまくリキ様になれてた?」
教室を出たところでヒトミが腕に絡みついてきた。
「あぁ、一瞬混乱するくらいにそっくりでビックリしたわ。進化でもしたのか?」
「違うよ♪リキ様には見せたことあるんだけど、覚えてないかな♪あれがあたしの初めてだったんだよ♪」
言葉選びががおかしいが、いわれてみたら見たことあったな。
「そういやドッペルゲンガーに進化した直後に見せてもらったな。あれ以来見たことなかったから忘れてたわ。悪いな。」
「戦闘ではあまり意味のないスキルだからリキ様に見せる機会がなかったからね♪アリアのお願いではたまに使ってたんだけどね♪」
アリアのお願い?
俺になってくれとか頼まれてたのか?
戦闘で使えないんじゃ、見た目だけ俺になったところで意味がなさそうだけどな。いや、俺以外にも変身できるのだから、俺の姿を頼まれたとは限らないのか。
「そうか。凄かったぞ。そういや思いっきり穴が空いていたが、大丈夫なのか?」
俺の質問を聞いたヒトミが一度腕から離れて前へと回り、俺の手を掴んでヒトミのわずかな谷間へと押しつけてきた。
「ほら♪もう塞がったから大丈夫だよ♪」
何やってんだ?と思ったが、穴がないことを伝えようとしたわけか。
まぁ今は手にもイーラを纏っているからヒトミのささやかな胸に当たる感触はほとんどないからいいんだがな。
穴は塞がってるみたいだし、軽く押してみても痛そうな素振りがないから、本当に大丈夫そうだな。
「ならよかった。だが、一応見た目は人間の女の姿をしてんだから、人の手をそんなとこに押し付けんな。」
「アハハ♪リキ様以外にこんなことしないよ♪」
いや、俺にもすんなっていってんだが、まぁいい。
やけにテンションが高いヒトミがまた腕に絡みついてきたが、振りほどくのも面倒だから、アリアとともに気にせずそのまま屋敷へと帰った。
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