裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

290話



午後のアーマーラットを狩るときに、トドメだけならリスミナでも刺せるんじゃないかと試してみたが、どうやら硬い皮膚の下の普通の皮膚や肉を貫くにもそれなりの武器の性能や力や技術が必要みたいだ。
試しにリスミナが刺した剣は浅いところで止まっちまって、たいしたダメージを受けなかったアーマーラットが再び丸まろうとしたところでスミノフが代わりにトドメを刺した。
解体が出来てるんだから問題ないだろうと思ったけど、生きてるやつを刺し殺すのと死んでるやつから必要な部位を切り取るのは勝手が違うのかもな。

そんなことがあったりもしたが、なんとか今日中に終わりそうだ。

今は10体目のアーマーラットの気配のもとに向かっているところだから、よっぽどでなければ明日への持ち越しはないだろう。

直線通路のだいぶ先にアーマーラットがいるのを見つけた。
向こうもこちらに気づいたようでさっそく丸まって転がってきやがった。

今までは目視で確認できる距離だとそこまで遠くなかったから気づかなかったが、どうやら距離があればあるほど速くなるみたいだな。

どんどん加速してくるアーマーラットに吹っ飛ばされないために精霊術で身体強化をしてから構え、スキルの『壁』を使った。

『壁』を使うと動けなくなるから、ダメージがモロにくる。だから、それに耐えるために出来る限りの力を入れた。

覚悟はしていたが、けっこう腕にくるな。

今までの分も地味に疲労がたまっていたのか、ミシミシと嫌な音がしてる気がする。

それでも耐え続けていたら、俺が諦めるより先にアーマーラットの勢いが弱まり、あとは今まで通りにデュセスがトドメを刺しに動いた。

これで俺の仕事も終わりだなとスキルを解いて腕の調子を確かめていたら、ダンジョンの壁に違和感があった。

何だ?と思いながら眺めていたら、壁が盛り上がってきているような気がする。
初めは気のせいかとも思える程度だったのが、気のせいにするのは無理があるほどに盛り上がり、崩れた壁の中からアーマーラットが出てきた。

こいつは壁に隠れていたのか?
いや、こいつが出てきた壁はもと通りになっているから、壁に擬態してたとかか?

「新しいアーマーラットが生まれた!テキーラはすぐに構えて!」

デュセスが指示を出しながらすぐに俺より後ろに退がったところで、アーマーラットが転がって向かってきた。

魔物ってあんな感じで生まれるんだな。初めて見た。
そんなことを考えながら、地味に痺れる腕を庇うように肩で大盾を支えるように構えた。
アーマーラットは進み出したら真っ直ぐにしか進めないみたいだから、進み始めを確認してから構えをとったんだが、俺の気配察知の感覚が間違えでなければ目の前でアーマーラットが跳ねやがった。

アーマーラットの威力に耐えるために肩に力を入れて構えていたからというのもあるが、あまりに予想外だったから、俺の斜め上を通り過ぎて行くのをただただ見ていた。

なるほど、目の前にあるアーマーラットの死体にぶつかって跳んだのか。

アーマーラットがなぜ予想外の動きをしたのかに気づいたときには既に俺を越え、斜め後ろにいたスミノフの頭上すらも越えようとしていた。このままだとリスミナに突っ込むことになるな。

…ってかこんな冷静に考えてる場合じゃねぇじゃん。

リスミナだとアーマーラットの攻撃を受けたらミンチになるだろう。だからといって回避できるほどの実力があるかは微妙だ。

急いだところで間に合うか微妙だから、この大盾をぶん投げようかと思ったら、その前にスミノフが上に跳び、アーマーラットのサイドを蹴りつけて軌道をズラした。
少し横にズレただけだが、おかげでリスミナには当たらず、通り過ぎていった。

しばらく進んでいったアーマーラットが丸まりを解除して止まり、こちらに方向転換してからまた丸まって転がってきた。
こいつはこの攻撃方法しかないみたいだな。

今度はぼーっと見てないでリスミナの前に移動し、アーマーラットの転がり突進を盾で受け止めた。

あとは慣れたものといわんばかりにテキパキとデュセスたちが処理をしていくのを、周りを警戒しながら眺めていた。

今度こそ本当に終わりだろう。

「今日はこの後カンノ村の受付に素材を提出に行こうと思うけど、平気?」

硬い皮膚の回収を終えたところで、デュセスが全員を見回しながら確認したが、全員大丈夫みたいだな。まぁ、5日間は授業の予定だったんだから、時間がないってことはないか。

俺は借りていた大盾をリスミナに返し、リスミナのリスタートで地上へと向かった。








「テキーラさん、スミノフさん、デュセスさん、リスミナさん、アインさん。以上5名は冒険者実践、合格です。」

カンノ村の総合受付に全ての素材を提出し、確認作業が終わったところで受付の村人から合格を告げられた。
まぁ、合格したからといって何かがあるわけじゃねぇっぽいけどな。

「おめでとうございます。こちらは合格祝いです。」

何もないと思っていたら何かのカードを渡された。

「これは?」

「そのカードと交換でカンノ村の食堂のお好きなメニューが一品無料になります。カードだけの利用も可能です。」

これは地味に嬉しいかもな。まぁ俺は屋敷でいつでも食えるから微妙っちゃ微妙だけど。

「せっかくだし、みんなで食べてから帰らない?」

「いいですね。パーティーを組んだのも何かの縁ですし。」

「私は問題ない。」

「僕も大丈夫だよ。」

なんかこれから食いにいくことになったんだが。
じゃあ夕飯はいらないって伝えておかないとな。

アリアに連絡をしようかと思ったところで視線を感じたから振り向いたら、サラと目が合い頷かれた。これは伝えておいてくれるってことだよな?
ローウィンスが同意してるのに拒否しろって意味ではないだろうから、間違いないはずだ。

「そうだね。最後に打ち上げするのもありだね。」

「最後?明日はみんなで闘技大会に出る予定なのだけど。」

なのだけどって初耳なんだが?

確認のために他のやつらを見てみたが、全員が苦笑いをしていた。
これはデュセスが勝手に決めてたな。

「デュセスが出るのは勝手にすればいいと思うけど、みんなの予定にするのはどうかと思うよ。」

「テキーラは観戦すればいい。むしろ見るべき。明日の闘技大会はアラフミナにいる冒険者上位勢が出場すると思うから、それがどの程度か知っておいた方がいい。リスミナは出ようかと思っていたはずだから確定。アインには少し厳しいと思うから無理には誘はないけど、スミノフとは戦ってみたい。」

「申し訳ありませんが、私は遠慮させていただきます。」

「私は出るなら明後日がいいかな…明日はカミエルさんが予選に出る日だからさ。」

ローウィンスとリスミナが断り、スミノフも断りそうな空気で口を開こうとしたときにデュセスがスミノフを見た。

「スミノフは出るでしょ?」

「……そうだね。せっかくだから僕も出てみようかな。」

スミノフはずいぶんと付き合いがいいやつだよな。俺らとは授業で少し顔を合わせる程度の付き合いでしかないのに、一緒にいて違和感があまりない。歳が近いからかもな。

「俺は見てるから、2人は頑張ってくれ。」

仲間以外の戦闘をただただ観戦するってのは初めてかもしれねぇな。
デュセスが出場ではなく観戦を勧めてくるくらいだから、ちゃんと見ておいた方がいいのかもしれん。
アラフミナの上位勢ってのにカミエルが含まれてるっぽいのはちょっと疑問ではあるが、まぁ勉強にはなるだろ。

「ここで立ち話をしてるのもなんだし、早く食堂に行こうよ。」

「そうですね。混み合う前にお店に参りましょうか。」

リスミナとローウィンスに促されるまま、俺らは食堂へと向かうことになった。
リスミナとローウィンスとデュセスが何を食べるかやらお勧めは何やらと話しながら総合受付のある建物を出ていき、俺とスミノフも少し遅れて続いた。

「急に付き合わせて悪いね。」

建物から出るところで、なんとなくスミノフに声をかけた。
スミノフは断れないタイプってわけではなさそうだから、断らないなら本当に嫌ってわけではないのだろうが、既にできてるグループの中に入るのはけっこうキツいものがあると思うんだよな。
だが、スミノフは全く気にしてないという風に微笑んだ。

「テキーラくんとは仲良くなりたいと思っていたし、むしろ誘ってくれて嬉しいよ。歳も近いし、趣味も合いそうだしね。」

趣味?

スミノフの前で趣味の話なんかした記憶がないんだが。

「みんなと離れちゃったから、僕たちもちょっと急ごうか。」

べつにゆっくり歩いていたつもりはなかったが、デュセスたちの歩く速度が速かったみたいで、俺らが総合受付のある建物を出て少ししか進んでないのにあいつらはもう食堂に入るところだった。
といっても食堂はすぐそこだから急ぐ必要もないんだが、目があったリスミナが扉を開けて待っていてくれてるみたいだし、少し急ぐか。

「そうだね。」

まぁスミノフの趣味なんて今すぐ確認したいことでもねぇし、話は明日すればいいか。ただ単にスミノフが気を使って話を合わせただけの可能性もあるしな。

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