裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

286話



次の目的である地下30階に下りる階段のところでデュセスの制止がかかり、全員が立ち止まった。

「集めた情報によると、このダンジョンは地下30階から上級者向けになる。私たちがフォローをするつもりではあるけど、リスミナとアインは魔物を倒すよりも攻撃を受けないことを優先してほしい。」

「「…はい。」」

ローウィンスとリスミナが神妙な顔で返事をした。
あんま覚えてないけど、地下29階も地下30階もそんなに魔物の強さに違いはなかった気がするがな。
だが、前に初心者向けダンジョンだと勘違いしてたときにマリナもそんなようなことをいってた気がしなくもない。

とりあえず魔物を探す必要があるから、俺を先頭にして階段を下り、地下30階へと向かった。

イグニーなんて名前は初めて聞いたが、どんな魔物だったか…。

地下30階へと下りてすぐに壁にはりついてるやつがいた。

こいつがイグニーか。
体長1メートルくらいで体に厚みのあるトカゲ。昔テレビで見たイグアナがこんな見た目だった気がしなくもない。ただ、体表が肉叩きハンマーみたいな短いトゲトゲになっているせいか、イグアナとは印象が違う。

「イグニーは爪と噛みつきに気をつければ問題ない。体表面が尖っているから体当たりを素手で受ければ怪我をするけど、防具で受ければたいしたことはない。噛みつかれた時はすぐに毒消しをすることだけ意識すればいい。」

階段近くにいたイグニー1体をやけに警戒しているローウィンスとリスミナにデュセスがアドバイスをした。

近場に他の気配はないから脅威でもなんでもないと思うが、気をつけるのは悪いことじゃねぇか。

ローウィンスがリスミナに視線を向けたら、リスミナが姿勢を低くした。

今ので何か伝わったのか?と思ったところでローウィンスがイグニーに向かって走りだし、リスミナが警戒するようにあとに続いた。イグニーのいる場所が階段からあまり離れていないからか、デュセスとスミノフは構えをとっただけでその場待機だ。俺も念のためすぐに応戦できるように気構えだけしておくか。

ローウィンスが剣を上段に構えた瞬間に壁にはりついていたイグニーが飛びかかってきた。
イグニーは爪で攻撃をするつもりのようだが、ローウィンスの剣の長さからして届きそうにねぇな。

思った通りイグニーの爪はローウィンスには届かず、首を半ばまで切られたイグニーがローウィンスの剣を振る勢いのまま地面に叩きつけられた。

この魔物でも首を切り落とせないのか。見た感じ剣の振り方におかしいところがあるとは思えねぇし、新しい剣を買った方がいいんじゃねぇの?

念のためなのか、遅れて近づいたリスミナが地面に横たわっているイグニーの頭に剣を突き刺した。

リスミナがトドメを刺すときにイグニーが少し動いた。弱いくせにしぶとい魔物なんだな。

「強い方々が後ろにいてくださるので、戦いだけに集中できますね。おかげで、実力以上の魔物を倒すことが出来ました。ありがとうございます。」

イグニーが確実に生き絶えたのを確認してから、ローウィンスが近づいてきて声をかけてきた。

見た感じでは実力以上ってほどの相手じゃねぇ気がするんだけどな。

「べつにそこまで強い敵ではないと思うんだけど、あれで上級者向けなの?」

「イグニーはテキーラさんほどの実力があれば弱い部類に入ってしまうかもしれませんが、鋭い爪を持ち、噛まれれば毒状態になり、表皮を覆う小さな鱗はある程度の性能のある武器と技術がなければ傷つけられない硬さがあり、体表は棘のような突起のせいで接触には注意が必要とのことで、中級者には少し厳しい相手になっていると聞いています。」

ローウィンスの説明を聞くと、たしかに強そうな敵に聞こえるな。
そういやローウィンスじゃ首を切断しきれなかったくらいだし、そこそこ硬いのは本当なのかもしれん。

「というか、そもそも上級者とか中級者の基準って何?」

「冒険者で例えるのでしたら、Eランク上位からCランクが中級者で、Cランク上位からは上級者といわれているそうですね。騎士で例えるのでしたら、見習いを抜けられたら上級者の実力があるといったところでしょうか。あと、ダンジョンで使われる場合はそのランクのパーティー向けという意味になります。」

上級者のラインが低すぎねぇか?

「上級より上はないの?」

「一時期、他国の勇者様が超級といった呼び方をされていたそうですが、あまり浸透してはいないようですね。Sランク冒険者の方々をそう呼んでいたと聞いたことがあります。」

Sランクのやつらが思ったよりも弱くて、勇者自身がそいつらを超級と呼ぶのをやめたとかだったりしてな。

じゃあ、このイグニーってやつはCランク上位…だとしっくりこねぇから、Bランク向けだと考えれば、わからなくはないのか?
たしかに出会った頃のマリナじゃ倒すのは無理だろうけど、フレドたちならわりと余裕そうだし、他のBランクだと…たしかカミエルがそうだったか?あいつでも1人でイグニーくらいは倒せそうだな。
ん?ダンジョンの場合はパーティー単位ってことはカミエル6人分か?過剰戦力だろ…いや、ダンジョンだと常に1対1で戦えるわけじゃねぇし、周りの警戒をしなきゃならねぇから、この階以降の攻略と考えればそんなもんか。

そう考えると冒険者ランクってのもちゃんと基準になってるんだな。Aランクとか偉ぶってて弱いやつがチラホラいたから、意味をなしてないと思ってた。

「ん?そうすると、もしかしてDランクくらいが一般的な冒険者なのか?」

「そうですね。私もテキーラさんと出会うまでは冒険者といわれてイメージするのがDランク程の実力だったと思います。恥ずかしながら、Cランクであれば何かしらの才能がある方々だと思ってしまっていました。」

いや、べつにこの世界の基準がそれなら、恥ずかしがる必要はねぇだろ。

そういや出会った頃のマリナが弱いくせになんであんなに自信があるのかと思っていたら、一応冒険者内では才能があるといわれていたわけね。
でも、Cランクで才能があるって思われているなら、B以上はどう思われているんだろうな。一般人からしたら見分けがつかない化け物どもって感じか?

「近くにまだイグニーはいる?」

俺らが話しているうちに解体を終えたデュセスが確認をしてきた。
やべぇな。サボってないで自分が任せられた仕事くらいはしねぇと。

「少し離れたところに3体いるっぽい。」

「イグニーの肉を5体分はほしいから、群れているならちょうどいい。案内して。」

「了解。」

デュセスに答えてから気配の方に小走りで向かった。




イグニーを計7体倒してから、次の標的であるバーニングベアとやらがいる地下35階へと最短距離で向かっている。

イグニーは1対1ならローウィンスでも相手できていたが、複数になったら苦戦していた。
べつに敵が連携していたというわけではないが、他の敵を警戒しながら相手をしていると攻撃に勢いがなく、あまりダメージを与えられていなかった。

リスミナもローウィンスを意識しながらの戦闘のせいか、1体を倒すのに時間がかかっていたし、けっきょくスミノフやデュセスにフォローされていた。

でも、フォローされながらでも2回続けて3体のイグニーをほとんど2人で倒せたのだから、こいつらも上級者といえるのかもな。
元お姫様の方が見習い騎士より強いのか、ウケるな。

階段を下りて地下35階の気配を探る。

この階の魔物は名前がわかりやすいから想像がつく。
このダンジョンで熊みたいな魔物は1種類しかいなかったからな。ただ、燃えてはいなかったと思うが。

気配のする方にパーティーを誘導しながら小走りで近づき、目視できる位置にまできたら徒歩へと変えた。

やっぱり予想した通り、俺より二回りほどでかい黒い熊だ。

1体の熊が俺らに気づいて唸り始めた。

「今回は毛皮の採取だから、首から上を狙ってほしい。バーニングベアは力が強いから、攻撃は流すか避けて。主な攻撃手段は爪と体当たり。打撃は効きづらく、毛皮は分厚いから浅い傷ではダメージを与えられない。時間をかけると体表が熱くなって動きも速くなる。毛が赤くなり始めるまでは2人に任せるけど、それまでに倒せないと毛皮が使い物にならなくなるから、私が代わる。」

「「はい。」」

今回もデュセスがアドバイスをし、返事をしたローウィンスとリスミナの2人が駆け出した。

時間をかければかけるほど強くなるのか。それはたしかに厄介だな。しかも今回は毛皮を傷つけずにって制限付きだからなおさらだ。
ただ、俺らはこいつを倒すのに時間をかけたことがないから、そんな変化があることを知らなかったが。

マリナ探しのときにこの階まで来てたら死んでたかもな。あの頃じゃこの熊に殴ってダメージを与えられたかわからんし、刃物も通りづらいんなら詰んでただろう。

ローウィンスとリスミナの邪魔をしない程度に距離を保ちながら戦闘風景を眺めているが、これは無理だな。
ローウィンスは熊の攻撃を避けることに意識が向いてるから、自分の間合いに入れてねぇ。しかも首以外を傷つけないようにしてるせいで、既に5分くらい経ってるだろうに1度も攻撃出来てない。
リスミナはローウィンスが邪魔であまり熊に近づけてない。3回ほど首を狙って切りかかっていたが、腕で防がれていた。あれじゃあ首に当たっていたとしても切り傷すら与えられなかっただろうけどな。

ローウィンスとリスミナは攻撃は受けてないが、ダメージを与えることが出来ていないという状態が続いている。
徐々に強くなる相手に持久戦は悪手でしかないだろう。まぁ、好きで持久戦をしてるわけではないだろうけど。

タイムリミットである体毛の変化がわずかに始まったと思った瞬間、デュセスが2人の隙間を縫うように熊に近づき、短剣で熊の首を切断した。

なるほど、これは戦闘能力に自信を持ってもおかしくはないな。
デュセスは残念な感じがあった…現在進行形であるが、戦闘面だけでいうならたしかに凄いかもしれん。

ローウィンスとリスミナの立ち位置は互いにわりと近いし、熊とも離れていない。その隙間を縫うように通り抜けて、標的の首だけを落とすとか、たしかに暗殺者っぽい。
1対1でもそこそこ強いとは思うが、意識の外から近づいての攻撃は感心するレベルだ。
最初にこれを見せられていれば、もうちょいデュセスに対する印象が違ったかもな。

「やっぱり2人だけでのバーニングベアの相手は早かった。次はテキーラが攻撃を受けて。その隙をついて首を落とす練習をするといい。」

…ん?なんか勝手に俺が参戦することにされてるんだが。
まぁ、授業なんだから、敵を探すだけで終わるわけねぇか。

「いいのですか?」

ローウィンスが申し訳なさそうに聞いてきた。リスミナも俺の返答に意識を向けてるっぽいな。

「このくらいの敵の攻撃を受けるくらいなら問題ないよ。」

アリアから借りてるのは魔鉄製の剣だから、この熊の攻撃程度で折れることはないだろう。まぁ折れたとしてもイーラを纏っているからなんとかなんだろ。


気配察知で次の標的を探し、少し離れたところにいた2体のところまで走って移動した。

目視出来るところにきたところで他の奴らが減速したのを横目で見ながら、俺はそのまま近づいた。

熊も俺が近づいてきたのはわかっていたから、片側の熊が上げた腕を振り下ろして、爪で攻撃を仕掛けてきた。

たいした速度もないから、避けてカウンターで殺すのは簡単だが、今回は2人の練習のためだからと剣の腹で受け止めた。

雑魚のくせにそこそこ力があるみたいだ。その方が受け止めたって感覚がわかりやすくて助かるな。

もう片側の熊の攻撃に対応するため、最初に受け止めた熊の腕を押し返し、手首を捻って剣の位置を変えながら次の攻撃をまた剣の腹で受け止めた。

熊2体の攻撃は連携ともいえない雑な連撃だから、剣1本で受け止め続けるのは集中すれば難しいというほどではないが、相手を傷つけずに受け止めなきゃならねぇと意外と頭を使うな。

今までは出来る限り回避するようにしていたから、ここまでしっかりと受け止めるってのは新鮮な感じだ。まぁ、強い敵相手にやったら疲労がたまるだけでメリットなんてないだろうからやらないが。いや、ゲームなんかであるタンク役をやるなら、こういう練習も悪くないのかもしれんな。

そんな余計なことを考えながら、剣の腹で熊たちの攻撃を全て受け止めているんだが、ローウィンスとリスミナはなかなか倒してくれない。

リスミナがやっと片側の熊の首に傷をつけれたからイケるかと思ったら、一瞬熊の意識がリスミナに向く程度のダメージにしかなっていなかったようで、俺が剣で熊の指を2本切り飛ばしたらすぐに俺に意識が戻った。ただ、地味に首を怪我したせいか、熊が警戒し始めてリスミナがさらに近寄れなくなったようだ。

残念だが、毛皮の色が変わり始めたから終わりだな。

俺がトドメを刺すべきかと迷っていたら、近づいてきたデュセスとスミノフが一体ずつ熊の首を落とした。

「バーニングベアはまだ2人には早かった。技術はギリギリ届いているといえなくはないけど、武器の性能が足りない。素材のことを気にしなければならない今回はフォローに回ってほしい。あと数体倒したら昼にしようと思う。」

「「…はい。」」

どうやら2人の戦闘訓練は早くも終わりのようだな。まぁ、ついてくるだけでも経験値は手に入るし、2人にとって時間の無駄ってことはないから問題ないだろう。

「それと、テキーラはなんで全部の攻撃を受け止めたの?」

少し悔しそうな顔で返事をしたローウィンスとリスミナを見ていたら、デュセスが話しかけてきた。

「ん?デュセスが受けろっていったからだけど?」

「私は敵の攻撃を受け持ってほしいという意味でいっただけで、最初に攻撃は受け流すか避けるようにといったはず。バーニングベアは力が強いから、全てを受け止めていたら体がもたない。」

デュセスがいうほど力強い敵ではなかったと思うが、もしかしたらダメージを貫通させるようなスキルを使うことがあるのかもしれないし、情報を持ってる相手の話は聞いておくべきか。

「アドバイスありがとう。次からは気をつけるよ。」

「……………………問題ないならいい。次を探してほしい。」

なぜか不満そうな顔をしたデュセスが索敵を指示してきたから、俺は次のバーニングベアのもとへと走って向かった。

そういや、もう完全にデュセスがリーダーだな。

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