裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

275話



この世界に来て初めてだろう黒パンを齧りながら、リスミナとデュセスの話に相槌を打つ。

俺は魔物の出現場所も知らねぇし、そもそもこの辺の地図すら頭に入っていないから、さっそく役立たずぶりを発揮している。だから余計な口を挟んで邪魔をしないように2人が決めていく計画に相槌を打つだけにしている。

それにしてもこのパンは硬えな。酸味も強いし、重みもあるから本当にパンなのかと少し疑問もある。まぁこの味は嫌いじゃねぇし、食べたことはないがドイツパンに見た目が似てるからパンのはずだ。それに硬いからよく噛まなきゃだし、質量もあるから腹にたまるし悪くはない。

この感じなら2個で十分そうだからと、リスミナとデュセスの視線が俺から逸れているときにイーラに残りの2個を食べさせたんだが、一瞬で消化しやがった。
レベルの増加によって強化された顎でも硬いと思ったパンを一瞬で消化するとか、イーラはだいぶ人間離れしてやがんな。…いや、もともと人間じゃなかったな。

「これならもう2件くらい依頼を受けても良さそうだった。」

「すぐに見つかるかわからないんだし、余裕はあった方がいいんじゃないかな?」

どうやらルートは決まったみたいだな。

2人は話し合いながらの食事なうえに上品にパンをナイフなんかで薄く切って食べていたから、俺はもうすぐ食い終わるのに2人はまだ半分くらいしか食べてない。

まぁ急ぐ必要はなさそうだからいいんだが。

「テキーラはどう思う?」

「ん?あぁ、俺も余裕があった方がいいと思うよ。余裕がある分には依頼を終えてからてきとうに魔物狩りして素材を売るなり薬草拾うなりと好きにできるだろうからね。」

「わかった。」

さっきまで相槌しか打ってなかったのにいきなりデュセスに聞かれて焦った。わりと聞き流していたが、なんとか直前の話を思い出して答えたら、デュセスは納得したようだ。

これで話し合いは終わったようで、依頼書や地図をリスミナがアイテムボックスにしまい、黒パンを切り始めた。

もしかしてそのままパンをかじって食うのはマナーとしてまずかったか?

なんか視線を感じてデュセスを見ると、スライスした黒パンをスープに浸しながら俺をガン見していた。

やっぱりマナー違反だったっぽいな。

仕方ないから、今までのことはなかったかのようにパンを千切って口に運んだが、デュセスはスープに浸して柔らかくなったパンを口に運びながら俺をまだ見ていた。

そういや黒パンはスープに浸して柔らかくして食べる的な話を漫画で読んだことあったな。そっちの方がマナーとして良くなさそうだが、郷に入っては郷に従えってことか?

とりあえず黒パンを大きめに千切って、わずかに残っている薄味スープに浸してから食べてみると、柔らかくなったうえに噛むと味が染み出してくる感じが確かに美味い。

チラッとデュセスを見るとまだ俺を見てやがった。

「何かな?」

「少し驚いていただけ。黒パンをそのまま齧っていることにも驚いたけど、普通に千切っていることにも驚いた。」

あれは驚いた顔だったのか。ただガン見しているようにしか見えなかった。

「マナーに疎くてさ。ごめんね。」

「そういうことではない。この黒パンは保存されていたもののようだから、出来立てより硬い。それを普通に噛みちぎる顎の力や歯の硬さと苦もなくちぎり取る握力に驚いていたけど、テキーラなのだから驚くことでもなかった。じっと見てごめんなさい。」

デュセスはいいたいことをいって食事を再開した。

なんていい返せばいいかわからねぇけど、マナー違反なわけではないみたいだしいいか。

俺は最後の一口の黒パンを口に放り込んでからリスミナを見ると、なぜか微笑んでいた。

「いわれてみたら確かに初めて見たかも。テキーラくんが普通に食べてたから違和感なかったよ。」

「レベルが上がったおかげで身体能力が上がってるからね。けっこう硬いなぁくらいにしか思わなかったよ。」

こういうほどよい談笑をしながらの穏やかな飯も悪くないな。

アリアたちと外で飯を食うときはわりと戦争だからな。

その後も穏やかな時間を過ごしながら、2人が朝食を終えるのを待った。








ラフィリアの東門からしばらく進んだあと、右手側に広がる木々の中へと足を踏み入れた。
道があるようには見えないが、この先が最初の目的地のようだ。
最初は確かサーベージボアとかいう魔物だったよな。ボアってつくから猪タイプだろうと勝手に思い込んでいたが、こんな木々が生い茂るところにいるなら違うのかもな。

気配察知の範囲を広げながら、先頭がデュセス、少しだけ遅れて俺とリスミナという配置で奥へと進んでいくと、少しずつ木々の間隔が広くなってきたような気がする。
奥に行けば行くほど間隔が広そうだな。これならサイズにもよるが猪がいてもそこまで不思議ではなさそうだ。

疑って悪かったと心の中で思ったところで、俺の気配察知範囲内に入ってきたやつがいる。ずいぶん動きがゆっくりだが、俺らに気づいて警戒してるのか?

「何か近づいてくるね。」

「え?どこ?」

俺の声にリスミナがキョロキョロと周りを確認し始めた。
俺も気配の方に目を向けたが、木が邪魔で目視は出来ねぇな。俺の気配察知スキルも上達してるから、まだそれなりの距離があって見えないってのもあるとは思うが。それにこの距離だと何かがいるのがわかるだけで、相手のサイズすらわからんから、小さくて見えないって可能性もある。

「何体?」

俺の視線の先を追うように目を向けたデュセスが確認してきた。

「5体かな?ギリギリ存在がわかる程度だから、あんまり強くない魔物か、気配を抑えられる魔物だね。」

まぁ気配を抑えるなんて出来るのかは知らんけど。

「見てくる。」

いうが早いかデュセスは三角飛びの要領で木に登り、枝を伝って進んでいった。枝の上を飛び移っての移動なのに不思議と枝が揺れてねぇし、音もほとんどしない。特殊な技術なのかスキルなのかはわからねぇが、こう見れば暗殺者っていうのも嘘じゃなさそうに感じるな。

「なんでわかるの?」

デュセスが離れていくのを見送ってから、リスミナが声をかけてきた。森の中だっていうのに少し警戒が緩んでるっぽいな。

「そういうスキルを得るために訓練をしたからね。でも、このスキルは完璧なわけじゃないから、警戒は解いちゃダメだよ。」

「あっ!ごめん。」

リスミナがあらためて周りに意識を向け始めた。
俺も気配察知だけに頼らず周りを目視で確認するが、今のところは何もいなさそうだ。

それにしても、デュセスの気配が薄っすらとしか感じねぇ。実力とあっていない薄さだから、どうやら気配を抑えるスキル的なのがこの世界には本当に存在するみたいだな。それを使いこなしてるとは、さすが自称暗殺者なだけある。

デュセスに感心しているうちにデュセスの気配が止まった。たぶん5つの気配を目視出来るところに到達したんだろうな。まぁけっこう遠くまでわかるようになったといっても、セリナやアオイとは比べものにならないくらい狭い範囲だから、走って向かえばすぐに着く距離だ。
この後は戻ってくるのかと思ったら、デュセスは5つの気配に向かっていった。そして、5つの気配は徐々に薄くなり、5つとも消滅した。

そのあと、デュセスはすぐに戻ってきた。帰りは木の上でなく、普通に走って戻ってきたようだ。

「スライムだった。」

「…そう。」

イーラの前でなんと答えるべきか迷ったが、イーラは全く気にしてないっぽいな。ならいいか。

「また何かいたら教えてほしい。」

「わかった。」

「2人とも凄いね。」

リスミナが感心しているようだが、この程度で感心するとか本当にソロで冒険者をやってきたのか?よく今まで生きていられたな。

「これからもソロでいるつもりなら、遠くの魔物を把握できるようにはなっておいた方がいいよ。俺は昔それが出来なくて、気づいたらイビルホーンに囲まれて死にかけたからね。」

「が、頑張る。」

若干顔を引きつらせたリスミナの返事を聞きながら、俺らは奥へと進んでいった。

少し斜面になり始めると、木々の間隔があからさまに広くなった。ここなら木をあまり気にせずに戦闘ができそうだ。

さらに奥の方で俺の察知範囲に何かが入った。今回は木々の隙間からわずかに気配の存在が見えた。一瞬だったが俺の観察眼には猪のような顔がちゃんと見えた。といっても目当ての魔物かはわからんが。

「サーベージボアかはわからないけど、魔物がいるね。」

「何体?」

デュセスも前を向いてはいるが、見えてはいないみたいだな。

「今のところは1体だね。どうする?」

「…サーベージボアなら協力して倒した方がいい。皮は綺麗な方が高く売れるから。」

「なら一緒に行こうか。向こうは俺らに気づいてないようだから、慎重に行こう。」

「わかった。」

俺とデュセスで勝手に話を進めてしまったが、リスミナは頷いているから大丈夫だろう。

サーベージボアは首より体側は傷つけない方がいいんだったな。理想は額を叩き割る。時点で首を落とす。それも厳しいなら足の肉を諦めることになるけど、4足とも折るか切断して、動けなくしてから首を落とすだったな。

昨日は帰ってすぐにアリアに謝って新しい魔鉄の剣を借りれたから、とりあえず頭を叩き割るのを試してみるか。たぶん魔鉄だから壊れないだろうし。

倒し方のおさらいをしながら歩いていたら、デュセスが木の陰に隠れるようにして立ち止まったから、俺とリスミナも木の陰に隠れた。

「リスミナ、縄。」

「あ、はい。」

デュセスが左手を出して端的に要求すると、リスミナが慌ててロープをアイテムボックスから取り出してデュセスに渡した。
もしかしてそれで拘束するつもりか?

「あの大きさなら予定通り、サーベージボアが突進の勢いをつける前にテキーラが頭を叩き割り、完全にサーベージボアが止まったところでリスミナが首を落とすでいこうと思う。私はタイミングを見て吊るし上げる。」

「綺麗に首を切り落とせるように頑張るね。」

「リスミナの剣撃が浅いときはテキーラが切り落として。」

ん?そんな作戦だったか?でもリスミナはなんの疑問も持っていないみたいだから、予定通りなんだろうな。
一応ちゃんと聞いていたつもりだったんだが、どうやら聞き流していたらしく、勘違いしていたみたいだ。討伐方法は順番に試すではなく全てで一度の作戦だったらしい。

「テキーラ?」

俺が返事をしなかったせいで、デュセスが振り向いて俺を見てきた。

「ごめん。とりあえず俺はデュセスの合図で飛び出して、真っ先にサーベージボアの頭を切りつければいいんだよね?」

「そう。切れなくても静止させれば十分。怯んだところでリスミナが首を切るから。」

「わかった。」

俺は腰の剣の位置を確かめながら、デュセスの合図を待つことにした。
朝食時の作戦をちゃんと聞いてなかったのは悪かったが、そんなに難しいことではないはずだ。猪なんて助走をつける前ならたいした脅威じゃないはずだからな。…たぶん。

「今!」

デュセスの合図で俺とデュセスが飛び出し、少しだけ反応の遅れたリスミナが走り出した。

デュセスはサーベージボアの後ろに向かい、俺がサーベージボアの頭に向かって進み、俺の後ろにリスミナがついてきている。ただ、俺の気配察知が正しければ、後ろをついてくるリスミナが思ったより遅い。

サーベージボアが俺らに顔を向けたが、もう遅い。これなら初撃で首を落とせそうだが、余計なことはしない方がいいよな。

近づいてみるとかなりでかいな。正面からみたら俺と同じくらいの高さがあるから、4本足で頭の位置が低いといってもそこそこ高い位置にある。
俺はその頭を叩き割るために剣を上段に構え、やっと一歩踏み出したばかりのサーベージボアの頭に振り下ろした。

出来るだけ刃を立てることを意識し、重心を前に移動しつつもブレないように振り下ろしたからか、なかなかの抵抗を感じつつもサーベージボアの顔面を縦に切り裂くことができた。

俺を避けて飛び散るサーベージボアの血を見ながら、思いのほか綺麗に切ることが出来たことが少し嬉しくて口角が自然と上がるのがわかった。

俺が自分の成長を感じている間に到着したリスミナが剣でサーベージボアの首を切ったが、浅いな。サーベージボアの首が太いから仕方ないのかもしれないが、半分も切れてない。それでもやはり首だからか、切られた傷から血が吹き出す。
これは確実に死んでいると思ったから油断した。血を吹き出しているサーベージボアが勢いよく後退した。

マジか!?と警戒したが、どうやらデュセスがサーベージボアの後ろ足にロープを結び、木に吊るし上げただけみたいだ。さすがにこの状態で生きているわけねぇか。

あぁ、そうだ。首を切り落とすんだったな。

急いで吊るされたサーベージボアに近づき、揺れに合わせて剣を横に振りぬき、首を落とした。既にけっこうな血が流れていたと思ったが、首を完全に切り落としたら、まだ勢いよく血が流れている。

魔物の首を切り落として吊るし上げるとか、公開処刑か何かか?これで魔物を怒らせておびき寄せる的な?

「これでしばらく放置しておけばいい。近くに他の魔物はいる?」

デュセスに聞かれて確認すると、魔物かはわからんが、少し離れたところに何かがいるな。

「ちょっと離れたところに1つ気配があるかな。」

「それなら、これはこのまま血抜きをしておいて、そっちを確認してきたいと思う。その気配もサーベージボアなら一緒に納品すれば普通に素材を売るより少し高めの追加料金がもらえるはず。」

へぇ、依頼で受ける方が高く買い取ってもらえるとかあるのか。
というか、魔物を吊るし上げたのは他の魔物をおびき寄せるためではなく、血抜きだったのか。血抜きって言葉は聞いたことあるが、やったことないから知らんかった。下手なこといわなくてよかったな。

「私は大丈夫だよ。でも、あまり役に立ててないけど…。」

サーベージボアの血を浴びたらしいリスミナが顔をタオルで拭きながら近づいてきた。

「サーベージボアの首にあれだけ傷を与えられれば血抜きとしては十分。テキーラがおかしいだけ。」

「いや、おかしいって、デュセスがやれっていったと思うんだけど?」

「テキーラなら出来ると思ったからいっただけ。実際首を落とした方が血はよく抜けるから。ただ、Bランク上位でもなければ一太刀でサーベージボアの首を切り落とせないのも事実。だからテキーラがおかしいだけで、リスミナはDランクとしたら優秀なくらい。」

デュセスが淡々と答えながら、ロープを木の幹に固く結び終えた。

リスミナはソロなだけあって、一応Dランクにしては優秀なわけね。たしかに出会った頃にCランクとかいってたマリナより強そうだしな。

そんなことを思っていたら、相手に気づかれたっぽいな。徐々に近づいてきている。というか、目視出来た。

「サーベージボアであってたみたいだけど、向こうに気づかれたみたい。すぐそこまできてるけど、どうする?」

「隠れて待ち伏せしたいと思う。リスミナはまだ縄はある?」

「同じのならあと6本あるよ。」

「なら、私は縄をもらって、少し離れたところで待機するから、タイミングはテキーラに任せる。私はそれに合わせるから、リスミナも合わせて。」

「わかった。」

こうして見るとデュセスってけっこう出来るやつなんだなと思いながら、俺は木の陰に隠れてサーベージボアを見た。

まっすぐこっちに向かってきてはいるが、警戒しているようには見えないから、俺らに気づいたというよりは血の匂いにつられて近づいてきただけかもしれないな。

デュセスは待機場所を決めたようだし、タイミング的にはそろそろだな。

「リスミナ、行くよ。」

「うん。」

俺がサーベージボアに向かって飛び出すと、俺の後ろについてリスミナも飛び出した。

一瞬驚いたように固まったサーベージボアがすぐに俺らに向かって進み出したが、速度が乗る前に俺が飛びかかり、脳天に剣を突き刺して離脱した。

頭に剣を刺されたサーベージボアは5歩ほど進んだところで伏せるようにして止まった。その瞬間にリスミナが首を切りつけ、またデュセスに引っ張られたサーベージボアが木に吊るされた。

やっぱり首の切断はされていないから、吊るされているサーベージボアから剣を引き抜き、返す剣で首を切り落とした。

「本当に2人は凄いよね。前に組んでたパーティーは6人だったけど、こんなに手際よくなんて出来なかったよ。」

リスミナが体についた血をタオルで拭いながら感心しているような声で話しかけてきた。

確かに手際がいいというのはわかる気がするが、素材回収なんかほとんどしたことない俺には比較対象がねぇからよくはわからん。

「リスミナはサーベージボアを狩ったことあるの?」

「何度かあるけど、こんなに手際よくなんてないよ。初めてのときは倒すので精一杯で毛皮も肉もボロボロにしちゃったし、慣れたあとだって、槌で頭を叩いてから後ろ足を縄で縛って2人がかりで太い枝に吊るし上げて、喉にナイフを刺して血を抜くって流れだったから、1体の処理だけでけっこう時間がかかったよ。こんな同時進行で処理する余裕なんてなかったし。」

やってること自体はそこまで変わらないっぽいけど、その流れを1つずつやっていくか、一度に全行程を終わらせるかの差があるのか。確かにそれだけでもかなりの差がありそうだな。

「近くに他の魔物はいる?」

ロープを木に結び終えて近づいてきたデュセスが確認を取ってきた。

「今はいないみたいだね。」

「なら、血が流れ切るまで2人は休憩していて。私は水を汲んでくる。リスミナは盥とバケツをお願い。」

さっきから薄々感じてはいたが、どうやらリスミナは荷物持ちのようなことをさせられてるみたいだな。アイテムボックスを持ってるやつに頼るなっていうようなことを授業でいってた気がするんだが…まぁいいか。

ただ、なんでわざわざ水を汲みに行くんだ?

「何のために?」

「サーベージボアの毛皮の泥や砂を洗い流すためにも内臓を取ったあとの血の塊を流すためにも必要だから。」

「魔法じゃダメなの?」

「…テキーラはこの大きさのサーベージボアを洗い流すほどの水を出せるの?」

俺が質問をしたんだが、空のバケツを持ったまま固まったデュセスに質問で返された。

確かに無から生み出すのはけっこう魔力を使うかもしれないが、2体を洗い流す程度なら余裕だろ。最悪イーラに頼めばいいし。
…そういや俺は『上級魔法:水』の詠唱文を知らねぇんだったな。てきとうでいいか。

「2体くらいなら問題ないよ。」

「そういえばテキーラくんはもと魔導師なんだもんね!」

リスミナは納得いったというような顔をしているが、デュセスはジト目を向けてきた。

「何?」

「いえ、テキーラだからなんでもない。それじゃあ最初に捕まえた方からお願い。」

よくわからないことをいいながら移動を始めたデュセスとともに最初に吊るしたサーベージボアのところに向かった。

もう血はほとんど垂れていない。血抜きってけっこう早く終わるんだな。

「まずは体についている汚れを落としてほしい。」

さて、詠唱はどうするか…。

「水よ、洗い流せ。」

『上級魔法:水』

空中に生み出した水をサーベージボアの体に当てながら、手で汚れを落としていく。まだ生温かいのが微妙に気持ち悪いが、水のせいか汚れを落としているうちに冷たく固くなり始めてきた。

けっこう汚れがこびりついていたから、落とすのに時間がかかったが、綺麗になったのを確認してから魔法を解除した。

「こんなんでいいかな?」

「………………十分。マジックポーションをあげるから、向こうも頼んでもいい?」

「わかった。でもポーションはいいや。そこまでMPは減ってないし。」

「………そう。それならこの盥に水を入れておいてほしい。そしたらこれの残りの処理はやっておくから、テキーラは向こうを綺麗にしたら休憩していて。リスミナは向こうの処理を始めていて。こちらが終わり次第向かうから。」

「…わ、わかった。」

デュセスは何かをいいたそうにしているように見えたが、何もいってこないってことはリスミナの前ではいいづらいことなんだろう。だから俺はあえて何も聞かずに2つ用意されてる盥のうち、指示された方に水を入れてからもう1体のサーベージボアのもとにリスミナとともに向かった。

「やっぱり魔導師って凄いね。もと魔導師だと冒険者にジョブチェンジしてもそれだけの魔法が使えるものなんだね。」

もう1体のサーベージボアのもとに着いて、水で毛皮を洗い始めたところでリスミナが少し興奮気味に話しかけてきた。

今のいい方からして、リスミナはジョブチェンジしたことないのか?
本当ならジョブチェンジしたらステータスが変わることを教えてあげるのが親切なのかもしれないが、余計な疑問を持たれるのは面倒だから黙っとくか。

「ジョブチェンジしてもSPで覚えたスキルが消えるわけではないからね。」

「でも、ジョブチェンジしたらMPの量とかのステータスは変わるよね?」

リスミナが不思議そうな顔をして確認してきた。
というか、そこまで知っているのにあのいい回しはおかしくねぇか?

リスミナを見ると、ただただ気になったから聞いているだけのように見えるが、もしかして探りを入れられてるのか?

そういや前に道化師連合かを聞いたけど、けっきょく答えを聞けずに流れたことを思い出した。
やつらなら俺が変装したところで気づくような気がするし、逆に俺は相手に気づけないから困る。

やつらは敵ではないらしいが、もしまた正体隠して近づいてきてるなら許す気はねぇ。

「ステータスは変わるけど、冒険者はレベル100まで上げれば十分に魔法は使えるからね。リスミナも100まで上げればわかるよ。」

「先は長いなぁ…。」

少し落ち込んでいるリスミナを観察眼で見てもとくに違和感はないから、演技ではないと思うんだよな。というか、もし全部が演技だとしたら、けっこういろいろ話しちまってる気がするし。だいぶ今さらだな。気にするだけ無駄な気がしてきた。

「今日はパーティー組んでいるんだし、いっぱい魔物を倒せばけっこうレベルが上がるんじゃないかな。」

俺はこのくらいじゃたいした経験値にならないけど、昔のマリナ程度のステータスっぽいリスミナならそこそこ上がるはずだ。といっても今日だけでレベル100は無理だろうけどな。

「確かにこのペースなら上がるかも!この依頼が全て終わればたぶんランクも上がるし、次の休みは討伐依頼も受けたいな。」

なんか鼻歌でも歌いそうなほどに機嫌が良くなった。まぁ金のために仕事してレベルまで上がるなら嬉しいだろうからおかしくはねぇか。ランクが上がって討伐依頼を受けれるようになればレベルも上がりやすくなるだろうしな。

「そうだね。頑張れ。」

「え!?テキーラくんも一緒に依頼を受けてもらいたいと思っていたんだけど、ダメかな?」

驚いたあとの悲しそうな顔からの上目遣い…これを違和感なく普通に出来るんだから凄えよな。これだから顔がいいやつはズルい。

「予定が空いていたらね。先のことはまだわからないから、約束は出来ないかな。」

俺は冒険者の授業を全て終えたら学校に通うのをやめるつもりだ。だからもし次の実践編とやらが最後の授業なら、テキーラの存在もそこで終わりだし、その後のことは約束は出来ねぇ。

「じゃあまた休みの前に誘うね。」

返事代わりに曖昧な笑顔をリスミナに向けてから魔法を解除し、解体をリスミナに任せて俺は少し離れたところにある木陰へと移動した。

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