裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

269話




冒険者応用の授業に参加する場合の集合場所を確認するため、昼より少し早い時間に学校区画の総合受付のあるところに来ると、入り口に1番近い位置のテーブルにデュセスが座っていた。
建物に入ってすぐにデュセスと目が合ったが、とくに気にする必要もないかとスルーして掲示板に向かったら、席を立ったデュセスがこちらに歩いて近づいてきてるのが感覚でわかった。

デュセスはウチで朝飯を食った後に村民区画の正門から出ていったんだが、俺は一応変装してるからと今日も『超級魔法:扉』でゴブキン山の山頂に行った。だから、デュセスとはけっこう前に別れているし、待ち合わせなんかしていない。

だけど、俺の隣に並んで無言で掲示板を眺めるデュセスを見るに、俺のことを待っていたっぽいな。
というか、なんなんだこれ?隣に無言で並ぶとか、俺が目が合ったのにスルーしたことに怒ってんのか?

「おはよう。」

「?…あぁ、テキーラと会うのは初めてだった。おはよう。」

一応挨拶をしてみたら、最初は本当に不思議そうに首を傾げたあとに挨拶を返してきた。

怒ってる感じではないみたいだが、こいつは秘密の意味がわかってんのか?

「なんかようか…な?」

普段の口調で話しかけたのを無理やりに訂正した。
こいつには俺の素で一度接してるせいで、危なくいつも通りに話しかけちまいそうになった。

「?…友だちは用がなくても一緒にいるものでは?」

キョトンとした顔で見つめられた。

デュセスが友だちだといったのはリキの方だろ?いや、テキーラとはクラスメイトだし、間違ってはないのか。

「先にいっておくけど、そんな決まりはないからね。まぁでも同じ授業を受けるんだし、一緒にいればいいかな。デュセスはお昼ご飯は食べたの?」

「それはわかっている。私が勝手にあなたを待っていただけ。だから昼食は食べていない。あと、話し方に凄く違和感がある。どっちが本当なの?」

「怒るよ?」

「なぜ?」

「秘密の意味わかってる?」

「…ごめんなさい。」

やっと理解したのか、デュセスは俯いた。

というかなんなんだよ、こいつは。初めての友だちができて舞い上がってんのか?
友だちができる嬉しさは理解できなくはねぇけどさ。俺も小学生のときに周りから嫌がらせのようなことをされるようになっちまったときに、変わらず友だちでいてくれるやつがいてくれたことに喜んだしな。

あんときは本当に救われた。今でも感謝している。だから、隼人の最後の裏切りはその時の感謝とでチャラにするべきなのかもな。
これは隼人にもう二度と会うことがないだろうからってのと、俺が今をそれなりに楽しく生きられているからこその考えなのはわかってる。
実際、今目の前にあいつが現れたらたぶん反射的に殴り殺すだろうし、思い出しただけで少しずつイライラがたまってきてるっぽいしな。

ただ、この世界に来た当初ほど気にならなくなったのは確かだ。俺も成長してきてるってことかね。

思考が逸れた。

とりあえずデュセスも昼飯を食べてないなら食堂にでも行くか。

なんの約束もしてないのに俺を待っていて飯を食ってないってのは意味わかんねぇけど、それはスルーしよう。

午後の授業の集合場所の確認を終え、デュセスと昼飯を食べるために食堂に移動し、授業までの時間を潰した。




今回の集合場所は学校区画内にある教室らしい。指定された教室は隣接された3部屋で、先着108人となっていたから余裕だろうと思っていたんだが、念のためにと早めにきたのは正解だったみたいだ。どうやら既に2部屋埋まっているらしい。

食堂の砂時計は3分の1くらいは残っていたと思うんだが、こいつらはどんだけ早くきてんだよ。

教室の手前で案内している村人の説明では来た順番に通行証を見せてから入室するとのことだ。だから、ここから見える1番手前の教室にいるリスミナとは別の教室になるみたいだ。
受付を終えて歩き出したときに向こうも気づいたみたいで、手を振られたから軽く手を上げて応えた。そのときに気づいたが、1番手前の教室にはクレハとユリア、あとカルアとルジェだったか?その乙女の集いの4人が並んで座っていた。4人で話していたみたいだが、不意にクレハがこっちを見たから目が合った。ただ、クレハはテキーラ状態の俺を知らないから、目が合っただけでそれ以上の反応をされることなく俺が入り口を通り過ぎて見えなくなった。

そういやあの2人は一度次の授業を受けるのをやめて、俺らとの戦闘訓練に時間を使うみたいなことをいっていたな。だからタイミング的に応用の授業が被っちまったのか。たしかこの授業は5日間で、終わってから次が始まるらしいから、受けれるのが5日おきとからしいからな。

そんなことを考えながら2つ目の教室の入り口前を通るときに中を覗くと、ローウィンスがいるのが見えた。向こうも気づいたみたいで会釈をされたから、俺はかるく手を上げて返事とした。他にも前の授業にもいたっぽいやつらがいるが、名前は知らない。

3つ目の教室に入ると半分くらいが埋まっていた。

いつも通り1番後ろの窓際に座ると、デュセスが隣に座ってきた。そういやここの授業でリスミナが隣じゃないのって初めてじゃねぇか?まぁべつにいいんだが。

この教室で知ってるやつは優男くらいか?こいつは感覚的に十分な実力があるっぽいし、本来のメイン武器なのかは知らないが槍使いも上手かったから、授業を受ける必要があるのか不思議に思う。

「そういえば、デュセスは冒険者じゃないのになんでこの授業を選んだの?」

優男のことを考えていたら、ふとデュセスも必要ねぇじゃんと思い、確認してみた。

「冒険者の授業で先生の目にとまるとリキに会えるという噂があったからというのが1番の理由だけど、強くなれるという噂にも興味があった。」

デュセスはこんなことをいっているが、その噂はいつ頃デュセスの耳に入ったんだ?いや、デュセスは雇われているから、もしかしたら依頼したやつが聞いたのかもしれないが、それにしてもおかしくね?ここの学校って最近できたばかりだろ?

いつ始まったのかは俺は知らねぇけど、俺が村から離れていた期間はそこまで長くない。だから、さすがに他国まで普通は噂が届くなんてことはないだろ。それなりの実績なり悪評なりがなきゃそもそも噂にならねぇんだから。普通は…な。

またアリアたちがなんか企んでいるのかね。俺に会えるって噂なのに俺がそのことをなんも聞いてねぇし。

「実際に声がかかった人っているの?」

「調べたところ、数人に声はかかっているらしい。ただ、その内の1人と直接会って聞いた話では準備があるから会えるのはもう少し先だといわれたらしい。日にちが決まったときにまだ村にいるようなら声をかけるといわれたといっていた。」

実際に声がかけられたってことはただの噂ではないみたいだな。まぁそいつが嘘をついていなければだが。あと、俺と会えるという話をされたやつがいるのに、俺にその話が来てないことが不思議ではあるが。

「その人はよく教えてくれたね。べつに秘密とかじゃないの?」

「口止めはされていないようだけど、聞き出すのにそれなりの金額を請求された。ただ、結果としては無駄な出費だった。」

「どういうこと?嘘の情報だったとか?」

「違う。私が昨日アリアに確認したら、全部教えてくれた。だから無駄な出費となった。あと、参加したければ私も参加していいといわれた。」

アリアが認めたってことは本当なんだろうけど、日にちが決まってから俺にいうつもりなのか?それとも何か理由があってそいつらを騙しているとかか?

「デュセスは既にリキに会ってるんだから必要ないんじゃない?」

「たしかにリキに会えるという権利だけなら、もう私には必要ない。だけど、リキたちの強さの理由を教えてもらえると聞いたら、参加しないわけにはいかない。」

なんだろう…。罠としか思えないのは俺の感覚がおかしいのか?

まぁ、こんな無償で戦い方を教えるような場所なんだから、強くなる方法を教えるってのも本当だろうと思う気持ちはわからなくない。だが、全ての授業を誰にでも無料で提供しているにもかかわらず、なぜ強くなる方法だけは教える相手を限定するんだ?というか、そこに疑問がわかねぇのか?なんで自分だけが特別に教えてもらえるのかって。

いや、冒険者ランクとかで上を目指しているようなやつらだから、特別扱いされていい気になっちゃってるのかもな。というか、目にとまるくらいに強いやつなら特別扱いされるのが当たり前とか思ってる可能性すらあるか。

アリアが俺に声をかけないのは、実際にそいつらを俺に会わせるつもりがないからかもな。それに何か企んでいるのかもしれないが、俺にデュセスから伝わる可能性があるにもかかわらず、直接俺には伝えないってことは面倒ごとなんだろう。俺に負担をかけないように気を使ったんだろうな…きっと。

なら俺は知らぬ存ぜぬで気にしないことにしよう。あとで結果だけ聞けばいいや。

「そうなんだ。どんな話をしたかだけあとで教えてもらえたら嬉しいな。」

「え?リキは……。」

咄嗟にデュセスの口を押さえた際に鳴った「パンッ」という音が思いのほか大きく、教室のやつらが一斉に振り向いた。
しかもまさか俺の名前を呼ぶとは思っていなかったから油断していたせいで、口を塞ぐのが遅れたし、ふざけんな。

俺が振り向いたやつらに苦笑いを送ると、状況を理解したのか興味を失ってくれたみたいだ。

俺は手を下げて、半ば呆れながらにデュセスを見たら、なんか驚いているようだった。

「…避けるどころか全く反応できなかった。」

「俺は約束が守れない人は嫌いだからね。」

「………ごめんなさい。」

一瞬意味がわからなかったのか、驚いているというか訝しんでいるというかの微妙な表情をしたデュセスだったが、自分の発言を思い出したのか申し訳なさそうに謝ってきた。

一度や二度のうっかりは仕方がないにしても、約束を守る気がないならそれなりの対応をする必要があるだろう。
まぁ素直に謝罪してきたから、今回はいいとするけどさ。

「よくそんなんで今まで仕事を遂行できてたね?」

暗殺するならバレたらマズイだろうに、そんなに口が軽かったらいろいろアウトだろ。

「私の仕事は依頼主以外とは一言も喋らないから問題はなかった。」

それはそれでいろいろと問題があるだろうが、たしかに口を開かないならうっかりも何もないな。
むしろ今まで会話という会話がなかったから会話に飢えていて、余計なことまで口走っちまうのかもな。まぁ様子見しつつ、次やらかしたらサーシャよりも馬鹿だという認識を持って気をつけなきゃならないだろう。

「…気をつけるから見捨てないでほしい。」

俺が考えていることを察したのか、デュセスは少し落ち込んだ声色と縋るような目で頼んできた。

…。

「べつにそんなつもりはないけど、気をつけてね。」

俺とデュセスの関係に見捨てるも何もないと思うが、周りに人がいる状況であまり余計な話をしたくないから、そこで話を区切った。

「ありがとう」

なぜお礼をいわれたのかはよくわからなかったが、その後は授業が始まるまで互いに無言となった。

俺らのいる教室が満席となってからしばらくした頃、サラと村人2人が入ってきた。
どうやら今日はアリアもセリナも来なかったみたいだな。もしかしたら他のクラスを担当しているのかもしれんが。

「それでは、時間になったので授業を始めるのです。」

教壇に立ったサラが話し始めた。

村人2人は入り口の側で立っているから、補佐的な感じっぽいな。

「冒険者応用の授業はパーティーでの活動について教えていくのです。でも、自分たちの説明が正解とは限らないのです。あくまで参考として覚えておいてほしいのです。」

クレーム対策なのか、最初に注意から始まった授業の初日は冒険者の仕事をする前の準備の話から始まった。

冒険者にとっては常識なのか、教室内の半分以上が興味なさげに聞き流している。

最初の話は荷物についてだった。

馬車を使う護衛の任務とかなら馬車に積んで荷物を運ぶことも出来るが、基本は荷物は邪魔でしかない。

冒険者のジョブを使っているなら『アイテムボックス』があるが、強くなるにつれてジョブを変更することになった場合は邪魔にならない荷物選びをしなければいけないと、ジョブは1つしか選べないと思わせるようないい方をしていたのが気になった。
サラは複数のジョブを持っているのだから知っているはずだ。それでもそういういい方をするということは広める気がないということだろう。

その荷物なんだが、オススメはベルトにつけるポーチらしい。そんときに凄く懐かしい言葉を聞いた。

少し値段が上がるが、マジックバックのポーチだと重さが変わらないから戦闘の邪魔になりにくいらしい。

俺らは『アイテムボックス』が使えるから、マジックバックとか、すっかり存在を忘れていたよ。最初にもらったはいいが『アイテムボックス』のスキルを得てから必要なくなったからってアリアにあげたんだったな。懐かしい。

俺が使っていたのは肩にかけるタイプだったが、ベルトにつけるポーチにもマジックバックはあるらしい。ただ、俺は四次元ポケット的なものと勘違いしていたマジックバックはある一定までは重さを感じないというだけで、入る量は鞄のサイズ通りらしい。だから、冒険者のジョブなしでの長距離移動は大変そうだな。

そのときにサラが注意していたが、よっぽど信頼のおけるパーティーでない場合、1人を荷物持ちとして冒険者のジョブにさせるのはやめた方がいいとのことだ。

そりゃそうだよな。持ち逃げされたら終わりだもんな。
殺さず捕まえるのは難しいだろうし、殺したらアイテムボックスの中身は失うだろうからな。というか、持ち逃げされなくても先に死なれたら荷物がなくなるじゃん。

サラは持ち逃げや素材なんかの数を騙されたりとかの注意しかしていなかったが、護りながら戦わなきゃならないってのもかなりのデメリットだろ。

あとは金は常に身につけておけとか、薬やポーションは何を持っていた方がいいとか、本当に冒険者初級に必要そうな知識だった。

これこそ基礎の方で教える必要があるんじゃないかと思ったら、俺と同じことを思ったやつがいたようで、サラに質問した。

「たしかにそうなのです。でも、全ての準備をするにはお金がかかるのです。だから、1番大事である防具を基礎では必須としたのです。防具を重要だと思わない人が多いのですが、自分たちは薬や武器よりも必要だと思うのです。もちろん、リキ様のように例外な人もいるのですが。」

なぜここで俺の名前が出てくる?サラと会ったときにはちゃんとチェインメイルを着ていたはずだが。

「先に鞄や薬の話をしたら、そっちの方が大事なんじゃないかと思う人や薬があれば回復魔法は覚えなくてもいいんじゃないかと思う人がいるのです。それは逆なのです。防具を渋る程度の強さの人が相手にする魔物で毒や麻痺にしてくるようなのはほとんどいないのです。少しの怪我は『ヒール』で治せるのです。だから、基礎の授業では話さず、基礎を卒業した人に向けて話すことにしているのです。基礎を卒業した人なら薬代くらいは稼げるのです。」

そういや基礎の授業で防具は自分で用意するとか当たり前のようにいわれたが、持ってなければ授業に参加するために買うしかないもんな。俺も買ったし。
ただ防具を買えといわれても金がないからと渋るやつもいるが、授業を受けるために必須なら、授業を受けたいと思っていれば買うしかないというわけか。

そして今度は鞄と薬を買えと…。誰でもなれる職業ではあるが、登録料から始まって、準備を終えるまでにけっこう金がかかるよな。だからぶっちゃけ誰でもはなれない職業な気がしなくもない。
俺はネックレスが売れたからなんとかなったが、本当に金がない状態だと登録すら出来ないから、詰んでたな。そういや身分証がなきゃ町から出れないんだから、スラム暮らし確定だったわけか。

その後はパーティーを組む方法として、直接的な勧誘以外にも冒険者ギルドで紹介してもらえる場合もあるとかいう話だったり、ソロの場合のギルドの掲示板に貼られている依頼書の難易度の見方だったりと初心者には役に立ちそうだが、俺としては今さらいわれてもというような説明が続き、質問があれば答えるという流れだった。

たしかに知っているやつからしたら聞き流しても仕方ないような内容だったな。

最後に明日の集合場所と、戦闘準備をしたうえでくるようにとだけいわれて解散となった。

明日からは武器も持参らしい。まぁ俺は借りる気満々だけどな。
あとでアリアに頼んでおこう。

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