裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

267話



アラフミナの王都ラフィリアが近づいたところで、イーラが止まった。

なんでこんな中途半端なところで止まったのかと思ったら、そういや俺らはデュセスがどこに住んでるか知らねぇんだよな。

「デュセスってどこに泊まってんだ?」

俺の前でやけに大人しくしているデュセスに声をかけると、デュセスがわずかに体に力を入れたのがわかったが、すぐに脱力したようだ。
まだ動けねぇのか?

「特に決めてはいない。ラフィリア内の宿屋であれば問題ない。」

「いや、そういうことが聞きたかったんじゃないんだが、今借りてるところはないって解釈でいいのか?」

「そう。急な呼び出しもありえるから、基本的に宿は1日ずつしか借りない。」

毎日更新する方が目立ちそうな気がするけど、暗殺者として大丈夫なのか?いや、今回は俺に会いに来たんだったか。

まぁ普段は長期滞在することが少ないのかもしれないな。

「一応聞くが、ここから1人で帰れるか?」

「やっぱりあれはラフィリアの外壁。端的にいえばまだ歩けない。腕は少し動くようになったけど、たぶん足は動かない。あまりにも着くのが早すぎて、回復できていない。こんなに早く着くなんて想像出来るわけがない。…いえ、考えが甘かった。ごめんなさい。ここに置いていくのはやめてほしい。」

べつにこんなところに置いていくつもりはなかったが、黙って聞いていたら勝手に言い訳を始めて勝手に謝ってきた。

「さすがにデュセスを担いでラフィリアに入りたくねぇから、村のとこの宿屋でいいか?」

「たしかにあなたはただでさえ注目を集めているから、女を抱えて宿屋に入ったらマトモな噂は流れないのはわかるけど、カンノ村の宿屋は高すぎる…でも、ここに置いていかれるよりはいい。お願いしたい。」

村のとこの宿屋のやつらに任せて終わりでいいかと思ったところで、嫌な予感がした。
そういや今はジャンヌがいるんだよな。面倒なことになる気しかしねぇ。

「いや、今日はウチに泊まっていけ。部屋は余ってるから一晩くらいは貸してやる。飯も1人分くらいは余裕があるはずだ。デュセスは俺たちのことが知りたいんだろ?ならアリアと話せば聞きたいことが聞けんだろ。」

アリアならいってもいいことというべきでないことを選んで話してくれるだろうし、ちょうどいい。

「いいの?私はあなたのいう通り、カテヒムロの命令できているのに、中に入れるようなことをしていいの?」

「べつに屋敷内なら見られて困るものもないしな。ただ、先にいっておくが、勝手に動き回るようなことをしたら追い出すからな。聞きたいことがあるならアリアに聞け。」

「優しさに甘えたいと思う。ありがとう。」

デュセスは俺に背中を向けたままだから表情はわからんが、珍しく言葉に若干の感情が乗っていた気がした。

「イーラ、このまま村まで頼む。」

「は〜い。」

イーラが念話で返事をして走り始めた。

ここで一度森が途切れるから、ラフィリアの門番からは丸見えになるが、気にせず進む。
ここから歩くのは面倒だし、ラフィリアの門番は俺らのことを知っているからか、犬型イーラで走っていても攻撃されることもないし、特に何かをいってくることもない。まぁ今回が初めてじゃねぇからな。

それに見られるのも一瞬だし。

首都だけあってめちゃくちゃデカイが、イーラの速度は新幹線より速そうだから、通り過ぎるのもわりとあっという間だ。まぁ新幹線の正確な速度なんて俺は知らねぇけど。

ラフィリアを通り過ぎた速度のままでゴブキン山の麓の森をかき分け、カンノ村の村民区画の門の前で止まると、ドライアドが門の前にいた。門から少し離れているが、トレントも上手い具合に森の木々に混じっているから、位置的にこのトレントも門番なのだろう。門の周りには獣人たちは1人もいないところを見るに、もう夜だし、いつもの門番たちと交代しているみたいだ。

ドライアドたちに挨拶してから門を通り、屋敷の前に着くと、屋敷からアリアが出てきた。

わざわざ出迎えなんかしなくていいのに、門番のやつらが連絡でもしたんだろう。以心伝心の加護を使えないのにどうやって連絡したのかは知らんが。

「ただいま。」

アリアに声をかけつつイーラから降り、デュセスを犬型イーラの背中から引き抜いて肩に担いだ。

「…おかえりなさい。そちらは?」

「これか?これはデュセスだ。いろいろあって殺しかけちまってさ。…すまん。アリアからもらった神薬を使っちまった。」

もらいものとはいえ、無駄な使い方をしちまったから、本気で申し訳ないと思う。だから、気まずい顔になりながらも、右手を上げながら軽く頭を下げて謝罪した。

「…お役に立てたならなによりです。神薬はまた用意するので気にしないでください。デュセスさんは神薬で治っているのに、なぜリキ様に担がれているのですか?」

なんかアリアの声に違和感があった。帰ってくるのが遅かったから怒ってんのか?

「なんか体がうまく動かねぇらしい。たぶん血が足りねぇんじゃねぇの?あと、デュセスをウチに泊めることになったんだが、飯ってあるか?あと、空いてる部屋を教えてくれ。」

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

『リジェネレイト』

『リビタライズ』

「…まだ動けませんか?」

アリアは俺の質問には答えず、魔法を複数使ってからデュセスに確認をとった。

「……さっきよりは動けるけど、まだ思うようには動けない。でも、体が温かくなったからもう少し休めば動けるようになると思う。ありがとう。」

俺の肩の上でモゾモゾと動き出したデュセスが答えたんだが、落としかねねぇからいきなり動くなよ。

「…では、これを噛み砕いて飲んでみてください。」

アリアが俺の背中側に回ったから首だけで振り向くと、デュセスに丸い何かをアイテムボックスから取り出して渡していた。

「なんだそれ?」

「…増血丸の試作品です。リキ様は優しいから、たまにサーシャに血をあげているようなので、フェイバーさんに相談して一緒に作っているものです。」

見たことないものだったから聞いてみただけなんだが、よくわからない返答がきた。俺は優しさでサーシャに血を飲ませたことなんか一度もねぇけどな。
増血剤くらいは異世界なら普通にありそうなんだが、これはアリアの特別製ってことか?

デュセスは少し迷っていたようだが、増血丸を口に入れた。その後、ゴリゴリと噛み砕く音が聞こえたから、食べたフリではなさそうだ。

その直後、デュセスと接している俺の肩からめちゃくちゃ勢いのいい鼓動が聞こえ始めた。

「…効果が強すぎたようですね。ごめんなさい。」

『フェルトリカバリー』

『ヒール』

デュセスが噛み砕く音がおさまってからしばらくしたところでアリアが口を開いた。
なんかあったのかと見ていたら、アリアがアイテムボックスからタオルを取り出してデュセスの顔を拭き始めた。
白いタオルに赤い模様がついたようだが、鼻血でも出たのか?

「たぶんもう大丈夫だから下ろしてほしい。」

デュセスにいわれて肩から下ろしてやると、どうやら立てるようにはなったみたいだ。

ふらつく感じもないしもう大丈夫なんだろうが、さっきまで青白かった顔がけっこう赤くなってるのが逆に心配になる。しかも顔だけじゃなく、露出している肌は全て赤みが増している。

「風呂上がりみたいな色になってるが、大丈夫なのか?」

「少し体は熱いけど、鼓動もおさまったし気持ち悪さも治ったから問題ない。『無慈悲』のアリアについてはよくわからない部分が多かったけど、今の短時間でわからなさが増した。どういうこと?アイテムボックスを使っていたから冒険者?なのに私が初めて聞く魔法まで使っていた。それに薬まで作った?どういうこと?」

「…治ってよかったです。これで帰れますね。それではまた明日、授業でお会いしましょう。カテヒムロの密偵さん。」

デュセスにされた質問には一切答えず、アリアは帰れといわんばかりの言葉を語気を強めて返した。

アリアは基本無表情だが、これはデュセスにケンカ売ってんのか?
しかも、デュセスが一歩引くくらいの圧力を言葉に乗せてるようだし、どうした?

なんかアリアがご機嫌斜めみたいだから、左手のガントレットを外してアリアの頭を撫でた。

「デュセスを治してくれてありがとな。あと、帰るのが遅くなってごめん。だからそんな怒らないでくれ。こいつは俺の判断で連れてきたんだ。客として接してほしい。」

「………………………はい。ごめんなさい。リキ様に怒っていたわけではないです。」

しばらく撫でていたら、怒りをおさめてくれたみたいだ。何に怒っていたのかはけっきょくわからんが、落ち着いてくれたなら良かった。これから頼みたいことがあるからな。

「なら良かった。それで、なんかデュセスはカテヒムロの命令で俺らのことを調べたいらしいんだけど、協力してやってくんねぇか?」

「…え?」

聞こえなかったか?

「デュセスが聞きたいことがあるらしいから、話し相手は任せていいか?話していいことと話しちゃまずいことの判断はアリアに任せるからさ。」

「…わかりました。」

「ありがとな。アリアがいると本当に助かるよ。」

お礼をいいながらアリアの頭をくしゃくしゃっとしてから手を離し、デュセスに向き直った。

「飯の前に風呂入るぞ。さすがに汚れたまんま食堂に入れたくないからな。」

「え?いや、さっきもいったけど、私にも羞恥心がある。私は待っているから、あなたが先に入るべき。」

「いや、べつに一緒には入らねぇよ。俺は早く飯を食いてぇからシャワーでいいし、デュセスは大浴場を満喫してくればいい。いや、でも体が火照ってるんだったか?ならもう一つの方のシャワー室を使え。それなら間違って出くわすこともねぇだろ。イーラ案内してやれ。」

「は〜い。」

俺はいうだけいって、体からテンコを追い出してから、シャワー室に向かった。

まぁシャワー室に連れていくくらいはイーラでも出来るだろうし、ここにはアリアもいるから、間違ってこの屋敷内でデュセスが俺の仲間たちになんかされることもねぇだろう。






シャワーを浴び終え、食堂に入るとアリアとイーラとテンコが座って待っていた。

てっきりイーラもシャワーを浴びてくると思ったんだが、俺より早いってことは入らなかったのか?まぁイーラの今の姿は変身しているだけだから、汚れたりとかないというか、汚れすら自力で除去出来そうだし、風呂に入る必要はないのかもしれない。個人の気持ち的には入ってほしいが。

食器が同じテーブルの4ヶ所に用意されているから、ここでまとめて取れというわけか。たしかに4人しか食わないのに離れて食うのも寂しいしな。

「悪い、待たせたな。」

「…いえ、気にしないでください。」

「大丈夫だよ〜。」

「大丈夫。」

デュセスはまだ来ていないが、腹減ったし、悪いけど先に食うか。

「デュセスの分は用意できそうか?なければ携行食でも食わせるけど。」

「…大丈夫です。用意してもらいました。」

あらためて用意してもらったなら料理担当のやつらに申し訳ないな。そういや食器も用意してあるし、俺らのために仕事してくれてんのか?あとでお礼をいっておかなきゃな。

「じゃあ先に食っちまうか。デュセスの分はデュセスが来たら用意してやればいい。」

「…はい。」

俺がキッチンの方に頼みに行こうと思ったら、アリアが以心伝心の加護で連絡を取ってくれたようで、しばらくしたら温かそうなスープにパン、焼きたてのなんかの肉のステーキとサラダを持ってきてくれた。

「ありがとな。キッチンにいる他のやつにもありがとうって伝えといてくれ。」

「はい!」

料理を持ってきてくれたやつにお礼をいってから、俺らは飯を食べ始めた。
アリアは既に食べていたようで、俺らが食べてるのを見ている。

「…デュセスさんは仲間ということですか?」

なんかアリアから凄え見られてんなと思いながらスープを飲んでいたら、話しかけられた。

あらためて聞かれると返答に困るな。まぁ敵ではないが、仲間かと聞かれると…クラスメイトとしては仲間なんだろう。ただ、あれはテキーラだからこそだからな。

「仲間かどうかはデュセスがどう思ってるか次第だな。少なくとも敵ではない。まぁ仲間だろうが一時の関係だろうが、ここに住まわせるわけでもグループメンバーになるわけでもないんだから、そんなに気にしなくていいと思うぞ。」

「…はい。リキ様としてはどうしたいかの希望などはありますか?」

どういう意味かと思ったが、そういやデュセスとの話し合いを任せたから、俺の意向を確認しておこうと思ったわけか。それも含めて全て任せるつもりなんだけどな。

「いや、とりあえず俺は敵対さえしなきゃ、あとはどうでもいいからアリアに任せるよ。」

「…はい。」

任せっきりで悪いとは思うが、この世界の常識なんかはアリアの方が知ってるだろうからな。俺はそういうことは放置し続けたからよくわからねぇし、適材適所だろ。

「そういや、デュセスが来る前に確認したかったんだが、なんでアリアはデュセスがカテヒムロの密偵だって知ってたんだ?」

「…ローウィンス様に協力してもらいました。」

「どういうことだ?ローウィンスになんかやらされてるとかか?」

「…違います。わたしたちはまだ情報収集をするための土台ができていないので、広い範囲の情報収集が出来ません。なので、ローウィンス様から情報を買いました。」

土台が出来てないって、作るつもりなのか?いや、それも気にはなるが、それ以上に情報を買った?たまたまローウィンスに教えられたとかならわかる。だが、買うってことはそういうやつらが来ると予想していた。もしくはデュセスを見てその可能性を見出したってことだよな。そうでなきゃ情報をわざわざ他者から買おうとまでは思わねぇだろしな。

ただ、デュセスはいうほど怪しいとは思……わなくはなかったな。いきなり俺に会いたいとかいっていたし。だが、それは俺がデュセスと話す機会があったからだ。これだけ大勢の人間が出入りしてる中から怪しそうなやつをピックアップして、都度情報を集めてもらうってのは現実的ではない気がする。そもそもそこまで警戒する理由もわからんし。
あるとすれば現時点で敵対するやつらがいて、そいつらを警戒しているとかか。

「敵対している国でもあんのか?」

「…まだわかりません。現時点で確認出来ている他国の密偵がデュセスさんを含めて4人と組織の密偵が3人アラフミナの貴族の密偵が4人です。今のところはその中で何かを仕掛けてきた方はいません。」

「…ん?」

予想外の返答に驚き、まだ3回くらいしか噛んでいない肉塊を飲み込んじまった。

カテヒムロだけじゃないどころか、密偵多すぎね?しかもバレちゃダメじゃね?いや、なんでアリアはそれに気づいてんの?ローウィンスが調べたってこと?疑問だらけなんだが。

「…大丈夫です。敵の炙り出しと様子見している相手への釘刺しは予定しています。わたしも補佐として動いているので、心配しないでください。」

俺の疑問の声を勘違いして受け取ったのか、さらにわけわかんねぇことをいい始めた。

「いや、そもそもなんでそんなに密偵が来てるんだ?」

「…わたしの予想ですが、理由はリキ様を知りたいからだと思います。その中でも2つの理由が主だと思います。1つは噂でしか知らないリキ様を知れるいい機会だと思ったのだと思います。2つ目は、平民に知恵をつけられると困る貴族がたくさんいるにもかかわらず、貴族の集まる王都の近くに堂々と学校を建てたリキ様を危険視したからだと思います。」

俺のことを知りたがる意味がわからねぇが、それを置いておくにしても、なんで学校を建てたら危険視されるんだ?目障りだと疎まれるならわかるが。

「なんで危険視なんだ?ムカつくなら潰しに来ればいいだろ。貴族なら権力もあるんだろうし。」

「…アラフミナの貴族は国王が何もいわないうえに王族の領地で行われているために表立って手出しをできないのだと思います。そして、その事情を完全には知らない他国からすると、ただの冒険者に過ぎないはずの個人が、王都の近くで誰でも入れる学校を作っているのに誰にも邪魔をされないということに異常性を感じているのだと思います。それだけの何かをリキ様が持っていると。慧眼だといわざるを得ません。」

金を搾取するなら馬鹿の方が扱いやすいってやつか。でもある程度の知識がなきゃ搾取する金すら生み出さねぇと思うんだけどな。
まぁ領地経営なんかしたことないから知らんけど。

「俺が無駄に目立っちまってることはわかった。だが、怪しいやつの情報を都度ローウィンスから買ってるのか?それだと関係ないやつの情報にまで無駄に金がかかるんじゃねぇのか?」

「…ローウィンス様からは最初に周辺国の密偵として使われそうな人物の名前とアラフミナの貴族の密偵として使われそうな人物の名前を教えてもらいました。たしかにお金はかかりましたが、学校と宿屋で得たお金で間に合いますし、見合った額だと思っています。そのおかげで、あとは村に入るときの登録の際に知れる本名と照らし合わせるだけで済んでいるのでだいぶ楽です。密偵とわかればわたしたちと治安維持部隊で情報共有し、村内にいる間は監視しています。他にもローウィンス様が村内で見かけた組織の密偵を教えてくれることもあります。」

共有している“私たち”には俺は含まれてないみたいだが、アリアのことだから面倒なことをさせないように気を使ったんだろう。と思っておこう。

というか、ローウィンスはなんでそんなに情報を持ってるんだよ。王族だとそういう伝手でもあるのか?

「たしかに怪しいやつの情報を前もって知れるのはいいことだから、よくやったと…ん?最初に?」

ローウィンスから前もって情報を得たってことは、こういう状況を予測していたってことだよな。いつから予測していたんだ?

「…はい。誰でも授業を受けられる学校を始めると噂を流している段階でローウィンス様に調べてもらっていました。」

なんだこれ?聞けば聞くほど疑問が生まれてくるんだが。
噂を流してるってなんだよ。いや、学校できてすぐにこれだけ人がいれば、なんかしたんだろうくらいの想像はしていたが、アリアは基本俺といたはずだ。いつのまにそんな噂を流していたんだ?

いや、なんか聞けば聞くほどわかんないことが増えていくから、このくらいにしておこう。ちょっと考えるのが面倒になってきた。

アリアがいろいろやってるみたいだが、聞いてる感じちゃんと考えてるっぽいし、大丈夫だろ。アリア1人じゃ出来ることなんてたかが知れてるだろうし、ローウィンスが関わったせいで大事になったなら、ローウィンスに責任を取らせればいい。俺に内緒でアリアと手を組んでなにかをやっているローウィンスが悪い。

「そうか。まぁ、無理はすんなよ。」

「…はい。今回の件はサラに任せているので、もしうまくいったら褒めてあげてください。」

また予想外の言葉が出てきやがった。

サラか…。

恋に仕事に…そうやって成長していくのか。

大人の階段の〜ぼる…。

ふと頭の中に懐かしい歌詞が浮かんだところで、食堂の扉が開いた。
どうやらデュセスが来たみたいだから、ひとまず話は終わりだな。

「あぁ、なんかあったら手伝うからいってくれ。」

「…はい。ありがとうございます。」

俺がアリアとの話を終わらせ、扉の方に目を向けると、なぜかヴェルがここまでデュセスを連れてきてくれたようで、ヴェルが先導する形でデュセスが食堂に入ってきた。

デュセスはヴェルの後ろを歩きながら、わずかに視線を動かして周りを確認していた。まぁ一般人からしたら無駄にデカい部屋だから気になるのかもな。それとも、職業的に間取りの確認でもしてるのかね。

「早かったな。」

さっきまで瀕死だったから、風呂に入るのも一苦労で時間もかかるだろうと思っていたが、意外に早かった。アリアと喋りながらとはいえ、俺はまだ飯を半分ほどしか食っていないしな。

「待たせてごめんなさい。シャワーだけでもありがたいのに、服まで貸してくれてありがとう。いくら払えばいい?」

べつに金はいらないと思ったが、服は俺のじゃねぇから勝手に答えんのも悪いか。

「その服はヴェルが貸したのか?」

「そうだよ。シャワーを浴びようとしたら知らない人間がいたから話を聞いたら、リキ様の友だちだっていうからね。服は破けてもいいような安物だから貸したというよりあげたつもりかな。じゃあ、僕は部屋に戻るよ。」

「あぁ、ありがとな。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

ヴェルにお礼をいうと、爽やかな笑顔を返された。いいことでもあったのかね。

ヴェルを見送ってから視線をデュセスに戻した。
あぁ、そんなことより金の話か。俺とデュセスがいつから友だちになったのかは疑問だが、ヴェルが服はあげたっていうなら金を取る必要はねぇか。いや、もし国から経費が出てんなら、遠慮なくもらうべきか?

「国から金をもらってんなら相場程度の金をくれりゃあいいよ。もらってないなら今回はいらん。一晩だけだしな。ちょうどデュセスの分の飯を持ってきてくれたみたいだし、そこに座れ。あとは食べながら話せばいい。」

食事係がデュセスの分の飯を持ってきてテーブルに並べ始めた。メニューは俺たちと一緒だ。

「ご飯まで…ありがとう。相場に自信がないけど、銀貨5枚で足りる?国からは依頼料と別で一月銀貨150枚もらっているから、足りなければいってほしい。」

デュセスは腰のポーチから銀貨5枚を出してから席に着いた。どうやら下半身に付いてたポーチはイーラに返してもらったみたいだな。…下半身自体はどうしたんだ?今はアリアがいるから、デュセスが余計なこといってなんか勘違いされるのも面倒だし、聞くのは後にしよう。

それにしても国からけっこうもらってるなと思ったが、1日計算にしたら銀貨5枚か。宿代考えるとわりとギリギリだな。なのに服代と晩飯と一晩の宿泊だけで銀貨5枚もらうのは悪い気もするな。明日からの授業のための防具も買わなきゃだろうし。いや、防具に関しては俺に攻撃してきたせいだから、自業自得っちゃ自業自得だが。

そういやちょうど聞きたいこともあったし、それと交換条件にすればいいか。

「いや、やっぱり今回は金はいらん。代わりといっちゃなんだが、デュセスが使ってたあの戻ってくるナイフのことを聞きたい。教えても平気なものなら教えてくれねぇか?」

「ごめんなさい。あれは私の商売道具であり、国が開発した魔法陣でもあるから詳しいことは教えられないし、見せることも出来ない。教えられるのはあのナイフは特殊な魔法陣を彫り込まれていて、MPを流すと私のもとに刃を向けて戻ってくる。」

追尾型ではなくて、手元に戻ってくるだけなのか。まぁそれだけでも十分便利だが。

「魔法陣?でもあんとき浮き上がったのは円形の模様じゃなかったぞ?」

「?魔法陣にそんな決まりはないはず。少なくとも、カテヒムロではそんな決まりがあるなんて聞いたことがない。私の武器に彫り込まれた魔法陣には円形の中に模様を刻むものもあるけど、それ以外もある。」

ふと思ったことを聞いちまったが、どうやら俺がイメージするものとは違うのかもな。まぁ俺自身、魔法陣に詳しいわけじゃねぇし、そもそも地球の知識を持ち出したところで、この世界の人間からしたら何いってんのこいつって感じだろうな。

「魔道具ってやつか?」

「考えていなかったけど、確かに魔道具の分類に入る。ただ、使うのは自分のMPだから、売っている魔道具とは少し違うかもしれない。それに作るのも特殊な技術はとくに必要ないから、魔法陣さえ知っていれば誰でも作れる。」

「…正しい魔法陣であれば、どんな効果でも武器にのせられるのですか?」

アリアも気になったのか、俺とデュセスの話に参加してきた。
そういやソフィアが魔道具作ってるんだったか?なら気になったりするのかもな。

「MPで発動できる魔法陣に限られるけど、武器に正確に彫り込めるなら平気なはず。でも、あまり大きな魔法陣は武器の中に彫り込みきれないし、細かすぎると失敗する可能性もある。それに必要なMPは変わらないから、あまり効果の強い魔法陣は必要なMPが多すぎて、戦闘中に役に立たない場合がある。あと、複数の魔法陣を入れると発動しないし、最悪武器が壊れる。」

「…ありがとうございます。」

「これはお礼であり、リキ・カンノを友だちだと思っているから話しただけ。だから、このことを広めるのはやめてほしい。」

「…はい。村内だけで情報を止めておきます。」

「助かる。」

「ちょっと水を差すようで悪いんだが、デュセスの中で俺は友だちなのか?基準がよくわからないんだが。」

べつに友だちってのは自然になるものだから、理由なんていらないんだろうが、デュセスとは友だち認定されるようなことがなかったと思うんだが。

「なぜ?私たちは学校で同じ授業を受けた。本気で戦いあった。秘密を共有した。家に招待された。私の知識ではもう友だちだと思うのだけど、違うの?」

言葉だけ並べると友だちっぽいような気もするけど、なんか違う気がするんだよな。

まぁクラスメイトだから友だちってのも間違いではないのか?
女子とかは好きな人が同じだったときに牽制する意味を込めてズッ友とかいうくらいだし、友だちってのは軽い感じに受け止めときゃいいか。友だちと親友は別物だし、親友だって裏切るときは裏切る。それに友だちってのは自然消滅したりするもんだからな。

「なんか違うとは思うが、間違いでもないのかもな。」

俺が曖昧に返事をしたせいか、デュセスは首を傾げた。

「あと、デュセスが使ってた紙についても聞きたいんだが。」

「紙?スクロールのこと?あれは魔法陣が描かれていて、その描かれた魔法を使える使い捨ての魔道具。」

俺はわりと無理やり話を変えたんだが、デュセスはこれにも答えてくれた。聞いといてなんだが、暗殺者がそんなにペラペラと教えてくれていいのか?それとももしかして、この道具の存在自体は常識だったりするのか?

「武器は使い捨てっていわなかったが、武器も使い捨てなのか?もし武器は使い捨てでなくて何度も使えるなら、わざわざ使い捨ての魔道具を使うのはもったいなくないか?」

「使える魔法が違う。武器に彫り込んだ魔法陣は自分のMPを消費して魔法を発動する。それに対してスクロールは既に込めてあるMPを消費するから、自分は起動するためのわずかなMPを消費するだけで大魔法を使うことも出来る。ただ、スクロールは作れる人が限られる。私は作れない。」

「…精霊の力を借りる魔道具とは違うのですか?」

「半永久的に使える魔道具は複数の魔法陣を併用して常に作用し続けているから魔力が循環している限りは効果が続く。ただ。それは魔道具自体がその負荷に耐えられるから出来るだけで、どちらにせよスクロールの場合は耐えきれずに途中で燃える。だから、精霊の力を使ったスクロールも作れるけど、使い捨てに変わりはない。」

「…ソフィアさんが素材を指定していたのは、耐久性も考慮してのことだったんですね。納得しました。ありがとうございます。」

なんか2人で専門的な話を始めちまったから、何いってんのかよくわからん。

とりあえず、そういう武器アイテムが存在するってことだけわかればいいか。そういやスクロールは前にフォーリンミリヤで売ってるのを見かけたことあるし、ちょっと買って試してみるのもありかもな。

「俺から聞きたいのはそんなところだ。そんで、デュセスも俺に聞きたいことがあるんだろ?答えられる範囲でなら答えるぞ。」

答えるのは主にアリアだが、せっかくだから俺がいるうちに聞いておくことにした。
俺個人に対する質問だったら、アリアじゃ答えられないこともあるかもしれないしな。

「本当にいいの?」

「あぁ、答えられることしか答えねぇけどな。」

「ありがとう。申し訳ないけど、『虚言察知の加護』を使わせてもらう。」

デュセスは断りをいれてから、ポーチから指輪を取り出して左手の人差し指にはめた。

「なにそれ?」

「嘘を見抜ける加護。あなたを疑うわけではないけど、仕事だから許してほしい。」

べつに俺もそういったスキルを使うこともあるからかまわないが、わざわざ断りを入れるとか律儀だな。

「使うのはべつにいいんだが、そんなに便利なものをなんで常につけてないんだ?」

「たしかに便利かもしれない。でも、人間は小さなものを含めれば日常的に嘘をつく。それに一々反応されるのが煩わしいから、私は必要なときにしかつけたくない。」

まぁわからなくはないな。
例えばお世辞をいわれたときに反応したら、わかっていてもなんかムカつくしな。

「そうか。それで、何を聞きたいんだ?」

俺はちょうど飯を食い終えたから、デュセスから話を聞く姿勢を取った。

「国からの依頼は噂の真偽を確かめることとリキ・カンノがどういう人かを見てくること。でも、その前に私個人として聞きたいことがある。聞いてもいい?」

「答えるかは別だが、好きなことを聞けばいい。というか、俺のことは毎回フルネームで呼ばずに名前でいいぞ。」

「友だちが出来たのは初めてだから、呼び捨てにすべきか、くんをつけるべきか、さんをつけるべきかがわからない。なんて呼べばいい?」

なんか残念なやつだな。
まぁ育った環境的に仕方ないことなのかもしれんけどさ。

「リキでいいよ。テキーラのときも呼び捨てだったんだし、俺も呼び捨てでかまわない。」

「わかった。リキ。…リキ…ふふっ。……私が聞きたいのは、この村を作った理由。」

なぜか俺の名前を呼んで笑いやがったと思ったら、すぐに真顔に戻って質問された。
さすがに失礼だろと思ったが、まぁいいか。

「なぜっていわれても、ここの領主が村を用意してきたから、俺は村長として住んでるだけだな。」

「リキが領主ではないの?」

なにいってんだこいつは?領主ってのは貴族がなるもんだろうにただの冒険者の俺がなれるわけねぇじゃん。なれるとしてもなる気はねぇが。

「んなわけねぇだろ。ここの領主はローウィンスだよ。」

「ローウィンス…アラフミナ王国第三王女のローウィンス様?」

「あぁ。他に同じ名前がいるのかは知らねぇが、ここの領主は元第三王女のローウィンスだよ。」

「元?恥ずかしながら情報が不足している。元というのはどういうこと?」

ん?これっていっちゃいけないことだったのか?判断に迷ったからアリアを見てみたら、頷かれたから大丈夫そうだ。

「今はスルウェー公爵として、この辺の領主をやってるよ。」

「…王族が見ているという噂も……でも……いや、それなら納得も…………もしかして、アインがローウィンス様?」

急に独り言を呟き始めたデュセスを見ていたら、ふとなにかを思いついたような顔をして質問してきた。まぁあいつは変装してないから、わかるやつにはわかるわな。それでもアインを名乗っているからには一応隠したいのかもしれねぇし、いわねぇ方がいいのか?

迷った時のアリアということでまた視線を向けたが、今度は頷きもしなければ首を横にふりもしなかった。これは俺が判断しろってことか?

「まぁそうだ。ただ、このことは誰にもいうなよ。デュセスの依頼にもそれは含まれてないだろ?」

「今している質問は個人的なもの。もちろん拷問されても誰にもいわない。」

そこまでして秘密にしてほしいことではないが、まぁ黙ってくれる分にはいいか。

「そ、そうか。個人的に聞きたいのはそれだけか?」

「まだある。なぜあなたは子どもだけを集めているの?」

「集めてるっていうか、なぜか勝手に増えてるんだがな。まぁ断らずに受け入れちまってるのは確かだが。ガキどもは自力じゃどうしようもねぇから、目についたやつや自力でここまで来たやつくらいの衣食住だけは用意してやってるだけだ。もちろん努力しねぇやつの面倒を見てやるつもりはねぇから、無償ってわけでもねぇけどな。あと、俺より年上のやつの面倒を見てやれるほどの善意は俺にはねぇ。ガキどもと違って大人なら自分でどうにかしろって俺は思っているし、どうにも出来ないほどダメになってるとしても、それは自業自得だ。」

「子どもたちを無理やり鍛えて戦闘奴隷としているという噂を聞いたことがあるけど、村の子どもたちはみんなリキのことを尊敬していたし、奴隷紋や奴隷の首輪はなかった。でも、子どもとしては強すぎるほどの戦闘能力を持っているのも確か。どっちが本当なの?」

一度俺に関わる噂を全部聞いてみてぇな。ずいぶんいいたい放題いってくれるじゃねぇか。しかもところどころ本当だからタチが悪い。

「戦闘奴隷とは思っていないが、自衛出来る程度には全員を戦闘訓練させてるから、無理やりさせられてると思ってるやつもいるかもな。こんな森の中にある村なんだから、自衛出来なきゃどうにもならんからな。俺は出かけてることが多いし、村にいたとしても全員を護ってやれるわけじゃねぇし。」

「そう。やっぱりリキは優しい。リキが20年早く産まれていてくれたら良かったのに。」

20年早く産まれてたら、俺はこの世界にいない可能性が高いけどな。

「今の話を聞いて何を勘違いしてんのかはしんねぇけど、俺は優しくなんかねぇよ。自分に余裕があったのと、アリアが有能だったのと、ローウィンスとたまたま知り合えたから、こんな村を作れただけだ。どれか1つでもかけていたら、俺は死にかけの人間を見ても助けたりなんてしない程度の人間だ。」

「優しいかの判断は自分ではなく周りがするもの。だから、リキがなんといおうと現時点での私の評価は変わらない。リキは優しくて立派な人。友だちになれて本当に良かったと思う。それに最後の言葉は嘘だと反応した。きっとあなたは死にかけの人を見れば助けようとする。結果はどうあれ、その気持ちを持っているのは素敵だと思う。」

そういって微笑んだデュセスは今までの無表情とのギャップのせいか、やけに可愛く見えた。
ローウィンスに対しても思ったことがあった気がするが、本当に顔の整った女はずるいと思う。ただ笑顔を向けられただけで、否定する気力を失っちまった。

「いってろ。それで、聞きたいのはそれだけか?」

「私が個人的に聞きたいのはそれだけ、あとは噂の真偽の確認がしたい。」

噂に関してはちゃんと正しておかねぇとな。
まぁデュセス1人に本当のことを話したところでどの程度の効果があるかはわからんが。
それに俺自身、どんなふざけた噂が広がっているのかを知りたい気持ちもある。ただ、問題としては腹がいっぱいになったからかだいぶ眠いことだな。

早く話を終わらせて寝たい気持ちが強くなりつつある。

「俺は自分の噂をたまにしか聞かねぇからよくわかんねぇんだが、どんな噂があるんだ?」

「…リキ様、あとはわたしが聞いておきます。」

俺がデュセスに確認を取ると、デュセスが答える前にアリアが口を挟んだ。
俺が眠そうにしてるのに気づいて気を使ったのか?

まぁもともとアリアに任せるつもりだったし、アリアがいいっていうなら任せようかな。
どんな噂があったのかは後でアリアに聞けばいいだけだし。

「そうか、悪いな。じゃあ任せるわ。どんな話をしたかは今度聞かせてくれ。」

「…はい。」

「アリアはほぼずっと俺といたから、俺に関してのことはだいたい知ってるはずだ。だから、あとはアリアに聞いてくれ。俺は寝る。」

「わかった。今日は本当にありがとう。」

かるく右手を上げてデュセスへの返事とし、席から立って食堂の出口に向かうと、イーラとテンコもついてきた。
まぁこの2人は会話に興味なさそうだったから、俺がいなくなるなら残らないわな。

「そうだ。デュセス、俺は学校では今まで通りテキーラだから、間違えないようによろしくな。」

「わかってる。こちらこそよろしく。」

最後に振り返り、念のため伝えておいた。
明日の朝も会うけど、伝え忘れそうだしな。

食堂を出てからキッチンの方に回り、あらためて料理担当のやつらに礼をいってから部屋に戻る途中で気づいた。

アリアに気を使ってもらって俺は寝ることになったが、普通に考えたら、アリアの方が成長的な意味で早く寝かせてやるべきなんじゃね?

だからといって今さら戻るのも微妙だし、まだそこまで遅い時間というわけでもないから大丈夫だろ。

心の中でアリアに謝罪をしつつ、当たり前のようについてきたイーラとテンコに自分の部屋で寝ろと命令してから俺は寝室へと入った。

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