裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

266話



黒い騎士との戦闘はなかなかタメにはなったと思う。だが、俺が剣技を得意としていないせいか、やっぱり直接殴った方が気分がいい。

ということで、黒い騎士の階層が終わってからは剣を使うのをやめて、ストレス発散してから今日のダンジョン探索を終わりにした。

剣技は学校で学ぶし、今日はもともとレベル上げ目的だったのだから、剣を使わず魔物を倒しても問題ない。まぁほぼソロでのダンジョンだったから、たいしてレベルは上がってないんだけどな。

リスタートで1階に戻り、ダンジョンから出ると、夕方にさしかかっていたみたいだ。オレンジ色に染まり始めている空を見ていると懐かしのあの音楽が聞こえてくる気がする。

黒い騎士のとこで時間をかけ過ぎたからそろそろ飯時だし、さっさと帰るか。

「そういやイーラはけっきょく戦わなかったけど、良かったのか?」

ダンジョンから人がいない森の方へと歩きながら、声に出さずにイーラに確認を取った。

「リキ様と一緒に暴れたかったから、楽しかったよ!やっぱりリキ様は剣なんて使わない方がいいよ!」

それは俺の剣がセリナとかと比べるとまだ下手くそだからだろ。
だが、こんな元気に返事をされると返答に困る。

「まぁ殴り合いの方が慣れてるからな。」

てきとうに返事をしながらダンジョンから見えないところまできて止まった。
まぁこの辺でいいだろう。

「じゃあ帰るぞ。」

「「はい。」」

イーラが俺の体から剥がれ、テンコが俺から出ていったところで、さっきまでなんの反応もなかったはずなのに人の気配がした。

振り返ると木の陰に違和感がある。

さっきまで気配察知のスキルには人間や魔物の反応はなかったはずなのに、変身を解いた瞬間に近くの木の裏側に人の気配がある。

もしスキルに気づかれないような対策をしていたのだとしたら、このタイミングで存在を気づかせた意味がわからない。

いや、気配察知とかいう便利なスキルだけに頼らず、ちゃんと目視確認をしなかった俺の自業自得だよな。といっても、イーラが変身能力があることはもう人に知られてもそこまで困らないからいいんだけどな。

「おい。俺に用があるんじゃねぇのか?」

しばらく誰かが隠れている木を見ていても出てこなかったから、声をかけた。
気配は気づかせたのに出てこない意味がわからねぇ。もしかして気配をなんかの魔法で消していたのが切れちまっただけだったとかか?だとしたら隙をうかがっていた敵な可能性が高いのか。

俺が急な攻撃がくる可能性に気づいたところで、木の陰に隠れていたやつが現れた。

べつにイーラの変身能力がバレること自体はケモーナとの戦争を終えた今ではそこまで気にする必要がないとは思っていたが、俺がテキーラに変装していることを知られるのはマズイ相手がいる。

木の陰から姿を現したのはデュセスだった。

「なんでデュセスがこんなとこにいるんだ?」

つい、思ったことが口から出ちまった。

いや、だって仕方ねぇだろ。ここはカンノ村からそこそこ離れている。本気を出せば走って来れない場所ではねぇけど、そこまでしてくるくらいなら、近場にある別のダンジョンを選ぶだろう。それに俺に気づいていて隠れていた意味もわからなければ、わざわざこんな登場の仕方をする意味もわからねぇ。

「その顔はリキ・カンノ。さっきまでの見た目はテキーラだった。そして、私を知っているということはテキーラとリキ・カンノは同一人物。つまり、あなたは私を騙した。」

名前を呼んだのはミスったか。だが、名前を呼ばずともバレていただろうから、変わらねぇか。

「まぁそうだな。俺だと知ってたらまともに授業受けれなかっただろ?」

これでも俺が世間から嫌われていることは自覚している。人の好き嫌いは自由だし、嫌われていることを気にはしてないが、真面目に学びに来ているやつを邪魔したいとは思わねぇからな。俺を嫌いながらも俺の村に来るやつらの思考回路は理解できないが、他に学校が近場にないのだろうし、まぁいい。
それに俺自身が楽しみたかったから変装したが、された側からしたら騙されたと思うわけか。

「つまり私のことは最初からわかっていたということ。それなら私のミス。国が脅威としていたにもかかわらず、警戒が足りなかった。」

「なんの話をしてんだ?」

「仕事を軽く見た失態は私の怠慢。でも、実力がありながら弱いふりをして私を弄んだことは許さない。気づけなかった私の落ち度でもあるのは自覚している。それでも、私を見下して嘲笑っていたあなたを許さない。」

こいつは本当になんの話をしてんだ?

1つわかったのは俺が手加減してデュセスの実力に合わせて、内心笑っていたとこいつが思い込んでいることだけだ。他は本気でわけわからん。
というか、べつに弱いふりをしていたわけじゃねぇし、デュセスのことを笑ったこともねぇんだけど、なんか勘違いしてご立腹だな。めっちゃ睨まれてんだが。

「べつ…っ!?」

俺がとりあえず勘違いを正そうかと思って言葉を発した瞬間、デュセスが一息に距離を詰めながら腰の短剣を抜いて切りつけてきた。

人が喋ろうとした瞬間に切りつけてくるとか、本気で殺す気か!?

まさか攻撃してくるとは思わなかったから、多少の油断はしていたが、魔物が出てきてもおかしくない森の中で完全に気を抜くわけもなく、デュセス程度の速度なら余裕を持って対処できた。

顔を反らしたり、ガントレットで受け流したり、フェイントを入れて攻撃を躊躇させたりとしながら、デュセスが続けてくる攻撃で俺が傷つくことはなかった。

さすがにずっと攻撃されんのも鬱陶しいから、殴るフェイントに目がいったデュセスの腹を蹴り飛ばして退がらせた。

本気で蹴ったわけじゃないから、防具の上からだとダメージがないのは仕方ないのかもしれねぇが、あんな華奢なやつに全くダメージを与えられないとかちょっと悲しくなる。

これは騙された腹いせに1発殴らせろっていうレベルじゃねぇよな?もしかして本気で殺す気なのか?
というか、もしかしてデュセスってもともと敵だったのか?そういや最初に俺に会いたいっていってた気がするし。

「…許さない。」

なんでかわからないが、デュセスの怒りが増したような気がする。

ここまで怒る意味はわからねぇし、最初に騙したのは俺だから悪いとも思うが、そっちが殺す気なら手加減なんてしてる場合じゃねぇな。

敵は殺すだけだ。

口に丸い何かを含んだあとにボソボソと何かを呟いていたデュセスがサイドポーチから丸まった紙を2枚出し、それを開きながら放り投げ、また近づいてきた。

空中に投げられた紙は2枚とも淡く光ってやがる。絶対何かあるんだろうけど、俺の観察眼はとくに危険を示していないから、とりあえず無視だ。

『スピアラ』

ボソボソと何かを呟いていたとは思っていたが、詠唱だったのか。

初めて聞く魔法だったが、急に速度を増したデュセスからするにステータスアップ系の魔法だろう。『ステアラ』に響きが似てるしな。

まぁかなり速度が上がったっていっても、アリアの補助がないセリナの本気より少し劣るくらいか。

また切りつけてきたデュセスの短剣をガントレットで受け流すと、デュセスが俺の後ろに回ろうとしてきた。いや、さすがにあからさまに不自然に浮いてる光る紙を視界から外すわけにはいかず、紙2枚と位置を変えたデュセスが全て視界に収まる位置へと飛び退いた。

そのせいでデュセスとの距離が少し空いたからか、デュセスが手に持つ短剣とは別のナイフを3本投げてきた。

3本のナイフには全て模様が入っているようでそれが淡く光っている。しかもこっちは観察眼が警告してやがる。

観察眼が反応するから触れずに避けたせいで、避ける先を読まれたようで回り込んできたデュセスの短剣を右手のガントレットで受けちまった。
しかもさっきはなんともなかったデュセスが持つ短剣まで変な模様が光とともに浮かび上がってやがる。

デュセスは俺に短剣を受け止められたあと、俺の右手のガントレット上を肘側に滑らせるように短剣を振り、そのまま地面に投げつけた。
短剣の刀身が完全に地面に埋まったところで、その短剣を中心に地面に魔法陣のようなものが浮かび上がった。

地面に浮かんだ魔法陣には観察眼はとくに反応しなかったが、地面に刺さった短剣と俺の右手のガントレットの間に魔力の糸のようなものが見えた。いや、それだけじゃなく、いつのまにか俺の右手のガントレットにまで淡く光る模様が浮かんでやがる。

ただ、観察眼が反応しないからひとまず無視し、デュセスが新たに腰から抜いた短剣で切りかかってくるのを避けようとして気づいた。

俺の右腕が拘束されていることに。

さっきの魔力の糸で地面に突き刺さった短剣と俺の右腕を繋げて拘束したっぽいな。
たしかにこれだけなら命の危険はねぇから観察眼が反応しなかったのも理解できるが、今はそれどころじゃねぇ。さっき避けた3本の淡く光る模様を浮かべたナイフが戻ってきているのが見えた。この世界には追尾型のナイフなんてあんのか!?

ナイフとの距離はまだ少しあるから、まずは右腕を使うのはあきらめ、体を捻りつつ左腕でデュセスの攻撃を受け止めた。

てっきりナイフがくるまで追撃を続けてくるのかと思ったら、デュセスはチラッと俺の右腕の方に視線を移したあとに大きく後退した。

俺を拘束出来ているのを確認して距離を取ったというわけか。たしかにこの状態であの3本のナイフを触れずに避けるのは無理くせぇな。

わざわざデュセスがこのタイミングで距離をとるってことはなんか広範囲攻撃を俺に使うつもりなんだろう。あの3本のナイフも怪しいが、さっきから不自然に浮いていた2枚の紙が下から徐々に燃えているのもめちゃくちゃ怪しい。どちらも観察眼が警鐘を鳴らしているしな。まぁデュセスが魔法を使うために離れただけって可能性もなくはないのか。

視界の端でイーラとテンコを確認してみたが、俺らと距離をとって観戦してやがる。助けに入る気配は全くねぇな。

『超級魔法:雷』

一番最初に思いついちまった魔法を使ったら、雷というよりも電気の柱が俺に直撃した。
今までこの魔法の電気的なダメージは俺にはなかったから直撃しても平気だろうと思って使ったんだが、音は普通に聞こえるんだったな。

めちゃくちゃうるさいと思ったあとに何も聞こえなくなり、脳をかき混ぜられるような感覚に襲われ、前後上下左右が曖昧となって自分が立っているのかもわからなくなった。

急に込み上げてくる吐き気を我慢して飲み込み、最初から決めていた魔法をなんとか口にした。

『ハイヒール』

気持ち悪さは完全には抜けなかったが、平衡感覚はなんとか取り戻せた。

俺の超級魔法のおかげだと思うが、ナイフは光を失って地面に転がり、短剣と俺の右腕を繋ぐ魔力の糸もなくなっている。

さっと周りを見回しても観察眼が脅威となるものを映しはしなかったから、あの2枚の紙の何かも防げたのだろう。

距離をとっていたデュセスは驚いた顔をしながらも動こうとしているが、鈍い動きから察するに体が思うように動いていないっぽいな。あれだけ離れてても麻痺になるのかよ。超級魔法やばいな。

耳に溜まった液体に不快感はあるが、とりあえずそんなことは後回しにして、両腕にスキルの『一撃の極み』を纏わせながらデュセスに一息で近づいた。

デュセスの顔を狙って右手で殴りかかったが、麻痺しているはずのデュセスが両腕でガード姿勢をとり、俺の殴るのに合わせて力を流すように体を反らしながら外へと腕を払った。

耐性でもあったのか、それなりに距離があったせいかはわからないが、完全には麻痺していないみたいだな。一応動けているようだが、俺が殴りかかった力を完全には流せなかったようで、デュセスの両腕が消失した。

ほとんどタメていなかった『一撃の極み』でこれとか、スキルの効果が上がったみたいだな。いや、俺の力が上がったとかデュセスが脆かっただけって可能性もあるか。

殴る力を流されたせいでわずかにバランスを崩したが、両腕を失ったデュセスは攻めてはこなかった。まぁ当たり前か。

今度は左手にタメてある『一撃の極み』で殴るために近づくべく足に力を入れたところで、デュセスが何かを噛み砕くように口を動かした。その瞬間、失ったはずのデュセスの腕がにょきにょきと生えてきた。骨、筋肉、皮膚と出来上がる過程に1秒程度しかかかっていないと思うんだが、目が良すぎるせいかハッキリ見えちまって気持ち悪い。

近づいてきた俺に対して、デュセスが出来立ての手で防ごうとするが、スキルをタメてある攻撃に対処できるわけもなく、また両腕を失っていた。ただ、そのタイミングでスキルが発動したせいで、殴る前にデュセスが吹っ飛びやがったから、俺は思いっきり空ぶるとかいうダサい状態になっちまった。

いや、そんなこと気にしてないで追撃しねぇとと思ったが、近くに転がっているデュセスのだろう下半身が見えて、必要がないことを悟った。

そのさらに先へと視線を向けると、木にめり込んでいるのか、木の根元らへんに斜めの姿勢のままでいるデュセスの上半身があった。
目は虚ろなんだが、まっすぐに俺の方を向いていた。こんな状態でもまだ生きているみたいだな。だが、俺の観察眼で見た感じだと、5分程度しか保たなそうだ。いや、これで即死どころか5分くらい生きていられるだけでも十分凄えか。

先に殺す気できたのはデュセスだ。あんな殺意丸出しの敵は殺すしかねぇだろ。というか、思った以上に戦闘慣れしてやがったから、なんの強化もしてない俺じゃ手加減なんてする余裕はなかったからしゃーない。いきなり敵対した理由を聞けなかったのは残念だがな。

最終的には敵対されたが、一応クラスメイトだったのだから、上下揃えて土に埋めてやるくらいはしてやるかと近づこうとしたら、デュセスの口がわずかに動いた。

腹がない状態で喋れるわけがないし、口が動いたのもただの痙攣だったのかもしれねぇが、俺の観察眼が無駄に能力を発揮して意味を伝えてきやがった。

「裏切り者。」

俺の観察眼に読唇術なんて能力はないはずだから、単なる勘違いだろう。

それでも、その言葉だけは許容出来ねぇ。

たしかに短い間なうえに互いにどの程度の仲と思っていたかの違いはあっても、クラスでグループになった仲間ということに変わりはねぇ。

そんな相手に騙されていたと思えば、そいつからしたら裏切り者だよな。

全く関係ねぇやつからいわれる分にはなんとも思わねぇが、少しの間でも仲間だったやつから思われるのは心にくるものがある。俺に非が全くないわけじゃねぇからかもな。

「チッ。」

自然と舌打ちが漏れた。

いや、さっきの幻聴は観察眼どうのじゃなく、俺がそういわれている気がしただけだろう。先に殺そうとしてきたのはデュセスだが、理由も聞かずに殺しちまったら後悔すると思ってるんだろうな。

殺そうとしてきたやつ相手にこんなこと思うとか、俺もずいぶん緩くなっちまったな。これが大人になるってやつか?いや、実際ほぼ殺しているから、大人になったとはいえねぇか。

デュセスの下半身に近づき、その腰についているポーチを漁ってみるが、ポーションのようなものはどのポーチにも入ってねぇな。

ポーチを漁るのを諦め、デュセスの上半身に近づくと、デュセスの目が俺の目を追うようにわずかに動いた。まだ生きてはいるが、白かった肌からさらに血の気が引いたように青白くなっていやがる。

こんな無駄遣いは本当はしたくねぇが、これ以外に手がないんだから仕方ねぇよな。あとでアリアに謝ろう。

俺はアイテムボックスからアリア製の神薬を取り出し、封を開けてデュセスの口に突っ込んだ。

腹を失っているからか血が逆流して喉を塞いでいなかったようで、瓶の中の神薬が流れていく。それに合わせてデュセスの下半身が構築されていく。こんな状態から治すとか神薬はやばい。こんなん見たら金貨100枚でも安いんじゃねぇかと思っちまうわ。

……考えが及ばなかったのは申し訳ないと思わなくないが、俺は悪くないと心の中で言い訳しながら、てきとうにアイテムボックスから取り出した大きめのタオルをデュセスの腰にかけた。

まぁ何でも治す神薬でも薬で服まで直るわけねぇわな。
当たり前なんだが、そこまで気にしてなかったせいでガッツリ見ちまったが、わざとじゃないから許せ。

虚ろだったデュセスの目がハッキリと俺の目を見ていることに気づき、目を合わせた。

「…なぜ私を殺さない?」

「俺は裏切り者ではねぇからな。それにデュセスが俺を殺そうとした理由も聞きてぇし。」

「リキ・カンノは敵は殺すと聞いた。もし拷問するつもりなら、やめておいた方がいい。私は拷問程度で口はわらない。薬の無駄。」

拷問される側がする側の金の心配をするとか初めて聞いたわ。いや、拷問する気なんか全くねぇけど。

「なんだ?デュセスは俺の敵なのか?」

「殺しあった相手を敵ではないというの?」

俺の質問に質問で返してきやがったんだが、なぜかデュセスが悔しそうな顔をした。

「そもそもなんでデュセスがいきなり殺そうとしてきたのかが俺にはわからねぇんだよな。たしかに変装してたのは悪いと思うが、殺すほどのことか?」

「…………私が誰だかわかっていない?」

「いや、さすがにそれはわかるわ。デュセスだろ?」

「…。」

デュセスが無表情になった。
俺が解答を間違えたっぽいが、他にどう答えろっていうんだ?
もしかしてデュセスも二つ名を持っていて、そっちを知ってるかを聞いたつもりだったとかか?だとしたら俺は知らん。

「イーラとテンコはなんか知ってるか?」

戦闘が終わったと判断したのか、イーラとテンコが近づいてきたからなんとなく聞いてみた。

「それ、敵でも味方でもない。だから殺すな、アリアにいわれた。」

「でもリキ様が殺す分には止めなくていいともいってたよ〜。そのときはリキ様を怒らせたことについてカテヒムロに文句いうからいいってさ。だから止めなかった〜。」

「…は?なんでデュセスを俺が殺したらカテヒムロに文句をいうんだ?文句をいわれるじゃなくて?」

「そいつってカテヒムロからの密偵らしいよ。任務でリキ様のことを調べにきただけだから放置でいいんだって。」

「それ、変なことしたら、報告。殺す、ダメ。あとで全部、アリアとローウィンス、カテヒムロに文句いう、いってた。」

あぁ、また俺の知らないところで話が進んでいるパターンね。
しかもローウィンスまでグルかよ。まぁいいけど。

いや、むしろ国が絡んでくるなら、ローウィンスにアリアが利用されてるとかか?それならローウィンスに俺がいわねぇとと思ったが、デュセスは俺を調べにきたっていったか?だとしたらアリアがローウィンスを利用してんのか?やべぇ、わけわかんなくなった。
そもそもアリアとローウィンスが勘違いしてる可能性もあるよな。

「デュセスはカテヒムロからの依頼で俺を探りにきているってのは本当なのか?」

「…反応からしてあなたが知らないというのは嘘ではなさそう。でも、なぜそこまで調べているのにリキ・カンノは知らない?」

デュセスは否定も肯定もしなかったが、話の内容からして間違いないのだろう。
というか、俺が知らされてないことは多々あるが、それがなぜなのかを知っているのはアリアだけだから、俺に聞かれても困る。

「俺が面倒ごとを嫌ってるから、気を利かせて余計なことをいってこないんじゃねぇのか?」

ふと思いついたことがしっくりきたから、それで答えた。
さすがにハブにされてるわけではないはずだ。いや、結果としてはハブられてんだけどな。アリアに悪意はないはずだ。…たぶん。

「奴隷が勝手な判断をしているというの?」

「まぁある程度は任せてるからな。奴隷っていっても、アリアたちは仲間だし。」

「仲間なのに奴隷?」

まぁ、当たり前の疑問だよな。この世界の奴隷は人権すらないからな。

「あぁ。俺は裏切られんのが怖えからな。そのための奴隷紋なだけであって、仲間だと思ってる。まぁ理解できねぇだろうけど、する必要もねぇから忘れてくれ。」

話も終わったし、さすがにそろそろ帰ろうと思ったところで、デュセスが話しだした。

「…あなたの噂は1つではない。だから、それぞれの噂の真偽を確かめるのが私の仕事だった。」

みんな噂だのなんだのいってくるが、噂ってそんなに耳にする機会なくねぇか?俺の噂なんてほとんど聞いたことねぇんだけど、そんなに噂が広まってんのか?しかも数種類も。

「ほとんどが悪い噂や危険人物だという噂だった。それは今戦ってみて納得いった。でも、それらとは正反対の噂も少しだけあった。だからこそ会ったことない人間はあなたという人間がどんな人物なのかを掴みかねている。」

納得って、デュセスが攻撃してきたから応えただけなんだが…まぁいい。

「だからカテヒムロは真偽を調べることにしたけど、戦闘能力がない者をあなたに近づかせるのは危険と判断し、本職ではない私が選ばれた。」

なんかいきなり色々と暴露し始めたんだが、なんでだ?

「本職じゃねぇって、デュセスの本職はなんなんだ?」

「暗殺。国に拾われてからは暗殺者になるように育てられ、鍛えられてきた。だからいざとなればと思っていたけれど、思い上がりもいいところだった。私は本当の強者を知らなかった。恥ずかしい。」

「十分強かったと思うけどな。」

「慰めはいらない。」

本当に思ったことをいったつもりなんだが、睨まれた。まぁ勝った相手にそんなこといわれたら嫌味にしか聞こえねぇか。

「今回はあなたの噂の真偽を調べるために村の子たちにも話を聞いた。そのときはいわされているだけの可能性もあると思ったけど、今なら本心だったとわかる。」

何を聞いたのかは知らないが、村のやつらは俺の信者になるような変わったやつらだから、参考にはならねぇと思うんだがな。

「私は運良く国に拾われただけ。だから、この村が噂通り楽園なのがよくわかる。全員が従わされているだけなら許せなかったけど、今なら羨ましくも思う。私が子どもだった頃にこの村があってほしかった。そうすれば見たくないものを見なくてもすんだかもしれない。無理だってことはわかっている。それでも………ごめんなさい。」

「どんな噂かは知らねぇけど、俺の村に期待しすぎだ。俺はとくになんもしてねぇよ。たまたま買ったり拾ったりしたガキどもが勝手に村を盛り上げてるだけだ。」

「あなたはそれでいいと思う。あなたが村長として存在するだけで、あの村の子たちは安心して暮らせるのだから。あなたの戦闘を見たことなくても敵に回したいと思う人は余程の馬鹿か自信家でなければいないのだから。」

嫌われるっていうのも悪いことばかりじゃねぇんだな。

「そういや、拷問されても喋らないとかいっていた割にはめっちゃ喋ってたけどいいのか?」

「知られているなら隠す意味がない。それにあなたと敵対するくらいなら正直に話すべきと判断した。判断は任されているから問題ない。」

「そうか。まぁいいならいいんだ。んじゃ、俺らはそろそろ帰るな。」

「待って。」

ずっと座ったままで立つ気がなさそうなデュセスを置いて帰ろうと思ったが、止められた。まだなんかあんのか?

「なんだ?」

「神薬のお礼をしていない。でも、金貨100枚の手持ちがない。」

「あぁ、いいよ。俺が勝手に使ったんだし。」

アリアには悪いが、もう一度作ってもらえばいい。アリアならチャチャっと作れそうだしな。さすがに無理なら、久しぶりに盗賊のところに集金に行って買えばいい。

「そういうわけにはいかない。……私は見た目はいい部類に入るらしい。」

…は?いきなり自慢?たしかに綺麗にも可愛いにも取れる整った顔はしてると思うが、なんで急に自慢してきた?

「それはわかるが、だからなんだよ。」

「あなたは男。だから、十分な報酬になるはず。」

…。

「もしかして、体で払うとかいうつもりか?」

「そう。そこの下半身はあなたにあげる。好きに使ってくれてかまわない。」

予想と実際のセリフが微妙に違ったことを不思議に思いながら、デュセスが指差す先に視線を送ると、さっき千切れたデュセスの下半身が落ちていた。

…。

「いや、いらねぇよ。俺にそんな趣味はねぇ。」

「使う分には問題ないはず。それとも私に子どもを産ませたいの?それなら…少し考えさせてほしい。」

さっきまで青白かった顔に少し赤みが出てきた。あれだけ血を流せば血が足りないのは理解出来るが、その状況にもかかわらず今のタイミングで顔を赤らめた意味はわからねぇ。

「ちげぇよ。お前の体に全く興味がねぇとまではいわねぇが、お前とやる気は微塵もねぇ。そんなにお礼がしたいってんなら、冗談いってないで金貨を貯めて返してくれ。」

「男色?」

「ぶっ殺すぞ。」

「ごめんなさい。…私はともかく、リスミナにも興味を示さないようだから、もしかしてと思ってしまっただけ。」

なんでここでリスミナが出てきたのかはわからないが、こいつの相手をしているうちに暗くなってきちまった。とりあえずアリアに先に晩飯を食うように指示するにしても、せっかく作ってくれた俺らの分が冷めちまう。だからとっとと帰るためにスルーした。

「デュセスも元気そうだし、俺らは帰るな。」

「待ってほしい。まだ立てないから、最寄りの町に帰るなら私も連れていってほしい。その分のお金は払う。必要なら冒険者ギルドに護衛として依頼を出してもいい。」

今度は少し慌てるように止めてきた。やっぱり立てねぇから座ったままだったのか。さすがにここで放置したら神薬を使った意味がなくなるよな。

「俺らはこのままカンノ村に帰るつもりだから町に寄るつもりはねぇよ。カンノ村でいいなら連れていってもいいぞ。」

「むしろ助かる。その距離だと、銀貨20枚…いや、50枚出すからお願いしたい。」

「ついでだから金はいいよ。ちょっと悪いな。」

俺は一応断りを入れてから、デュセスを抱き上げるように左腕で持ち上げて少し腰を浮かせ、さっき腰に被せたタオルを尻側を通して一周させた。
デュセスがさらに顔を赤くしたが、さすがに同い年くらいのやつを下半身丸出しで運ぶのは気がひけるから許せ。

一度デュセスを離し、腰のところでタオルを結んだ。ちょっと心許ないが、タオルがデカイからスカートに見えなくもないだろう。

俯いてしまったデュセスを無視してわきの下に両手を入れて持ち上げ、肩に担いだ。

「…頼んだ身でいいづらいんだけど、ズボンを履かせてほしい。私はこれでも女だから、羞恥心がある。」

デュセスの言葉を聞いて、放置していた千切れた下半身に目を向けるが、あれを脱がせて履き直させるのは面倒だな。というか、俺が持ってる服でもいいかもしれんが、彼女でもねぇ同年代の女にパンツを履かせたりとかはさすがに気まずい。

「誰にも見られねぇから気にすんな。あと、これから見るものは一応秘密で頼む。誰かにいったらカテヒムロの王城にさっきの雷を落とすからな。」

「さっきのあれはやっぱりあなたの魔法だったの?見たこともない。それにあれは雷なんかではない。光の柱だった。」

確かに雷は細いイメージはあるな。まぁ間近で見たことはないから、本当に細いのかは知らねぇけど。

「詳しく教える気はねぇけど、俺の魔法だ。だから、王城をぶっ壊されたくなければ、俺らについては秘密にしといてくれ。イーラ、その下半身は食べずに保存しといてくれ。あと、こいつには見られてもいいからとっとと帰るぞ。」

べつにイーラの変身はバレてもいいとは思っているが、念のため秘密にするようにいい、デュセスの返事を聞かずにイーラに指示した。

「は〜い。」

イーラが落ちてるデュセスの下半身を体内に飲み込み、すぐに犬型へと姿を変えた。

デュセスは少し驚いているようではあったが、そこまでではなかった。もしかして変身ってそんなに珍しくないのか?

「『無邪気』のイーラはハイドライガーの魔族…。」

デュセスが呟いたのが聞こえたが、なんか勘違いしてるみたいだ。まぁ訂正してやる気はねぇけど。

肩に担いでいたデュセスを犬型イーラの背中にぶっ刺してから俺がその後ろに乗ると、テンコが俺の中へと入ってきた。イーラの背中はまだ乗れるスペースがあるんだが、まぁいいか。

「乗り方がおかしい。ハイドライガーではない?」

またデュセスが呟いているが、俺に聞いてる感じではないからスルーした。

イーラの速度に上半身を後ろにもっていかれないために、少し前傾姿勢になりながら左腕でデュセスを背中から抱き、右腕をイーラの首あたりに埋めて固定した。
準備が整ったところで、デュセスにいっておかなければならないことを思い出した。

「そういや、テキーラは俺が変装してる姿ってことは黙っててくれねぇか?」

俺がいきなり声をかけたことに驚いたのか、デュセスが俺の腕の中でピクリと動いた。

「…え?まだテキーラで通うつもり?私ではなく目をつけている相手がべつにいた?」

他のやつにバラさないように頼んだだけなのにわけわかんない返答がきた。
でも、よくよく考えたら、さっきいった俺らのことは秘密ってのに含まれる内容だろうから、わざわざいう必要はなかったかもな。

「いや、最初っからいっているが、俺は武器の使い方を学びに行ってんだよ。それに学校はわりと楽しいからな。こんなことで終わらせたくはねぇんだよ。」

「…やっぱりあなたは変わっている。」

いきなり失礼なことをいってきたデュセスが俺の左腕を握るのが見えたところで、イーラが進みだした。

どうやらデュセスは体が動くようになったみたいだし、案外放置でも平気だったかもな。まぁ既にイーラは走りだしてるし、ついでだったからいいんだけどさ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品