裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
264話
冒険者基礎の授業は終わり、次は応用に進む約束をしちまったから、明日が暇になっちまった。
暇ならリスミナの誘いを受けておけよって話だが、それとこれとは別だ。
今日の学校からの帰り道でリスミナから明日は一緒に討伐依頼を受けないかと誘われたが、まだテキーラの冒険者カードを持っていないから断った。
さすがに付き添うけど依頼は受けないとかいったら怪しまれるだろうし、だからといって俺の本来の冒険者カードを使ったらバレちまうだろうしな。
夕食を食べたあとに風呂に入り、部屋で明日何をしようかと考えていたら、扉がノックされた。
「リキ様、入っても良いか?」
声をかけてきたのはサーシャだった。
サーシャが夜に部屋に来るなんて珍しいな。
「入れ。」
俺が返事をすると、サーシャたちが入ってきた。いや、サーシャの後ろにいるやつらは誰だよ。
「そいつらは誰だ?村にそんなやついたか?」
「こやつらは我がラフィリアで調べものをしていたときに見つけた魔族じゃ。それでここに来た理由なんじゃが、こやつらをリキ様の使い魔にしてはくれんかの?」
サーシャが調べもの?アリアに聞けばだいたいのことは知ってそうだが、わざわざ調べるってことはアリアですらわからないことなのか?アリアが知らないようなことをサーシャが気になってるということに驚くが、まぁそれは今はどうでもいいか。
あらためてサーシャが連れてきたやつらを見た。
1人は俺より一回り大きいくらいの男だ。身長はそこまで変わらないのに一回り大きく感じるほどの筋肉質な体を持った、くすんだグレーの髪の男。男にしては髪が少し長いが、この前まで伸ばしっぱなしだった俺がいえたことではねぇか。このくらいなら普通に感じるが、目が赤いのがだいぶ違和感があるというかなんというか。まぁ異世界だしな。このぐらいは普通なんだろう。
だが、もう1人の男は普通の範疇に入れられるタイプじゃねぇな。
こいつ身長が3メートル近くあるんじゃねぇか?いや、人間相手でここまで見上げることが初めてだったからそう思っちまったが、冷静に俺と比べて見たら2メートル半くらいか。冷静に見ても十分おかしいな。しかも、こいつの二の腕と太ももは服に隠れてんのに丸太かよと思うほどに太い。というか、全体的に肉厚だ。まるで筋肉の鎧でも纏ってるみたいだ。
四角い顔に赤髪の角刈りで、人を睨んでるかのように鋭い黒目が体格と合わせて威圧感を増してやがる。ただ、若干下顎が出てるおかげか和む。いや、べつに馬鹿にしたわけではない。もしかしたら、人によっては逆に怖く思う可能性もあるな。
…ん?そういやサーシャはこいつらを魔族っていったか?それなら人間らしくない体格でもたいして不思議じゃねぇな。
……ん?
「いや、なんで魔族がラフィリアにいるんだよ!?」
「こやつらはもとはクルムナにいたらしいんじゃが、人がおらんようになって流れてきたといっておったの。」
「そんなわけのわからねぇやつらを連れてくんなよ。」
「そうか。それは残念よの。」
サーシャはわずかに残念そうな表情を浮かべながら、男2人に手のひらを向けた。
「待て!話がちげぇじゃねぇか!」
サーシャの行動に慌てたようにグレー髪の男が叫んだ。こいつらの中でなんか約束でもしていたのか?というか、なんでそんなに慌ててんだ?
「何も違わぬではないか。我は最初からうぬらがリキ様の使い魔になるなら生かしてやるといっておったではないか。して、リキ様の使い魔にならぬから殺すだけよ。」
「いや、リキ様とやらが断っただけで俺らの意思じゃねぇじゃねぇか!」
「そんなことは関係ない。リキ様の使い魔以外の人間領にいる魔族は殺せとアリアにいわれておるからの。」
なんか話が見えねぇんだが。
「一応聞いておくけど、なんでこいつらを使い魔にしたいといってきたんだ?」
「ん?こやつらは我やイーラほどではないにしてもそこそこ戦えるようだったからの、我らの部隊にいれたいと思うたのよ。」
部隊ってのはよくわからねぇが、ようは魔族仲間が欲しかったというわけか。
まぁ使い魔にしておけば、下手なことは出来なくなるし、2人増えるくらいはべつにいいか。
さっきサーシャが殺すとかいってたが、ここまで連れてきておいて殺すってのもなんか可哀想だしな。こいつらに抗う意思はなさそうだし。というか、サーシャに抗えるほどの力がないだけっぽいが、それならそれであまり害もないだろうしな。
「お前らは俺の使い魔になっていいのか?」
「「あぁ。」」
俺が一応2人にも確認を取ったら、すぐに返事が返ってきた。ずっと無言だったデカい方も返事は出来るんだなと思ったら、男2人の左腕が肘を中心に弾けた。
「「「は?」」」
俺と男2人が呆けた声を同時に漏らした。
弾けた血は床や壁を汚すことなくサーシャのもとへと集まっていった。つまりこれはサーシャの仕業か。
「うぬら、返事は“はい”だぞ。立場をわきまえろ。」
サーシャがいえたことじゃねぇと思うが、成長したってことにしておこう。こいつらの先輩として真面目にやろうと思ってるんだろうに邪魔しちゃ悪いしな。まぁ間違いなくやりすぎだが。
「「…はい。」」
遅れて痛みを感じたのか、左の二の腕をおさえながら呻き始めた男たちが頑張ってサーシャの言葉に答えた。
「わかれば良い。我だからこの程度で済むが、リキ様を怒らせたらこの程度では済まんから、以後気をつけよ。」
いや、俺はここまではやらねぇと思うんだが、もしかしてやってたか?まぁ、調子に乗られるよりはいいしな。
…。
あぁ、治してやるわけじゃねぇのか。
しばらく待ってもサーシャは満足げな顔をするだけで、男たちのことは放置している。そもそもサーシャは壊すことは出来ても治すことは出来ねぇのか。血を操れんなら治すことも出来そうな気がするんだがな。
もうちょい浅い傷なら俺がハイヒールで治してやってもいいんだが、肘あたりがまるまる失くなってるから、下手にハイヒールをかけたら傷口が閉じるだけで終わりそうな気がするんだよな。だからといってアリアからもらった神薬をこんなことで使いたくはねぇ。
まぁ、こいつらは死ななかっただけ良かったってことで、傷口閉じて終わりでいっかと思ったところで、ドアがノックされた。
「…アリアローゼです。」
ちょうどいい。もしかしてこうなると予想して来たのか?さすアリだな。
「入れ。」
「…失礼します。」
さっさとアリアに2人を治してもらおうと入室を許したら、アリアたちが入ってきた。
…デジャブか?後ろのやつらは誰だよ。
てっきりアリアはサーシャが何かやらかすと予想して来てくれたのかと思ったら、サーシャを見て少し驚き、男2人を見て訝しむような顔をした。
どうやらアリアは別件で来ただけみたいだな。
「アリア、用があって来ただろうところ悪いんだが、先にそこのやつら2人の腕を治してやってくんねぇか?」
「…はい。」
アリアは部屋の中を軽く見ただけである程度の状況を理解したのか、俺が頼むとすぐに転がっている腕を2つ拾い、それぞれに魔法でくっつけてくれた。
「ありがとな。それで、アリアは何の用で来たんだ?」
「…この魔族たちをリキ様の使い魔にしてはもらえませんか?」
アリア、お前もか。
だが、アリアだとなんか考えがあってなのかもしれないと思えるから不思議だ。これが人徳ってやつか。
ぱっと見は人間の男と狐タイプの獣人の女なんだが、こいつらも魔族なんだよな?
男はどこかの執事をやっていたといわれても納得してしまうほど姿勢が良く、黒いスーツがよく似合う。黒髪オールバックの黒目なんだが、彫りが深いから日本人っぽさはあまりない。これだけピッシリしたやつなのに、目もとが優しげなせいであまりプレッシャーを相手に与えない雰囲気を持っている。
まぁハッキリいえばモテそうなやつだ。しかもモテて当たり前な雰囲気を出しているから、皮肉をいう気にもなれなくて男からすると近寄りがたいタイプだろう。俺は気にしねぇけど。
女はアルビノかっていうくらいに体毛も肌も白い。瞳もグレーだから色がなさすぎて逆に目立つという不思議。
最初は狐っぽいからテンコが成長したらこんな感じになるのかなと思ったが、なんか違うな。いや、そもそもテンコは成長しねぇだろうけど。
服装は珍しく和装だ。アオイが着てるような着物を着崩した格好に下駄という、アオイとカレン以外では見たことない格好だ。
まぁでも狐だからかけっこう似合うな。今度テンコにもさせてみるかな。
いや、違う。意識がそれちまった。それにしてもどっかで見たことある気がするんだよな。
「そっちの女はどっかで会ったことあるか?」
「「…?」」
俺が質問したのにアリアが連れてきた2人は互いに顔を合わせてから俺に向き直り、首を傾げた。
「…リキ様。魔族に性別はありません。獣人に似ている方への質問でいいですか?」
俺を見たことないって意味で首を傾げたのかと思ったら、単純に女といわれて何いってんだって思ったわけか。いや、着崩した着物から溢れそうな胸とか、どう見ても女じゃねぇか。
「あぁ。」
「会ったことはないと思います。」
喋り方は普通なのね。お姉さん系な話し方をするイメージを勝手にしてたわ。
でも会ったことないのか……あぁ、わかった。見た目の雰囲気がデュセスに似てるんだ。あいつも全体的に白かったし、目の色もたしかこんな色だったはずだ。ただ、デュセスはもっと子どもっぽい雰囲気だったけどな。
「お前はデュセスと知り合いか?」
「デュセス?…ゴブリンソルジャーと戦っていた白い女がたしかそんな名前でしたよね?だとしたら今日初めて見ました。」
ん?なんでこいつはそんなこと知ってんだ?
…あのとき感じた視線はこいつのか。ということはこいつはあのとき既にアリアたちに捕獲されてたのね。
「そうか。で、一応アリアに聞いておきたいんだが、こいつらを俺の使い魔にしてどうするつもりだ?」
「…この魔物たちは容姿を変えることが出来るうえにそれなりに頭もいいので、役に立ちます。戦闘能力も今日リキ様が戦ったゴブリンジェネラルの魔族程度はあるので、そこそこ役に立つはずです。」
戦闘能力はあんな雑魚と比べられても反応に困るが、アリアが頭がいいっていう相手ならだいぶ役に立つだろ。変身能力の有用性はイマイチわからんが、イーラみたいに自由自在なのか?それならかなり有用だろうけど。
「まぁいいや。さっさとやっちまうか。一応お前らに最終確認しておくが、俺の使い魔になったら一生使い魔のままだからな。それと、俺の命令は絶対だ。敵以外を無意味に殺せばお前らを躊躇なく殺すし、俺を裏切ったときは楽には殺してやらねぇからな。断るなら今のうちだぞ。」
「「使い魔にしてください。」」
こっちは言葉遣いまでしっかりしてやがるな。俺の確認にたいして考える間もなく返事しているところから見ても、アリアから前もって説明されてるんだろう。断ったら殺すとか脅されてる可能性もあるな。
サーシャが連れてきた方にはさっき確認したし、今のを聞いてもやっぱやめるとはいわないみたいだから、さっさとやっちまうか。
先にサーシャが連れてきた2人の胸に片手ずつおいて使い魔契約をし、黒い蠢く何かが浸透したのを確認してからアリアが連れてきた2人にも同じことをした。
久しぶりの魔族との契約だからか『テイム』をするのを忘れたんだが、普通に契約出来るんだな。
それにしてもこの狐の獣人っぽい魔族はこんな立派な胸をしていて性別がねぇのか。作業的に胸に手をおきはしたが、無意識に柔らかさを堪能しちまった。本能って怖えな。いや、着物の生地が予想以上に薄いのが悪い。
アリアが連れてきた2人の契約も終えたとき、アリアがずっと俺を見ていたから、誤魔化すようにアリアの頭も撫でておいた。
揉むつもりはなかったんだよ。契約するためには仕方ねぇはずだ。…たぶん。そういや頭と胸以外に手を当てて契約したことねぇからわからねぇけど、もしかしたらてきとうな場所を触ってても契約出来んのかもな。本当に今さらな話だが。
アリアの頭を雑に撫でながら、奴隷画面を眺めると、サーシャが連れてきたグレー髪の赤目の男の種族のところで目が止まった。
「お前って人狼皇帝と関係ある種族なのか?」
その男の種族は人狼となっていた。実際の人狼皇帝の種族は知らねぇが、人狼って種族があるなら名前からしてそれのはずだ。
「俺たち人狼の頂点が人狼皇帝だ…です。魔王は複数いるが、魔皇帝は種族に1体しかいねぇ…です。存在しない種族もある…です。」
進化系ってことか。それなら納得だ。同じだったらサーシャに弄ばれるこいつはなんなんだ?って感じだったからな。
他は馬鹿みてぇにデカいのがオーガウォーリアで狐の女が……ん?オーガ?鬼族ってのがいんのに魔族にも鬼がいんのか!?いや、全く似てねぇけどさ。体つきも顔つきもアオイやカレンとこいつは全く違う。というかこいつは角や牙すらないが、人間の姿になってるだけか?
まぁ気にするだけ無駄か。俺のイメージとこの世界が違うことなんて今に始まったことじゃねぇし。
そんで、狐の女が仙狐でスーツの男がノーブルインキュバス…………インキュバスかよ。一気にイメージ崩れたわ。インキュバスってサキュバスの男版だろ?凄えまともそうだったのに、クローノストにいた魔王の男版だと思うと一気に残念に思えてきた。
いや、アリアがわざわざ連れてきたなら使えないってことはないはずだから、あんなのと一緒にしたらよくねぇよな。
「契約はこれで終わりだ。この辺は俺の知り合いが多いから、悪さとかすんなよ。あと、人間のルールや常識はアリアからしっかり聞いておけ。勝手な判断で動いて迷惑かけたら許さねぇからな。」
「「「「はい。」」」」
4人の返事を聞いて、そろそろ帰らせようかと思ったところで思い出した。
「そういやアリアに確認したいことがあったんだった。アリアって冒険者ギルドのカードって作れるか?」
「…試したことがないのでわかりませんが……わかりました。試してみます。」
今のは確認しただけで作れって命令したわけじゃないんだが、今のわかりましたってのは命令と受け取ったってことだよな?それとも今の一瞬で出来そうだと思ったってことか?
まぁ了承してくれたんだからそのままでいいか。そんで、出来たらラッキーくらいに考えておこう。
「無理はしなくていいからな。もし作れそうだったら、テキーラ用とイーラの分を頼む。」
「…イーラのですか?」
「あぁ、イーラは俺らが死んだあとも生き続けることになるだろうけど、今のままじゃ危ういからな。他に楽しめることを用意しておいてやりてぇと思ってさ。」
「我のは作ってくれんのか?」
俺がアリアと話していたら、サーシャが会話に入ってきた。たしかにサーシャも魔族だから寿命がねぇんだよな。
「サーシャも欲しいのか?サーシャは俺らが死んでも1人で楽しめることを見つけられるタイプだと思ったんだが、違ったか?」
「違くはないの。イーラだけずるいと思うていうてはみたが、そもそも人間に紛れる必要がないから我には無用のものかもしれん。」
「だろ?だからアリアに余計な手間をかけようとすんな。」
「おぉ!棚上げというやつじゃな!」
「あぁ?」
「いや、すまぬ。最近いわれた言葉じゃから我も使いたかっただけでの……ごめんなさい。」
まぁ実際俺は人のこといえないんだが、サーシャにいわれたらなんかイラッときたから威圧をかけちまった。そのせいで後輩の前で縮こまった姿にさせちまったな。すまん。
「まぁ実際俺はアリアに頼りまくりだから否定出来ねぇけど、サーシャにはいわれたくねぇ。だから、今後は気をつけろ。」
「…はい。」
微妙に納得しきれてなさそうではあるが、サーシャは返事をした。
これで用事も済んだし、時間もけっこう遅くなったということで、最後にアリアの頭をくしゃくしゃっと撫でてから、解散させた。
けっきょく明日何をするかを全く考えてねぇけど、明日考えりゃいいか。
とりあえず今日はもう寝よ。
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