裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
263話
見てても楽しくねぇと思っていたが、それは最初の方だけだった。どうやらサラは弱いやつから選んでいたようで、途中からは見れるくらいにはなり、半分が終わった頃には剣技だけなら俺と同じか少し上手いくらいになっていた。だから見ていて勉強にはなる気がしなくもない。
既にローウィンスとリスミナは呼ばれているっていうのに俺はまだ呼ばれていない。たしかに強さだけならこのクラスにいるやつに負ける気はしないが、剣技はまだちょっと自信がない。なのに残り3人に俺を残すとかサラは俺に恥をかかせる気か?
今ゴブリンと対峙している男がゴブリンを一方的に斬り殺した。
特別強いというわけではないが、安定した戦い方をしていたように思う。雑魚のゴブリン相手だったからかもしれないが、どんな相手にも同じような動きができるならリーダー向きのやつかもな。
「合格なのです。それでは次はスミノフさんなのです。」
「はい。」
前のやつが終わり、ゴブリンの死体を片付けているサラに呼ばれたスミノフがイケメンスマイルをしながら前に出た。
さっきまで止まって他のやつらを見ていたからか、スミノフは歩きながら体の感覚を確かめるように槍をくるくると回している。止まることなくくるくると回される槍はブレることもなく綺麗に回っていやがる。ずいぶんと器用なやつだな。
スミノフが中央に立ったのを確認したセリナが1体のゴブリンを扉から連れ出した。
最初は魔物を雑に扱っていたセリナは途中から放り投げるようなことはせずに顎で行けと指示をするだけになり、今回も睨みつけるように顎で指示されたゴブリンがセリナから逃げるようにスミノフに向かっていった。
今だからわかるが、たぶん最初は冒険者の実力に合わせて、あえて満身創痍にしていたのだろう。
なんで今ならわかるかっていうと、途中からセリナの魔物の扱い方が変わったってのもあるが、なんかゴブリン自体が大きいやつになっていたし、スミノフに用意されたゴブリンにいたっては今までとはあからさまに違ったからだ。
「あの、サラ先生。僕の相手が間違っているように思うのですが。」
走って向かってくるゴブリンにたいして、スミノフはとくに焦ってはいないようだが、さすがにおかしいと思ったようで質問していた。
「間違ってないのです。最初にいった通りゴブリンなのです。」
「たしかにゴブリンの一種かもしれませんが、あれってゴブリンソルジャーですよね?そこは途中からホブゴブリンに変わっていたのでもしかしたらとは思っていましたが、あれが持っているのは棍棒じゃなくて剣なんですけど。」
「あの程度の魔物の攻撃は当たらないので棍棒と変わらないのです。だから誤差の範囲なのです。それともあなたは棍棒相手でないと怖いのですか?それなら変えてもいいのです。」
なんか先生時のサラはやけに相手を煽るな。
教える立場としてはある程度は仕方ないのかもしれないが、純粋さはどこへやら…。
「いえ、余計なことをすみません。このままでお願いします。」
話しているうちに近づいていたゴブリンソルジャーが右手で剣を振り上げたが、話を終えたスミノフが振った槍の石突に踏み出した左足を払われて、一瞬宙に浮いた。
スミノフはそのまま槍を半回転させて止め、穂先をゴブリンソルジャーの首に突き刺してから捻りながら床に叩きつけた。
首が切り落とされることはなかったが、確実に絶命しただろう。
相手が雑魚すぎて実際の強さはわからなかったが、槍の使い方が上手いし、本気を出せばデュセスより強いんじゃねぇか?
「合格なのです。それでは次はデュセスさんなのです。」
「はい。」
スミノフがサラに手間をかけさせないようにか、自分が殺したゴブリンソルジャーの死体をそのまま壁際の死体の山に放り投げてから立ち去った。
サラは一言だけスミノフにお礼をいってから離れると、名前を呼ばれたデュセスが剣を手に取って前に出た。
というか、やっぱり俺が最後なわけね。
デュセスが腕の動きを確かめるように腕だけで剣をヒュンヒュンと綺麗な音を立てて振り回していた。俺が振る時と音が違う気がするのはきっと気のせいだろう。
しばらくして満足したのか、セリナが扉の中から連れてきたゴブリンに対して剣を中段に構えた。
今回もゴブリンソルジャーみたいだな。
今回のゴブリンソルジャーもセリナから逃げるように走ってデュセスに近づいてきた。
デュセスはとくに文句もいわず、剣先を左右に小さく揺らし始めたが、何がしたいんだ?
ゴブリンソルジャーが走って近づきながら剣を持ち上げたところでデュセスが一気に距離を詰めた。
なかなか速いな。というか、止まってる状態からの加速だけなら結構なもんなんじゃねぇか?
ゴブリンソルジャーは何をされているかに気づいていないようで、剣を振り下ろそうとしたみたいだが、飛び込んでいたデュセスに胸を足場にされたせいで止まった。たいした威力で踏み台にされたわけではないのに、デュセスがゴブリンソルジャーの胸を蹴るように飛んで距離を取ると、ゴブリンソルジャーはそのままの姿勢で後ろに倒れ、倒れた衝撃で首が転がっていった。
今の一瞬でデュセスはゴブリンソルジャーの首を切り離してから、胸に着地したんだが、普通の剣でよく本人が切られてるとわからないほどに綺麗に首を切れたな。そのために切る寸前に思いっきり剣を引いてフルスイングをしたんだろうが、俺がやったら切った時点でゴブリンソルジャーの頭がどっかに飛んでいっただろうな。
今のも純粋に強さゆえの技術なんだろうが、スミノフ、デュセスときて俺ってのは本当にやめてほしい。殺すだけなら俺にも出来るが、俺はあんなに綺麗に魔物を殺せねぇよ。俺はいつも殴って殺すからだろうけど、だいたい魔物は弾けて汚い死体になっちまうからな。
「合格なのです。それでは次はテキーラさんなのです。」
サラがゴブリンソルジャーの死体を片付けながら俺の名前を呼んだから、俺は剣を持って前に出た。
「私は本来短剣を使うから、両手剣は得意ではない。だからこれが私の本気ではない。」
俺は別に何もいってないんだが、デュセスがすれ違いざまに言い訳してきた。というか、普通に凄かったと思うんだが、何が気に入らなかったんだろうな。
「わかってるよ。でも、今のでも十分凄いと思ったけどね。」
まぁ何もわかってないけど、こういっておけばいいだろうと思ったら、渋い顔をされた。てきとうに流したのがバレたか?
「あれで十分と思われるのは納得いかない。今度短剣で再戦したい。」
そっちに反応されるのは予想外だ。こいつの思考回路がわからねぇから、正しい返答をするのが難しいな。
「今以上に強いデュセスが相手だと俺じゃ勝てないから遠慮したいかな。」
「加護を使わなくてもわかる嘘をつかれるのは気に入らないけど、次のゴブリンが出てきたから私は下がる。…やはり先生たちもあなたの実力に気づいているようだから、テキーラの相手のゴブリンは特別みたい。実力を隠すあまりに死んでしまうなんてつまらないことにならないように気をつけて。」
最後によくわからない忠告をしたデュセスが入り口側に離れていった。
俺の相手が特別ってどういうことかと思いながらセリナの方を見ると、たしかに雰囲気が今までとだいぶ違った。
今までのゴブリンシリーズは全員半裸だったのに、俺の相手は普通に服を着ているうえに鉤爪のついたガントレットまでしてやがる。
しかもなんかセリナと話しているように聞こえたから、耳を澄ましてみた。
「本当にあれを殺せば解放してくれるのか?」
ゴブリンが喋ってるってことはあれは魔族なのか。というか、魔族なんてどっから連れてきたんだよ…。
「本当だよ。私たち『一条の光』のメンバーは約束は守るからね。でも、解放はするけど、またこの辺りで馬鹿にゃことしたら情報吐かせて殺すよ。あと、負けたら死ぬから頑張ってね。」
「ハッ。君たちみたいな化け物でもなければ、私が人間ごときに負けるわけがないだろ。この程度で解放してくれるなら、人間の下につく方を選ばなくて良かったよ。」
鼻で笑ったゴブリンが安心しているところ悪いが、俺は合格するために殺させてもらうからな。向こうも俺を殺す気だろうし遠慮はいらねぇだろう。
それにしても魔族から化け物扱いされるセリナはいろんな意味で凄えな。
「そんにゃこといえるにゃんて、見る目がにゃいんだね。まぁ君が選択したことだから、後悔しにゃいように頑張って。」
ニコッと笑ったセリナに対し、不敵に笑ったゴブリンが俺の方に歩いてきた。
離れたところにいるセリナとゴブリンの会話に意識を向けたせいで気づくのに遅れたが、なんか見られてんな。
もちろん同じクラスのやつでもアリアやサラでもなく、別の方向からだ。よく見れば、今回はセリナが扉をちゃんと閉めずに少し開けている。その隙間からこっちに意識を向けてる気配がある。殺気や敵意とは違うが、なんか不快な視線だからか気づけた。もしくは観察眼の視界に入ったから気づけただけかもしれんけど。
「君に恨みはないが、人間の命1つで私が助かるという話だから、殺させてもらうよ。直接戦闘より頭を使う方が得意なんだが、君程度なら問題ないだろう。」
近づいてきたゴブリンが話しかけてきたと思ったら、俺の返事を聞く前にガントレットについた鉤爪で攻撃してきた。
不意をついたのは賢いと思うが、速度がたいしたことないから剣で受け止めることは簡単だった。力を流さず受け止めちまったが、魔族とはいっても所詮はゴブリンだからか力もたいしたことなくて問題なく受け止められた。ただ、俺は練習しにきてんだから、問題なければいいってわけじゃねぇんだよな。ちゃんとやんなきゃと思い、後ろに飛んで一度距離をおいた。
このゴブリンはデュセスより少し遅くて、ミノタウルスより少しパワーが劣るくらいか。
ヒトミやウサギのいい練習相手になりそうだな。まぁ、合格するために殺さなきゃだから、無理な話なんだが。
「咄嗟にでも対応できたのは凄いですが、一度受け止めるので精一杯では私には勝てませんよ。」
魔族ってのは戦闘中によく喋るのが多いな。そんなに言葉を話せることが嬉しいのか?もちろん話せないよりは話せた方がいろいろ便利ではあるが、戦闘中に無駄に話す余裕はお前にはないだろ。戦闘中にベラベラと喋っていいのは絶対的強者だけだと思うんだよな。
というか、こいつは俺がギリギリ相手ができてるように見えてんのか?なんかムカつくな。
実力差を教えてやるよ。
俺はあえて身体強化は使わず、ゴブリンが重心を前にズラすのに合わせて前に出た。
一瞬驚いた顔をしたゴブリンの首を狙って剣を突き出したが、ゴブリンが無理やり横に飛んで避けた。
バランスを崩しかけながら足をついたゴブリンに即座に近づき、剣を横薙ぎに振ると、ゴブリンは崩れた姿勢から転がりながら俺の剣を避けた。
俺は両足に『会心の一撃』を使って床を蹴り、2歩でゴブリンが転がる先に回り込んで剣を振り上げ、振り下ろした。
目の前で即座に立ち上がろうとしたゴブリンは俺がさっきまでいた方を見ているから、俺に殺されることに気づくことなく、縦に真っ二つになった。
勢いよく振りすぎたせいで床に叩きつけちまった剣は折れたし、ゴブリンの切断面はぐちゃぐちゃではあるが、まぁそれなりに剣を使えてたんじゃねえか?…いや、殺すことに頭がいっぱいになっちまって、剣の練習のことを少しだけ忘れたのは確かだが、ちゃんと潰さずに切り殺せたから成長はしているはずだ。前にダンジョンで剣を使ってた時の方が上手かった気がしなくもないが、決して退化なんてしていない。絶対にだ。
「合格なのです。これで冒険者基礎は終了なのです。みなさんお疲れ様なのです。今回は全員合格なので、帰りに闘技場受付でカードの更新をしてほしいのです。それでは各自解散してほしいのです。」
何人かがサラに頭を下げてから、入り口から出ていった。だが、他はなぜか出ていこうとしない。いや、出ていくタイミングは自由にすればいいんだが、なんか見られている気がするんだが。
「今のってゴブリンジェネラルの魔族だよね?魔族を1人で一方的に殺せるとか、やっぱりテキーラくんって強いんだね。本当にFランクの意味がわかんないや。」
近づいてきたリスミナがいつもとはなんか違う笑顔で声をかけてきた。
そういや、魔族って脅威なんだよな。俺も最初にアリアに聞いた情報ではヤバい奴らだと思ったしな。ただ、実際は最初にアリアが持ってた知識は一部の魔物にたいしてのものだったし、普通にその辺にいる魔族はいうほどヤバい奴らじゃない。ただ、人間が魔族とあんま会うことがないから噂ばっかり大きくなってるんだろうな。
まぁ、俺が初めて会った魔族になりかけのムカデは攻撃が通らないヤバいやつだったけどな。あと、イーラや悪魔や人狼皇帝なんていうヤバい魔族がいるのも確かだから否定は出来ねぇけど。
「今のは喋っていたから魔族だろうけど、魔族にしてはたいしたことなかったよ。」
「私も今のくらいの魔族なら1人で倒せる。私も魔族とやりたかった。」
デュセスも近づいてきて張り合いだしやがった。
でも、魔族に普通の冒険者じゃ勝てないとかいわれてんのはやっぱり嘘だな。Aランク程度っていってたデュセスが倒せんだから、Aランク以上の冒険者なら倒せるってことだろ。
「デュセスが強いのはさっきの戦闘で十分にわかってたし、デュセスなら俺なんかよりももっと鮮やかにあの魔族を倒せただろうね。」
「あなたに謙遜されるとなんか釈然としない。」
じゃあどうしろっていうんだよ。めんどくせぇな。
「さすがテキーラさんですね。汗ひとつかかずに魔族を殺せるなんて。」
めちゃくちゃいい笑顔で会話に参加してきたローウィンスに顔を向けたデュセスが、話を聞いて勢いよく俺を見てきた。
何に驚いたのかはわからんが、なんか俺の顔を見て悔しそうな顔をされた。本当に意味がわからん。
「やはりあなたは私より強い。テキーラは次はどの授業を受ける予定?決めていなければ冒険者応用を受けてほしい。」
「まだ決めてはいなかったけど、冒険者応用は受けようとは思ってたから、開始日次第かな。」
「そうなの?私も受けようと思ってたからテキーラくんも迷ってるなら一緒に受けようよ!」
「開始日は2日後。予定が空いているなら受けるべき。」
リスミナはキャラとしてわからなくないが、デュセスがこんなにぐいぐいくると、なんか企んでんじゃねぇのかと邪推しちまう。でも、授業が一緒なくらいでなんか出来るわけでもねぇだろうし、べつにいいか。
「じゃあそうしようかな。アインも受けるの?」
「はい、そのつもりです。」
「4人一緒だね!あと、カルアさんとルジェさんも受けるっていってたから、知り合いが多くて嬉しいな。」
そこまで喜ぶことでもないと思うが、リスミナはやけに嬉しそうにしている。
まぁ知り合いがクラスにいれば気分的に楽だってのはわかるけどな。
「次は負けない。」
あぁ、デュセスはそのつもりで誘ったのか。変なことを企んでるわけじゃなかったから、まだ良かったか。いや、面倒そうではあるから良くはねぇな。
ふと視線を感じて入り口に目を向けるとスミノフが出ていくところだった。
目は合わなかったが、あいつ今こっちを見たよな?残っているのは俺たち含めて数組いるが、スミノフと俺らの射線上には誰もいないから、違うやつを見たってことはないだろう。なんとなくこっちを見ただけか?だとしたらその程度で俺が見られてるって気づきはしないと思うが…まぁ考えたってわかんねぇんだから、どうでもいいか。
そのあとも少し4人で話していたら、サラに早く出ろとかなりオブラートに包まれていわれたから、追い出される形で闘技場をあとにした。
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