裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
258話
ゴブキン山の山頂で、昨日リスミナと行った武器防具屋で買った革鎧に着替えようとしているんだが、なかなか面倒だな。
リスミナには金属鎧の方が似合うといわれたが、地味に重いし動きづらそうだから革鎧にすることにし、いいものがないかと探しているときに革鎧にも全身用があるのを初めて知った。
周りのやつらはほとんどが急所だけを護るタイプの防具を着ているから、それしかないのかと思ってた。
急所だけを守るタイプの方が動きやすそうではあるが、防具としては心許ないだろ。
一応、被膜の加護付きがないかを探してみたが、そもそも加護付きの防具があの店にはほとんどなかったから、全身用にした。
全身用の革鎧は部分ごとに分かれていて、順番に着ていく必要がある。それぞれが多少のサイズ調整もできるようになっているから、成長して体が大きくなってもある程度までは使えるようで、金属鎧にはないメリットだろう。
ただ、サイズ調整が可能ということは、着るときにサイズを合わせながら着なきゃならない。下手に隙間が空くと、次に重ねる部分がうまく合わなくなる。
うまく着れてると思って順番に身につけていったらどこかで微妙に失敗してたらしく、胸当てを着けたら肩周りがキツくなっちまった。さっきは変に腹が締め付けられて失敗だったし、その前はそもそも胸当ての留め具が届かなかった。
装備するだけでこんなに手間がかかるとか、イライラすんな。
初っ端にチェインメイルを選んで正解だったわ。
「それ食べていいなら、イーラが同じ形になるよ?でも、防具じゃなくなるからステータスは上がらなくなっちゃうけど、その革より頑丈な素材に変えられるし、リキ様に合わせた大きさになれるよ〜。」
俺が着替えに手こずっていたからか、俺に纏った状態のイーラが念話で助け船を出してきた。
「そういやそういう方法もあったな。というか、イーラが防具になれるなら、買う必要なかったんじゃねぇか?」
「革鎧は前に食べたことあるから、どんな形でも良かったならそうだね〜。」
そういうのは先にいえよと思ったが、忘れてた俺も悪いな。
「じゃあこれと同じになってくれ。」
「は〜い。」
俺が革鎧を脱ごうとしたら、それよりも早くイーラが革鎧を吸収しやがった。
俺に纏ってるからだいぶ薄い状態なのにそのまま捕食できるのかよ。
これって、イーラはやろうと思えば俺をこのまま捕食できるってことだよな?
想像するとゾッとするな。まぁイーラがそんなことするとはカケラも思っちゃいないんだが。
その後は一瞬でイーラが革鎧を着せてくれた。
さっきまでの無駄な時間はなんだったんだ?マジで…。
ガントレットもいつもと違って革製で揃えたせいで違和感があったんだが、イーラが俺の体に合わせてくれたからか、かなりスムーズに動けるようになった。さっきまでの硬さがなくなったというか…全体的に見た目はさっきと同じ革鎧なんだが、触った感じがさっきと全く違う。なんか柔らかいし、サラサラツヤツヤしてる気がする。
「これってなんの革だ?」
「もともとのがなんなのかわからないけど、ミノタウルスを混ぜてみた〜。あと、龍の鱗を粉々にしたのも混ぜてあるよ〜。もっと必要そうだったらあとで色々混ぜるね〜。」
混ぜた方が性能が良くなるのかは俺にはわからねぇが、よくよく考えたらイーラを纏ってる時点で防具いらねぇんじゃねぇか?
試しに右手で左腕を殴ってみたら、普通に痛かった。いや、革のガントレットの分は痛みが軽減されてるっぽいが、イーラを纏ってる分の軽減はなさそうだ。
イーラ自身は物理攻撃でダメージを負わなくても、イーラ越しの衝撃は俺まで届くんだろうな。
「なにしてるの〜?」
「イーラを纏ってるとどの程度ダメージが軽減されるのかを試しただけだ。気にするな。」
「革鎧部分以外を龍の鱗にした方がいいの?」
「いや、このままでいい。さすがに鱗を纏ってたら不自然すぎるだろ。あと、革鎧もこれ以上いじらなくていいからな。」
「は〜い。」
これで準備が整ったし、ちょっと早いけど学校区画でゆっくり飯を食って、今日の集合場所に行くとするか。
俺が飯を食い終わる頃にリスミナが店に入ってきたから、リスミナが食べ終わるまで待って、一緒に向かうことにした。
今日の集合場所はユリアたちの訓練をしたあの広場だ。
冒険者基礎の2日目組と3日目組がこの広場での練習になるらしい。そのせいかけっこうな人数がいる。
まだ20分くらい時間がありそうなんだが、50人はいるっぽいな。
「こんにちは。」
集まっているメンツをなんとなしに眺めていたら、声をかけられた。
挨拶されたっぽいが、俺の知り合いなんてほとんどいないはずなんだがと横を見たら、ローウィンスが立っていた。
俺が気にしてなかっただけかもしれないが、気配もなく隣に立たれてビックリした。
「こんにちは。」
「こんにちは!」
俺が挨拶を返すと、リスミナも気づいたようで笑顔でローウィンスに手を振っていた。
「テキーラさんはリスミナさんととても仲がいいんですね。」
ローウィンスから違和感のある笑顔を向けられながらいわれたが、たしかに出会って間もないわりには仲いいのかもな。
「そうだね。といっても会ったのは昨日が初めてなんだけどね。」
「知っていますよ。」
ニッコリとした笑顔で返されたが、こいつは気づいていることを隠す気ねぇのか?
「もしかしてテキーラくんとアインさんって知り合いなの?」
「テキーラさんとお会いしたのは昨日が初めてですよ。」
やけに名前を強調された気がするが、一応俺らが知り合いだってことを隠す気はあるみたいだから、余計なことに触れるつもりはない。
「テキーラくんは凄く接しやすいから、アインさんもすぐに仲良くなれると思うよ!」
「そうですね。ぜひ私とも仲良くしていただきたいです。」
こいつ…俺が断れないのをわかってて利用してやがるな。
万が一があるから知り合いとはあまり関わりたくねぇってのによ。
「こちらこそよろしくね。」
微笑んで答えたら、ローウィンスが右手を出してきたから、握手をした。
俺と握手したあとにリスミナともしていたんだが、ローウィンスがやると微妙に違和感があるな。俺の中でローウィンスは王女だからかね。
それから3人で雑談を交わして時間を潰していたら、サラたちが現れた。
俺らの先生は昨日と同じサラ、アリア、セリナの3人みたいで、3日目組は村のガキ3人が先生をしているみたいだ。顔は覚えているんだが、申し訳ないことに名前は覚えてない。
「2日目の人たちはこちらに来てほしいのです。」
サラが大声をだしてから歩き出したから、俺らはそれについていき、3日目組から少し離れたところで止まった。
「昨日申請された武器を用意したのです。それぞれ武器を取りに来てほしいのです。」
サラが槍、アリアが斧、セリナが剣を持っていたから、俺らはセリナの列に並んで武器を受け取った。
見るからに木でできているから、木刀くらいの重さを想像してたら、思ったより重かった。今の俺なら片手で振り回せる程度の重さではあるが、たぶん普通の剣と同じ重さにしてあるんだろう。
俺とリスミナとローウィンスは3人とも剣を選んだ。3つの中から選ばなきゃならなかったから、1番剣が無難だろうと俺は思ったからだが、2人はもともと剣を使っているからだろうな。
「剣の人たちはこの辺に集まってね〜。」
どうやら武器ごとに先生を分けるようで、剣はセリナが教えるようだ。
槍を教えるのがサラなのはわかるが、アリアはあんな細腕で斧を振り回せるのか?
「武器ってのは力任せに振り回すものじゃにゃいから、アリアにゃら大丈夫だよ〜。」
俺がアリアを見ていたからか、いつのまにか近づいていたセリナが耳元で囁いてきた。
一瞬ビクッとしちまったのを誤魔化すように笑いかけ、セリナから距離を取った。
俺は今はテキーラなんだから、必要以上に絡んでくんなという気持ちを込めた笑顔のつもりなんだが、まぁ伝わっちゃいないだろうな。
「それじゃあ今日は一日中素振りね〜。まずは見本を見せるから、よく見ててね。」
剣を選んだやつらが集まったのを確認したセリナが声をかけ、木剣で素振りをして見せた。それはただの上段からの振り下ろしだったんだが、不覚にも綺麗だと思っちまった。
先生らしくないくらいに喋り方は軽いけど、見本としてはなかなかだな。いや、かなり凄いと心の中でくらいは素直に褒めてやるべきか。
「剣には刃がついてるから、その刃で空気ごと切るように綺麗に振り下ろすんだよ〜。まずはこれを覚えてね。出来るようににゃったと私が判断した人から順に次の素振りを教えていくから頑張ってね〜。最低でも3種類は覚えにゃいと次にいけにゃいからね。あと、今まで反りのある刃物を使ってた人は引く動作をしちゃったりするけど、この形の剣では必要にゃいからね。」
今の話を聞いて既に素振りを始めているやつもいるが、さすがに教え方が雑すぎねぇか?
こんなんでわかるのかよと思っていたら、リスミナとローウィンスは既に素振りを始めていた。しかもけっこういい感じに出来てるように見える。
マジか…俺が理解力なさすぎるだけか。
「まだ素振りを始められてにゃい人はたぶん持ち方がわからにゃいんだよね?じゃあ持ち方わからにゃい人たちはこっちに来てね〜。」
セリナが空いているスペースに移動しながら声をかけてきたから、俺がセリナのもとに向かうと他のやつらも集まってきた。
このグループはほとんどが素人っぽい雰囲気だな。新人冒険者って感じを醸し出してやがる。まぁ俺も新人冒険者で剣はど素人だから人のこといえねぇんだけど。
「まずは剣は両手で持とうか。片手は下で、もう片手は間を空けて上ね。そうそう。どっちを上にするかとかはしっくりくる方にすればいいよ。」
…。
「そしたら右手を引いて左手を押してみて。そうそう、そんにゃ感じ。じゃあ今度は逆にして。いいね〜。はい。これだけでも動くのはわかったよね?そしたらとりあえず持ち上げて振り下ろしてみようか。」
…教え方が凄えな、悪い意味で。
セリナがまた見本を見せるようにヒュンッと綺麗な音を立てながら素振りをした。
「ほらほら、見惚れてにゃいでみんにゃも素振りしてみて。」
ニコニコしながらふざけたことをいってやがるセリナに少しばかりイラつきながらも、いわれるままにとりあえず木剣を持ち上げて振り下ろした。
ブォン!と音がなり、けっこうな抵抗を感じた。
「刃が斜めってるね〜。このまま〜こう!はい、それを意識してゆくっりやってみて。繰り返しにゃがらちょっとずつ速くしていけばいいよ〜。」
いつのまにか近づいていたセリナが俺の木剣を摘んで上段に構えさせ、それを摘みながら引いて振り切らせた。
そんで今のを意識しろとだけいって次のやつを教えに行きやがった。
あっという間の出来事だったから呆気にとられちまったが、今の剣筋を意識しながらゆっくりと一度振り下ろし、2度目は普通に振り下ろした。
そこまで速く振ったわけではないが、音があからさまに変わった。
セリナ、すまん。セリナは教えるのが下手だと思っちまってた。ヘタに口で説明されるよりわかりやすかったかもしれねぇ。
もちろん少し良くなっただけで、一度でマスターしたわけではないから、その後もちょいちょいセリナからの指摘を受けては直してを繰り返すことになったが、今日だけでだいぶ上達したんじゃないかと自画自賛したくなる。
「今日はここまでね〜。みんな、お疲れ様!」
ただ素振りするだけの退屈な時間のはずなのに、セリナに声をかけられて初めて夕方になってることに気づいた。
めちゃくちゃ集中してたんだな。
おかげで上段からの振り下ろし、袈裟斬り、右薙ぎ、左切り上げはなんとか形になった。あくまで形になっただけで、セリナと比べられたら雲泥の差だが。
いいんだよ。1日で完璧になんてなれたらみんなが大剣豪だろ。とりあえず形は覚えたから、使ってるうちに上手くなればいいんだよ。
「みんにゃ3つ以上の斬り方を覚えてくれたから、合格だよ!だから明日もここに集合ね〜。」
「はい!」
何人かが野太い声で返事をしたんだが、昨日はサラに何かいわれても返事するやつなんていなかったよな?セリナに惚れでもしたのか?いや、環境に慣れただけかもな。返事をするのは正しいことだろうし。
剣術を教えるのだから仕方がないのかもしれないが、セリナがちょいちょいボディタッチしてくるから、男どもが意識しちゃってんじゃねぇの?と決めつけるのは良くないな。
「じゃあ木剣は回収するよ〜。返した人から今日はここで解散ね〜。バイバ〜イ。」
セリナが木剣を回収しながら、ニコニコと手を振るのに対して、何人かの男が手を振り返していた。俺の覚え違いでなければ、手を振り返したのは全員さっき返事していたやつだ。
…。
まぁセリナはもともと王族だから、上の立場でない男のあしらい方には慣れてるだろうし、力づくでセリナをどうこうできるやつなんてここにはいないから、好きにさせとけばいいか。
セリナはクズ男も実際に見てるし、サラほど心配ではねぇな。好きに恋愛してくれって感じだ。
「セリナ先生も凄いね!」
俺が木剣をセリナに返して、声をかけられる前に距離を取ったところで、リスミナに声をかけられた。
なんか認めたくないけど、たしかにわかりやすかった。
「そうだね。」
返事をしながら俺が村に向かって歩き出すと、リスミナも歩き出して隣に並んだ。
「最初は教え方がサラ先生と全く違くて戸惑ったけど、とりあえずやらせて、都度指摘してくれるから、わかりやすかった。」
「セリナ先生は反りの入った片刃の短剣をいつも使っているようですが、普通の剣でもあんなに綺麗に扱えるなんて凄いですよね。きっと最初に教えてくれた方が素晴らしい方だったのでしょう。」
歩きながら話していた俺らの会話に参加してきたローウィンスが凄くいい笑顔を向けてきた。
ローウィンスは何かと俺の手柄にしたがるが、俺はセリナにほとんど何も教えれてねぇからな。
「セリナ先生の場合はもともとのセンスがいいんだと思うよ。それに努力もしてそうだし。」
「獣人の人って力任せな攻撃をするイメージが強かったんだけど、セリナ先生は全然違うように見えるし、今の形を得るのに苦労したんだろうなぁ。」
俺がローウィンスに対して、俺の手柄じゃなくてセリナの努力だからと返したつもりだったんだが、リスミナがセリナを見ながらしみじみと答えた。
たしかにセリナは苦労したとは思う。どんな訓練をすればいいかわかっていない俺に、直々に戦闘訓練させられた犠牲者だからな。
だが、スピード重視の戦い方が合っていると気づいたのはアリアだ。だからリスミナが想像している苦労と実際にセリナが体験した苦労はちょっと違うと思うが、テキーラ状態の俺が知ってるのもおかしいから、てきとうに微笑んでおいた。
「そういえば、アインさんはどこに住んでるの?」
「実家はラフィリアですが、今はカンノ村ですね。」
「そうなんだ!私も学校のすぐ近くに宿があるって知ってたらそっちに泊まったのになぁ。」
「近いので、楽なのは確かですね。ただ、みなさんと一緒に帰れないのが少し悲しいですけれど。」
ローウィンスは苦笑いのような表情を浮かべた。
というか、リスミナはローウィンスの答えに対して、“私も”とかいってるが、そいつは宿に泊まっちゃいねぇと思うぞ。
そのまんまの意味で実家が王城で今はカンノ村の俺ん家の隣に住んでるってことだと思う。
まぁローウィンスが訂正しないから、リスミナが本当のことを知ることはないだろうけどな。
「私もこっちに泊まろうかな〜。」
村の外壁に着き、壁沿いに学校区画の門の方に進み始めたところで、リスミナが悩むような声で呟いた。
「たしかに近い方が楽だし、こっちに泊まっちゃえば?ただ、けっこう高かった気がするけど。」
「高いってどのくらい?」
悪いが俺はジャンヌたちが金貨を払っていたってことくらいしか覚えていない。
「全てを覚えているわけではありませんが、たしか1番安いお部屋で銀貨20枚だったかと思いますよ。」
「え?」
「馬鹿じゃねぇの。…いや、ミスった。なんでもない。」
ついつい思ったことが口から漏れちまった。
いや、金額設定おかしいだろ。
町のやけに高い宿屋で銀貨10枚だったぞ?でもあそこは後から知ったが、料理がかなり有名らしいから宿泊するやつがいるらしいけど、こんなとくに名物も何もない宿屋であそこの倍とか意味わかんねぇわ。
ここに泊まる利点なんて学校が近いだけだし、それだって、すぐそこに町があるから普通に町の宿から通える距離だ。
「そんなに高いのに利用者っているの?」
「1番高い部屋はずっと同じ人たちが使ってしまっていますが、他は入れ替わったりしながらも8割は常に埋まっているらしいですよ。」
マジか…。
1番高い部屋はジャンヌだな。まだいたのか。
「私はそんなに余裕がないから、これからも町の宿から通うことにするよ。」
さっきまで呆然としていたリスミナが、苦笑いで答えた。まぁ正しい反応だろうな。
「それでは、残念ですが私はここで。」
話しているうちにカンノ村の学校区画の門のところについてしまい、ローウィンスが別れを告げてきた。
俺も本当ならここで帰りたいんだが、最初に王都に住んでるっていっちまったからな。失敗した。
「じゃあまた明日ね!」
「じゃあね。」
リスミナと俺が軽く手を振ると、ローウィンスも小さく手を振り返してきた。
その後は昨日のお礼や今日の授業のことなんかをリスミナと話しながら、王都へと歩いて向かった。
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