裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

246話



朝飯の時間に起こされた俺は、朝の支度を済ませてから食堂に向かい、朝飯を済ませた。

今日の早朝練習はユリアとクレハの2人とセリナだけの参加でいいとのことだったから、遠慮なく朝まで寝てた。

今朝は2人のズレた体の感覚に慣れるために走ったりするだけだったらしいけど、この世界の人間はレベルやスキルによる体のズレは感覚でどうにでもなるんじゃなかったのか?
まぁ俺はゆっくり寝れたから文句はないんだがな。
ただ、代わりというわけではないが、今日はクレハとユリアが疲れたあとの最後の相手を任されている。動きが疲れで鈍っていようと殺さない程度に徹底的に痛めつけてほしいといわれたが、さすがに敵でもない相手にそこまで出来るほど俺の神経は図太くないんだが…まぁ程々にやる予定だ。




「…今日はユリアさんとクレハさんには夜まで実戦訓練をやり続けてもらいます。」

朝食後にゴブキン山の山頂に集まったところで、アリアが2人に向けてこれからの予定を説明していた。
予定といってもほぼ休みなく戦い続けるというだけみたいだが。

今日のメンバーは俺、アリア、イーラ、セリナ、テンコに加えてアオイとサーシャだ。
クレハの相手にセリナとアオイで、ユリアの相手に万が一にも死なないだろうイーラとサーシャって感じだろう。

ユリアとクレハは2人とも自分の武器なのにたいして、セリナは短い鉄の棒の二本持ちで、アオイは長い鉄の棒を使うみたいだ。
イーラとサーシャに限っては武器すら使わないつもりらしい。いくらユリア相手だからといってナメすぎだろ。まぁイーラはたまに素手というかガントレットっぽいものを纏って戦うことがあるからわかるが、血を使わずに闘うサーシャは見たことないんだが、戦えるのか?

俺がそんなことを考えているうちに実戦訓練が始まった。最初はイーラとセリナが相手をするみたいだな。

とりあえず残った俺らは観戦モードだ。

10日でどのくらい強くなってるんだろうとあまり期待しないで見ようと思っていたんだが、開始早々クレハとユリアがそれぞれ動いた。今までとは比べものにならない速さで。

これは同時に見てたら見逃しそうだから、とりあえずクレハとセリナから見るか。

訓練中はクレハの動きが鈍かったから忘れていたが、クレハはもともとスピードタイプだったな。
ただ、今まで以上の速度ではあったが、セリナには軽くいなされ、カウンターまで入れられた。
衝撃に顔を歪めて呻いたクレハが距離を取ろうと退がるが、セリナがそれを許さない。…あのピッタリついてくるやつムカつくんだよな。速度に差がありすぎるせいで俺だと引き剥がすのにかなりの手間がかかるし。

セリナの動きで距離を取れないと悟ったクレハが逆に距離を詰めたんだが、セリナはあえて退がらず、レイピアと鉄の棒がぶつかりあった。だけど、それだけでは勢いを殺しきれず、だからといってどちらも退かずに肩と肩がぶつけあい、弾くようにして少し間合いをあけた。

そこにすかさずクレハがレイピアを引いて突きの構えをとって突き出すが、セリナは短い鉄の棒をレイピアの先端に添えて軌道をズラし、その流れに逆らわずに腕を返して強かにクレハの腹を打ちつけた。

タイミングが遅れながらもクレハが後ろに飛んで威力を軽減させたみたいだが、あの渋い顔を見るに激痛なんだろう。レイピアで突いた直後だったから仕方ないんだろうが、後ろに飛ぶタイミングが遅すぎたな。

セリナが休む間を与えないようにまた接近するのをクレハが攻撃を一時的に捨て、必死に避けながら詠唱を始めた。その瞬間、セリナの右手がブレて、いつのまにかクレハの鳩尾に短い棒がめり込んでいた。
最初から2人とも動きが速かったが、今のセリナの突きは気を抜いたら見えないほどの速度だった。あんなのをくらって無事でいられるわけもなく、クレハは膝から崩れ落ち、遅れて吐いた。何度もえずいていて、呼吸が出来なくて苦しそうだ。

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

俺がただただクレハを眺めていたら、アリアが魔法を使ったみたいだ。

クレハの成長もなかなかのものだが、セリナがさらに強くなってて驚いていたせいで、クレハを助けることを忘れてた。すまん。

「そんにゃにわかりやすく攻撃を捨てたら、相手からしたらただちょっと速く動くだけの的でしかにゃいよ。だから、回避に専念するとしても攻撃する姿勢は崩しちゃダメだよ。」

「はぁ…はぁ……はい。」

「じゃあ次はアオイさんだね。」

「もう妾の出番か。早いのぅ。」

本当に早いな。

2人の動きが速いからだろうけど、決着つくのが早すぎる。このペースで1日もつのか?

「お願いします。」

まぁもつのかどうかはわからんが、クレハはやる気みたいで、既に場所を移動して、戦闘態勢を取っている。

嘔吐物に関しては何事もなかったかのようにアリアが燃やして綺麗にしていた。

そのまま視線をずらしてユリアとイーラを見るが、まだ1戦目を終えていないっぽいな。やっぱりクレハもセリナもスピードタイプだからこその戦闘時間の短さだろう。

というか、ユリアはなかなか善戦してるんじゃねぇか?

ユリアも前とは比べものにならないほど速く動けるようになっているし、精霊と合体したうえで精霊術も使うから、イーラにとっては天敵といえるのかもな。

イーラの攻撃はなんとか避けれてるし、ユリアの攻撃はたまに当たってイーラが苦しそうにしている。
イーラの練習にもちょうどいいかもな。

ただ、ユリアには決定打がないから、長期戦にならざるをえないし、長期戦になったら体力の問題でユリアに勝ち目はないだろう。つまりユリアはこの訓練中にイーラを倒せるような攻撃を覚えなければ勝ち目がないわけだな。
勝つのは無理でも日が暮れるまで体力をもたせることが出来れば、負けずに済ますことは出来るかもな。

「…予定には少し届きませんでしたが、なかなかの仕上がりだと思うのですが、どうでしょうか?」

隣に並んだアリアが聞いてきたが、予定だともっと強くするつもりだったのかよ。
今はユリアもクレハも補助魔法を一切使っていないのにこの強さ、どう考えても十分だろ。
ユリアに関してはウンディーネと合体してるから身体強化を使ってるともいえるが、もとが雑魚だったのだから、十分な成長だろ。

「俺は十分だと思うぞ。むしろアリアはこれ以上にするつもりだったことに驚きだ。」

「…リキ様の奴隷になっていればクレハさんはセリナさんに本気を出させるくらいにはなれたと思うのですが……それは言い訳ですね。ごめんなさい。」

…ん?そっか、セリナはまだ本気じゃねぇんだな。
たしかにいわれてみればまだ余裕はありそうだが、マジか…。

セリナはどんどん速くなっていくな。獣人だからで済ませられる域を超えてる気がする。
そう考えたら、あの速度に対応出来た俺って凄いんじゃねぇか?いや、正確には対応しきれてはいなかったんだが、一応戦えていたからな。

直近でやったセリナとの戦闘を思い出しながらユリアとイーラの戦闘を眺めていたら、ユリアがちょっと劣勢になってきた。

なんかイーラが戦いながら回避がうまくなってきていやがる。
この前、俺と3日間も殴り合ったのに回避の動作が無駄に大きいのがあんま良くならなかったくせに、ユリアとの戦闘を始めて数分で少し良くなってやがる。さすがにまだ無駄に大きく避けてはいるが、俺のときと比べたら出来るだけ小さく避けてカウンターをしようとしているのが見てわかる。まだ回避の成功率は高くないが、戦いながら学んではいるっぽいな。

なんで俺のときは3日間ほとんど変わらなかったのにと思うが、こういうのはタイミングもあるから仕方ねぇか。

ユリアが剣を横薙ぎにしたのをイーラはバックステップで避け、ユリアが剣を振り切ったのに合わせて距離を詰めようとしたところでユリアの体表から針のようなものがイーラに向かって射出された。あれは水でできた針っぽいな。
イーラは既に重心を前に置いていたはずなのに綺麗にサイドステップを踏んで針を避けてから再度近づいた。だが、ユリアが体勢を整え終えていたために切り上げられた剣をモロに胴体に食らった。
いや、イーラはズルいことをしやがった。剣の軌道に合わせて自ら胴を上下に開いて避け、剣が通り過ぎたら繋ぎ直すという荒技だ。
イーラだからこそ出来るズル技だが、遅くない剣速にピッタリ合わせるには技術が必要なのは間違いないだろうから、ここはズルといわずに褒めてやるべきか。

ただ、間合いを詰めながら避けることに成功したことでイーラは気が緩んだのか、ユリアが剣を片手で振っていたことに気づかず、イーラは殴りかかる体勢に入っていた。
そして、ユリアは空いていた左手でイーラの顔面を殴りつけた。右手で剣を振った勢いが乗っているからけっこうな威力があったようで、イーラの首が捻れた。
イーラは精霊のせいで打撃でもダメージを受けたようで苦い顔をしていたが、そのまま退かずに力技でユリアの脇腹を殴って吹っ飛ばした。

ユリアが3メートルくらい滞空してから勢いよく地面を転がり、そのまま蹲って苦しそうに呻いている。

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

隣のアリアが回復させると、ユリアはすぐに立ち上がって構えた。

苦しいからって無防備を晒すのはどうかと思うが、回復次第すぐに戦闘体勢になったのは偉いな。よっぽど戦い慣れているか、ちょっとしたことで死ぬ危険性があることを体で覚えてるようなやつでなければ、なかなか出来ることではないだろう。

「…イーラ、交代です。」

イーラがまた攻撃を始めようとしたところでアリアが止めた。
アリアが回復させたら交代って感じっぽいな。

それにしてもアリアはクレハとユリアの戦闘を同時に見てるのかよ。凄えな。

「は〜い。」

「次は我の番か。女子おなごの相手とは楽しみよの。」

サーシャが変態っぽいセリフをいったせいで、ユリアが苦笑いをしている。

サーシャが女の子を好きなのは食べる場合だけじゃねぇのか?もしかして、ドサクサに紛れて血でも啜るつもりか?

「アリアから殴る以外は禁止されとるから、良いハンデじゃろ?殺しはせんが、遠慮するつもりはないから、泣き叫ぶ準備をすると良いぞ。うぬは遠慮せず殺す気で来ると良い。胸を貸してやろうぞ。」

サーシャはそういいながら肩甲骨あたりから血を流し、肩から指先にかけて血の鎧のようなものを作り出した。

自分より弱い相手だからと調子に乗ってやがると思ったが、ナメて本当に素手でやるなんてことはせず、ちゃんと準備はするようになったんだな。

サーシャの部分的な血の鎧を見て、ユリアが驚いた表情になった。

そういやサーシャが魔族って話はしてなかったか?まぁユリアはとくに質問することなく剣を構えてるから、わざわざ説明してやる必要はねぇか。

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

俺がユリアとサーシャを見ていたら、隣のアリアが魔法を使った。

いきなり何かと思ったら、クレハがアオイにやられたみたいだ。やっぱ向こうは回転が早いな。

クレハは休みを挟むことなく、またセリナとのターンみたいだな。頑張れ。

俺が少し目を離しているうちにユリアとサーシャの戦闘が始まっていたようで、硬いものがぶつかる音がした。

サーシャはイーラと違い、避けるのではなく血を纏った腕で受け流して反撃というスタイルみたいだ。これはユリアが血の鎧を突破出来ないって決めつけた戦法だから、やっぱりナメてるだろとも思ったが、よくよく考えたらサーシャも手足が切り離されたくらいじゃ死なないのだから、血の鎧を突破されてもたいした問題じゃないのか。ならまぁいいや。

イーラよりもサーシャの方が攻撃を受け流してからの反撃が速いから、ユリアは避けきれずに地味にダメージを蓄積させている。

ユリアが袈裟斬りをすればサーシャが右腕を剣に添えて外に受け流しながら左手で殴りかかり、そのパンチを受けるのと同時にユリアが後ろに飛んで衝撃を軽減させつつ水の針をサーシャに仕掛けるが、サーシャは血の盾を展開して防ぎながら距離を詰め、さらに殴りかかろうとする腕をユリアが剣の柄で叩いて防いで距離を取る。

こんな感じの攻防が続いているが、攻撃が一切通用していないうえにサーシャの攻撃を防ぎきれてないユリアが負けるのは時間の問題だろ。

ユリアが精霊の力を使っているから基本受け止めずに避けていたイーラに慣れちまってたせいで、積極的に攻めてくるサーシャはやりづらいだろうな。

ユリアが蓄積したダメージを回復するためか詠唱を始めた瞬間、サーシャが距離を詰めた。
ユリアも最初のクレハと同じく詠唱に集中するために攻撃を捨てて避けに専念し始めたんだが、避けの技術自体がそこまででもないせいで、何発目かのサーシャのパンチがモロに腹に入った。吹っ飛びはしなかったが、一瞬時間が止まったかのように2人の動きが止まり、ユリアが唾液を垂らしながら苦しそうな呼吸に変わって、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

ユリアが革の胸当てをキツく握りしめ、苦しそうに座ったまま蹲っているのを見下ろしていたサーシャは、ニヤリと口もとを歪めて右手を引いた。

「…サーシャ、交代です。」

追撃をする気満々だったサーシャがユリアに殴りかかった姿勢で静止し、不満そうに口を尖らせながら渋々といった感じで退がった。

あの状態でアリアの指示に反応するとか、条件反射でも仕込まれてんのか?
しかもあんな楽しそうな顔をしてたサーシャがアリアの一言で諦めるとか、完全に上下関係が出来上がってるのかもしれない。まぁそんくらいしとかないとサーシャは馬鹿だから取り返しのつかないことをやりかねないしな。

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

しばらくアリアは様子を見ていたみたいだが、自力復帰が無理だと判断したのかユリアに魔法をかけた。

ユリアはまともに呼吸が出来るようになったら即座に立ち上がったが、涙目…いや、ガチ泣きしてたっぽいな。顔が涙と鼻水と唾液で酷いことになってやがる。

ユリアは即座に袖で顔を雑に拭いて構え直したから、俺は今の顔は見なかったことにした。真剣にやってるやつにそんなくだらない指摘なんかしたくないからな。

そういやクレハの方はあの後交代ってアリアがいってないから、今回は頑張ってるみたいだなと見てみたら、クレハがボロ雑巾のように地面に横たわっていた。

…生きてるよな?

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

「スピードが勝ってる相手からダメージ受けてるのに回復しにゃかったら、どんどん動きが鈍くにゃって取り返しがつかにゃくにゃっちゃうよ。だからこの速度で戦闘しにゃがら魔法を詠唱できるように練習した方がいいよ。」

「はい。」

セリナが案外真面目に指摘をしてやがる。
それにたいして傷は治ったが土まみれでボロボロになっているクレハが真剣に聞き入っていた。

これだけやられてもやる気が萎えないのは凄いな。まぁこの世界じゃ強くならなきゃ死ぬんだから、冒険者として生きると決めたのなら当たり前っちゃ当たり前なのか。

セリナが退がってアオイが前に出ると、クレハがまた構えをとった。

アオイが長い棒の先端を持ち上げたところで、クレハが間合いを詰めながらレイピアを突き出した。
突き出されたレイピアの先端にアオイが鉄の棒の先端をちょんっとぶつけると鉄製の風鈴のように澄んだ音が響き、レイピアの軌道がわずかにズレたみたいでアオイの左肩スレスレを抜けていった。

クレハは突きは外したが、通り抜けざまにレイピアを持つ腕を曲げて、肘でアオイの顎を打ち抜こうとしたみたいだが、肘が当たる寸前で凄い鈍い音が鳴ると同時に止まり、クレハはそのまま崩れ落ちるように蹲った。

『ハイヒーリング』

『フェルトリカバリー』

『パワーリカバリー』

ここからだと見えづらかったが、たぶん通り抜けようとしたクレハに合わせて鉄の棒で胸を打ったんだろう。

「回復手段があるからといって、無闇に突っ込むものではないぞ。妾の武器が単なる鉄の棒だったから胸骨が数本折れるだけで済んだようじゃが、刀なら回復出来ん体になっとったぞ。まぁ思い切りが良いのはいいと思うがのぅ。」

「…はい。気をつけます。」

アオイも動きを見るに手加減しているようだけど、今の打ち込みは音からしてだいぶ本気の一撃だったっぽいな。
さすがにクレハが渋い顔をしているが、それでもやめるつもりはないらしく、次の相手であるセリナに向き直って構えていた。

クレハもユリアもこのペースで夜までもつのかと心配ではあるが、アリア式戦闘訓練に俺が余計な口を出すべきではないだろうし、そもそも任せた時点で口を出す気はない。

だから俺の出番がくるまで、静かに見守ることにした。

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