裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

242話



思った以上にクレハのレベルが上がらなかった。

ユリアはとっくにカンストしているし、この前得たばかりの俺の精霊術師は80レベルを超えたというのに、俺の予想の地下55階を過ぎ、地下56階のボス以外を終えた現在でクレハはまだ98レベルらしい。

一切参戦させないとやっぱりレベルが上がりづらいみたいだな。

まぁでも、この地下57階に下りる階段のところにある扉の先にこのダンジョンで俺たちが初めて会うボスがいるみたいだから、こいつを倒せばあと2レベルくらいは上がるだろう。

少し腹も減ってきたし、とっとと終わらせて帰るとするか。

「どうだ?」

「大丈夫だと思うよ〜。」

一応セリナに確認してから、扉を開けた。

朝飯後からは休憩なしなんだが、クレハとユリアは走るだけならなんとか出来るようになっているから、ボス戦前も休憩はなくて大丈夫だろ。

ユリアは疲れた顔ではあるが笑っているから、案外ボスが楽しみなのかもな。

開いたドアの隙間から見えるボス部屋の中にはゴーレムだと思われる魔物がのっしのっしと歩いていた。

ボスもゴーレムか…。こいつらって強いわけじゃねぇのに硬いから、倒すのに地味に時間がかかるからあんま好きじゃねぇんだよな。

地下56階にいた魔物は砂を固めただけのゴーレムだったから、もしかしたらボスも似たようなのがくるかなと思ったが、まさかまんまゴーレムだとはな。

さっき倒した砂のゴーレムは殴れば倒せる相手だったが、見た感じだとボスは金属っぽいから、さっき倒したやつらと違って硬いんだろうな。
しかも人型ではあるが俺の倍くらいの大きさがあり、それに合わせて体に厚みがある。

鉄の人形はマナドールとの訓練で戦ったことがあるから、今のテンコと合体した状態なら『一撃の極み』ではなく『会心の一撃』だけで倒せるだろうことはわかるが、こんな鉄塊を殴ったらガントレットが歪みそうだな。まだ黒龍の素材は手に入れてねぇから、こんなとこで無駄に歪ませたくはねぇな。

そういや物理が効かないような相手用のスキルがあるじゃねぇか。けっこう『武闘家』のレベルも上がっているし、さすがに『気纏きてん』を手に入れているだろうとスキル欄を確認したら、ちゃんと取得していた。

これを使えばいけるか?
たしか『気纏』を使えば素手で戦えるようになるらしいし、ガントレットの上から纏えばガントレットを歪ませずにいけんじゃねぇか?

いや、使ったことないから試して失敗したら虚しいし、ここは無難に前に岩のゴーレムを倒したときと同じくテンコに水の剣を作ってもらうか。

…ん?そういやユリアにウンディーネと合体はさせたけど、精霊術を使わせてなくね?
ドラコは合体させたうえで精霊術を使ったら『精霊術師』になれるっていってたよな。

神殿行く前に気づけてよかった。

じゃあ、今回はユリアにやらせるか。

本当はまだカンストしてないクレハにやらせた方がいいのかもしれねぇが、相性悪そうだし、あと2レベルなら戦わなくてもカンストするだろ。

そんなことを考えながら歩いていたら、全員が部屋に入っていたらしく、扉が閉まった。

その音に反応したのか鉄塊ゴーレムが首をぐるりと回して俺たちを見た。

「セリナ、殺さないように相手しといてもらっていいか?」

「ん?時間稼げばいいの?」

「あぁ、足止めしといてくれ。」

「は〜い。」

既にゴーレムは俺たちを敵と認めて走って向かってきているのにセリナは焦ることもなく気の抜けた返事をして武器も抜かずに相手をしにいった。

俺はその後の確認は必要ないだろうとセリナとゴーレムに背を向け、ユリアを見た。

「今回はユリアにあいつを倒してもらうつもりだ。」

「え?あれってアイアンゴーレムですよね?」

ユリアに質問されたが、俺が魔物の種類なんて知るわけねぇだろ。
でもこいつらは冒険者だから、魔物の情報を戦う前に得ようとするのは正しいんだろうな。そんで今は俺が教える立場だから、「知らん。」で片付けずに答えてやるべきか。

仕方がないからボスに顔を向けて『鑑定』を使うと『種族:アイアンゴーレム LV56』と出た。

魔物は進化するごとにレベルリセットされるからレベルは目安にならんが、とりあえず種族はユリアのいった通りなのは確認できた。

それにしてもよく見ただけで魔物の名前がわかるな。確認してくるってことは鑑定や識別を使ったわけではないだろうし、ちゃんと勉強してるんだろう。素直に偉いと思う。

「あぁ、あれはアイアンゴーレムだな。だからユリアにちょうどいいだろう。」

「え?私は槌系の武器は持っていませんし、力任せに扱う武器はあまり使ったことありませんよ?」

ユリアに疑問で返されたが、俺が首を傾げたい。なにいってんだ?

「槌系ってハンマーとかのことだろ?なんでアイアンゴーレムを倒す話で出てくるんだ?」

「え?アイアンゴーレムを倒すときは普通は槌系の武器で何度も振動を与えて核を破壊するんじゃないんですか?」

普通といわれても俺はアイアンゴーレムと戦ったことがねぇし、岩のゴーレムは風の魔法か水の剣でトドメを刺してたからな。
そういやアオイが振動を与えて動きを止めてたから、それでもダメージは与えられてたのかもしれない。

「そうなのか?」

一応アリアに確認を取ってみることにした。

「…はい。金属でできているゴーレムは振動を与えやすいので、その振動を利用して倒すという方法もあります。その方法ならば素材にあまり傷をつけずに倒せるという利点はありますが、あまりに時間がかかりすぎるので、この方法は直接倒せない方々が使う方法です。なので、リキ様は気にする必要はありません。」

本当にそういった方法があるんだな。
そもそもアイアンゴーレムに核なんてあるんだな。そういや前に岩のゴーレムと戦ったときにアリアとテンコは首の方が細いのに胸を狙ってた気がしなくもないな。それを見て俺も同じようなところを狙って倒した気もするが、あんま覚えてない。首を切り落としたような気もする。

「ちなみに岩のゴーレムも核ってあったのか?」

「…ゴーレムの核は人間の心臓のようなものなので、ゴーレム系の魔物は全て持っているはずですが、脳にあたる部分も持っているので、首を切り離せば倒せます。ただ、首を切り離しても核が生きていればしばらくは動くので、核を壊すのが一番早い討伐方法ではあります。」

「じゃあ核を貫けばいいだけだな?」

「…はい。金属系のゴーレムは傷つけても加工するさいに溶かすのでたいした問題はありません。」

「ということだ。」

「え?」

アリアに確認をとったうえでユリアに伝えたんだが、全く伝わらなかった。
そういやユリアにどうしろって話をしてなかったな。

「せっかくウンディーネと合体してるんだから、精霊術で剣を作れ。それならたぶんゴーレムを切れるはずだ。」

「えっと…水は飲料水以外だとこの聖水しか持ち歩いてないので、本当に小さなナイフくらいしか作れないかと。それだと核まで届かないと思います。」

ユリアが首にさげてるネックレスを持ち上げ、そのトップについてる小瓶を見せてきた。ウンディーネ用に常備してる聖水だったか?

「水なんてそのへんから集めりゃいいだろ。」

「???」

ユリアはキョロキョロと周りを見ながら困った顔をしている。
テンコがやってたから普通に皆が知ってるものかと思ったが、空気中の水分とか知らないのか?いや、俺も魔法以外で集めろっていわれても困るけどさ。水の大精霊と契約してるなら、そのくらい最初から出来てくれよ。

「おい、ウンディーネ。空気中の水分を集めて剣を作ってやれよ。」

「え?あっ…そうなの?お願い!ありがとう!」

仕方ないからユリアの中にいるウンディーネに俺が指示したら、ユリアが驚き、後半はウンディーネと会話をし始めたっぽいな。
合体すれば喋れない精霊と意思疎通ができるみたいだ。俺の場合テンコが普通に喋れるから、そんな効果まであるとは気づかなかったが。

ユリアを意識して見ると、周りから淡い小さな光を集めているようだ。たぶんあの細かい光の粒が水だろうから、この感じだと剣になるまで少し時間がかかるだろうな。

暇になった俺はセリナとゴーレムに目を向けたんだが、なんの問題もなさそうだ。ゴーレムが可哀想になるくらい、弄ばれてやがる。

ゴーレムは武器を持っていないセリナに攻撃を当てられないだけでなく、踏み出したときに足をすくい上げられて転ばされたりしている。
あんな重たそうなのを簡単に持ち上げられるほどセリナは力持ちなわけではないだろうから、コツがあるんだろうな。
俺もカミエルにあんな感じのをやられた気がするから、もしかしたらセリナはそれを見ていたのかもな。だとしたらクレハの相手しながらだろうからずいぶん余裕かましてんじゃねぇか。実際余裕だったんだろうからいいんだけどさ。

セリナは問題なさそうだからユリアに視線を戻したが、まだ時間がかかりそうだな。

「テンコ、もっと早く集まるように手伝えねぇか?」

「わかった。」

声に出さずにテンコに確認を取ったら、出来るかどうかではなく了承の意が返ってきた。

まぁやってくれんならそれでかまわないけどな。

テンコはどうするつもりなのかと思ったら、ボス部屋内の水分をユリアの周りに集め始めた。それをウンディーネが剣の形にしていく。

テンコと合体しているからかテンコが何をしているのかが感覚でわかるし、テンコが関与した精霊たちの動きまでなんとなく伝わってくる。

「あ、ありがとうございます。」

俺と同じくユリアもウンディーネから伝わってるらしく、ペコリと頭を下げてお礼をいわれた。
まぁ早くしてほしいから手伝っただけなんだけどな。

そのおかげか、やっと剣の形になったみたいだ。
前にテンコが作ったものより小さい気もするが、ユリアが使うと思えばちょうどいいか。

「出来ました。」

「じゃあそれでアイアンゴーレムを倒してこい。相手はそんなに動きが速くはねぇから、懐に入って胸の間らへんを貫いてみろ。」

「え?あ、はい。」

ユリアは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに切り替えて剣を構えてアイアンゴーレムを見た。

セリナは俺らの話が聞こえていたのか、気づいたら俺の隣にいた。

…は?

普通はユリアが向かっていったところで入れ替わるもんじゃねぇの?じゃないとゴーレムがこっちまで来ちまうじゃねぇかと思ってゴーレムを見たが、ゴーレムは急にいなくなったセリナを探しているようだった。

あっ…セリナがここにいることに気づいたみたいで、ゴーレムが走ってこっちにきた。

走ってといってもそんなに速くはないんだが、歩幅が大きいからすぐにここまでくるだろう。だが、ユリアは既にゴーレムに向かって走っているから、ユリアがしくじらない限りここまで余波がくることはないはずだ。

ゴーレムは自分に向かってくるユリアを次の敵と決めたようで、間合いに入ったユリアに殴りかかった。
さすがにこのゴーレム程度の速度はユリアにとって脅威ではないみたいで、余裕をもって躱し、流れるように懐に入り、水の剣を両胸の間あたりに突き入れた。

ん?ズブズブと刺さっていってるようにも見えなくないけど、あれって剣が形を失ってるだけじゃね?

俺の予想は当たっていたみたいだ。

ユリアが急いで距離を取ったが、ゴーレムの胸にはちょっと傷がついているだけだった。

「あの…全然刺さらないのですが……。」

「じゃあ斬ってみろ。」

「はい。」

ユリアが困った顔で聞いてきたから次の指示を出したら、ユリアはすぐに剣の形を整え直し、またゴーレムの攻撃を躱しながら懐に入り、袈裟斬りにしてから戻ってきた。

…引っ掻いたような傷ができただけだな。

これなら突きを同じ場所に繰り返した方が可能性はありそうだな。ただ、そんなに時間をかける気はねぇけど。

俺はガントレットを外して腰につけ、スキルの『気纏』を使った。これはもともと素手で戦うやつ用のスキルのはずだから、これで殴っても大丈夫のはずだ。

さすがに『一撃の極み』を素手で使う勇気はねぇが、『会心の一撃』での反動による怪我ならアリアがなんとかしてくれるはずだ。
こんなところでガントレットを無駄にするくらいなら、一瞬の痛みを我慢した方が…やっぱ怖えな。

俺がやろうとしてることも躊躇してることもテンコには伝わっていたのか、勝手にテンコが精霊術の身体強化を使いやがった。

『ヒーリング』

今度はまだ怪我したわけじゃねぇのにアリアが俺に『ヒーリング』をかけたみたいだが、なぜかしばらく経っても淡い緑の光は消えない。どういうことだとアリアを見たら頷かれた。

凄えな。アリアには俺が何をしようとしてるかわかってるし、それにビビってることまでお見通しかよ。

クレハはよくわかっていないから、アリアの行動を不思議に思っているみたいだが、イーラとセリナはニコニコと何かを楽しみにしてるような顔をしていた。

ここまでやられたら「やっぱりやめた。」とはいかないよな。

『会心の一撃』を右手に纏いながら、大丈夫だと自分にいい聞かせて息を吐く。

もし失敗しても怪我しながら治癒されるから右手を失うことはないだろうし、いざとなればアリアが『ハイヒーリング』をかけるだろうから痛みも一瞬のはずだ。

いや、普通になんで『気纏』を試そうなんて思ったんだろうな。馬鹿じゃん。まぁ今さらいってももう遅いんだが。

「ユリア、退がれ。」

「はい。」

俺は覚悟を決めて、ユリアが退がってくるのと入れ替わるように前に出ると、ゴーレムが俺に殴りかかってきた。

ゴーレムの腕に触れないように躱しながら懐に入り、さっきユリアがわずかに傷をつけた胸の部分を狙って殴りつけた。

一瞬躊躇しちまったはずなんだが、テンコが強制的に俺の右腕を動かしやがったせいで止まることなくゴーレムの胸に俺の拳がめり込んだ。

完全に貫くことも弾けさせることも出来ず、衝撃だけが抜けていく感じがした。

あれ?これヤバいんじゃねぇか?

このあとくるだろう激痛に耐えるために右手に力を込めたんだが、しばらく待っても痛みは訪れなかった。
というか、ぼーっとしてないで距離を取らなきゃと後ろに退がったが、ゴーレムは動く気配がない。

…今の一撃で倒したのか?

だとしたら『気纏』ってかなり使えるな。アリアの『ヒーリング』のおかげもあるとは思うが、全く痛くなかった。
というか、これなら普通にガントレットで殴っても平気だったかもな。思ったほどアイアンゴーレムは硬くなかった気がする。

「そうだ、クレハはレベル上限になったか?」

「…え?……あ、はい。いえ、すみません。まだ99レベルでした。」

マジかよ…。

「じゃあ下でレベル上限になるまで魔物狩りするから、上限になったら教えてくれ。」

「はい。ありがとうございます。」

「…リキ様。アイアンゴーレムの素材はもらってもいいですか?」

「ん?好きにしろ。」

「…ありがとうございます。イーラ、あの魔物は持って帰ります。収納出来ない部分だけ好きにしていいです。」

「は〜い。」

イーラがアリアの指示に従って、ゴーレムの方に走っていった。

「…クレハさん、ユリアさん、先に進みましょう。」

「「はい。」」

アリアはイーラの作業を見せないようになのか、すぐに2人に声をかけてセリナとともに出口に走っていった。クレハとユリアは置いていかれないようにイーラに背を向けてついていったのを俺は見送り、イーラが作業を終わるのを待った。

イーラはアイアンゴーレムの頭部分だけを溶かして吸収し、残りはたぶん収納したんだろう。

「お待たせ〜。」

「あぁ。じゃあ俺らも行くぞ。」

「は〜い。」

俺はイーラを連れて、地下57階に続く階段を小走りで下りた。

俺とイーラが階段を下りると、すぐのところにアリアたちがいた。その足もとには蛇のような魔物がいた。俺らが来る前に倒したみたいだな。べつに俺らを待ってないでそのまま進んでてよかったんだけどな。

「…レベルが上限になったようです。」

俺とイーラがアリアたちに近づいたところでアリアが声をかけてきた。

これで終わったから待ってたわけね。というかあと1体分足りないだけだったのかよ。ならさっきのボスで少しクレハに手伝わせればよかったな。まぁどうせ階段は下りてたわけだし、階段からすぐの場所に魔物がいたからいいんだけどさ。

「んじゃ、帰るか。」

「「「「「はい。」」」」」

アリアが『リスタート』を発動させ、先にクレハとユリアを通した。

「…その魔物はイーラが食べていいですよ。」

「は〜い。」

アリアはそれだけいって空間をくぐり、俺らもそれに続いた。

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