裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

240話



セリナと競うように我先にと魔物を倒しながら階層更新していたんだが、討伐数で勝つのは無理だと気づいた。

俺は魔物を倒すのに少なからず一瞬止まらなきゃならないのに対して、セリナは通り抜けざまに切り殺せるから、流れるように複数相手に出来る。
俺が1体を殴り殺したときにはセリナは2体目、3体目に手をつけてるなんてこともあるくらいだ。

表皮が硬い魔物がいるフロアがあったから、そこでなら勝てるかとも思ったが、セリナの短剣は切れ味がおかしいから、結果は変わらなかった。

いや、わかってる。たしかに短剣がとてつもなくいい物なのは間違いないが、あれだけ魔物をスパスパ切れるのはセリナの技術があってこそだってのはな。

まぁもともとセリナが強いのはわかってたことだから、雑魚の討伐数で負けるのはべつにいい。
べつにいいんだが、全敗はキツいな。

チラリとセリナを見ると、なぜかやけに機嫌が良さそうだ。
勝敗に何かを賭けてるわけではないが、ここまで圧勝してればそりゃ気分はいいだろうな。
べつに勝負しようって話は一切してはいないが。

地下51階のマップ埋め兼魔物の掃討が終わり、そのまま地下52階へと階段を下った。

ここまでは隠し部屋もなく、ただただ魔物を殺しながら進んできたんだが、人の出入りが多いダンジョンだからかそこまで魔物がいなかった。
そこまでいなかったといっても1つの階に30体以上はいたと思う。ただ、広いから出会い率が悪く感じていたんだろう。

どうやらそれも地下51階までだったかもな。

地下52階に下りてさっそく魔物を見つけたんだが、今走ってる通路は長く、突き当たりまでに魔物の群れが3つある。しかも1つの群れが少なくて3体、1番奥のは10体くらい集まってそうだな。

この通路だけでこれだけいるなら、ここからは魔物の量にも期待できそうだ。

近づきながら観察するが、初めて見る魔物だ。

足はなく、胴体に手のようなものと頭だと思う部分がついているが、濃いオレンジの表面がドロドロと溶けるように流れている。
流れるように動いている表面がたまに液体のように地面に垂れるが、地面が湿っぽくなるだけで地面が溶けたりはしていない。ということは殴っても問題ないだろう。

セリナからも危険だという注意もなければ、観察眼が危険を告げてもいないから大丈夫なはずだ。

魔物が俺らに気づいたようで、胴体をズルように移動を始めたが、かなり遅い。

スライムか?だとしたら変身が下手すぎんだろ。

さっそく手前の3体が間合いに入り、俺が1体の顔を殴って破裂させ、セリナが2体を切り裂いて通り過ぎていった。

「「ん?」」

だいたいの魔物は顔を失えば死ぬから、そのまま進もうとしたところで違和感があり、俺とセリナの声がハモった。

セリナは振り返って構え直し、俺は念のため距離を取ろうと後ろに一歩退がり、さらに一歩退がろうとしたところで俺の左右をクレハとユリアが通り過ぎた。

「は?」

咄嗟に両手を伸ばし、左手でクレハの腰のベルトを掴み、右手でユリアのローブを掴んで引っ張った。
さすがに空中で引っ張ったから、俺が引っ張られる形になるだろうとは思ったが、2人が思った以上に重く、予想以上に引っ張られて俺がつんのめる形になった。

足をついて無理やり2人を引っ張って両脇に抱え直し、更に一歩退がったところで、魔物の手が触手のように伸びてさっきまで俺がいた地面を叩きつけた。

触手攻撃はそこまで速度はなさそうだから、クレハとユリアなら避けるのは難しくなかったかもしれないが、いきなり飛び出すとかこいつらは何考えてんだ?俺らの動きをよく見てろっていわれてたのによそ見でもしてたのか?

まぁいい。セリナが殺し損ねたこの魔物を俺が先に殺せば、さっきまでの全敗のモヤモヤ感も晴れるだろうから、クレハとユリアへの説教はこいつらを討伐してからだ。

俺はその場にてきとうに2人を放り投げ、魔物を観察する。

セリナが切り裂いた2体はどこを切られたのかわからないくらいに綺麗に治っている。

俺が顔面を吹っ飛ばしたやつも新しい顔っぽいものが出来ているが、微妙に小さくなっているな。ということは殴り続ければ消滅させられるかもしれない。ただ、それはさすがに面倒だ。

こういう魔物は魔法の方が効くか?

俺が観察していたら、セリナが1体の魔物を切り刻み始めた。
ただ、ダメージがないのか攻撃を受けながら反撃しようと魔物の手が伸びたところでセリナが大きく退がった。

…ん?

なんか違和感が…。

よく見ると魔物の体内をなんかが動いてるっぽいな。

いや、体内が見えるって普通に考えておかしいだろ。
実際に肉体を透過して見えてるわけじゃないんだが、何かが移動してるのがわかる。
これは間違いなく観察眼の力だろうな。

もしかして弱点か?

まぁ試すだけ試してみるかと踏み込んで距離を詰め、魔物の右手に移動していた違和感の発生源を殴りつけた。

粘性のある液体の感触のあとにガラスを砕く感覚があり、魔物の右手が弾けるとそのまま形を失って溶け、地面の染みとなった。

一ヶ所だけ感触が違って、それが砕けたら形を失うってことは核みたいなものか?
そんなものまで俺の目は見えるようになったのか。どんどん俺も人間離れしてくな。

セリナは何度も斬りつけたことでたまたま核を砕いたようで、1体を倒したようだ。
いくらセリナでも体内にある核の位置まではわかんねぇようだな。

それならこの階は俺が勝てそうだ。

セリナが残りの1体に移ろうとしたが、その前に俺が魔物の懐に入った。

このまま核だろう部分を殴ろうと思ったが、俺の観察眼が反応するものってことは素材として金になるんじゃねぇか?

咄嗟に拳を開いて魔物の体内に突っ込み、核を掴んで引き抜いた。だが、引き抜いた核に魔物の肉体がついてきやがった。
俺が後ろに退がっても触手のように細長く伸びてついてきやがる。

セリナがそれを邪魔するように斬りつけても無駄みたいだ。
どうやら核だけ奪うことは出来ないみたいだな。

俺は諦めて核を握りつぶした。すると魔物はべちゃりと地面に落ち、溶けるように地面に吸い込まれて染みとなった。

手を開くとキラキラと淡く光るサラサラな砂のようなものがあった。
ここまで綺麗に砕いたわけではないから、核でなくなると砂になる仕組みなのかもな。
あと、俺が魔物の体内にあるこれの位置がわかったのはこれが魔力が含まれたものだからみたいだ。それに観察眼が反応したんだろう。

「アリア、魔力が含まれた砂って何かに使えるか?」

このまま捨てるのはなんかもったいない気がしたから、使い道があるかをアリアに確認した。

「…ごめんなさい。わたしは調合はほとんどやらないのでわかりません。使える可能性はあります。」

さすがになんでもは知らねぇか。

「今倒したやつから魔力が含まれてる砂っぽいものを手に入れたんだが、価値があるかわかるかと思ってさ。」

「…ごめんなさい、わかりません。でも、魔力の含まれた砂でしたら、ゴブキン山でたくさん採れると思うので、ここで素材集めをする必要はあまりないかと思います。」

「そうか。ならいらねぇな。」

手のひらに乗せてた砂を捨てて、再スタートしようとしたところでクレハとユリアがまだ起き上がっていないことに気づいた。

ユリアなんてウンディーネが体内から抜けてんじゃねぇか。

こいつらは一切戦闘してねぇのになんで疲れてんの?意味わからん。

…あぁ、そういやまだ朝飯食ってなかったな。
戦闘に集中してたから気にならなかったが、意識したらたしかにめちゃくちゃ腹減ったわ。

「そういや今日は朝飯は帰って食うのか?」

「…いえ、お弁当を持ってきています。」

「じゃあこの階のマップ埋めが終わったら階段の部屋で飯にするか。」

「…はい。」

「セリナとイーラには悪いが、この2人を背負ってくれねぇか?」

「は〜い。」

「私も?」

今まで先頭を走って魔物を殺してたのだから、セリナの疑問はもっともだな。だが、この階の魔物はセリナと相性悪いみたいだからちょうどいいだろう。

「あぁ、1人背負いながらでも危険察知の精度は変わらないだろ?それにこの2人くらいの重さなら背負って走っても速度的にもそこまで問題ないだろうしな。」

「それは問題にゃいけど、リキ様1人で魔物を倒すのは大変じゃにゃい?たぶんこの階はさっきまでより魔物多いし。」

「この階の魔物はセリナと相性悪いみたいだから、どっちにしろ時間がかかるだろうし、俺1人でやってもそこまで変わらねぇだろ。」

「…。」

セリナがめっちゃ不満そうな顔で見てきやがった。

今まで討伐数で負け続けてたから嫌味を込めはしたが、込めすぎたみたいだな。

「悪い、今のはいい方が悪かったな。さっきまで俺は半分も倒せなかったから、この階でくらいは俺に出番をくれよ。」

「…わかったよ〜。でも私だってちゃんとあの魔物を倒せたからね!」

セリナはまだ不満そうな顔ではあるが、唇を尖らせて文句をいいながらクレハを背負い、駆け出した。

俺も走ってセリナの横に並ぶが、すぐに次の魔物の群れがいるから、セリナは減速し、俺は加速して近づいた。

今度は5体か。

さっきと違って俺が間合いに入る前に魔物が手を伸ばして掴みかかってきたが、この程度の速度なら近づきながらでも余裕で躱せる。

ただ、こいつらは不定形みたいだから、腕が伸びると意識してると胴体から伸びる新しい腕に対する反応が遅れて擦りそうになる。
まぁそれでも咄嗟に避けれる程度だからすぐに間合いが詰まり、違和感のある位置を殴りつける。

何かが砕けた感覚がしたら、溶けるのを確認せずに次の魔物の前に移動し、また違和感のある場所を殴る。

それをただ5回繰り返すだけの簡単なお仕事だ。

5体目を倒してから振り返り、魔物が地面の染みになっていることを確認した。

この程度の魔物ならまだ1人で問題ねぇな。

そんじゃ、次は突き当たりにいる群れだな。

俺が走り出すと、セリナが不満顔で横に並んだ。

「にゃんで一発で倒せるの?スキル使ってにゃいよね?」

「コツがあんだよ。まぁ教えてやらねぇけどな。技術は見て盗め。」

もうセリナは強いし、さっきまで討伐数で負けてんだから、ちょっとくらいは優越感に浸ってもいいだろ。つっても観察眼のおかげなだけなんだけどな。それにセリナならすぐに気づきかねないから、本当にちょっとの間だけの虚しい優越感だろうが。

いいんだよ。何でもかんでも教えてたら強くなれねぇからな。

でもなんかムカつくからセリナから逃げるように加速し、『気配察知』だけスキルを発動させて魔物の群れに突っ込んで、力の限りに1体目を殴りつけた。
目の前の魔物の胴体が弾け飛んで少しスッキリしたが、すぐに気持ちを切り替え、四方八方からくる伸びる腕を避けながら、1体ずつ順番に殺していく。

さすがに10体はちょっと辛かった。

たいした攻撃力を持たない相手だったからよかったが、背中や脇腹に3回くらいモロに攻撃を食らった気がする。

セリナにあんなこといった手前、なんか気まずいから、何もなかったようにマップ埋めを再開した。

『ヒーリング』

走り始めた俺の腹が淡い緑色の光に包まれた。
どうやらアリアが治癒魔法をかけてくれたみたいだ。つまりバレてたってことだな。

いや、確かに攻撃は食らったが、べつに我慢できない痛みではなかったから、無理してたわけじゃねぇ。喧嘩後の打撲程度なら昔は当たり前だったからな。

誰に言い訳してんだよな。

「アリア、ありがとな。」

「…はい。」

実際、攻撃を受けたところに微妙な違和感があるくらいのダメージはあったから助かった。
だからチラッとアリアを見てから素直に感謝を述べた。

とりあえず強くない魔物だとしても群れに無意味に突っ込むのはやめようと反省しながら次の魔物を求めて意識を集中した。

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