裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

237話



隣のローウィンスがさっきの件で凄く俺を持ち上げてくるんだが…いや、いつものことか。
ローウィンスは昼飯は食堂に来たり来なかったりするんだが、今日はこっちで食うんだなと思ってたらずっと俺の話ばかりだ。俺の話を俺にしてどうすんだよ。

まだ昼飯を食い始めたばかりなんだが、さっきのニータートの甲羅を破壊した話で1人で盛り上がってやがる。それに俺がてきとうに相槌をうっているんだが、いつまで続くのだろうか。

正直ローウィンスがいうほど凄いことでもなんでもない。ただ、うまくいかないことにムカついて物に当たっただけだ。冷静になって考えたら、まんまガキじゃねぇか。まぁ日本なら俺はまだ未成年だしセーフだろ。だが、あんま広める必要はねぇと思うんだよな。
実は嫌がらせか?

「もういいんじゃねぇか?そんなたいしたことじゃねぇし。」

「いえ、とてもかっこよかったですよ!驚きすぎてしばらく言葉を失ってしまいました。それにアリアさんももっと聞きたいですよね?」

「…はい。」

「……そうか。もう好きにしてくれ。」

気づかなかったがアリアとサラが真剣に聞いていたみたいだ。…ニアもかよ。
ローウィンスが俺に話しかけるにしては声がデケェなと思っていたら、こいつらに聞かせるためだったのか。

さっきはローウィンスが見てることを忘れるくらいにイラついてたからあんなことしちまったが、もし甲羅が壊れなかったらどうなってたんだろうな。
ローウィンスに気を使われて悶死してたかもしれないと思ったら、ちゃんと壊せて良かったわ。いや、あんなことしてる時点で良くはねぇんだが。

俺が話を聞くのを放棄して飯を黙々と食べ始めたら、ローウィンスはアリアたちに向かって話し始めた。普段マナーを気にしてるっぽいローウィンスが食事中に離れた席のやつに聞かせるように話すなんて珍しいな。そこまで興奮してんのか?それともこれはマナー違反ってわけではないのか?
俺はマナーとか詳しくねぇからわからんし、気にしないからべつにいいんだが。

アリアたちを見ていたら、テンコが俺を見ていることに気づいた。

そういやテンコに聞きたいことがあったんだった。

「テンコに聞くのを忘れてたんだが、なんでさっきは途中で抜けたんだ?」

ローウィンスがアリアたちとそこそこ大きな声で話してるから聞こえないかと思ったが、普通に聞こえたようでテンコが返事をした。

「ごめんなさい。もう、力、なかった。」

…は?あのタイミングで力がなくなったってことか?
セリナ戦ではスキルも魔法も精霊術も使わなかったのに最初の予想とズレすぎじゃね?

「イーラとの訓練が終わったあとに同じくらいなら3回分は残ってるっていってなかったか?」

「いった。でも、セリナで、力、使いきった。」

「どういうことだ?セリナのときはイーラのときほどスキルも使ってないし、精霊術も使わなかったぞ?なのになんでイーラんときより消費してんだ?」

「リキ様、力使う、テンコ、手伝う、力使う。リキ様、怪我する、テンコ、治す、力使う。だから、セリナのとき、力なくなる、早い。」

テンコは合体すると怪我まで治してくれんのか!?それはかなり助かるな。とくにさっきみたいに回復魔法すら使えない戦いのときはなおさらだ。
ただ、前半がイマイチ意味がわからない。
セリナ相手にはスキルも魔法も使ってない。力いっぱい殴るようなこともしていない。
それとも怪我を治すのにかなりの力を消費するってだけか?

「テンコのいってる力ってのはスキルや魔法じゃないのか?」

「違う。リキ様、強く、動く、力。」

ん?

「それがセリナのときに多かったのか?」

「うん。」

んん?

「もしかして、俺が強く踏み込んだり、殴ろうとしたときにテンコも力を使ってるって意味だったりするか?」

もしそうなら、テンコと合体してるときに感覚がズレる理由がわかったかもしれない。

「そう。テンコ、リキ様、手伝う。」

そういうことか…。

俺が力むたびにテンコが力を追加してるんだったらそりゃ動きづれぇわな。まだそれが動くたびならなんとかなるかもしれねぇが、強く・・動くたびだとそんなのテンコの感覚次第だから俺が予想した動きとズレるし、調整もうまくいくわけねぇわ。

正直邪魔だからそんな余計なことしなくていいのにと思うが、良かれと思ってやってるっぽいから、やめさせるにしてもなんていえばいいか…。

「ありがとな。気持ちは嬉しい。だが、合体してる時点でステータスが上がるから、十分助かってる。必要なときは身体強化の精霊術を使うから、都度の手伝いはしなくていいぞ。」

「テンコ、リキ様、役に立ちたい。」

「既に十分助かってるよ。ただ、俺の実力不足のせいで、都度感覚がズレるとうまく動けないんだ。すまんな。それにテンコに戦闘途中で抜けられる方が困るから、俺が求めたときまで力を残しておいてもらえた方が嬉しいんだが、ダメか?」

「…わかった。」

あんま納得していないようだが、もしかしてちょいちょい力を使われるのが邪魔だと思ってんのがバレたか?

「ありがとな。これからも頼りにしてるぞ。」

「はい。」

いや、不機嫌なわけではないっぽいから大丈夫そうだ。
実際テンコと合体してるかしてないかで戦闘中の動きにかなりの違いがあるから、合体だけで十分に助かってると思ってるのは事実だし、きっといい方の意味でちゃんと伝わってるはずだ。

これでテンコの感覚に慣れるのも早くなるだろう。…たぶん。











「…今日を含めた3日間の昼食後の訓練は戦闘しながらの回復魔法や支援魔法を使う練習となります。今まで使っていた場所は授業で使うため、今日からはここを使いますが、時間は限られているので、もう少しはやく来れるようにしてください。」

「はい。」

「ハァ…ハァ…はい。」

死にそうなくらいにユリアが息切れしている。
さっきまでクレハも酷かったが、ユリアが来るまでにそこそこ時間があったおかげでだいぶ落ち着いたみたいだ。

どうやらいつもの広場は今の時間は学生たちが使ってるらしく、今日からはゴブキン山の山頂で練習することになった。
ここは邪龍退治の影響で訓練スペースとしてはちょうどいいかもしれない。だが、ゴブキン山はそこまで大きな山ではないといっても山は山だから、ここまで人の足で来るのは一苦労だ。
いや、高レベル冒険者からしたら大したことないのかもしれないが、クレハやユリアにはだいぶしんどそうだ。少なくとも俺は疲れた。

それにしてもここまでの差があるんだな。

なんか勝手に登山競争を始めたんだが、1着はなんのハンデもないアオイだ。これはまぁわかる。

2着はアリアをお姫様抱っこしながら登ったセリナだ。そんなハンデをして2番目に登りきれる意味がわからん。

3着は人型で登るというハンデを負ったイーラだ。
人型で高速移動するのに慣れてないからとイーラが言い訳してたが、イーラが化け物レベルなのは知ってるから大丈夫だ。

この3人は俺より先に登りきってたから、アリアから到着順位を聞いた。

そんでだいぶ差をつけて俺とテンコが到着した。

最初はセリナと同じ速度で登ろうとしてたんだが、無理だった。
アリアを抱えてるセリナについていくのは余裕だろうと思っていたが、セリナが疲れた様子もなくヒョイヒョイと登っていくのを見て、俺は途中でペースを落とした。
本気を出せばアリアを抱えたセリナよりはやく登りきることはたぶん出来た。だが、そうしたら今のユリアみたいになることは間違いなかったから、クレハに負けなきゃいいかとそこまで疲れない程度の速度で登ってきた。それでもそこそこ疲れたがな。

俺が到着したときに既に到着していた3人は誰も疲れているようには見えなかったから、俺もなんでもないように装うことにしたんだが、チェインメイルの中に着ている服が汗で背中にはりついて気持ち悪かった。

イーラやセリナがハンデをおっているにもかかわらず、俺がテンコを使って身体強化をするのは良くないかと思って合体せずに登ったのは失敗だったかもしれない。というか、ガントレットはしていたから他のやつらより軽量の加護分は有利になってるはずなのに差が開くとか、3人ともおかしい。

そのあと、俺の汗が完全に引いた頃にえずきまじりの息切れをした状態のクレハが現れ、そのクレハが呼吸を整え終えるくらいで死にそうな顔をしたユリアが到着し、アリアが説明を始めた。

下りることを考えたら練習時間あんまなさそうだな。というかクレハとユリアは疲れた状態で走って下山したらいろいろ危ねぇんじゃねぇか?

まぁアリアがそんなことに気づかねぇわけがねぇか。

「…それではセリナさんはクレハさんと、アオイさんはユリアさんと、リキ様はイーラとお願いします。」

「「よろしくお願いします。」」

「よろしくね〜。」

「よろしくのぅ。」

「は〜い。」

「…ん?」

それぞれがペアになって距離を取り、アリアは全体が見える位置に下がった。
イーラは珍しくいつもみたいに無駄に喜ばず、少し緊張してるかのような表情で俺の前に立って構えた。

…いや、なんも聞いてないんだが。

俺以外のやつは既に指示を受けていたのか、訓練を開始している。

セリナは短剣ではなくムカデ製クナイの二刀流で浅い傷をクレハにつけながら、クレハが詠唱しようとすると蹴りやパンチで邪魔をする。
アオイは刀で器用に浅い切り傷を与えながら、セリナと同じようにユリアが詠唱しようとすると峰打ちして邪魔をしていた。加減はしてるんだろうが、峰打ちの方が切り傷より痛そうだ。

クレハは避けながらなんとか詠唱して『ヒール』を使ったりしてるみたいなんだが、どうやらこの訓練では魔法を相手にかける練習らしく、ユリアが全く魔法を使えてないせいでクレハは回復できずに腕や足に切り傷や痣が増えていた。

まぁ実力的にはクレハの方がユリアより上なんだから、セリナとアオイが攻める速度を合わせてるみたいだし、クレハがユリアに支援とかも使ってやらなきゃユリアが魔法を使う余裕なんか作れないだろ。だが、クレハも余裕があるわけじゃないから、そこまで考えられないのか、もしくは考えたところで一つ使うのが限界だから『ヒール』を優先してるのかもしれない。

まぁここまではいい。

俺が疑問に思っているのはそっちじゃない。

なんで俺はイーラとやることが決まってるんだ?

アリアに確認するべきかと目を向けるが、アリアは真剣に2人の訓練を見ていた。

そういやクレハもユリアもだいぶ動きが速くなったな。速さだけじゃなく、動きが綺麗になったように見える。といってもまだセリナやアオイに手加減されてるみたいだが。

「イーラはなんか聞いてるか?」

「何かって?」

俺がいつまでも構えないからか、さっきまで張りつめたような空気を纏っていたイーラの気が少し緩んだ。

「なんで俺と戦うことが決まってるかとか。」

「セリナが今朝のことをアリアにいったからだよ。そのせいでアリアに苦しいのにも慣れなきゃダメだっていわれた。」

イーラが唇を尖らせてプリプリと怒ってるように喋り始めた。

「苦しいのは嫌だけど、そのせいでリキ様が死んじゃうのはもっと嫌だから!」

…余計に意味がわからなくなった。

俺が死ぬ?アリアはイーラになんていったんだ?

いや、まぁいいか。
俺だってイーラの弱点にかんしてはちょっと心配してたし、俺自身もセリナに弄ばれるほど実力差が開いていたから訓練しなきゃと思っていたところだ。
せっかくアリアが組んでくれたんだ。有効活用するべきだろう。

「イーラは苦しいのが嫌なら、セリナみたいに全ての攻撃を避ければいいだけだ。」

「…。」

「もしくはたくさん受けて、耐性をつけるのもいいんじゃねぇか?」

「…。」

イーラは渋い顔をしたが、何もいい返さずに構えた。

「テンコ、力をかしてくれ。」

「はい。」

「刃物と魔法はなしだが、手加減はしなくていい。打撃系の武器なら使ってもいいぞ。」

「イーラも素手でやる。」

「そうか。なら俺が止めるか時間になるまで休みなしだ。」

「はい。」

俺はテンコが入ってきたことによって身体能力の上がった体にさらに精霊術の身体強化を使い、構えた。

イーラはいつにもなく真面目な顔で俺と相対している。

やれば真面目に出来んじゃねぇか。
いや、それだけテンコの力ののった攻撃を受けたくないのか。

互いが構え、睨み合うこと数秒、俺が動き出すのとほぼ同時にイーラが一歩踏み出した。

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