裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

235話



疲れてきているせいか大振りで振り上げてきたローウィンスの剣を半歩後ろに下がってスレスレの位置で躱しながら剣の刃をガントレットをはめた右手で掴み、力の流れにそうように引っ張ったら思いのほか簡単に剣を奪えた。

そこそこの時間付き合ってやったから握力低下と手汗のコンボで滑り抜けたんだろうと思いながら、なんとなしに剣の柄を見たら血が付いていた。これで滑ったわけか…痛そうだな。
ふと視界の端に迫ってきているローウィンスが映り、俺は大きめに一歩後ろに下がった。
ローウィンスは俺が反応するとは思ってなかったのか、握りしめた拳で俺が元いた場所を殴ってバランスを崩したようで、前につんのめった姿勢になって隙だらけだ。
ここでローウィンスの顔を蹴り上げて休憩にするかと重心をずらしたところで違和感があった。

違う、こいつバランスを崩してつんのめったんじゃねぇ。

咄嗟に左腕を上げ、俺の顔面を狙っていたローウィンスの左足の跳び後ろ回し蹴りともかかと落としともいえない中途半端な攻撃をガードした。
そのせいで俺はローウィンスの顔面を狙った蹴りを空振ったが、そのままローウィンスの背中を蹴り押し、踏みつけた。

「ゔぇ。」

変な姿勢で踏みつけられたローウィンスは踏み潰された蛙のような声を出して涎だか胃液だかを少し口から漏らしたみたいだが、嘔吐したわけでも吐血したわけでもないから大丈夫だろ。

『ハイヒール』

念のため魔法をかけるとすぐにローウィンスが立ち上がって素手で構えた。

「いや、一度休憩にしよう。武器を失っても諦めない姿勢はいいと思うぞ。まさかローウィンスがそこまで本気だと思ってなかったから、さっきの攻撃は正直焦った。勝手に決めつけて見くびってすまない。」

「ありがとうございます。ですが、リキ様が時間を削って相手をしてくださるのですから、本気で挑むのは当たり前かと思います。そして、リキ様が謝罪する必要なんてありません。私がまだ弱いのがいけないのですから。」

「ローウィンスがどの程度を目指してんのか知らねぇが、冒険者でもない人間にしては弱くはねぇんじゃねぇの?知らんけど。」

右手に持ったままだったローウィンスの剣を返すとローウィンスは苦笑いをしながら受け取った。






精霊樹の森の探索を終えた翌日、今日も俺は威圧発生装置の役かと思っていたら、今日からスケジュールを変えるとのことだ。

昨日まではユリアとクレハは冒険者基礎コースの授業を受けていたから昼から夕方までは訓練出来なかったんだが、基礎コースの授業が終わったからとりあえず次の授業はまだ選ばず、俺らとの訓練を優先することになったらしい。

それによって、朝飯前の早朝練は軽く体を温める程度になり、朝飯後から昼飯前までは座学になった。
座学は魔法に関してみたいだが、主に詠唱短縮についてらしいから、スキルで詠唱破棄してる俺には関係ないということで自由時間になった。だから何して時間を潰そうかと考えていたところで、ローウィンスが訓練を頼んできた。頼まれたときは反射的に面倒だと断ろうとしちまったが、ふとテンコと合体することに慣れるのにちょうどいいかもと思って承諾し、今の状態となっている。

訓練場所はいつも通りの広場なんだが、参加メンバーは俺とローウィンスの他はイーラとセリナとテンコとエイシアだけだ。
アリアは座学の先生をしているし、アリアに時間を作るためなのかニアは町の調査に向かった。フレドたちも行商に行っちまったし、今まで無駄に人がいたせいでやけに少なく感じるな。

「次はイーラね!」

「にゃんでよ!私もやりたい!」

ローウィンス相手だったからかあんまり疲れてはいなかったが、少し休憩しようかと思ったらイーラに掴んで止められ、セリナまで混ざってきやがった。
というか、2人とは訓練するなんて話はしてねぇし、勝手についてきただけなんだが、なんでそんな当たり前に戦えると思ってんだ?

まぁテンコを慣らす練習にもなるから、本気でじゃないならいいんだけどさ。

「テンコはまだ大丈夫か?」

「このくらい、1日一緒、大丈夫。」

テンコに確認してみたが、まだしばらくは合体状態でいても平気なようだ。

テンコと合体することによって俺の意思で精霊術を使えるようになるみたいなんだが、それだけではなく、テンコと合体してるだけで身体能力も上がってるみたいだ。これにさらに精霊術による身体強化もできるんだから、かなり有用だ。ただ、合体による身体強化の感覚に慣れるのがちょっと難しかった。
今までアリアの支援魔法やスキルでの身体強化、あとはテンコの精霊術による身体強化などでは身体の感覚がズレることなく、調整なんかは必要なく使えた。なのに、なぜかテンコと合体したことにより身体能力が上がった状態での動きだけが普段とは違って変に力が入る。
ローウィンスとの実戦訓練をやっているうちにだいぶ慣れてはきたが、さっきのように咄嗟に下がろうとすると力が入って、大きく下がってしまうことがある。

こればっかりは回数こなすしかねぇよな。

この世界のやつらなら、もしかしたらこういうのもすぐに感覚を掴めるのかもしれねぇが、俺はわかんねぇから地道にやるしかねぇ。
なら、イーラやセリナとの訓練を嫌がってるわけにはいかねぇよな。

「やるのはかまわねぇが、まだ俺は感覚に慣れてねぇから、軽く手合わせするだけになるぞ。」

「「いいの!?」」

イーラとセリナの2人に驚かれたんだが、たしかにいつもはとりあえず断るからな。

「あぁ。ただ、素手に限りな。」

「わかった!じゃあイーラが先ね!」

「爪は?」

「爪くらいならいいか。」

「じゃあイーラの次は私ね!」

「あぁ。」

俺が返事をするとイーラが全身を鱗のようなものに変えて構え、セリナはローウィンスたちと一緒に距離を取った。

俺が構えるとイーラは戦闘開始の合図と取ったのか突っ込んできた。
なかなかの速さだが、いつもより少し遅く感じる。

イーラなら多少力加減を間違えても大丈夫だから、ある意味安心だな。

俺の間合いに入ってきたイーラはさらに一歩踏み込みながら殴りかかってきた。俺もタイミングを合わせて、イーラの拳を避けながら一歩踏み出し顔面を殴りつけた。

「ゔっ。」

イーラは顔を逸らして避けようとしたからかガードをせず、しかも避けきれなかったせいでモロに俺の拳を顔に受け、珍しく苦しそうな声を漏らして仰け反った。

吹っ飛ばすつもりで殴ったんだが、さすがイーラだなと思いながら、俺は左足に力を入れて踏ん張りながら腰を逆に回し、左フックでイーラの後頭部に狙いを定めた。

相手が普通の人間だったら狙い通りになったんだろうが、相手が普通じゃないことをすっかり忘れていた。

気づいたら、なぜかイーラは完全にこっちを向いてガードの姿勢を取っていた。
イーラはスライムで、もともと手とか足とかないんだから、すぐに前後ろ逆にするなんて簡単に出来るわけか。

理由がわかったところで、俺は今さら別の行動が出来る状態ではないから、そのままイーラのガードごと吹っ飛ばすつもりで力の限り殴ったんだが、手応えがあまりなかった。

イーラはガードをするフリをして、俺の腕を体内に吸い込んで固定しやがった。多少イーラの破片が飛び散ったみたいだが、たいしたダメージは与えられてなさそうだ。

『中級魔…法:電』

俺が魔法を使うのを予測されたのか、イーラの額から新しい腕が生えてきて俺の口を塞ぎにきたから、右手でガードをしてなんとか魔法名をいい切った。

「かはっ。」

魔法は確かに発動したんだが、イーラの体を通った電気は自分にも効果があるらしく、ダメージというほどではなかったが感電して空気が漏れた。

感電したせいで呼吸も出来ず体もほとんど動かせなかったが、スキルは使えるようだったから、右膝に『一撃の極み』を使った。

こんな状態でもなんとか頭は回るんだな。

魔法を切ってすぐにイーラの脇腹を狙って膝蹴りをするが、気づかれていたみたいで距離を取られた。だが、空振ったところで『一撃の極み』が使われた膝蹴りは正しく能力を発揮し、変な体勢で無理やり膝蹴りをしてる俺の目の前で空気が破裂したような衝撃が生まれ、俺は後ろに吹っ飛んだ。

『ハイヒール』

地面を転がったせいで痛めた体をすぐに治して起き上がり構えたが、イーラは距離を取ったままだった。

イーラは今まで戦うときは人型を維持したまま戦っていたから、形を崩して攻防してくるイーラに対応しきれず、後手後手になっちまった。
だから、距離を取ってくれたのは正直助かった。

今までされたことがなかったから油断していたが、今みたいにイーラに吸い込まれて捕まったら、どうしようもなくなるな。さすがに溶かそうとまではしてこなかったが、もしイーラが敵だったらさっきので俺は左腕を失って、右手に怪我もしてただろう。

あらためて化け物だよな。

イーラが人型に拘らなくなっただけで劣勢になるとか。

掴まれないようにするには…。

『中級魔法:火』

俺は両腕に火を纏わせた。

使いどころがない魔法だと思っていたが、イーラに掴まれないようにするにはちょうど良さそうだ。
ただ、纏っている部分は大丈夫なんだが、それ以外の部分はちょっと熱いな。

『中級魔法:水』

火が途切れてる部分から肩までを水で纏ったら熱くはなくなったが、いくら中級魔法でも2種類使うのは神経使うな。

これならマナドールとの訓練でやった、全身に『会心の一撃』を纏って殴るたびに移動させる方が良かったか?
いや、あれは威力が強すぎるから、加減をミスったらシャレにならねぇし、仲間との訓練では使うべきじゃねぇか。

神経使って頭が疲れるんなら、とっとと終わらせればいいだけだ。

俺がイーラに向かって走ると、イーラは珍しく少し下がった。
いつもなら俺が動けばイーラも向かってくるなり力を込めるなりするのに、まるでビビってるかのような退がり方をした。
イーラに限ってそんなことはないだろうから罠か?だとしたらなかなかの演技力だ。

とりあえずカウンターだけは気をつけながら殴りかかるとイーラは大げさに避けた。

火が弱点なのか?でも掴もうとさえしなければ鱗があるんだし、そこまでのダメージは受けないと思うんだが。

その後もイーラはカウンターをする素振りすらなく、俺のパンチを避け続けた。

ユリアと練習してるだけあってイーラの回避は上手くはなっているが、俺の腕に一切触れないように無理な避け方をしているから、避けに専念していても隙だらけだ。
だからこそ罠かと思ったんだが、そんなことはなさそうだな。

イーラのこのあからさまな隙が罠でないなら当てることはたいして難しくないだろう。

とりあえず試してみるかとフェイントを混ぜ、イーラが大げさに避けて出来た隙を狙い、イーラの腹を殴りつけた。

「ゔっ…。」

また苦しそうな声を漏らしたイーラに追撃で顔面を狙ったんだが、腹を殴られたイーラは固まっていて、もろに俺の拳がイーラの横顔に当たって、イーラがバランスを崩した。

なんかおかしいとは思いつつもここで終わらせようとさらに追撃を仕掛けたところで、イーラが吹っ飛び、地面を転がった。

転がる勢いが収まって止まったあと、イーラはよろよろと起き上がった。

さすがにおかしい。

「どうした?」

「…今日のリキ様の攻撃は当たると苦しい…だから怖い。」

苦しい?
そういや前にもイーラがそんなこといってたことがあった気がするな。あれはいつだったか…。

あぁ、たしかテンコが仲間んなって、テンコに作ってもらった水の剣で殴ったときだった気がする。
もしかして精霊はイーラの天敵なのか?それともテンコが関わったとき限定か?

「イーラ、すまんがこれだけ受けてくれ。」

俺がイーラに頼むと、意味がわからなかったみたいで首を傾げた。だが、俺はそれを無視し、自身に纏った魔法を解除したあとにイーラの足もとを凝視した。

「棘で刺せ。」

俺がイーラの足もとの地面にいた中で1番光が強かった精霊に声をかけたら、地面が勢いよく盛り上がり、棘となってイーラを刺した。

イーラに穴はあかなかったが、嫌がるように距離を取った。

「悪いな。ちなみに今のはどうだった?」

「さっきほどじゃなかったけど苦しかった…。」

イーラは不貞腐れたような顔で答えた。
これは間違いなさそうだな。物理無効でも精霊の力が加わればダメージが通るのか。
今後、物理無効を持つ敵に会ったときにこの情報は役立つが、イーラにもここまで怯むほどの弱点があるってのは困るな。
というか、痛いのは喜ぶのに苦しいのを怖がる意味がわからん。

「とりあえず今日のイーラの訓練は終わりだ。ただ、イーラは精霊術が苦手みたいだが、敵が使ってこないとは限らないからその苦しみには慣れておけ。せめて怯まない程度にはな。」

「ゔぅ〜。でも、ユリアの精霊術はリキ様の攻撃ほど苦しくなかったし、我慢できたよ?」

イーラはもの凄く嫌そうな声を出したかと思ったら、なにかを思い出したかのように答えた。

そういやユリアの実力を見たときにも精霊術は当たってたな。

…ん?我慢?

「ユリアの攻撃はダメージ受けてたのか?」

「最初の日のユリアの攻撃はPPはちょっとしか減らなかったけど、少し苦しかったかな。今リキ様がやったみたいな土の棘に突っ込んだときはガードして力を込めたのに少し苦しかったし。でもイーラに当たったら簡単に崩れたから苦しいのも一瞬だったけどね。」

あのときのことはそこまで覚えてないんだが、イーラはなんともないように見えてた気がする。少なくともあんなあからさまに怯んではいなかったはずだ。

精霊の強さによるとかか?

「風で肩を切れ。」

今度はイーラの背後にいた中で1番光が弱かった精霊に頼んでみたら、イーラの右肩に風の刃が当たった。
イーラはビックリしたように左側に距離を取ったみたいだが、ビックリしてるだけで苦しんでいるようには見えねぇな。

「すまん、俺がやった。今のはどうだ?」

「ビックリしたけど、ちょっと重かっただけかな?」

イーラの感覚がイマイチわからねぇが、精霊の力が強い方がダメージを与えられるっぽいな。

勝手にイーラで検証したのは申し訳ないと思わなくもないが、イーラにしかわからないんだからしゃあない。
いきなり精霊使いやドラコみたいな精霊に殺されたらシャレにならねぇし。

「まぁ、これで避ける練習の重要性がわかったろ?イーラにも効果的な攻撃が存在するんだからちゃんと避けれるようになれ。あと、攻撃を受けて苦しくっても怯まないようにしとけ。じゃないと怯んでるうちに取り返しのつかないダメージを受ける可能性がないともいえないからな。」

「…は〜い。」

渋々な返事ではあるが、さすがに重要性は理解したのか、了承したみたいだな。

「テンコはまだいけそうか?」

「今と同じ、あと3回、大丈夫。」

予想以上に動いたから念のためテンコに確認したら、やっぱりさっきより保つ時間が短くなってんな。

でも今と同じ戦闘があと3回は出来るっていうなら問題ないか。

「そんじゃあ次はセリナだったな。」

「え?」

セリナは自分でやりたいとかいってたはずなのに、なぜか驚かれた。

「どうした?」

「いや…だって全然かるくじゃにゃいよね?」

「あぁ、今のはイーラがいつもと違う戦い方をしてきて焦ったってのと、イーラなら多少力加減を間違えても大丈夫だろうって気持ちがあったから、わりと本気でやっちまっただけだ。あそこまで本気でやるつもりはねぇよ。」

「にゃらいいんだけどさ〜。」

セリナは疑いの視線を向けてきやがった。やりたいっていってきたのはセリナなんだが。

「べつにやりたくないならやんなくていいぞ。」

「いや!やりたい!」

どっちなんだよ…。

「まぁいいや。じゃあイーラは交代だ。」

「は〜い。」

イーラが散らばった自分の破片を集めてからローウィンスたちのもとに向かい、入れ違いでセリナが俺の正面に立った。

せっかく動きの速いセリナとやるんなら、テンコと合体している状態で避けれるように練習させてもらうか。

俺は両手を閉じたり開いたりと数回繰り返して感覚を確かめたあとに構えをとり、セリナが構えるのを待った。

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