裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

231話



何かの音がしてハッとした。

あとは寝るだけという状態でベッドに入っていたらウトウトとしていたようだ。
なんの音だったかと周りを確認していたら、遠慮気味なノックの音が聞こえた。
どうやらノックの音で起こされたみたいだな。こんな時間に誰だ?いや、そういや俺がアリアを呼んだんだったな。

まだ頭がハッキリしないせいで、アリアがノックをしてるとわかっているのにボーッとしていたら、またノックの音がした。

あぁ、起こされた分を含めたら、少なくとも今のが3回目のノックだろう。返事があるまで待つとか偉いな。さすがアリアだ。いや、違うな。イーラやセリナがおかしいだけで、それが普通だろ。寝ぼけてるせいか思考がおかしくなってやがる。

ちょっと目が覚めてきたと思ったところで、またノックの音がした。

俺は足だけベッドから下ろし、ベッドに座ったまま声をかけた。

「入れ。」

「…失礼します。」

頭がうまく働かないせいで余計に待たせちまったが、声からしてアリアは怒ってはいなそうだ。

アリアが扉を開けると柑橘系とハーブが混じったような爽やかな匂いが入ってきた。急に鼻をついたから驚いたが、すぐに部屋に馴染んだかのように気にならなくなった。
気にすればわかる匂いではあるが、リラックス効果がありそうな匂いだし、そもそも意識しなければ気にならないからいいなこれ。

アリアはその匂いの元だと思うものを入り口近くのテーブルに置き、体を俺に向けた。

「…お待たせしました。」

「いや、べつに待ってないから気にするな。ちなみにそれはなんだ?」

アリアがテーブルに置いたのはお香だろうか?変な形の壺のような物からわずかに煙が立ち上っているが、ここからは角度的に壺の中身は見えない。
本当はそれ以上にアリアの服装が気になったが、背伸びしたいお年頃なのかもしれないから、下手に何もいわない方がいいだろう。余計なこといっちまいかねねぇし。

「…これはお香です。これを焚いていれば部屋の匂いがセリナさんに届くこともありません。」

ん?セリナに匂いが届くと何か問題があるのか?アリアがここに来てることを隠したいってことか?だとしたら食堂で声をかけちまった時点で無意味だと思うんだが。
もしかして恥ずかしかったのか?俺としては兄妹って思っててもアリアからしたら男の部屋に行くってのが恥ずかしかったって可能性もあるのか。
妹の歩がアリアくらいのときはなんの羞恥心もなくベッタリしてきてたから、普通のお年頃の女の子の気持ちがわかんなかったわ。
だとしたら人がいるところで呼び出して悪かったな。すまん。

それなら今のアリアの格好も納得いくな。方向性として間違っていると思うが、少しでもオシャレしたかったのだろう。

アリアが着ているのは白いベビードールだ。
前にセリナが着ていたものと違って大事な部分はちゃんと隠れてはいるが、逆にいえばちゃんと隠れているのは大事な部分だけだ。
アンダーバストから広がる生地は透けていて、ベビードールの白さに負けないくらい白いアリアの肌が見えている。
これが綺麗なお姉さんが着ていたなら、俺は我慢するのに自分の太ももをつねり千切るくらいは必要だったかもしれないが、まだくびれもない子どもが着てても反応に困るだけだ。だが、オシャレしようとして失敗したのだろうと知れば、微笑ましく思えるな。
モノがモノだからアレだが、白はアリアに似合っているし、服に隠れてた部分の古傷もちゃんとなくなってることを知れたのは良かった。

それにしても細いな。ちゃんと飯食ってるのか?いや、アリアはわりと食べる方だな。食べても太らない体質なんだろう。もしくは頭を使いすぎて、あれだけ食ってもカロリーが足りてないとか?ありえないといいきれないな。

というか、俺が何もいわないからアリアは入り口近くのテーブルの隣に立ったままだ。
いつまでも待たせるのは悪いな。

さすがに見過ぎたせいか、それともアリアもその格好はさすがに恥ずかしいと思っているのか、アリアの頰が赤みがかっている。

服装にはつっこまないでやった方がいいよなとか思いながら、見過ぎたら意味ねぇよな。

「そのお香はけっこういい匂いだなって思っただけだ。とりあえずこっちにこい。」

「…はい。」

アリアがゆっくりと歩いて近づいてきた。
歩くたびにアリアが着ているベビードールの裾がヒラヒラと揺れる。

普段着ている装備の白いワンピースは凄く似合っているのに、その生地が透けるだけでだいぶ印象が変わるんだな。
そりゃそうか。ベビードールを部屋着にするやつもいるけど、本来は下着だもんな。そりゃ印象が変わって当たり前だ。

アリアが俺の前まで来て止まった。

やっぱり恥ずかしいのか耳まで真っ赤で、視線を微妙に俺から逸らしている。
恥ずかしいならそんなん着てくんなと思うが、間違いなくNGワードだろうから思うだけにとどめた。

しばらく待っていてもアリアは目の前で直立したままだ。

なんか俺だけ座ってアリアが立ってるのはおかしくねぇか?話すならテーブルの方がいいか?

いや、今日は甘やかす予定だったな。

俺はアリアの手を引いて引き寄せ、バランスを崩したアリアの背中がこっちを向くように動かしつつ受け止めた。

俺が座ってる股の間に座らせてる状態だ。
アリアから石鹸の匂いがする。アリアもシャワーを浴びてから来たみたいだな。

小さい頃の歩はなぜかこの座り方が好きだったから試してみたが、しばらく待ってもアリアが嫌がる様子はなかった。

そのままアリアの腹に軽く両手を回すように抱いた。

一瞬ピクリとしたアリアだったが、これも嫌がる感じはなく、自分の膝の上に置いていた手を俺の腕の上に優しく触るように置いた。

やっぱり子どもは触れ合うと落ち着くモノなのかもな。

もちろん人によっては触られるのが嫌だって思うやつもいるからしばらく様子をうかがっていたが、最初は速かったアリアの鼓動もだいぶ落ち着いてきたから大丈夫だったのだろう。

「いつもありがとな。」

「…え?」

アリアが急に振り向くから顎に当たりそうだったのを引いて避けた。

普通にお礼をいっただけなのに驚かれたんだが…いや、今日は思っていたことをいうって決めたんだから、気にしたらいけない。

「アリアのおかげで俺はこの世界で楽しく暮らせてる。アリアが有能だからって仕事を任せ過ぎてるのはわかってるんだが、ついつい甘えちまってな。すまん。ありがとう。」

「…好きでやっているので、気にしないでください。」

アリアは前を向いて俯きながら答えた。

「だとしても、感謝してることには変わらないからな。せっかくの機会だからちゃんとお礼をいいたくて…ありがとう。」

「…。」

黙ってしまったアリアの頭を右手で優しく撫でた。

ってアリアは頭を撫でられるのがあんま好きじゃないんだったな。歩のときは落ち込んでるときにこの体勢で頭を撫でながら話を聞いてやってたから、ついついやっちまったと思って手をどけた。

そしたら一瞬だが、アリアの腹に回してる俺の左腕を少しだけ強く握られた気がした。
だが、アリアはなにもいってこないから、とくに意味はなかったのかもな。

「………わたしはリキ様が見ていてくれてると知っているから、それだけで満足でした。」

アリアは背を向けて俯いたまま話し始めた。

「…リキ様に頼ってもらえるのも嬉しかったです。それに応えるためにする努力も苦ではありませんでした。そのせいでリキ様と一緒にいられない時間が増えても、その分リキ様の役に立てるのなら幸せだと思っていました。…思うようにしていました。」

アリアを抱いている腕にポタポタと何かが当たった。首を傾げて見てみると、アリアは俯いて泣いていた。

「…他の方々がリキ様との時間を過ごしているのを見て羨ましいと思っても、わたしが今やるべきことはべつにある。その方がリキ様に喜んでもらえるのだからと自分にいい聞かせていました。」

今度は間違いではなくアリアの手が俺の左腕を強く握った。俺はそのアリアの手の上に右手を被せた。

「…でも、ダメなんです。どんなに誤魔化しても、少しずつ…少しずつ嫌な気持ちが強くなってしまうんです。…本当はわたしが自分に正直になれないだけなのはわかってます。悪いのはそんな自分だってわかってます。でも、みんなをズルいと思ってしまったり…リキ様はわたしのことは本当は邪魔なんじゃないかと思ってしまったりしてしまうんです。リキ様が幸せならわたしのことなんてどう思っていようが関係ないはずなのに…。」

アリアは俺の心が読めるくらいに性格を知り尽くしてるのかと思うこともあったが、そんなことはなかったんだな。

セリナがいうようにちゃんといってやらなきゃ深読みしすぎて不安になることもあるのか。

「邪魔なわけないだろ。アリアがいないと困るし、アリアは大切な家族だと思ってる。だからわたしなんかとかいうな。アリアはもっとワガママいっていいんだぞ。」

「…リキ様は優しい…だから…独り占めしたいという醜い気持ちが抑えられなくなるんです。そんな自分が嫌いだから…リキ様に見せたくないから…嫌われたくないから…だから距離を置いてみたりして…でも…違う人が仲良くしているのを見ると嫌な気持ちが強くなって…もうどうしたらいいのかわからないんです…。」

いつもと変わらなく見えてたから気にしてなかったけど、だいぶ我慢させちまってたんだな。

アリアくらいの歳なら親の愛情を欲するのは何もおかしいことではないだろ。だから保護者のような俺を独占したいと思っても仕方がないと思う。とくにアリアは禁忌魔法の影響もあるだろうからなおさらだ。
恋愛感情だったとしても同じことだ。

「独占欲が強く出るのはそんなにおかしいことじゃねぇから気にすんな。だからといって俺はアリアだけのモノになってやるつもりはないが、独占欲はなにも醜い感情なんかじゃない。だからそんなアリアを嫌いにならないし、むしろもっと思ったことはいってくれてかまわないからな。」

「…。」

「他の仲間に当たられるのは困るが、俺にはもっとワガママいっていいんだぞ。もちろんダメなことは断るがな。」

「…。」

アリアは完全に黙っちまった。
涙だけがいまだにポタポタと俺の腕に落ちてくる。

「試しになんかいってみ。今ならたいていのことは聞いてやるぞ。」

「………わたしも…頭を撫でて…欲しいです。」

ん?アリアも撫でられんのが好きなのか?
いつも無反応だからあまり好きじゃないのかと思ってたわ。

俺はアリアの手に重ねてた右手を持ち上げ、アリアの頭を優しく撫でた。
髪の毛の流れに沿うように撫でると、アリアの髪がちゃんと手入れされてるのがわかる。

「凄く綺麗になったな。」

アリアが一瞬ピクッとした。

それにしても出会った頃は形容し難いほどだったのに今では肌も髪も本当に綺麗になったな。

川に入ってこするだけで目で見てわかるほどに垢が落ちていた肌は白くてキメの細かい肌へと変わり、表面は油を塗りたくったようにヌメヌメなのに傷み放題だった髪は柔らかく指で梳いても一切引っかかることがないほどにサラサラとした髪へと変わっている。
アリアくらいの歳の子どもなら普通のことかもしれないが、あの状態を知ってる身からすると凄えなと思う。

「…リキ様。」

「なんだ?」

「…もう少しこのままでいてもいいですか?」

「あぁ。」

「………リキ様。」

「なんだ?」

「………ありがとうございます。」

「アリアもいつもありがとな。」

その後、俺はアリアが寝息を立て始めるまで、泣いてるアリアの頭を撫で続けた。

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