裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
230話
ただでさえ暗かった精霊樹の森からさらに光が失われていった。
見上げれば巨木の葉を照らす光が赤みがかっているのがわかる。
もう夕方のようだな。
今のところ出てきた魔物はたいして強くはなかった。ただ、奥に行けば行くほど魔物が多くいるのか、4体以上を相手にしなければならなくなることが多々あった。
まぁそれでも今のところは強化なしの俺1人でも対処できたな程度の脅威でしかなかったが。
それをセリナとイーラが率先して倒しているから、俺は一度も戦っていないどころか、足を止める必要もなく奥へと歩いて進んでいた。
今まで休憩も取らずに歩いて進んでいるが、まだ精霊樹とやらには到着していない。
たまにテンコに巨木の上まで飛んでってもらって歩いてる方向が正しいかとか、半分くらいは進んだか?とかの確認を頼んだりしたが、まだ半分も進んでないらしい。
方向は合ってるらしいから、先導するセリナはさすがといったところだな。そういう勘でも働いているのか、単純に方向感覚が優れているのか。
俺は今から来た道を帰れといわれても帰れるか怪しい。まぁ地面を凝視して、微かに残る足跡を辿れば帰れるが、それだと倍以上時間がかかるだろう。
もちろん帰りは『超級魔法:扉』で帰るつもりだから、そんな面倒なことをするつもりはないが。
さて、完全に暗くなるまで進むか、この辺りで一度帰るべきか。
べつに暗くなったところで、今のメンツなら視界的には問題ないだろう。ただ、魔物は夜になると活性化するような話を聞いてるし、どの程度強くなるかわからねぇから、帰った方が間違いはねぇよな。
普通はここで野宿するしかないんだろうが、俺らは一度帰ることが出来るから、無理する必要はねぇし。
だが、まだ半分も進んでないことを考えたら迷うところだ。
せめて今がどのくらいかをもう少し細かく知れたら結論も出しやすいんだが、ここはダンジョンじゃないから脳内マップは作られないし、テンコに聞いても半分くらいは進んでるかどうかという大まかな見方しか出来なかった。まぁ目測でどのくらいなんてわからないのは仕方ないが、せめて10分割くらいで答えてほしかった。
イーラに頼んで乗せてもらって自分で見ようかとも思ったが、木々が密集し過ぎてるから途中で失敗するかもといわれたからやめた。
こんな巨木の高さから落とされたら死にかねないからな。
精霊がこの森のなにに喜ぶのかわからないから森の端からスタートしたが、なんかテンコの雰囲気はいつもと変わらないし、最初からイーラに乗って精霊樹とやらまでショートカットしとけば良かったかもな。
そんなことを今さらいっても仕方がないんだけどな。
俺がどうしようかと迷っているうちに夕日すらもほとんど届かなくなってきた。
…帰るか。
明日からは走って攻略すれば明後日くらいには着くだろう。そのためにこの世界にスパイク付きの靴があるかをアリアに確認しておこう。今履いてる靴で走ったら絶対滑るからな。
それに今日は他にもアリアにいっとかなきゃならないことがあるしな。
「そろそろ帰るぞ。」
べつにアリアと話をするのは今日じゃなくてもいいんだが、そもそも精霊樹の森の探索自体急ぎじゃないから帰ることにし、イーラたちに声をかけた。
「あ、近寄ってくる魔物が5体いる。速いから、すぐにリキ様が魔法を使っても扉をくぐる前に接敵しちゃうと思う。」
「なら最後に倒してから帰るか。」
「「「はい。」」」
最後に戦うのはどんな敵かとセリナの視線の先を見ると、イタチのようなのが木々を使った高速の立体機動で近づいてきた。
あいつらは苔むした場所でも滑ることもなく高速移動してやがる。
俺は足を止めて構えた。
予想以上に速い。
これだと魔物全員がセリナだけを狙わない限り、俺やイーラやテンコも襲われるだろう。
最初から来るとわかってなければ、高速で近づいてくるやつらの攻撃を避けきれずに多少は怪我をしていたかもしれない。
まぁわかっていれば十分に対処できるが。
5体中2体はそのまま先頭のセリナを狙って襲いかかったが、残りの3体はセリナと距離を取りつつ後方の俺らを狙ってきた。
知恵が回るのか、むしろ頭が悪いのかわからない魔物の行動ではあるが、構えといて正解だったな。
よく見ると見た目はイタチのようだが、その前足は指が3本だけで、その3本ともが根元から刃物のようになっている。
まさかカマイタチとかいわねぇよな?
まぁいい。俺を狙ってくるなら迎撃するだけだ。
観察眼ではなんの脅威も感じないが、サーシャのような場合もあるから、念のため前足の刃物は避け、カウンターで殴り飛ばした。
小さくて軽いからかほとんど抵抗なく吹っ飛んでいき、木の幹にグチャッという擬音とともにぶつかり、一応原型をとどめてはいるが、木に血の跡を残してボトリと地面に落ちた。
しばらく眺めても魔物がもう動かないのを確認してから他のやつらを見るが、全員終わってるみたいだな。
「やっぱり夜の方が強いっていうのは本当にゃのかもね〜。」
全く苦戦しなかったであろうセリナが、自分で首を切り離した魔物を持ってイーラに渡してから呟いた。
俺は今のが今日初戦闘だったからわかんねぇが、セリナの戦闘姿を見ただけじゃわからないくらいセリナは簡単に殺してると思うけどな。
「そうなのか?」
「だって私1人で対処出来にゃかったし。」
それは魔物の数が多くて速かっただけだろといおうとしてやめた。普通に考えて速さも強さだと気づいたからだ。
もし俺が初めて戦った魔物がイビルホーンじゃなくて今のやつだったら、何も出来ずにどころか近づかれたことにすら気づけずに殺されてたと思うと確かに強い魔物だな。
さっきまで一度も出会ってないことを考えると夜限定の魔物なのかもしれねぇしな。もしかしたらこの先普通に出てくる魔物なのかもしれねぇが、とりあえず夜の探索はやめといた方が無難だな。
「なら、とっとと帰るぞ。」
「「「はい。」」」
食堂で夕飯を食い終え、ぞろぞろとガキどもが外に出ていく中、夜の訓練組が集まっているところにいたアリアに声をかけた。
「夜の訓練が終わったらでいいんだが、ちょっと時間あるか?」
「…急ぎですか?急ぎであれば今時間を空けます。」
「いや、べつに急ぎじゃないから寝る前に部屋に来てくれ。ちょっと話があるだけだから。」
「…わかりました。」
俺はアリアに用件だけ告げて去ろうと思ったところで、スパイクシューズのことを思い出し、せっかくだからと確認することにした。
場合によってはおっさんに頼みに行かなきゃだからな。
「アリアはスパイクの付いた靴って知ってるか?」
「…ごめんなさい。スパイクとはなんですか?」
スパイクは使われない言葉なのか?あらためて聞かれると俺が思ってるスパイクの意味が正しいのか自信がなくなるな。まぁこの世界で使われてない言葉なら俺がいったことが正解になるからいい張ってしまえば問題ねぇか。
「簡単にいえば棘だな。靴の裏に棘をつけて滑らなくしてある物ってこの世界にあるか?」
「…ごめんなさい。私は見たことがありませんが、武器防具屋でしたら置いてあるかもしれません。あと、今履いている靴に鉄製の棘をつけるだけでしたらガルナさんが出来るかもしれません。確認しますか?」
「いや、直接確認してみるわ。だからあいつの部屋がどこかだけ教えてくれ。」
「…ガルナさんの部屋は階段を上がって左の手前から2番目の右の扉ですが、たぶん今は工房内にある鍛冶場にいると思います。」
工房?どこだ?
そういや前に村の案内をしてもらったときに聞いた気がすんな。うろ覚えだが、歩いてれば思い出すだろ。
「ありがとな。行ってみるわ。」
「…はい。」
俺がアリアに礼をいって食堂を出ようとしたら訓練組の会話が再開された。どうやら邪魔したみたいだな。すまん。
たしかここだよな?
村民用区画にあるデカい建物は俺とローウィンスの屋敷を除けば鍛冶場があるとこと魔道具を作るとこの二ヶ所しかなかった気がするし、こっちに鍛冶場があるって聞いた気がするから大丈夫なはずだ。
まぁ間違えたところで仕事場だから問題ないだろ。
周辺を見てみたが入り口がここしかないっぽいから、やけにデカい金属製の扉の左側の端っこにあるノッカーをコンコンと鳴らしてみた。
まぁ聞こえないだろうな。
静かにしてると遠くで金属を叩くような音がしてるし、それをガルナがやってるならここでいくらノッカーを鳴らしたところで聞こえやしないだろ。
勝手に入るか。
べつに個人宅なわけではねぇんだから、問題ないはずだ。秘密があるにしても俺が知っちゃいけないことはないはずだし。たぶん。
大きな鉄製の扉の左側の端っこのノッカーがついてる部分はそこだけ開く小さな扉になっているように切れ目が見え、右の手元あたりに穴があり、その穴の中に鉄の棒のようなのが横向きについている。これが取っ手代わりか?
横向きの棒を掴んで押してみたが動かない。
押してダメなら引いてみろと試してみたが動かない。
これはけっこう力が必要なのか?だが、力を込めすぎて壊したらさすがに悪いよな。
どうしようかと考えながらガチャガチャと押したり引いたりしていたら、棒の向きが少し変わった。
もしかしてこれを捻るのか?
試しに棒を動かしてみると、縦向きに変わりそのまま扉を引いて開けることができた。
こういう仕組みなのね。
壊さなくて良かった。
中は倉庫のような広い空間になっていて、壁際にいくつか木箱や樽が置いてある。
木箱に近づいて中を覗くと剣や斧といった、ぱっと見金属製の武器類や革で出来てるっぽい何かが大量にそれぞれの箱や樽に詰められていた。
もしかしてこれが行商組が売るように作った武器防具か?こんな大量にガルナが作ったのか?
だとしたらだいぶ頑張ってんだな。というか村づくりを終えたばかりでこの量とか無理してるんじゃねぇのか?
それともスキルでちょちょいと作れちゃう物なのか?
まぁ考えてもわからんからいいや。
とりあえずガルナに会うために音のする方へと足を運んだ。
倉庫の奥は小さな部屋がいくつかあり、そのさらに奥に鍛冶場があった。
鍛冶場に入る前の部屋ですでに暑かったが、ここは熱気がさらに凄い。
この鍛冶場だけでも高校の体育館くらいはあるってのにこんなに熱気がこもるのかよ。
炉がやけに大きいのが1つと他に6ヶ所もあって、大きいの以外は全部使われているから仕方ねぇのか?
それにしてもガルナだけじゃなくてガキどもにも鍛治を仕事にしてるやつがいたんだな。
その中の一つの炉をガルナが使っているのが見えるんだが、見てるだけで炉の周辺が熱いのがわかるから近寄りたくねぇな。
ガルナもガキどもも真面目にやってるからか俺が入ってきたことにも気づいてねぇし、誰かにガルナを呼んでもらうわけにもいかねぇか。そもそもこんな真面目にやってるやつらの邪魔をするのは気が引けるな。
とりあえずガルナのとこに行って、作業が一段落するまで待つか。
熱いのは諦めて近づくとさすがに気づいたようで、作業していたやつらが顔を上げた。
「リキ様!」
「え?あ、お疲れ様です!」
「「「お疲れ様です!」」」
「あぁ、お疲れ。気にせず作業を続けてくれ。」
せっかく挨拶してくれたのに悪いが、俺は村人のほとんどを把握してないからかるく挨拶を返すだけにしてガルナのもとに向かった。
ガルナもガキどもの声で俺に気づいたようで、作業を中断してゴーグルを外した。
「リ、リキ様!?ど、どうしました?」
「ちょっとガルナに聞きたいことがあってな。」
「っ!?も、もしかしてメンテナンスに不備がありました?ごめんなさい!」
ガルナは急に顔を青くして頭を下げてきた。
さっきまでの鉄を打つカッコいい姿が嘘のように怯えてやがる。
カッコいいっていっても見た目が子どもだから違和感は半端なかったが、それを補って余りあるカッコ良さだった。
やっぱり真剣に何かに取り組む姿ってのはいいよな。
「いや、全くの別件だ。メンテナンスは助かったよ、ありがとな。」
「…?」
素直にお礼をいったら呆けた顔で驚かれた。
なぜだ?…まぁいい。
「今回はちょっと作ってほしいものがあるんだが、いつ手が空く?」
「え?あ、これは練習してるだけなので、いつでも大丈夫です。何を作ればいいですか?」
俺が作りかけの剣の刃っぽいものを見ながら聞いたら、これは急ぎの仕事ではないらしい。
本当かどうかはわからないが、本人がいいっていうなら頼んじまうか。
「棘のついた靴を作ってほしい。靴の裏面に滑り止めの金属の棘をつけてくれればいいんだが、出来るか?」
「作ることは出来ますが…それは金属じゃないとダメですか?」
「べつに素材はなんでもいい。苔むした木々を蹴り進んで行く予定だから、木にめり込ませられるならなんでもいい。ただ、走るのに邪魔になるのは困る。」
「………わかりました。作ったことはないですが、武器としてでないなら作れると思います。」
しばらく視線を上に向けて考えていたガルナが一度頷き、受けてくれることになった。
「ありがとな。そしたら明日の昼までに俺とセリナの分を頼む。」
「あ、明日ですか!?」
ん?さすがにすぐに作るのは無理か?
「明日から使いたかったんだが、無理か?どのくらい時間があれば出来る?」
「え?えっと……あ!あの、棘付きの靴ではなくて、今リキ様が履いている靴に取り付けられる棘でもいいですか?それなら明日の昼までならなんとか作れると思います。」
なぜかまた顔を青くしたガルナだったが、閃いた顔をして代案を出してきた。
「滑り止めになるならなんでもいい。」
なぜか安堵の表情を見せたガルナが立ち上がった。
「みんな!いったん手を止めて聞いてくれ!リキ様から注文が入った!いうまでもなく第一優先だからね!ソドムはガルネを呼んできてくれるかい?他はそれぞれ長さと太さを変えて棘の鋳型を作ってちょうだい!」
「「「「「はい!」」」」」
いきなりデカい声で指示をし始めたガルナに少し驚いた。
ガルナがこの場で1番偉い立場みたいだな。
オドオドしてるイメージしかなかったが、俺との接し方がよくわからなくて困ってただけで、実際はしっかりしてるやつなのかもな。
ちょっと感心して見ていたらガルナと目が合い、ガルナは気まずそうに苦笑して目を逸らした。
俺がいると仕事しづらそうだな。
「じゃああとはよろしくな。」
「はい。」
最後にガルナに別れを告げ、既に動き始めてるガキどもの邪魔をしないように気をつけながら工房をあとにした。
ガルナと少し話してただけなのにメチャクチャ汗をかいちまったから、早く風呂に入りてぇな。
まだ時間大丈夫だよな?
一応連絡しとくか。アリアとは以心伝心の加護で話せるしな。
俺は屋敷に向かって歩きながら、アリアと繋がるブレスレットに魔力を流して念じた。
「今、大丈夫か?」
「…はい。」
「まだ訓練中か?」
「…はい。急いだ方がいいですか?」
「いや、今から風呂入るつもりだから、むしろゆっくり来てくれた方が助かる。」
「……………はい。」
ん?なんかいつも以上に間があったな。
人を呼んどいて風呂入るとかふざけてんのかと思われたか?
その気持ちはわかるが、この汗はさすがに流したいから許せ。
「あぁあと、ちょっと話しがあるだけだから、装備とかかしこまった格好じゃなくて、寝間着でいいからな。」
「……………はい。」
ん?もしかして訓練中に俺との連絡を同時進行してるから返事にいつも以上に間が空いてるのか?
だとしたらあんま邪魔しちゃ悪いな。
「じゃあまたあとでな。」
「…はい。」
俺は以心伝心の接続を切り、やけに静かな村の中を歩いて屋敷へと帰った。
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