裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

227話



…さて、俺はなんでニアと睨めっこなんかしてるんだ?

いや、わかってる。俺がミスったから、これは『威圧』の威力調整のための練習なのはわかってる。

俺はわかってるが、ニアは絶対わかってないだろ。

だってこいつは顔を赤らめて若干ニヤついているうえに、体をもじもじとさせている。

ニアがそんな顔をしていたら俺までなんか恥ずかしくなってくんだろうが。

「真面目にやれ。」

「…やっています。」

いや、やれてねぇよ。

いつかは『威圧』を使う練習をしたいとは思っていたが、まさかこんな形ですることになるとはな。

しかも魔物相手に威力を強める練習をしようと思ってたが、まさか弱める練習をすることになるとは。

それで選ばれたのがこの中で暇をしているうえに精神攻撃耐性を持っているニアだったというわけだ。

テンコはステータスがないから万が一があっては困るから除外し、他に暇なやつがいなかったから消去法でニアなんだが、めちゃくちゃやりづらい。

そもそも俺の『威圧』程度でガクブルしだしたクレハとユリアが悪い。

強め方ならなんとなくわかるが、弱める感覚がいまいちわからなかったから、とりあえず普通に『威圧』を使ってみたら2人とも青ざめてへたり込んじまった。

視界に入っていたイーラとアオイは一瞬ブルっと震えた程度だったから、そこまで強くはなかったと思うんだが、アリアが頼みたかった威力ではなかったみたいだ。

そんで動けなくなった2人が回復するまで休憩となり、俺はニアと練習することになった。

クレハはアリアに精神に作用する魔法をかけてもらったらだいぶ落ち着いたみたいで、既に訓練を再開してるんだが、ユリアはアリアの魔法を受けてもまだ涙目で足がプルプル震えていて立てそうにないから、しばらくは休憩だろう。

ユリアが再戦可能になるまでには俺も『威圧』を弱めに使えるようにならねぇとな。

ということで、現実逃避はやめて、あらためてニアの顔を見るが、ニアが照れたように目を逸らした。

いや、反応がおかしいから。

今まで目を見て話すことなんてしょっちゅうあったよな?なんだ?距離が問題なのか?

そんなに近くはないと思うが、近いから照れてる可能性を考慮して、俺が二歩下がるとニアが三歩近づいてきた。

いや、おかしい。

歩幅が違うのはわかるが、俺が二歩でニアが三歩じゃさっきより近いからな。

…もういいや、ニアの表情は気にせず、俺は『威圧』の調整のことだけ考えよう。

とりあえず普通に使ってみて、継続しながら弱める感覚を掴む方法を試すか。

ニアが口もとをにやつかせながら目を逸らしているから目を合わせられないが、とりあえず『威圧』を発動。

その瞬間、ニアがビクッとさせて、勢いよく俺を見てから即座に俯いた。この反応からしてちゃんと発動はしてるみたいだな。そしたらここから徐々に弱め………弱めるってどうやるんだ?

こうか?

とりあえず脱力してみたが、ニアに反応はないな。

「どうだ?少しは弱まったか?」

「…自分は気づけませんでした。申し訳ありません。」

ニアは服の胸もとを握りしめ、少し怯えた様子で答えてきた。
なんで精神攻撃耐性を持ってるニアがそんな反応するんだよ。これだと俺がイジメてるみたいじゃねぇか。

いったん『威圧』を切ればいいんだろうが、どうすりゃ弱まるかわかってないのに一度切ったら、次の発動時に同じ反応をされるだけだし、悪いが我慢してもらう。

「ニアは強弱つけられるのか?」

「…あまり試したことはありませんが、たぶん出来ます。」

なんかアリアみたいに返事に間が空くようになったな。そこまで怯えなくてもいいと思うんだが。

「ちょっと俺に試してみてくれ。弱めにかけて、それから徐々に強くしてみてくれねぇか?」

「…はい。」

ニアは潤んだ瞳でチラリと俺の目を見てからすぐに視線を下げ、俺の胸もとを見始めた。

俺がいったん威圧を解除しないと使えないのか?と思ったところで違和感があった。少しわかりづらいが不自然なプレッシャーをニアから感じる。それが徐々に強くなっていくと凄くわかりやすくなった。これはなかなかなプレッシャーだな。変に緊張してるような感じだ。

「今度は徐々に弱めてみてくれ。」

「…はい。」

今度は俺の目を見る動作すらせずに威圧を弱め始めたみたいだ。少ししたら何も感じなくなった。

「ちなみにコツとかあるのか?」

「…スキルは感覚で使っているので、具体的な説明は出来ませんが、目力の強弱で変える感覚で自分は使っています。」

なんかおとなしいニアっていうのも不思議な感じだな。いや、もともと基本的にはおとなしいタイプではあると思うんだが、目すら合わせず、肩を縮こませているニアってのは初めて見たような気がする。
顔は整ってるし、スタイルもいい。普段は自分の意思はわりとハッキリ伝えるけれど、たまにこういう弱い姿を見せてくるとか、日本にいたときにニアと出会ってたら、もしかしたら護ってあげたいとかいう恋愛感情が生まれてたかもな。
まぁ既に戦闘パーティーになっちまった時点で、そういう感情を持つ気はないが。
複数男女のグループで恋愛なんかしたら、すぐにチームとして機能しなくなることは簡単に想像がつく。まぁそういった理由がなくとも、もうこいつらは家族みたいなもんだから、そういう感情はそうそう起きないんだがな。全くないといえないのが悲しいが俺も男だから仕方がない。間違いさえ起こさなきゃどう思ったって問題にはならないから大丈夫だ。

んで、目力だったか?

強めるのは睨みつける感じだろ?じゃあその逆か?逆ってなんだ?

こうか?

おっ!なんかが緩んだのが自分でもわかったぞ。えっと…これか!これを弱めればいいんだな。

「どうだ?」

ニアに確認を取ると、ニアは恐る恐るといった感じの上目遣いで、潤んだ瞳で見つめてきた。…狙ってやってんのか?

「大丈夫です。いえ、弱くなっています。ただ、アリアさんが求めているのはもう少し弱めだと思います。」

ニアはぎこちないが微笑んできた。

もう少し弱めだとこのくらいか?

「どうだ?」

「ちょうどいいと思います。」

試してみたら案外簡単だったな。

この感覚を忘れないように意識しながら『威圧』を解除した。

「ありがとな。」

俺はニアの頭を撫でようと上げた右手を途中で止めた。
危なかった。さっきアリアで失敗したばかりじゃねぇか。ニアは俺とあまり歳が変わらねぇし、撫でられるのは好きじゃない可能性もあるよな。あれ?前に撫でてほしいといわれたことがあったような気もするな。
忘れちまったから、無難になにもしないのが一番だろうと手を引っ込めようとしたら、ニアが両手で俺の右手を掴んできて、そのままニアの頰に寄せられた。

「お見苦しい姿を見せてしまいましたが、お役に立てたのでしたら何よりです。」

…。

「そういや悪魔の目にしなくても『威圧』が使えるんだな。」

俺は話をそらしつつ右腕をわりと無理やり引っ込めた。

「弱く使う分には問題ありません。」

ニアは少し悲しそうな顔をしながら答えたが、俺はスルーして先を続けた。

「もしかして悪魔の姿になった方が耐性とかも上がったりするのか?」

いった後に思ったが、ここにはクレハやユリアがいるんだから、いくら契約してても余計な情報は与えない方がいいっていう当たり前のことを失念してることに気づいた。
まぁ質問しちまった時点でもう遅いがなと思ったが、ニアが悪魔化しなかった理由にクレハやユリアは関係なかったみたいだ。

「はい。でも、戦闘時以外は命令されない限り、リキ様の前では可愛くありたいので、悪魔化するつもりはありません。とくにリキ様に対しては悪魔の力は使いたくありません。」

…なんだかな。

「べつに悪魔の姿になったってニアはニアだからどっちが悪いってのはないが、どっちにしろ俺はニアの気持ちに応える気はないからな。」

「はい、わかっています。自分が良く見せたいだけなので、見返りは求めていません。」

これ以上いっても無意味だろうからこの話はここまでにしとくか。

「好きにしろ。そんじゃあさっきアリアがいってた通り、俺がクレハに『威圧』をかけるから、ニアはユリアに頼むな。」

「はい。」

チラッと見た感じ、ユリアはまだ再開できそうにないが、このままニアと話を続けると面倒な予感がしたから、俺はさっさとアオイとクレハのもとに向かった。






俺がアオイとクレハのもとに歩いていくと、2人は俺に気づいたからか訓練を中断した。

「べつに続けてていいぞ。」

「リキ殿はもうスキルの調整は終わったのかの?」

「あぁ、弱め方はなんとなくわかったから、次やるときはもっと弱くできるはずだ。クレハもさっきは悪かったな。『威圧』なんて相手を黙らせたいときにしか使わねぇから弱め方がわからなかったんだ。すまん。」

「い、いえ。私の鍛錬が足りなかっただけですので、気にしないでください。こちらこそ醜態を晒してしまい、申し訳ありませんでした。」

気のせいかもしれないが、なんかクレハに怯えられている気がすんな。
まぁ怯えられても仕方ねぇことをさっきしちまったかもしれねぇが、はっきりいって俺なんかよりお前らのリーダーの方が格上なんだから、俺程度の『威圧』くらいは耐えられるようになってろよ。と思うが、弱い自覚があるからクレハは自分から戦闘訓練をしてほしいって俺に頼んできたんだよな。だから何もいうつもりはない。これから強くなればいいんだからな。

「じゃあさっそくやるか?それとも明日からにしとくか?」

「リキ殿。一度、妾に弱めの『威圧』を使ってみてはくれんかのぅ。」

精神的なものは無理させてもロクなことにならないだろうから、俺はクレハに確認を取ったつもりだったんだが、なぜかアオイが答えた。しかも自分に試せとか、俺って信用されてねぇんだな。

まぁさっき失敗してるし、弱めた『威圧』はニアにしか試してないから信用出来なくても当たり前か。

俺はさっきの感覚を思い出しながらアオイに向けて『威圧』を弱めに発動してみたんだが、アオイは表情一つ変えなかった。
失敗か?

「どうだ?」

「これなら問題なかろう。ではさっそくその『威圧』をその女子おなごに使い続けてもらっても良いかのぅ?」

アオイが勝手に決めていいのか?

念のため『威圧』を解除してからクレハを見ると、意を決したような顔で頷いた。
そこまで無理して今日やる必要はねぇと思うが、まぁ本人がいいならいいけどさ。

俺はクレハを見ながら、もう一度弱めを意識して『威圧』を発動させると、クレハが半歩後ろに下がった。

「下がるな!リキ殿はうぬを殺したりせぬから逃げずに慣れろ。」

アオイが急にデカイ声を出したから少し驚いたが、アオイはアオイなりに教え方があるみたいだな。もしくはアリアから指示があるのか。

余計な口を出して予定を狂わせないように今日は『威圧』発生装置になりきろう。
ぶっちゃけちょっと眠くなってきたから何も考えないで立ってるだけでいいなら、その方がありがたい。

眠くなってきたからか目力もほとんど入らないし、ちょうどいいだろ。

俺は2人の訓練の邪魔にならない位置まで下がり、『威圧』を発動させたまま、ぼーっと2人を眺めるだけの仕事に徹することにした。

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