裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

225話



俺たち以外の客が何も喋らないせいで、しばらく店内が静かだったんだが、失禁男が失神男を担いで店を出てからはチラホラと客が会話をし始めた。あの2人がいるせいで遠慮していただけみたいだな。ただ、俺らが入店したときほどの賑やかさはなく、程よいBGMのような騒めきとなっている。

「…リキ様とかいわれてたよな?」

周りの客の話し声は耳を傾けなければ聞こえない程度なはずなんだが、自分の名前があがったからかその男の声はハッキリと聞こえた。

「バカヤロウ!名前を出すんじゃねぇよ!目ぇつけられたらどうすんだよ!?」

小声で怒鳴るという面白い客を目だけでチラリと見ると、テーブルに向かい合って座っている男2人組のうちの1人みたいだ。

小声で怒鳴ったやつの向かいに座っている男がこっちを見ようとしていたから、俺は視線を外した。

「大丈夫だ。聞こえてないみたいだ。」

どうやら最初に俺の名前を出したやつと怒鳴ったやつが仲間みたいだな。

「ならいいけどよ。俺は娘がいるんだから気をつけてくれよ。」

「悪い悪い。それで、お前のその反応からして、やっぱりあいつがアレなのか?」

「俺は見たことねぇけど、睨んだだけでクルーダたちを黙らせられるやつなんてこの辺じゃ他にいねぇだろ。それにあんな模様を背中に堂々と付けるやつなんて間違いなく他にいねぇだろ。」

「まぁいくら絵を加えているっていっても自ら奴隷の紋様を背中に描くやつなんて普通はいないわな。もしかしてあの模様がグループマークなのか?」

「たぶんそうだろうな。一緒にいる女の子たちも胸もとや服に同じ模様を描いてるしな。やっぱあんな二つ名を付けられるやつが考えることは理解できねぇな。」

男は俺に聞かれているとは思いもせずにいいたいことをいってビールを煽った。

「そういやクルーダってこの前Aランクの試験受け直してたよな?」

「あぁ、冒険者のランクの基準が変わってから、実力を示すためだか試験を受けて、Aランクの実力があるって認められてたぞ。だからあいつらは強いやつに寄生してランクを上げてるやつらじゃねぇ。」

「つまり、クルーダたちがカテヒムロのトップクラスの冒険者だってのはハッタリではなかったってことだよな?」

「そうだ。だからアレは異常なんだよ。いくら酒が入ってるからって、クルーダたちを睨んだだけで黙らせられるやつなんてそうそういるもんじゃねぇよ。歩く災…ゲフンゲフン!危ねぇ危ねぇ…。まぁ、あんな二つ名を付けられるってだけのことはあるってわけだ。」

「さっきのは凄かったよな!アレがクルーダを黙らせたとき、俺たちには背中を向けてたってのに俺まで怖くて動けなくなったよ。」

「確かにヤバかったな。俺も危なく漏らすとこだった。そう考えたら、ミイナちゃんは可哀想だったな。あの反応は絶対アレのこと知ってただろうし、ビールをぶっかけたときは生きた心地がしなかっただろうな。ミイナちゃんのあんな慌て方初めて見たし。」

「そう考えたらウェイルズは流石だな。アレを知らなかっただけかもしれねぇが、殺されてもおかしくない状況だったというのにとくに慌てた感じもなかったしな。やっぱ2年でAランクになれるほどの天才は精神構造も俺らとは違うのかね。」

ずいぶんいいたい放題いってくれてるな。
べつにビールをかけられたくらいで殺したりはしねぇよ。わざとならわからねぇが、あからさまに事故なうえに謝罪もされてんのに殺すわけねぇだろ。

まぁ、一度名前があがったからと聞き耳を立ててた俺も悪いから、文句をいいに行くつもりはねぇけどさ。

男たちの会話を聞くのをやめ、意識を前に戻すと、目の前のセリナがニヤニヤとしていた。

「なんだよ?」

「リキ様も凄く有名ににゃったにゃ〜と思っただけだよ。」

俺が聞き耳を立てただけで聞こえる声をセリナが聞こえないわけねぇか。

「馬鹿にしてんのか?」

「そんにゃわけにゃいよ!もっといろんにゃ人にリキ様のことを知ってもらいたいと私は思ってる!」

ニヤニヤしてたはずのセリナがいきなり真面目な顔でいってきたから少し驚いた。

「べつに俺は有名になんかなりたくねぇんだけどな。…そういや、あのグループマークってどういう意味があるんだ?」

「グループマークはグループの一員だっていうのが一目でわかるようにするための模様だよ?」

セリナは首を傾げながら、俺が聞きたい答えとは違うことを疑問形で答えた。

「いや、そういうことじゃなくて、俺らのグループマークになってるこの奴隷紋にガントレットってのはどういう意味なのかを聞きてえんだ。」

俺は体を捻って背中のグループマークをセリナに見せた。
新しいチェインメイルになってすぐにソフィアにマークを入れてもらっているから、俺の背中には既にグループマークが描かれている。

グループマークはなんでもいいと思ったから、全てアリアに任せたんだが、まさか一般人からしたら奴隷紋を自らしてるなんて頭がおかしいと思われるとは思ってもいなかった。いや、まぁいわれたら確かにとは思うがな。

アリアは既に奴隷紋を胸もとに刻まれてるからそれが普通となっちまっててそこまで考えが及ばなかったのかもな。もしかしたら、奴隷紋の上にガントレットを描くだけですむから楽だというのを優先した可能性もあるかもしれない。

「あぁ!それはもちろん奴隷紋が私たちでガントレットがリキ様だよ!」

「…は?」

もちろんとかいわれても知らねぇし、聞いた今でも意味がわからん。

「奴隷紋が私たちで、ガントレットがリキ様だよ!」

「いや、聞こえなかったんじゃねぇよ。意味がわからねぇんだよ。」

セリナはキョトンとした顔で首を傾げた。

「そのままの意味だよ?私たちを護ってくれてるリキ様の図だよ。」

そんな意味があったのか。まぁ俺が保護者みたいなもんだし、仲間だから護るつもりではあるが、グループマークのせいで護られるのが当たり前だと勘違いしてるやつとかいねぇよな?…いや、村のやつらはみんな俺より働いてるし、全員が自衛出来る程度には鍛えてたし、そんなナメた考えを持ってるやつはいないだろうな。

「え〜?イーラが聞いたのと違うよ?」

あらためて村のガキどもは真面目だよなと思っていたら、イーラが話に入ってきた。

「イーラ!シーッシーッ!」

セリナが人差し指を口の前に立てて、イーラに小声で注意しているが、丸見えだし丸聞こえだ。

「イーラはなんて聞いてるんだ?」

「奴隷紋はイーラたちのことだから、リキ様に抱きしめられてるこの形にしようって話だったよ!あっ!でも、表向きはリキ様に護られてるってことにした方がいいってアリアもいってたかも!」

…。

俺が苦笑いをしながらセリナを見たら、セリナは目を背けた。そのままセリナを見ていたら、一筋の汗がセリナの頰を流れた。

とりあえず正直に教えてくれたイーラの頭を撫でながらセリナを見続けるが、セリナの頰を伝う汗の粒の数が増えるだけで、こっちを向こうとしない。

「…お待たせいたしました。」

俺がイーラの頭を撫でながらセリナを見続けていたら、さっきの店員とは違う男が料理を持ってきた。

男はテキパキと手に持った料理をテーブルに並べていき、最後の皿を右手に持ったところで俺を見た。

「先程は当店の従業員がお客様に大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。こちらの商品、よろしければお召し上がりください。」

そういって店員がテーブルに置いたのは、薄くスライスされた肉が綺麗にうず高く盛りつけられた肉のタワーだった。

俺が知っている料理の中で1番近いもので例えるならローストビーフだろうか?それらが皿の端から円を描くように一枚一枚丁寧に重ねられ、中心に近づくにつれ平面から立体となり、捩れるように重なり合ってタワーとなっていた。

美味そうではあるが、俺は軽くつまむだけにするつもりだったのに予想外の量だ。だが、謝罪として用意してくれたものを断るのはなんか申し訳ねぇし、明日の朝食のことを考えなければ普通に食える量だから食うけどな。

「ありがたくいただきます。それと、既に謝罪は受けているので、気にしないでください。」

「お気遣いありがとうございます。ですが、こちらの不注意でご迷惑をおかけしてしまいましたので、こちらを受け取っていただけますと幸いです。」

店員は上着の内ポケットから、指輪を取り出して渡してきた。

いきなり知らないやつから指輪を渡されるとか意味がわからなくて、受け取るのを一瞬躊躇しちまったが、とりあえず受け取った。

「これはなんだ?」

「身代わりの加護付きの指輪です。装備類のメンテナンス代相当の価値はあるかと思います。」

あぁ、そういやメンテナンス代はウェイルズとかいうやつからもらっちまったし、俺が金を店員に渡しちまったから、金で解決できなくなって、相応の価値があるものを用意したってことか。
余計な気を使わせちまったみたいで、逆に申し訳なかったな。

正直店に対してはとくに非があったとは思ってねぇし、謝罪されたうえに一品サービスされただけでも俺としては十分なんだが、これをもらうことで向こうの気が休まるなら、遠慮なくもらっとくか。身代わりの加護はあって困るものじゃねぇし。

「こちらとしては謝罪をしてもらい、料理までサービスしていただいたことで満足しているのですが、せっかくのご厚意なのでありがたくいただきます。」

「大変申し訳ございませんでした。それでは、料理が冷める前にお召し上がりください。失礼いたします。」

店員が頭を下げてから立ち去ろうとしたから、俺はニコリと笑って店員を見送った。

あんなあらたまって謝罪をされたから、俺もそれ相応の対応をしたんだが、慣れてない敬語なんか使ったから言葉遣いがおかしくなってたかもな。まぁここに来ることはもうないだろうから、変だったとしてもかまわないが。

セリナが苦笑いをしているが、無視だ。

「そんじゃ食うか。いただきます。」

「「「いただきます。」」」

とりあえずサービスで出された肉のタワーにフォークをぶっ刺してみたが、なるほど、表面は肉が上に向かって登るように並んでいるが、立体の中身はただただ重ねられた薄い肉なんだな。つまり、このタワーは全部肉で出来てるみたいだ。凄まじいな。

フォークに刺さった分だけ取って食べてみると、思いのほか量があったせいで口がいっぱいになった。
しかも肉が硬くて口いっぱいに入れてるから、噛むのにけっこう力が必要で顎が疲れる。だが、噛むたびに溢れてくる肉汁がめちゃくちゃ美味い。口の中で溶ける肉とは違い、しっかりと肉らしい噛みごたえと噛むたびに溢れる肉汁のおかげで、まさに“肉”を食ってるという喜びを感じられる。

噛んでも噛んでも口からなくならない肉をある程度でゴクンと飲み込むと、喉に一瞬つっかえるような異物感のあとに満足感が押し寄せた。

口の中の旨味の余韻を少しだけ味わったあと、俺は再び肉のタワーにフォークをぶっ刺した。

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