裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

223話



昼食を終え、俺はイーラとセリナとテンコを連れて領地内のダンジョンまで来たんだが、1階と地下1階には全く魔物がいなかった。

今は地下2階をウロウロしてるんだが、セリナがなんもいってこねぇってことはこの階も期待薄なんだろうな。

今回はガントレットをつけずに素手で戦う予定だから、あんま下には行きたくねぇんだよな。どの程度の敵まで素手で通用するのかわからねぇからな。

最悪、『一撃の極み』を使えば魔物を殺すことは出来るだろうが、その場合は俺の右手ともサヨナラしなきゃならねぇ可能性があるから、最初は出来るだけ弱い敵と戦いてぇ。

カミエルがゴブリンを殺せたっていってたから、俺もそれくらいの魔物ならなんとかなるだろうし、そんくらい弱い魔物とやりてぇな。

何体殺せばいいかはわかんねぇが、今回はジョブが手に入るまでやるつもりだ。

カミエルの話を聞いたときはどれが取得条件かわからないから、ヴェルに確認を取ってから、すぐに試せそうなことは全部やってみようと思ったんだが、カミエルと別れたあとにニアがたぶん魔物を素手で殺すことだろうと教えてくれた。

なんでカミエルと話してるときにいわなかったのかはわからねぇが、ニアも武闘家のジョブは持っているらしい。
カミエルが話していたなかでニアがやったことあるのが魔物を素手で殺すことくらいだから、それが条件なんだろう。本当になんでカミエルと話してるときにいわなかったんだ?確証があるわけじゃないからいいづらかったのか?

まぁべつにいいんだがな。

さて、そんなことを思い出しながら地下4階に下りたところで隣のセリナの耳がピクピクと動き出した。

「この階には魔物がいるみたいだよ。」

「そうか。じゃあ案内を頼む。」

「は〜い。」

べつに急いでいるわけではないから、セリナの案内のもと歩きながら向かうと、何度目かの曲がり角を曲がったところで毛玉が見えた。

人の顔の倍程度の大きさの白い毛の塊。

たぶん不自然な存在だからあれが魔物なんだろうが、前きたときにこんな魔物いたか?と思ったところで白い毛玉が動いた。

どうやら俺らに気づいたようだ。

毛玉から4本の足っぽいものが生え、方向転換をしてこっちを向いたんだろうが、どこが顔かわからない。

頑張って見れば顔が埋まった小さい羊に見えるか?…無理か。
だが、この姿はなんとなく覚えてる。確かにこんなやついた。弱すぎて1体だけ倒してスルーした記憶がある。

そんなことを考えていたら、力量差がわからないのか逃げずに魔物が走って近づいてきた。

見るからに柔らかそうだから、カウンターで殴っても大丈夫だろう。
確かあの毛が棘のようになるってことはなかった気がするし、ヘタに加減したら毛のせいでダメージが通らなそうだしな。

俺が倒す気になったのに気づいたセリナたちは少し後ろに下がった。魔物の狙いが俺以外に向かないように気を使ったんだろう。

そのおかげか魔物は真っ直ぐに俺に向かってきて、3メートルくらい離れたところから跳びかかってきた。

このサイズでこの距離を跳ぶってのはなかなかの脚力なんだろうが、正直無防備すぎてただの的でしかない。

俺は右手で拳を作り、タイミングを合わせて左足を踏み出しながら、魔物を殴りつけた。

グチャリと生々しい不快な感触が拳から伝わってきたあとに指に硬い何かが触れたと思ったら、それが崩れる感触を残しながら魔物が俺の外側へと逸れていった。

即座に構え直して魔物の方を向くが、魔物は動く気配がない。

念のため警戒しながら近づき、思い切り踏みつけると潰れた正面の一部から血がドボッと吹き出た。
さすがに死んだよな?

とりあえずジョブ取得で確認を取ると、武闘家があった。…1体だけでいいのかよ。

思ったよりもあっさりと終わってしまったから拍子抜けだが、まあいいかと手にこびりついた粘液を振り落とすために手を振った。

ビチャッと地面に汚れが落ちはしたが、まだ手にヌルヌルしたのが残ってやがる。
血避けの加護のおかげか体にはあの毛玉の体液はついていないんだが、直接触れた右手にはべっとりとついちまってるから不快すぎる。

「イーラ。この魔物食っていいぞ。あと、俺の手も綺麗にしてくれ。」

「は〜い。」

汚れた右手をイーラに差し出すと、口でくわえようとしてきたから、咄嗟に引っ込めた。

「なにすんだ?」

「ん?リキ様が綺麗にしてっていうから舐めとろうとしたんだよ?」

イーラはなにがダメなの?とでもいいたげに首を傾げた。

確かにイーラからしたら口で食おうが手で食おうが変わらないんだろうが、絵面的になんか嫌だ。歩の顔でなければ…いや、違う顔だったとしても嫌だな。

「前にもいったと思うが、魔物を口で食うのはやめてくれ。これも魔物の破片だから、別の食い方で頼む。」

「…は〜い。」

イーラは納得いっていないのか、不貞腐れたように返事をし、右手を俺の手に近づけてきた。
イーラの右手が俺の汚れた右手に近づくにつれ、なんか形が変わってないかと思っていたら、鋭い牙を生やした狼の顔に変化した。

まさかイーラが攻撃してくるとは思っていなかったから、急な事態に反応できず、驚いて固まっているうちに右手を噛みつかれた。

寸前でせめてもの抵抗と腕に力を入れて痛みに耐えようとしたが、しばらく経っても痛みを感じることなく、イーラが狼の顔をした手を俺の右手から離した。

解放された右手はちゃんと綺麗になっていて、痛みもないし見た目的にもとくに怪我はなさそうだ。

イーラを見ると唇を尖らせながら、転がってる魔物の死体を拾いに向かっていた。
不機嫌アピールでもしてんのか?意味わかんねぇ。

俺がイラッとして右手を握ったら、慌てたようにセリナが間に入ってきた。

「待って、リキ様!今のはちょっとしたイタズラだから怒らにゃいであげて!」

「なんでセリナが庇うんだ?」

「リキ様に拒絶される悲しさがわかるから…イーラは構ってほしくてやったんだと思うから怒らにゃいでほしいにゃ。イーラもそんにゃことしたって嫌われるだけだからダメだよ!ちゃんと謝って!」

べつに拒絶したつもりはないんだけどな。それにこの程度で嫌いにはならねぇよ。イラッとはしたが。

「…ごめんなさい。」

魔物を捕食し終えて戻ってきたイーラが俯きながら謝罪をしてきた。

「いや、べつに怪我したわけでもねぇからかまわねぇが、場合によっては反射的に攻撃しちまうかもしれねぇからやめろ。」

「…嫌いになった?」

「なんねぇよ。だが何度もされたらわからねぇから、もうやめろ。」

「うん!もうしない!」

イーラは嫌われることに過剰反応するよな。そんなに気にするなら、嫌われるようなことなんかしなきゃいいと思うんだが、良くも悪くも感情のままに生きてるってわけか。純粋っつうか素直っつうかバカっつうか…いや、子どもなだけか。

アリアとかが中身が大人すぎるせいで勘違いしてたが、子どもが理解不能なのは当たり前っちゃ当たり前なんだよな。イーラは魔族として生まれて間もないんだから、仕方がねぇのか。

そんなイーラのちょっとした行動にイラついていたことをほんの少しだけ反省しながらイーラの頭を撫でた。

気持ち良さそうな顔をしながら頭を押しつけてくるイーラの頭を撫でていたら、テンコが左から頭を押しつけてきたから、テンコの頭もわしゃわしゃと撫でた。

さて、このあとどうするか。

思ったより早く終わっちまったから暇になっちまったが、今夜は精霊樹の森とやらまで行く予定だから寝だめしとくのもありか?

まぁとりあえず武闘家のジョブをセットしとくか。
どのジョブを変えようかと思ったが、よくよく考えたらここしばらくSPを使わずともなんとかなってたし、遠慮なく使っちまっても問題ないだろう。

ということでSPが256も必要だったテンスジョブを取得し、そこに武闘家をセットした。

どうやらジョブは10までしかないみたいで、テンスジョブを取得したら新しいのは出てこなかった。まぁ10個もセット出来れば十分だわな。

一度ファーストジョブに武闘家をセットしてみるが、さすがにレベル1だからか魔王のステータスより全て低かったから、魔王にセットし直し、SPでのスキル取得画面に戻って全体をパラ見した。

新しいジョブを取得することで表示されるスキルもあるんだな。まぁ見落としてただけって可能性もあるが、カミエルがいっていた身体強化も敏捷強化も筋力強化もあったから取得しておいた。
他にも名前で効果が想像できる毒抵抗や麻痺抵抗、打撃抵抗。あとは弱硬化なんてのもあったから取得したんだが、弱硬化を取ったら硬化が出たからそれも取得した。そしたら今度は強硬化が出たからそれも取得したら、次は出てこなかった。スキルには強硬化にまとめられてるのか、弱硬化も硬化もなくなっていた。

硬化は体に力を入れると勝手に硬くなるんだな。さすがに鉄のようになるわけじゃねぇが、ゴブリンの棍棒攻撃くらいなら素手で受けても普通に耐えられそうだ。まぁ戦闘時は基本ガントレットをしてるからあんま意味ないかもしれないけどな。

そういや武闘家になったら気纏とかいうスキルが手に入るっていってた気がするが、俺のスキル欄にないんだが…。

聞いた話ではけっこう使えそうなスキルだし、ジョブのレベルを上げたら手に入るスキルなのかもな。

とりあえずこんなもんかとステータス画面を閉じたら、目の前に不貞腐れたような顔で俺を見ているセリナがいた。

「どうした?」

「イーラとテンコだけズルい!」

何がズルいんだと思ったが、今イーラとテンコにしていてセリナにしていないことっていったら頭を撫でてることくらいだよな?

「なんだ?セリナも頭を撫でられるのが好きなのか?」

「うん!」

「そうか、だが、俺は手が二つしかないんだ。すまんな。」

俺が撫でるとでも思ったのか、笑顔になってたセリナの顔が呆けた顔に変わった。

「……いや!イーラはいつもリキ様といれるんだから変わってよ!」

「知らな〜い。」

イーラはセリナと目を合わせず、聞く耳を持つ気もないようだ。

さすがにセリナがかわいそうか。

俺はイーラとテンコの頭から手をどけた。

「わかったから喧嘩すんな。もう頭を撫でるのは終わりだ。これでいいだろ。」

べつに俺はこいつらの頭を撫でたいわけじゃねぇからな。まぁテンコの頭を撫でるのはちょっと気持ちいいが、こいつらが喧嘩してめんどくさくなるくらいなら撫でなくていい。
2人だけ撫でてるのをズルいと思われるんなら誰の頭も撫でなきゃいいだけだ。

「…え?」

セリナが今度は悲しげな顔になった。

わけわかんねぇ。
そんなに頭を撫でられたいのか?
俺は人に頭を撫でられるとか不快でしかないから理解できないが、日本にいた頃を思い出せば、頭撫でられんのが好きだって女はそこそこいたな。
そういや歩も好きだったし。

性別的な問題なのか?

いや、俺も子どもの頃は親に頭を撫でられるのは好きだったかもしれん。うろ覚えだが…。

そう考えたらこいつらは子どもなんだから、保護者的立場の俺に頭を撫でられるのが好きでもおかしくはないのか?

セリナは見た目的にはそこまで歳が変わらなく見えなくもないけど、まだ12歳だし、おかしくないのか?

そもそも好みなんて人それぞれなんだからおかしいって否定するのはよくねぇか。

撫でてほしいっつうなら撫でてやればいいか。べつにたいした手間じゃねぇし。

考えるのがめんどうになったから、俺はセリナに近づいて頭を撫でた。

セリナはこれで満足なのか、目を細めてわずかに頭を俺の右手に押しつけてきた。

「悪かったな。セリナには明日頑張ってもらうことになるし、ちょっとくらいはな。」

そういって頭を軽く撫でているんだが、同じケモ耳でもセリナとテンコは感触が違うんだな。
テンコは髪がファサッとして耳がモフッとしてるのに対し、セリナは髪は人間と変わらないサラッとした感じで、そこに表面がサラッとしていて摘むとコリッとしてる耳がついてる感じだ。

これはこれで嫌いじゃないが、テンコの方が気持ちいいな。

ちょっと気になったからそのまま人間の耳があるべき場所まで手を滑らせてみるが、セリナの顔の横には耳も穴もない。そのまま輪郭に沿って顎まで手を滑らせてみても人間と変わらなそうなのに耳だけ違うとか不思議な感じだ。

他の骨格とかも違ったりするのかとそのまま首や肩と触ってみようとしたところで、セリナが目を見開いて俺を見ていることに気づいた。

あぁ…いくら気になったからってさすがに触りすぎたな。子どもっちゃ子どもだが、発情期がくる程度には成長してるんだから、あんま触られるのは不快だよな。

「すまん。」

「え?あ…うん。」

やっぱり恥ずかしかったのか、セリナは少し顔を赤くして歯切れの悪い返事をした。

奴隷だからセリナには俺がすることに対する拒否権がないんだもんな。戦闘に関すること以外で強制するつもりはなかったし、さすがに悪いことしたな。

話題を変えるか。

「今夜、夕飯食ったらイーラに乗って精霊樹の森に行こうと思う。イーラには来てもらうが、他は自由参加だ。来たかったら各自準備しておけ。俺はそのために夕飯まで寝たいから帰るぞ。」

「待って!私も武闘家ジョブを取ってもいい?」

俺はもう帰る気満々だったんだが、セリナも武闘家ジョブに興味があったみたいだ。

まぁ仲間が強くなるに越したことはねぇし、付き合うか。夕飯までまだけっこう時間あるしな。

「べつに構わないが、素手で魔物を殺せんのか?」

「わからにゃいから試していい?」

「好きにしろ。」

「ありがとう!」

その後、耳と鼻をピクピク動かしてから小走りで移動を始めたセリナに俺たちはついていった。

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