裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

215話



少し離れた場所から訓練風景を眺めているが、見てるだけじゃつまんねぇな。

アリア式訓練はどんなことをするのかと思っていたら、クレハとユリアのどちらもまずは回避の練習だった。
アリアが2人に金属っぽいガントレットを渡し、それを装備してひたすら避けるという練習みたいだ。

クレハの相手は木剣を2本使ったセリナだ。

クレハは素手での戦闘に慣れていないのか、避けや受け流しがぎこちない。それに合わせるようにセリナもだいぶ加減しているからダメージは受けていないが、見てて面白くはない。あんな手加減された攻撃を避けて成長できるのか?

ユリアも同じくガントレットのみで攻撃を避けるなり受け流すなりしているが、ユリアは経験があるのか、武器なしでの回避はわずかにクレハより上手い。まぁ相手が1本の木剣を振り回してるだけのイーラだから難しくないのかもしれないが、イーラは加減が下手くそだから緊張感を保ったまま練習できて、ある意味いい訓練になってそうだ。
アリアもイーラが相手なのが少し不安なのか、付きっきりだ。

森の中の広場がほぼ完全に太陽に照らされているから、そろそろ朝飯の時間か?
朝飯食って少し休んで再開したとして、そこから昼までだとそんなに時間もないだろうし、今日の午前中の訓練は回避の練習で終わりだろうな。

もうすぐ朝飯といっても、さっき回避の練習を始めたばかりだし、もう少しやってからになるだろう。それまで暇だな。

周りに目を向けると左右にテンコとニアがいて、ジッと訓練風景を眺めている。何か参考になるものでもあるのか?

少し離れたところではフレドたちが「今のは手を使わずに避けなきゃ。」とか「今のは内側に流せば次の攻撃も同時に防げるのに。」とか口出ししながらクレハを見ていた。

フレドたちと反対側ではローウィンスがエイシアに打ち込みの練習をしていた。
お姫様なのにちゃんと剣を振れているように見える。剣の使い方はど素人の俺より上手いっぽいし、もしかしたら地道に練習してたのかもな。

汗をかきながら黙々とエイシアに木剣の振り下ろしをしているローウィンスに近づいていくと、テンコとニアもついてきた。

「ローウィンス様、一度休憩しましょう。」

ローウィンスの木剣を同じく木剣で受け流しているエイシアが俺たちが近づいていることに気づいて、ローウィンスの打ち込みをやめさせた。

「えぇ。」

俺は袖で額の汗を拭ったローウィンスにアイテムボックスから取り出したタオルと水を渡した。

「戦えるようになりたいってのは本気だったんだな。」

「?…あ、ありがとうございます。もちろん本気ですよ。」

一瞬ポカンとしたローウィンスが慌ててお礼をいいながらタオルと水を受け取り、俺の言葉に答えた。

タオルで顔を拭いてから、瓶に入った水をチビチビと飲むローウィンスを俺はなんとなしに眺めた。

こいつは王族なんだからこんなことしなくても楽に生きられるだろうになんでこんなことしてるんだろうな。
この村にいる限りはそうそう魔物に襲われることはないだろうし、多少強い魔物と遭遇したとしてもエイシアがいればどうとでもなるはずだ。

俺らみたいな冒険者と違ってローウィンスからしたら必要ではない努力だろう。

いやまぁ、魔物と遭遇したら殺し合いになるような世界で強くなることが必要ない努力なわけはないんだが、本来護られる立場の人間が本気で戦闘訓練なんかしてるととてつもない違和感がある。

だが、嫌いじゃない。

戦闘に限らずだが、何かに真剣に取り組んでる姿ってのはいいもんだよな。そういうやつってのは不思議と手を貸してやろうかと思わせる力がある気がする。
こんな俺でも手伝ってやろうかと思っちまうんだから。

「さっきのセリナの話を聞いても俺に教えてほしいと思うか?」

「もちろんです。」

即答かよ。まぁそれだけ本気なのかもな。

「わかった。俺はレベルが低いジョブがないから…いや、ステータスが低いジョブがあったな。ジョブはそれに設定してガントレットも外すが、手加減する気は無い。だから痛い思いをしたくないなら死ぬ気で避けろ。素手でやるから死にはしないだろうし、怪我したら治してやるからどんだけ苦しかろうが時間まで終わらせねぇぞ。だから覚悟しろ。」

「はい。よろしくお願いします。」

ローウィンスは頭を下げて木剣を両手で持って構えた。

俺はガントレットを外して腰のベルトにつけ、呪われてステータスがめちゃくちゃ低くなっている冒険者にファーストジョブを変更した。途端に体が重たくなった。この重さは本来の体より少し重く感じている程度なんだろうが、今までレベルの恩恵だかで筋力が強化されていたせいでとてつもなく重く感じる。これはまともに動けるか怪しいな。

いや、ちょうどいいか。テンコの力を使う練習も同時にしてしまおう。

「テンコも練習するぞ。少し俺に力を貸してくれ。」

「わかった。」

遠距離では使えないのか、それともまだ慣れてないからかはわからないが、テンコは俺の手を握った。繋がれた手から徐々に何かが流れてくる。なんだか満たされていく気分だ。

「十分だ。」

どの程度強くなれたかは感覚でわかるみたいだな。
思ったように体を動かすことができるギリギリで身体強化を止めた。

止めてから思ったが、軽量の加護がついている状態でこれだと、ちょっと弱すぎたかもしれねぇ。まぁ試してみてダメならもうちょい強化すればいいか。

「ありがとな。テンコは下がっててくれ。ニアもな。」

「「はい。」」

テンコとニアとエイシアが離れていき、十分な距離を取ってからこっちを向いた。

全体の準備が整ったのを確認し、俺は無言で走って距離を詰め、ローウィンスに殴りかかった。

ローウィンスは急な攻撃にもかかわらず、驚いた様子はなく、俺の牽制の左腕を木剣で外側に流した。外側に流されて開いた体を閉じるように右拳でのフックでローウィンスの左頬を殴った。
ローウィンスは見えていなかったのかモロに攻撃を受け、体を捻りながら倒れた。

『ハイヒール』

歯は抜けてなさそうだし、首も折れてはいないようだから、ハイヒールで十分だろ。ただ、呪われてる冒険者ジョブではMPがほとんどないから、わざわざジョブを一度魔王に変えた。めんどくせぇな。

『マジックシェア』を頼もうと思ってアリアを見たが、ユリアに何か説明してるみたいだし、邪魔するのも悪いな。

まぁそのくらいは自分で取るか。

取得可能なスキルから『マジックシェア』を探し、SPを使って取得した。

『マジックシェア』

パーティー内から対象を選べるようだったから、イーラだけで十分だろうとイーラを選んだ。そしたら一気にMPが増えた。まぁイーラだしな。

「お願いします。」

俺がMP確保をしている間にローウィンスは既に立ち上がり、木剣を構えていた。

「カウンターを狙うつもりもなく武器を使って受け流すなら相手の体の内側に流せ。ローウィンスから見て相手が左手で殴ってきたら左側に、右手で殴ってきたなら右側にってことだ。そうすれば相手は自分の腕が邪魔して次の攻撃に移りにくくなるからな。だが、まずは出来るだけ木剣を使わずに避けろ。じゃなきゃ今みたいになるぞ。あと、攻撃出来るときは遠慮なくしろよ。」

「はい。ありがとうございます。」

思いっきり殴られたにもかかわらず逃げ腰になってないのはたいしたものだ。いや、若干足が震えているっぽいな。だからといって手加減する気はねぇが。

今度は若干大振りで力の限り右手で殴りかかった。
ローウィンスは少しだけビクリと肩が跳ねて固まったが、なんとか体を逸らして俺の右腕の外に避けた。だから俺はそのまま右膝を上げてローウィンスの脇腹にめり込ませた。少し無理やりな体勢なせいで威力が多少落ちたが、綺麗に入ったからかローウィンスの顔が歪んだ。そしてそのまま体当たりするように肘打ちをローウィンスの鼻に打ち込んで吹っ飛ばした。

鼻血を出しながら吹っ飛ばされるときに木剣を振って少しでもダメージを与えようとしたのは根性あるなと思ったが、無理やりな攻撃だったから少し体を逸らすだけで当たることはなかった。

『ハイヒール』

起き上がったローウィンスは手の甲で鼻血を拭い、剣を構えた。

「相手が大振りの攻撃をしてきても怖がるな。むしろチャンスだと思え。避けるのが楽になるし隙もできる。あと一度避けたからといって安心するな。今みたいに痛い目にあうぞ。」

「はい。」

今度は自分から攻撃を仕掛けようと思ったのか、ローウィンスは足に力を入れた。いざ前に出ようとしたローウィンスに合わせて俺も一足跳びに距離を詰めた。
互いに距離を詰めたせいで一瞬で近づき、ローウィンスは木剣を振り上げる時間がなくなった。それに気づいたローウィンスは振り上げるのを諦め、咄嗟に木剣を突き出してきた。
突きはまだ練習していなかったのか、ただ前に突き出しただけにしか見えないが、悪い手ではないかもな。相手の間合いの感覚をズラしにかかったら逆にズラされたって感じだ。ただ、俺はステータスが下がっていても観察眼のおかげか動きがハッキリ見えるから、あえて紙一重で左に躱しながら体を捻り、左足を軸にして後ろ回し蹴りをローウィンスの右頰を狙って打ち込んだ。
だが、ローウィンスはいつのまにか木剣を片手持ちにしていたようで、空いた左腕の盾で俺の蹴りを防ぎやがった。

マズい!後ろ回し蹴りを受け止められたから背中がガラ空きになっちまった。無難に受け流しからの右パンチにしとけばよかったと後悔したが、ローウィンスは無理やりな姿勢なうえに片手での防御だったからか、完全には受け止めきれずにバランスを崩した。
その隙に急いで軸足にした左足に力を込めて一歩跳び下がりながら体勢を整え、もう一度距離を詰めながらガラ空きになっているローウィンスのみぞおちを右拳で本気で殴った。

「ヴエッ…。」

殴られたローウィンスは王女が出したらよろしくないだろう声を漏らし、くの字になって3メートルほど飛ばされても木剣は手放さず、地面を数回転がった。

『ハイヒール』

怪我を治されたローウィンスは起き上がってすぐに距離を詰め、木剣を振り上げ、そのまま振り下ろしてきた。木剣が真っ直ぐ綺麗に振り下ろされてるのを見るにヤケクソなてきとうな攻撃ではなさそうだ。さっきの突きとは違ってこれは練習したんだろうってのがよくわかる。
俺はそれを右肩を引いて体を横に向けて避け、木剣を振り下ろしきるのに合わせて右拳で顔面に殴りかかろうとしたが、ローウィンスはそのまま右肩で体当たりをしてきた。
俺は咄嗟に左手でローウィンスの右肩を掴んで俺の右側に逸らさせ、殴ろうとしていた右腕を畳んで肘打ちをローウィンスの額に当てた。

突っ込んできた勢いを使ってローウィンスの額に肘打ちをしたから、ローウィンスは勢いよく仰向けに倒れ、後頭部を地面にぶつけた。いや、これはまずい倒れ方だわ。

『ハイヒーリング』

俺が急いでハイヒールを使おうとしたら、それより先に離れたところから魔法名が聞こえた。

振り向いて確認すると、魔法を使ったのはアリアのようだった。

気づけば全員が俺たちを見ていた。

いや、俺らなんて見てないで訓練してろよ。

俺がいいたいことに気づいたのか、アリアが口を開いた。

「…そろそろ朝食にしようかと思ったのですが、リキ様が戦っていたので見学していました。」

「もうそんな時間か。待たせて悪いな、飯にしよう。」

「…はい。お弁当を作ってもらったので、みんなで食べましょう。」

屋敷に帰るのかと思ったら、そんなものまで用意してたのね。

俺がアリアと話していたら、回復したローウィンスがのそりと立ち上がり、額についた血を手の甲で拭って剣を構えた。

「4回しか手合わせ出来なくて悪いが、飯の時間だから終わりだ。俺は武器の扱いに長けているわけではないから詳しく教えてやったりは出来ないが、最後の攻撃は良かったと思うぞ。あのレベルで他の攻撃方法を覚えれば、うちのガキどもくらいにはすぐになれるんじゃねぇか。なによりも最後まで諦めなかったのは凄いし、途中から震えも止まってたみたいだし、戦闘のセンスはあるのかもな。」

俺が終わりといったことで、ローウィンスは構えを解いて頭を下げてきた。

「ありがとうございます。とても勉強になりました。セリナさんがいっていた意味を少し理解出来たと思いますが、それでもリキ様と手合わせが出来て嬉しく思います。また機会がありましたら、お願いしたいです。 」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。というかこれだけやられてまた戦いたいとか…まぁ気が向いたらな。」

俺はローウィンスにてきとうに答えて、アリアが用意してくれた敷物のところに向かった。

「やっぱりリキ様はカッコいいです。」

隣を歩くニアが少し顔を赤らめてそんなことをいってきた。

そんな照れた顔で褒められたらなんか恥ずかしくなるじゃねぇか…。
というか戦闘経験の乏しい女を一方的にボコってる姿がカッコよく見えるとか、こいつの目は異常なんじゃねぇか?まぁ悪魔の目だから人間からしたら普通じゃねぇのか。いや、そういうことじゃねぇな。

今日はほとんど口を開かなかったニアがいきなり変なことをいってくるから調子が狂う。

とりあえず飯でも食って落ち着くとしよう。

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