裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

213話



…体が重い。

トントンと何かを軽く叩く音に朧げな意識を向けると、続いてアリアの声が聞こえた。

「…リキ様、夕食の準備が整いました。」

…夕食?

あぁ、そういや昼飯食ってるときに眠くなって、やることも特になかったから寝たんだったな。昼飯食ってから今まで寝てたのに体がやけに重い…自分で思ってたよりも長旅で疲れてたのかもな。

「ありがとう、すぐ行くから先に行っててくれ。」

「…はい。」

仕事してたわけでもないのに他のやつらをあまり待たせるのも悪いからと重い体を気合いで起こすと、何かが転がり落ちた。

「んにゃっ!」

何が落ちたのかを見ようとして手をつくと、ベッドとは違う感触がして、瞬間的に手を離した。右手にモフッとした感触、左手に冷やっとした感触があったが、ガキどものイタズラか?そんなことが頭を過ぎったが、すぐに理由がわかった。右側にテンコ、左側にイーラが寝ているだけだった。そういや暇だから相手してやるようなことを昼飯のときにいったんだったな。食ってる途中で眠くなったせいで、約束忘れてすぐ部屋に戻って寝ちまったが。こいつらも約束したんだから起こせばいいのになんで一緒に寝てんだよ。疲れてんのか?

そういや何か落ちたんだったなとテンコを潰さないように身を乗り出して確認したら、セリナがいた。

セリナは昼食時にいなかったから約束なんてしてなかったと思うが、何してんだ?というか体が重かったのはこいつのせいだよな。

セリナを訝しんで見ていたら、急に目を見開き、目があった。

「おはよう!」

寝起きのテンションとは思えない元気さをそのまま跳躍力に変換したかのような突進をしてきたから、俺はすんでのところで上体を逸らして避けながらセリナの腕を掴んで引っ張り、勢いそのまま投げ飛ばした。

予定ではセリナは顔から壁にぶつかるはずだったんだが、セリナは空中で体を捻って壁に一度着地し、壁を軽く蹴ってクルンと空中前転してから床に着地した。

いや、壁に着地ってなんだよ。あの程度の勢いで少しだけだとしても壁にとどまれるとかおかしいだろ。そんなに勢いよく投げたわけじゃねぇから普通なら両足を壁につけたら頭から床に落下しそうなんだが…まぁ褒めたりしたら調子に乗りそうだから何もいわないがな。

「なんでセリナがいるんだ?」

「仕事を交代して時間ができたからリキ様に会いに来たんだけど、寝てたから邪魔しちゃ悪いと思って一緒に寝てたんだよ。」

一応気を使ったみたい……ん?

「いや、寝てるやつの上に乗って寝てたら普通に考えて邪魔だろ。」

「だって隣が空いてにゃかったんだもん!」

「だもんじゃねぇよ!起きなかったからまだいいが、俺の睡眠を邪魔するんじゃねぇ。」

「いいじゃん!私はリキ様がいにゃい間ずっと我慢してたんだよ!」

「ずっとってたかだか数日間だろ。」

確かに強制的に引き離したのは悪いとも思わなくないが、数日会わなかっただけで逆ギレされる意味がわかんねぇよ。

「リキ様にとっては数日でも、私にとっては数年に感じたんだからね!」

「バカなこといってんじゃねぇよ。いいから飯に行くぞ。」

「「「は〜い。」」」

どうやらイーラとテンコは起きてたみたいで、セリナと返事を合わせてきた。

なんだ?この茶番は。

セリナはどこまで本気だったのかわからないが、特に怒ってる感じではないし、むしろかなり上機嫌に見える。
変わり身が早いというか、そもそも全部が冗談だったのかもな。多少は本音も混ざってるのかもしれないが、次の遠出には連れていくし、そのうち今抱えてる不満は忘れんだろ。
だから俺が気にする必要はねぇかと結論をだし、イーラたちとともに食堂に向かった。



食堂に着くと既に配膳が終わっているようで、俺たち待ちだったみたいだ。
全員仕事したあとだから腹減ってるだろうに悪いなと思いつつ、自分の席へと着くと食堂内が急に静かになった。

「待たせて悪いな。いただきます。」

「いただきます!」

仕事後だろうに元気の有り余ってるガキどもの返事が重なり、食器のぶつかる音が鳴り始めた。

俺も飯を食い始めようかと思ったら、なんか周りと馴染みきれてない雰囲気を発してるやつらが視界に入った。

…あれはクレハとユリアか?なんでここにいるんだ?

………あぁ、そういやしばらくここで過ごすんだったな。

年齢的には違和感ないはずなんだが、あの2人からはなんか上品そうなオーラが出てるから異物感があるな。まぁあの歳なら影響を受けやすいだろうし、そのうち慣れるだろ。それがいいことかは知らんが。



「あの方々の紹介はなさらないのですか?」

まずはスープからだなとスプーンで掬ったスープを口に入れたところで隣にいるローウィンスが声をかけてきた。

あの方々ってのはクレハとユリアのことか?まぁ他に増えたやつはいないからそうだろう。…たぶん。

「飯食い終わったらするつもりだ。あまり飯を待たせるのも悪いからな。」

まぁ忘れてただけなんだが。

「余計な口出しをしてしまい、申し訳ありません。それにしてもリキ様は“乙女の集い”の方々とも親交があったのですね。」

「親交っつーか、前は絡まれただけだし、今回は勝手に村に来ただけで、特に繋がりはねぇな。」

「そうなのですか?それなのに御二人にたいして学校以外にわざわざ指導してさしあげるのですか?」

ローウィンスが驚いた顔で確認を取ってきた。

確かに仲良いわけじゃねぇとこのガキどもの世話をするなんて普通はねぇよな。俺だって無償でそんなことをしてやるようなお人好しではない。というか普通の相手なら有償だろうとよっぽど利益がなきゃお断りだがな。だが、今回は今まで一度も会うことがなかった精霊使いだから、ここで情報を得ておかなきゃ次にいつ得られるかわからないからな。
今回ユリアの戦闘訓練の話を出したときにアリアが止めなかったことから考えて、精霊についてはアリアもそこまで詳しくないようだし、10日の戦闘訓練程度で得られるのなら安いもんだろ。どうせ暇だし。

「見合った対価をもらう予定だからな。」

「見合った対価ですか?」

「あぁ、ユリアは精霊使いらしいから、精霊についての情報をもらう予定だ。クレハはついでだな。1人も2人も大差ねぇし。いや、そういえばアリアがクレハに対価を求めてた気がするな。」

なんだったか…契約魔法をかけるのが対価つってたっけか?聞いたことねぇ魔法だし、クレハを実験台にでもするのかね。まぁ俺には関係ねぇけど。

「精霊ですか…。精霊については私も一般的な情報しか持ち合わせていません。お役に立てず、申し訳ありません。」

ローウィンスが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。意味わからん。

「べつに謝ることじゃねぇだろ。俺がローウィンスに依頼したわけでもねぇんだし。」

「いえ、私は情報くらいでしかお役に立てないというのにそれすらもままならないということが悲しくて悔しいのです。」

俺らが住める村を作ったり、アリアたちの身分証を用意してくれたり、金を持ってる盗賊を用意してくれたりと十分役には立ってると思うが、この程度じゃ満足いかないとかずいぶんと自分に厳しいんだな。
まぁその分迷惑も被ってるから感謝する気にはなれねぇが。

そもそも俺の役に立ちたがる意味がわかんねぇけどな。

「じゃあ…そうだな、黒龍の居場所を知ってたりしないか?」

「コクリュウですか?龍族の黒龍のことでよろしいでしょうか?」

「他にいるのか?」

「申し訳ありません。念のための確認です。他の意味でのコクリュウでしたら私はまた何もお答え出来ないところでした。」

「ということは龍族の黒龍なら知ってるのか?」

「はい。」

ローウィンスはなぜか嬉しそうな笑顔で返事をし、言葉を続けた。

「大陸の最西端にいるという話を聞いています。パワンセルフという国をさらに西に向かうと山脈があり、その山脈を越えたところです。ただ、あそこは腕自慢の場とされるほど危険な場所になっているので、どういった要件で行くつもりなのかはわかりませんが、お勧めはいたしかねます。」

最後だけ真面目な顔になったローウィンスを見るに相当危険なんだろう。こいつはゴブリンキングや邪龍、魔王の討伐を俺にさせるようなやつなのに今回はわざわざ止めるくらいなんだから。

だが、ローウィンスの情報はマルチの情報と同じみたいだし、危険だろうとそこにしかいないなら行くか諦めるかしかないだろ。ただ、強くて頭のおかしいやつらが跋扈するこの世界なのに諦めるという選択肢は取るべきではないよな。だからしばらく鍛えながら他の情報も探ってみるべきか。

別口の情報が一致してるから確度の高い情報を得れたとプラスに考えておこう。

「他は知らないか?」

「私の持つ情報では直近ですと3年前に今はなきニクイヨツ帝国内に現れたということがありましたが、町を一つ破壊したのちどこかへと行ってしまったようです。なので、居場所となると他に心当たりはございません。リキ様がご所望であれば調べさせますが、いかがいたしますか?」

「なら暇があったらでいいから頼む。」

「喜んでお受けいたします。」

頼んだあとに借りを作っちまったことに少し後悔したが、こいつの笑顔を見せられたら今さらやっぱりいいやとはいう気が起きなかった。

これだから顔がいいやつはズルいよな。



その後もローウィンスと雑談を交わしながら飯を食べ終えて周りの様子を確認すると、ガキどもは既に全員食べ終わっているようだ。

久しぶりにずっと喋りながら食ってたから時間がかかっちまったな。まぁあとは寝るだけだから文句をいうやつはいねぇだろ。

「ちょっと話があるから聞いてくれ。」

俺がガキどもを見ながら声をかけると全員がこっちを向いた。雑談をしていたやつらも黙って俺を見ているから、食堂内が静まり返っている。

「既に気づいているやつもいるかもしれないが、しばらくの間ここで過ごすやつが2人いるから紹介しておく。クレハとユリアはこっちに来い。」

「「はい。」」

クレハは多少は人前に立つことに慣れているのか少しだけしか緊張していないようだが、ユリアはガッチガチだな。

ここは俺が紹介してやった方がよさそうだな。

「こいつらは“乙女の集い”とかいうグループのメンバーなんだが、しばらくここで住むことになった。金色の髪の方がクレハで茶色の方がユリアだ。」

「紹介に預かりましたクレハと申します。10日ほどの短い期間ですが、よろしくお願いいたします。」

ほとんどが自分より年下のガキどもなのにちゃんと頭を下げられるのは偉いな。まぁ、クレハは自分から頼んできたのだから当たり前か。

「ユリアです!よろしくお願いします!」

今回は噛まなかったな。

「こいつらは俺の奴隷でもここの村人でもねぇが、住んでる間は仲間だと思って、互いに協力し合えよ。」

「はい!」

クレハとユリアはガキどもの無駄に元気な返事に驚くだけで返事をしなかったから視線を向けると、2人とも肩をビクッと跳ねさせてから小さな声で返事をした。

「べつに睨んでるわけじゃねぇからそんなに怖がるな。」

「「は、はい。」」

ダメだなこれは。そのうち慣れるだろうから、それまでは諦めよう。

「クレハとユリアは話があるから残ってくれ。そんじゃご馳走さま。」

「ごちそうさまでした!」

ガキどもが返事をして食堂から出ていき、食事担当のやつらが食器を片付け始めた。

俺らが話し合いをするといったからか、食事担当のやつらは急いで一つのテーブルを先に片付けてくれた。そのテーブルに俺が移動するとクレハとユリアもついてきた。あとはアリアたちも残るつもりらしい。
これからするのは話し合いだからアリアには残っててもらえると助かるが、他のやつらは無理に残る必要はねぇんだけど…まぁ全員揃うのも久々だし、このままにしておくか。

食事担当が人数分の水を用意してくれた。
俺は視線を動かして全員が席に着いたのを確認したが、クレハとユリアは緊張してるみたいだな。

「そんなに緊張するな。今からするのはそんなあらたまった話し合いじゃねぇから。」

「「はい。」」

2人とも返事はしたが、緊張は抜けてなさそうだ。いや、そんなすぐに抜けるようならそもそも緊張なんてしてねぇか。
まぁ話してるうちに慣れるだろ。

「2人の訓練内容については明日かるく戦闘させてから考えるつもりだ。2人がどういった戦い方をするのかも、どの程度戦えるかもわからないからな。だから今からするのはここで暮らしていくにあたっての話だ。既に何か聞いてたりするか?」

「はい。アリアさんからここで住むにあたってのルールを教えていただき、建物内の案内をしていただきました。」

答えたのはクレハだ。

俺が寝ている間に既に説明してたんだな。さすがアリアだ。おかげでもう話すこともすることもなくなっちまった。予定ではかるく話してから屋敷の案内をしようと思ってたんだがな。

「そうか、ならいい。わからないことは都度聞いてくれ。」

「「はい。」」

さて、どうするか。話があるから残れといっておいて、もう聞いているなら解散とはなんだかな。

「アリアたちはなにかいっておきたいことはあるか?」

全員に確認をとったつもりなんだが、アリア以外の視線が全てアリアに注がれた。

いや、気持ちはわかるけどよ。

俺が苦笑しながらアリアを見るとアリアが口を開いた。

「…説明などは一通り終えたのですが、先ほど渡し忘れてしまったものを今渡しておきます。」

そういって、アリアは席を立ってクレハとユリアのところに移動し、アイテムボックスから靴とベルトとネックレスをそれぞれ2人分取り出した。

クレハとユリアはペコリと頭を下げながら受け取ったが、渡された瞬間に驚いた顔になった。

「これは?」

「…一部にニータートの素材を使用した靴とベルトです。明日の朝からでいいので、寝るとき以外は必ず着用してください。あと、軽量の加護のついた装備を持っているのであれば、訓練中は外しておいてください。ネックレスは訓練期間中だけでかまわないので寝るときも含め常に身につけてください。これはリキ様の庇護下にいる印のようなものです。」

靴とベルトは見た目は普通のものだ。
ネックレスは鉄だか銀だかで出来た細かいチェーンで出来たシンプルなものだ。ただ、トップにクロスしたガントレットがついている。協会のシンボルマークと同じガントレットがな。

アリアが庇護下に入ることを強要するってことは意味があることなんだろうが、当の本人である俺には意味がわからない。まぁ10日程度だけなら俺にデメリットはなさそうだからいいけどさ。いや、庇護下に入ったということは何かあったら俺が護ってやんなきゃいけねぇのか…めんどくせぇな。

クレハがその場でネックレスを着けると、ユリアも急いでネックレスを着け始めた。

…今さら外せというのもなんだし、諦めるか。村や村周辺の森ならこいつら2人を護るくらいたいして苦でもないだろうしな。

2人がネックレスを着け終えても続きを話さないアリアを見ると、アリアはずっと俺を見ていたみたいで、目が合った。

「…わたしからは以上です。」

「そうか。じゃあ、ユリアからは先に精霊の話を聞いておきたいんだが、いいか?テンコも一緒に訓練させてぇからさ。」

「はい!…えっと……何から話したらいいですか?」

精霊についての知識はユリアにとっての当たり前と一般的な当たり前が違うから、どこから話せばいいか迷うわけか。まぁ俺はその一般的な当たり前すら知らないから全て話せばいいんだろうが、どうでもいいことまで聞くのは面倒だ。

「じゃあまずはテンコの属性って調べられるのか?」

「それはテンコさんに力を使ってもらえればわかると思います。」

するといきなり風が流れ、ユリアの目の前の水が蛇のようにウネウネと浮き上がった。

「テンコ、なんでもできる。」

どうやらテンコの魔法だったみたいだ。
そういやテンコは土も火も光も操れてたな。ってことは全属性所持者とかか?

「あの…それは他の精霊の力を借りているだけで…えっと…いや、他の精霊を使う精霊っていうのも初めて見たので興味がありますし、言葉も発さず使えるなんて凄いとは思うんですけど、今はテンコさん自身の力を見せてもらいたいなぁと…。」

どういうことだ?
テンコを見るが本人もわかっていないみたいで首を傾げている。いつもの癖でアリアを見たが、首を横に振られた。アリアは精霊に関してはよく知らないんだったな。

「これはテンコの力じゃないのか?」

「えっと…この風は風の精霊が力を貸してくれていて、この水は水の精霊が力を貸してくれているんです。どちらもテンコさんの意思に応えて発動しているのでテンコさんの力といえばそうなのですが、テンコさんの属性ではないんです。」

「技としての意味ではテンコの力だが、テンコそのものの属性によるものではないってことか。」

「はい。精霊は精霊使いの意思に応え、精霊自身が持つ力を消費して魔法を発動させます。なので精霊使いのMPは消費しませんから、私たち精霊使いはこれを精霊術と読んでいます。ただ、一般的にはどちらも魔法として扱われていますが。」

「MPを消費しないってことは精霊術は使い放題ってことか?」

だとしたら俺も精霊術とやらを覚えた方が良さそうだな。

「いえ、精霊の力を全て使わせてしまうと消滅させてしまいます。たいていの精霊は存在出来なくなるほどの消費をする前に力を貸してくれなくなりますが、精霊使いの力が強い場合に強制させることが出来たり、精霊に愛されすぎて精霊が無理をしてしまう場合があります。なので、契約した精霊から力を借りる際は気をつけてください。」

「使い放題どころか1人の精霊で使える精霊術とやらは有限なのか。それじゃあ契約する意味があまりなくねぇか?それとも使えなくなったら新しい精霊と取っ替えるのか?」

テンコが俺を見てくるが、べつに俺はテンコにたいして消耗品みたいな使い方をする気はねぇよ。

「いえ、精霊も私たちと同じで徐々に回復しますから、一度に使い切るようなことをしなければ問題ありません。あと、大精霊とは契約した方がいいですが、普通の精霊とは契約せずとも精霊使いなら力を貸してくれると思いますから、契約する必要はないと思います。」

そういうものなのか。じゃあ俺も風を動かせたりとかするのかね?
そんなことを考えたら、目の前に淡く光る何かが現れた。いや、もともといるものに俺が気づいたといった方がしっくりくるが、今の流れからしてこれが精霊か?
意識するとどこにでもいるみたいで、視界が淡い光まみれだ。こんなものが常に視界を埋め尽くしていたら邪魔でしかないから、普段は見えないようになっているわけか。
一人で納得したら、また目の前の一つ以外の淡い光が消えた。

本当に観察眼って便利だよな。それともこれは精霊使いの能力か?

まぁそんなことはどうでもいい。問題なのは俺が精霊術を使えるかだ。

どうすればいい?こいつに頼めばいいのか?

「風をくれ。」

とりあえず目の前の何かに声をかけてみたら、返事とばかりに空気砲のようなものを顔面にぶつけられた。
吹っ飛ぶほどではなかったが、急にやられると不快でしかない。だが、一応は成功したみたいだな。

満足してユリアに視線を戻すと、驚いた顔で俺を見ていた。
ユリアからしたら話の途中でいきなり精霊術を使われたのだから、そりゃ意味不明すぎて驚くわな。

「すまん、本当に契約してない精霊で精霊術ってのが俺に使えるのかを試しただけだ。まだ制御できてないが使えることはわかったから話を戻そう。それで、テンコの属性はどうやって調べればいい?」

「えっと…テンコさんが自分の力を使ったことがないようなので、少しテンコさんの力を使わせてもらってもいいですか?」

ユリアは俺に確認を取ってきたが、そういうのは本人に聞くべきだろとテンコを見たが、いまだに首を傾げているから、まだよくわかってないみたいだ。まぁテンコは力の塊みたいなことを誰かがいってたし、少しくらい力を使わせても問題はないだろう。

「あぁ、頼む。」

「はい。」

ユリアは席を立ち、テンコのもとまで歩いていった。

「テンコさん、手を出してもらえますか?そして少し力をお借りするので、拒まないでもらえると助かります。」

ユリアはテンコの目の前で止まり、右手の平を上に向けてテンコに差し出しながら声をかけた。

テンコはまだよくわかっていないみたいで俺を見てきたが、俺が頷くとテンコは右手の平をユリアの右手の平に重ねるように置いた。
ユリアはテンコの右手に左手を重ねて挟んだ。

「失礼しますね。」

ユリアが声をかけた瞬間にテンコが目を見開いたが、特に何も起きなかった。

「どうした?」

「何か、抜けた。」

うん、意味わからん。

「すいません。テンコさんから強制的に力をもらいました。」

ユリアはテンコから手を離しながら、テンコの意味不明な説明を補足し、テンコにペコリと頭を下げてから席に戻ってきた。

「それで、属性がわかったのか?」

「はい。テンコさんは無属性です。ただ、無属性の中にも種類があるので細かくはわかりませんが、身体強化の力はありそうです。他はもう少し試してみないとわかりません。」

ユリアは右手を見ながら握ったり開いたりを繰り返してから答えた。

身体強化か。近接戦で殴るしかできない今の俺にはかなり助かる能力だな。
アリアのステータスアップの魔法と重ねがけが出来るならだが。

「そうか。試すのはこっちでやる。ありがとな。」

「い、いえ!お役に立ててなによりです。」

せっかく普通に話せてたのにまた焦りだした。まぁ初日で慣れるのは無理があるか。

「そんじゃあ今日はこれで解散だ。明日は日が昇り始めた頃から始めるつもりだから、クレハとユリアは早めに寝とけ。」

「「はい。」」

「あとアリアとテンコは参加してほしいが、他は好きにしろ。」

「はい。」

アリアたち全員の返事を聞いてから俺は席を立ち、食堂の出口に向かって歩きだした。

「アリア!仕事の時間の変更を要求する!」

俺が席から数歩進んだところでセリナが声を上げたから、立ち止まって振り返った。

「…門番についてはセリナさんに任せているので、問題ないように仕事を割り振ってもらえればかまいません。ただ、5日働いたら1日は必ず休みとなるようにしてください。」

「それはわかってるんだけど…トレントやドライアドに少しだけ頼んでもいい?」

「…あの方々には夜の門番を頼んでいるので、それは困ります。」

しばらく立ち止まって聞いていたが、どうやら俺は必要ないみたいだな。
アリアたちの話し合いをかるく聞きながら、俺は食堂から出て、自室へと向かった。

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