裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

203話



雷が落ちる寸前、ゴスロリ少女が抱えていた人形が腕から抜け出し、ゴスロリ少女の頭上へと飛んでいったのが見えた。

その後、一瞬視界が白く埋め尽くされ、ほぼ同時に轟音が鳴り響いた。
以前使った時より距離が離れていたが、それでもかなり煩いのを我慢して走り出すと、イーラたちもついてきていた。

光は収まったんだが、ゴスロリ少女は俺の攻撃でダメージを負った様子はない。あの人形が護ったのか?そういや俺もあいつからもらった人形に護られたことがあったな。もしかしたらかなり耐久力のある人形なのかもしれない。

そんなことを考えながら走って近づくと、ゴスロリ少女の近くにいた大量の人形が紫電を纏いながら動いていないことに気づいた。一応数は減らせたのか?いや、まだゴスロリ少女の両脇の空間から人形が出てきてるから、元凶のゴスロリ少女をなんとかしないと意味なさそうだな。

「全員散れ!イーラとサーシャ以外は中に突っ込むな!」

もうすぐ先頭の人形の集団とぶつかりそうだったから、大声でイーラたちに指示を出した。この量の敵を相手するのに味方の位置を把握するのは難しいだろうから散れと命令したが、1人で中に突っ込んだら死ぬ可能性が高いだろう。だからイーラとサーシャ以外は中に突っ込まないように加えて命令をした。あの2人ならまぁ大丈夫だろ。…たぶん。

離れた位置で待機していたアリアとテンコ以外は返事をして、仲間からかなり距離を取ってから人形に向かっていった。
いや、全員ではなかった。なぜかニアだけは俺の側から離れていかない。まぁむしろちょうどいいか。

「ニアはアリアとテンコを護ってくれ。」

「自分はリキ様を護ります。」

さすがにこの数を相手に仲間の位置なんか気にしながら戦えない。むしろ中に突っ込んだら周りは人形に埋め尽くされるから見えないだろう。そしたらフレンドリーファイアの可能性を考えて動きがかなり制限される。
というかこんな無駄ないい合いをしている時間なんてない。人形は目の前だ。

命令しても聞き入れなさそうだから、俺がニアをいい聞かせるための時間を稼ぐために後方に飛んで人形から距離を取ると、ニアが俺の前に立って大盾を構えた。

ニアの大盾を持つ手が黒い靄に包まれたと思ったら、ニアは大盾を後ろに引いて、殴るように先頭の人形に大盾を叩きつけて数体を纏めて吹き飛ばした。

「ニアにしか頼めねぇんだ。」

「…そのいい方はズルイです。」

「ニアの護りながら戦える技量は信頼してる。だから頼む。」

「わかりました。無理はしないでください。お願いします。」

俺はニアの言葉に返事をしなかったが、ニアは急いでアリアとテンコのところに戻っていった。

無理をしないでか。さすがに格上を相手にするのにそんな約束はできねぇ。

俺は右手に『一撃の極み』を集中させながら、再度走り始めると、人形も走って向かってきているからすぐに間合いに入った。

まだ完全にスキルをタメきれてはいないが、先頭の人形の鳩尾を狙って殴った。
あわよくばその後ろにいる人形を纏めて吹っ飛ばしたいと思っていたせいで集中しきれていなかったのか、それとも所詮は人形だと侮っていたせいかはわからないが、目の前の人形は俺の攻撃を避けやがった。だが、本気で殴りかかった右手を咄嗟に止めることが出来ずに振りきったら、右肩に激痛が走った。
肩が千切れるんじゃないかという痛みに驚いて目を見開いたら、人形が殴りかかってきたのが見え、それを避けるためにあえて右手の勢いに任せて飛んだ。
おかげで肩の痛みは軽減されたが、勢いよく転がる羽目になった。
人形の群れの中に転がるとか自殺行為ではあったが、咄嗟に取った行動だからどうしようもなかったんだと自分に言い訳をしながら、転がる勢いのまま立ち上がってすぐに構える。だが、すぐに攻撃を仕掛けてくる人形はいなかった。

なぜか知らんが、ゴスロリ少女の方に向かって少しだけ道が出来てる。
もしかして風圧で人形が吹っ飛んだのか?だとしたら『一撃の極み』はやっぱすげぇな。激痛だったけど。

右肩を軽く回すが問題はなさそうだ。そんな確認をしたせいってほど時間はかけてないんだが、もう人形が近づいてきている。
せっかく作った道が埋まるのは勿体無い。少しでも早くゴスロリ少女を止めねぇとならねぇからな。

俺が会心の一撃を右手に集中させながら、この道の終点の人形目掛けてPPを使って勢いよく前に飛んだ。
だが、一歩で距離を詰めようとしたのは失敗だった。俺が飛んだ直後に左側から動きの速い人形が飛び出てきて殴りかかってきた。俺は空中で体を捻って人形のパンチをクロスしたガントレットで受けたが、踏ん張ることが出来ないから予定の進行方向より少し右にズレることになった。

「がはっ。」

背中に衝撃が走り口から勝手に空気が漏れた。

どうやら背中を攻撃されたみたいで、勢いを失った俺は予定の着地位置まで行くことが出来ずに変な姿勢で転がることになった。

痛いのを我慢してすぐに起き上がろうとするが、その前に左肩に衝撃を受けて別方向に転がる。

『上級魔法:風』

視界が定まらなくて自分の状況が把握出来ないから、全方位に向けて全力の魔法を放った。
風では人形を倒せないだろうが、自爆もないだろうと咄嗟に使ったが、なんとか邪魔されずに立ち上がれたから意味はあったみたいだ。

すぐに全体を確認するが、俺の体勢が悪かったからか思ったほど吹っ飛ばせなかった。しかも転がったせいでどっちがゴスロリ少女のいる方向かわからねぇ。

いや、あそこに城があるから、ゴスロリ少女はあっちの方だろう。たぶん。

『ハイヒール』

防具のありがたみがよくわかるな。この人形がもし武器を持ってたら俺はもう死んでいただろう。あのゴスロリ少女が俺を殺す気がなかったからなんとかなっているに過ぎない。
偽物が雑魚だったから、そいつのアジトに行くだけならいいかとイーラの分身体で防具を作りもしなかったことが悔やまれる。まさかこんな町中で本気の戦闘をする羽目になるとは思いもしなかったってのは醜い言い訳だな。

これを長引かせても俺には勝ち目がないだろう。

俺は一か八かの勝負を仕掛けるためにゴスロリ少女がいるであろう方向に向かって跳んだ。今度は人形の頭を越えるように高くだ。

出来るだけ高く跳ぼうと思いはしたが、飛びすぎた。まぁおかげで全体がよく見える。

『超級魔法:隕石』

俺が隕石のサイズと落ちる場所を考えながら魔法名をいっていたら、斜め上に黒い空間が現れた。
嫌な予感がすると思いながらもなんとか魔法名をいい切ると同時に黒い空間から俺の身長の倍はありそうな拳が出てきた。すぐに防御姿勢を取るが、空中ではほぼ無意味といわんばかりに地面に向かって勢いよく吹っ飛ばされた。





咄嗟に丸まったが、どう落ちたのかわからない。

激痛なのにどこが痛いのかわからない。

苦しいのに息が吸えない。

視界が定まらない…平衡感覚が壊れたのか転がっているのか止まっているのかもわからない。

耳鳴りが酷くて周りの音がよく聞こえない。

「ごぽっ。」

現状がわからないからもう一度『上級魔法:風』で時間を稼ごうと思ったが、言葉の代わりに口から液体が溢れた。

口の中の液体を吐き出すが、次から次へと溢れてくる。

「オェ…。」

上手く入らない力を出来る限り込めて、無理やり液体を吐き出すと少し喉に余裕が出来た。

『ハイ…ヒール……』

「かはっ。」

なんとか呼吸が出来るようになった。
まだ体は痛むが、感覚が戻ってきた。
即座に周りを確認するが、人形は俺を囲んだまま動こうとせずに俺を見下ろしていた。

『ハイヒール』
『ハイヒール』

周りの人形を警戒しながら寝ていた体を起こして、もう二度ほどハイヒールをかけると痛みがなくなった。

なんでこいつらは攻撃してこない?

もしかしてさっきの隕石でゴスロリ少女を殺しちまったか?



「よくもリキ様を!!!!!!!!!」



俺が立ち上がって体の状態を確かめていたら、少し離れたところから鳥肌が立つような怒気を孕んだ叫び声が聞こえた。


普段の声より低く聞こえたがイーラか?

その直後、人形の中から何かが上空に飛び上がった。
あれは翼を生やしたサーシャだな。


みな下がれ!!!」


空を飛んで俺の方に向かってきているサーシャが大声で他のやつらに指示を出した。サーシャが指示を出すとか珍しいなと思っていたら、サーシャが俺の前に着地して、俺を抱いてすぐに飛び上がった。

「リキ様。心配したではないか。でもあの勢いで地面に落ちて無傷とはさすがリキ様だ。良かった。」

サーシャが俺を抱きしめる腕に力を込めた。
なんかサーシャらしくねぇな。いつもならすぐに腕を振りほどくんだが、サーシャが飛んでやがるから振りほどくわけにもいかず、されるがままだ。

「心配かけてすまんな。正直助かった。」

あのまま戦闘再開されても俺には勝ち目がなかったからな。人形相手だからと侮った結果がこのザマだ。判断ミスを補おうと違うことをすれば裏目に出て、死にかけた。むしろなんで生きてるのか不思議だ。

だからサーシャが拾ってくれたのは本当に助かった。

サーシャに礼をいって、下を見ようと体を捻ったら、サーシャが俺の意図に気づいてくれたようで、体を反転させてくれた。
サーシャに背中から抱かれる形になり、下がよく見える。

イーラ以外はアリアたちのところに戻ってるみたいだな。アリアたちは安全地帯まで下がって余裕が出来たからか、イーラ以外は俺が無事なことに気づいたみたいだ。

ゴスロリ少女は最初にいたところから動いていた。位置的に俺が倒れていたところに行こうとしてたみたいだ。ただ、今は立ち止まってイーラの方に体を向けている。というか隕石を落としたのに服すら破れてねぇのかよ。

肝心のイーラはこの距離でも感じるほどの威圧感を放っている。俺に向けているわけじゃねぇのにこの威圧感って、直で向けられてるゴスロリ少女はどんな感じなんだろうな。

というかイーラとゴスロリ少女の間には大量の人形がいるのになんで互いの位置がわかんの?
2人とも元の位置とは違うところにいるのに人形を大量に挟んで向かい合っている。

「というかイーラも助けねぇのか?」

俺はなぜか気が抜けちまっていたが、まだ戦闘が終わったわけじゃねぇ。しかもイーラは戦場のど真ん中だ。のほほんとしてる場合じゃねぇ。

「イーラなら大丈夫じゃろ。イーラじゃし。それにリキ様にもアリアにも止められてた魔法を使ったようじゃしのぅ。これで勝てない相手ならリキ様以外は死ぬしかなかろうし、死ぬのが先か後かの差でしかないわ。」

「は?」

俺とアリアに止められてた魔法?禁忌魔法か?それで勝てなければ死ぬしかないってどういうことだ?

「リキ様が逃げる時間くらいはなんとしても稼ぐから心配せずとも良い。その間にヴェルに乗ってアラフミナまで逃げてもらうことになっとるからの。」

サーシャは何をいってんだ?サーシャは戦場にいて、さっき俺のところに真っ直ぐに来てるんだから、状況を見て話し合う余裕なんてなかったはずだ。じゃあ、いざという時に俺を逃すってのは前もって話し合ってたのか?
ふざけるなよ…俺が仲間をおいて逃げれるわけねぇだろ…。

イラッときてサーシャにいい返そうと思ったら、イーラとゴスロリ少女が動いた。

イーラを円形に囲んでいた人形が一斉にイーラに向かって行くが、イーラの足元から徐々に広がっていた影を踏んだ瞬間に消えた。気のせいかと疑うほどに一瞬で姿が失くなった。
それでも人形は止まることなく、イーラに向かっていき、影を踏んだものは次々と消えていく。

何体かが影を踏まないように跳躍してイーラに向かうが、そいつらは全部イーラに触れた瞬間に消えた。

ハッキリいって俺には何をしているのかわからない。ただただ人形が消えていく。これが『禁忌魔法:暴食』の力なのか?だとしたら強すぎじゃね?攻撃対象に触れたら消されるとか攻撃しようがねぇじゃん。

イーラの影が広がる速度は遅いが、人形は成すすべがないようでただただ消えていく。それでも人形は止まることなく、イーラに向かっていって消え続ける。

ゴスロリ少女が右手を上げると、ゴスロリ少女の両隣とイーラの周囲の上空に黒い空間が8つ現れた。

ゴスロリ少女の両脇の空間からはまた人形が大量に出てきた。

イーラの上空にある8つの空間からは鉄球のような巨大な球が次々と出てきて、イーラに向かって落下していく。

イーラは物理無効があるから大丈夫だろうとは思うが、不安になる物量だ。
だが、その鉄球もイーラに触れると消えていく。

イーラはずっと立ち止まってゴスロリ少女を睨んでいたようだが、ゴスロリ少女に向かって歩き出した。
イーラが歩くごとにイーラの周りの影も円を保ったままイーラが中心となるように動いていく。それだけでなく、徐々に影は広がり続けているから、影がゴスロリ少女にどんどんと近づいていく。だがゴスロリ少女は逃げずに上空の空間を動かして鉄球をイーラに向かって落とし続け、人形も向かわせ続ける。

ゴスロリ少女は無駄なことをしているようにしか見えなかったが、しばらくしたらズドンと重いものが地面に落ちた音がし、その後も重い金属同士がぶつかるような音が続いた。

急に鉄球が消えなくなり、人形が影を踏んでも何も起きなくなった。

鉄球に人形が積み重なり小さな山となったところでゴスロリ少女の両脇と上空の空間が消えた。

「イーラ!?」

俺が身を乗り出そうとしたら、サーシャに強く抱きしめられた。

「放せ!」

だが、俺はそれを無理やり引き剥がし、落下した。

「グギャァァァアアァァァァ!!!」

イーラの上に積み重なった鉄球と人形が吹っ飛び、下からは巨大な龍が現れた。イーラが龍に変身したんだろうが、俺らを乗せていたときよりデカいし、不気味なほどに暗い紫色の鱗をしていた。

生きててよかった。

俺が安堵していたら、イーラが口に魔力を溜め、黒い炎を吹き出した。

それに当たった人形がドロドロに溶けたが、炎はゴスロリ少女までは届かなかった。

俺はイーラたちから少し離れた位置に着地したが、衝撃を逃がし切れずに足首と膝を痛めた。

『ハイヒール』

即座に魔法で痛みを取り除いてイーラのもとまで走った。
俺が行ったところで足手でまといかもしれないとは思うが、これ以上イーラだけがやられている姿を見ていたくなかった。

「リキ様?」

イーラは俺に気づいたようで、首を傾げながら確認するように俺の名前を呼んだ。龍の姿だからか声がかなり低い。

「大丈夫か?」

「リキ様!」

イーラは戦闘中にもかかわらず、人型に戻って抱きついてきた。

「怪我してないなら良かったが、今は戦闘中だぞ。」

「そうだった!」

「我も手伝うぞ。」

サーシャも降りてきて戦闘に参加するみたいだ。

イーラがドラゴンブレスで広範囲の人形を溶かしてくれたから、ゴスロリ少女まではもう少しだと戦闘再開しようとしたら、溶けた人形たちの上に2人の男女がいた。

短く刈りそろえた赤髪のスーツの男と緩いウェーブのかかった緑のロングヘアーのスカートスタイルの女だ。

どちらも髪型と服装で性別を判断したから正確なところはわからない。

なぜならどちらも不気味な笑顔の面を被っていて顔が見えないからだ。

こいつらからは強そうな雰囲気はないが、いつどうやって現れたのかわからなかった。

「お取り込みのところ、失礼いたします。リキ・カンノさんにお約束のお金を届けに参りました。」

そういって男は恭しく礼をし、その男の斜め後ろにいた女は左手で宝箱を抱えたまま右手でスカートを摘んで持ち上げ、膝を曲げた。

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