裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

193話



宿の1階の食堂で少し早めの朝食をアリアたちと食べているところにマルチがやってきた。

「おはようッス〜!」

早朝から無駄に元気なマルチの挨拶に俺らは適当に答えながら、朝食を続けた。

外は雨だから見えてはいないが、まだ朝日が顔を出し始めたばかりくらいの時間だろうから、俺たち以外に食堂には誰もいない。だから、マルチは隣のテーブルから椅子だけを取って俺らのテーブルの近くに座った。

「もう朝飯は食べたのか?」

「食べたッスよ。」

「そうか。悪いがもう少し待っててくれ。」

「べつにゆっくり食べてていいッスよ。ウチが早く来すぎただけッスから。」

まぁ急げといわれても急ぐ気はなかったが、ゆっくりでいいといわれたし、遠慮なくゆっくり食うとしよう。


昨日はダンジョンから村に帰って来てすぐにマルチと別れ、俺らはここで夕食を食べた後はとくにやることもなかったから寝た。
マルチとは別れ際に朝にここで待ち合わせとしかいってなかったんだが、思った以上に早く来やがった。
俺は早く寝たせいでだいぶ早く起きちまったと思ったが、ちょうど良かったな。

「今日も地下11階から1階ずつ下りてく予定ッスか?」

「そうだな。雨が止む気配もないし、急ぐ必要はないだろ。」

「雨とダンジョンってなんか関係あるんスか?」

「雨が降ってたら遠出する気にもなれねぇし、だからといって宿でゴロゴロしてるのもなんだからな。」

「え?そんな理由でダンジョン探索してるんスか!?」

「一番の理由はアオイの体慣らしだが、雨じゃ他にやることがないってのもあるな。」

「そうッスか。だから討伐証明部位をいらないっていってたんスね…。」

討伐証明部位は取るのが面倒だったからなんだが、わざわざ訂正する必要はねぇか。


マルチも会話に混じりつつ、そこまで時間がかからずに全員が朝食を終えた。
俺らはとくに準備することもないから、そのままダンジョンに向かうことにした。




「地下11階からもやることはほとんど変わんないッスから、アリアちゃん1人でやってみてほしいッス。違ったら横からいうんで、とりあえずガンバッス。」

「…はい。」

ダンジョンに着いて、リスタートで地下11階に来たんだが、どうやら今日はアリアが先頭を進むらしい。まぁアリアなら問題ないだろう。

アリアが先頭になっただけで、昨日とほとんど並び順は変わっていない。魔物の少なさも変わらないから今日も暇になりそうだ。

しばらく歩いたところで、隣を歩くニアが後ろを振り返ったから、つられて俺も後ろを見たが見える範囲には何もいなかった。

急にどうしたのかとニアを見ると、ニアは目の色を変えて、壁のせいで見えなくなっている俺らが来た道の奥を見ていた。

「どうした?」

「魔物が近づいてきます。」

ニアは後ろを見たまま目をそらさずに答えた。

ニアも索敵能力があるのか?
そういやニアは最初から相手が魔族か人間かを区別出来てたし、そういうのを察知する能力でもあるのかもな。

あらためて後ろを見ると、走って近づいてくる魔物が見えた。

緑色の肌をした醜い人型の魔物だからゴブリンなんだろうが、俺と同じか少し大きいくらいの体格だ。武器は棍棒で、服装は腰蓑だけつけている。あれが防具として成り立ってるのかは不明だ。もしかしたら魔物にも羞恥心があるのかもな。

ニアが大きなゴブリンの方に一歩出ようとしたところを手で遮って止めた。
べつにアオイの獲物だからというわけじゃない。いくらアオイの体慣らしのために来てるとはいえ、後ろから来る魔物にまで対応させる必要はないだろう。だから、ずっと使ってみようと思いながら機会がなかった『威圧』を使うためにニアを止めただけだ。

大きなゴブリンもこっちに気づいたのか、走る速度を少し上げたみたいだが、それでもあまり速くねぇな。

とりあえず威力の調整なんかわからないから、普通に使ってみるか。

睨みつける感じでいいのか?

試しに走ってくる大きなゴブリンを睨みつけながら『威圧』を使ってみたんだが、ちゃんとスキルが発動した感覚があった。
その瞬間、隣のニアが勢いよく俺を見たのが視界の隅に映ったから、スキルを解除してニアを見ると、驚いた顔をしていた。もしかして横もスキル効果の範囲内なのか?

「どうした?」

もしかしたら違う理由でこっちを見たのかもしれないから、ニアに確認を取ったとき、ドサッと音がした。
ニアの返事を待たずに音のした方を向くとさっきの大きなゴブリンがうつ伏せに倒れていた。

…………は?

「急に寒気がしたのですが、何か新しい魔法でも使ったのですか?」

俺が大きなゴブリンが急に倒れたことが意味不明で呆然としていたら、ニアがさっきの俺の質問に答えたみたいだ。だが、何をいってるんだ?『威圧』はニアも持ってるし、使ったことも使われたこともあるんだからわかるだろ?

「いや、威圧を使っただけだぞ?」

「威圧?……え!?…隣にいたのにあの余波ですか…さすがリキ様です。やはりイーラさんより上なんですね。」

これは皮肉……ではないんだろうな、ニアだし。でも、隣にまで被害が出たのは俺が上手くコントロール出来てないせいな気がするから、あまりこの話は広げない方がいいだろう。

とりあえずニアのセリフはスルーして、うつ伏せに倒れている大きなゴブリンに歩いて近づくが、動く気配がない。死んでるのか?
そういやこういうときに使えるスキルがあることを思い出し、久しぶりに解説を使った。確かこれで生死の確認ができたはずだ。

『ホブゴブリンの死骸』

どうやら死んでいたみたいだな。

やっぱり『威圧』は使い方を間違えなければかなり有用なスキルっぽい。ただ、仲間が近くにいるときに使うと、もしもがあるから使う場面は限られるがな。

「どうしたんスか〜?」

俺らが立ち止まっていることに今気づいたのか、マルチがけっこう離れたところで立ち止まって声をかけてきた。

「気にするな!そのまま進んでくれ!」

「了解ッス!」

俺が大声で返事をすると、マルチたちは再び進み出した。

イーラがいつのまにか近づいてきていたから、マルチが見てないのを確認して、ホブゴブリンを食べさせた。討伐証明部位が耳でいいのかわからないから丸ごとだ。
俺とニアもイーラが食べ終えたのを確認して、すぐに他のやつらの向かった方向に歩きだした。





最短距離で進んでいたからか、思ったよりも早くに地下30階に下りる階段の前に着いた。確かこの先がマルチが来たことあるっていってた中での最深階だったか?

ここまで来てまだ昼という早さなのは全ての階で階段から階段までの最短距離を歩いたからというのもあるが、地下20階からここまではほとんど魔物がいなかったからというのがデカいだろう。

マルチ曰く、地下20階〜25階がちょっと背伸びしたEランクパーティーのやつらの狩場で、地下26階から29階までがDランクパーティーの狩場らしいから、ほとんど魔物が狩られてしまっているらしい。
これじゃアオイの練習にならねぇと思ったが、さっき地下29階にたまたまいた魔物との戦闘を見る限り、そもそも練習になってるのか怪しいくらいに実力差があると思うんだよな………まぁ本人が希望してるからいいんだけどさ。

「このまま下りるッスか?」

「いや、時間もちょうどいいし、ここでかるく昼飯を食ってから下りよう。」

そういって俺がジェルタイプの携行食を取り出して座ると、各々が食べるものを取り出して俺の近場に座りだした。

いや、こんだけ広いんだからもっと広がれよ。

俺は胡座をかいているが、その股のところにテンコが狐形態で丸まりやがったから、動けなくなったじゃねぇか。まぁテンコが退いたところで、他のやつらが近すぎて足を伸ばすのは無理そうだけどな…。

数分の我慢だからべつにいいけどさ。ただ、マルチが微笑ましそうに見てるのがなんかムカつく。

10秒でチャージ出来そうな携行食をゆっくりと食べる。日本にいた時からそうなんだが、ゼリーとかは噛まないで飲むのに抵抗があるから、あれを10秒でチャージ出来たことはない。

そんなどうでもいいことを考えながら、ジェルタイプの携行食をチューチュー吸っては噛んでを繰り返していると、アリアがマルチと話し始めた。

「…マルチさんはどこまでこのダンジョンの情報を持っていますか?」

「ダンジョンの情報ッスか?現在ギルドで把握してる最高到達階が地下58階とかそういうのッスか?」

「…はい。教えても平気な部分だけでいいので、この先の情報をください。」

「べつに全部教えてもいいんスけど、条件があるッス!」

「…どんな条件ですか?」

「お兄さんたちに余裕があるうちは連れてってほしいッス!ただ、ウチは地下31階からは足手まといになるッスから、戦力としては数えないでほしいッス。」

アリアが無言で俺を見た。

もともと戦力としては見てねぇし、余裕があるうちなら今までと変わらねぇからいいんじゃね?情報がタダで手に入るようなものだしな。

そもそも俺はほとんどマルチの相手をしてないから関係ねぇし。

「好きにしろ。」

アリアを見て答えると、アリアはコクリと頷いた。

「…その条件を飲みます。」

「交渉成立ッス!えっと…地下58階に行ったのはAランク冒険者だけで構成された6人組パーティーなんスけど、3ヶ月前から到達階は変わってないことになってるッス。他には…ウチが行ったことあるのは地下35階までなんスけど、地下31階からの魔物は強さが一気に上がるッス。ウチは1人じゃ倒せないッスね。Cランク以上推奨ってなってるッスけど、ウチみたいな斥候メインのCランクには厳しい強さッスね。まぁアオイちゃんは問題なさそうッスけどね。あと、地下30階は魔物が2種類出てくるんスけど、ガングルフには注意してほしいッス。やつは精神攻撃や状態異常攻撃をしてくるッス。それから………。」

あっ、俺は覚えきれねぇわ。

だから頼んだという意味を込めてアリアを見ると、コクリと頷いた。
そもそも俺が覚えてくれるなんて期待はしてねぇか。

どうせ覚えられないなら聞くだけ無駄かと思い、股のとこで丸まっているテンコを撫でながら残りの携行食を食べ始めた。







昼食を終え、地下30階に下りてからも最短距離を進んでいるんだが、この階はそこそこ魔物がいるみたいだ。灰色一色の狼のような魔物が3体揃って現れた。さっきまでは一度も魔物に会わなかった階があるくらいだったから、それと比べたら3体でも多く感じるから不思議だ。
もちろんアオイがすぐに頭部と胴体をサヨナラさせたから、どの程度の強さの魔物なのかもよくわからなかったけどな。

というか、四足歩行の生き物の首をなんであんなに綺麗に切り落とせるんだ?
相手が1体だけなら俺も剣を使えば、綺麗にというのさえ無視すれば通り抜けざまに切り落とすことが出来るだろう。だが、相手がほとんど反応出来ない速さで通り抜けながらほぼ横に並んでる3体の首を切るのは俺には無理だし、練習したところでできる気がしない。
いや、考えてみたらセリナでも出来そうだな。ってことは俺が出来ないだけか。

…一瞬俺が弱いだけかと思ったが、他のやつはできないだろうし、落ち込むことではないな!誰にだって得手不得手はある。だからアオイは凄いでいいじゃねぇか。

自分の中で納得したときにまた狼のような魔物が1体、少し離れたところに現れた。またといっても今度のは黒い体毛で体もふたまわりほどデカいから別物だろう。

まぁ多少強いやつが出てきたところで、どうせアオイがまた瞬殺するだろうと思ったが、アオイが躊躇してマルチを見た。

どうしたんだ?と思ったが、あの魔物がいるところはまだ探索していない。だから行ってもいいのかをマルチに確認したんだろう。だが、マルチは視線だけでの確認では理解できていないようだ。

アオイの視線がそのままアリアに流れるが、アリアは首を振って答えた。視線の意味は理解してもこの距離で罠があるかを見極められないのだろう。

アオイが攻撃を躊躇している数秒のうちに魔物は体勢を低くし、赤い目を僅かに光らせた。離れた距離のまま攻撃体勢に入ったってことは遠距離攻撃もしくはこの距離を一瞬で縮めるスキルがあるのかもしれない。だからマルチに言葉で確認を取るより俺が直接答えてやるべきだろう。絶対ではないが、俺が見る限り違和感はないから大丈夫なはずだ。

「トラップはない。」

「承知した。」

俺が答えるとすぐにアオイは魔物に斬りかかった。

相手にスキルを発動させないように急いで殺そうとしたからか、さっきのように首と胴体を切り離すではなく、通り抜けざまに鼻と目の間から尻尾の下までを一直線に切断し、魔物を綺麗に上下に分けた。よっぽど焦ったのか、アオイの移動速度もさっきより速かった気がする。

やっぱりアオイは化け物だなぁと思っていたら、ふと魔物と目があった。…こいつ死んでなくね?

「まだ生きてるぞ!」

『ルモンドアヌウドゥ』

俺が声を上げるとすぐにアリアが魔法を放ち、アリアとマルチを薄い膜が包んだ。それに少し遅れて、アオイが振り向いて再度魔物に斬りかかるが、少しだけ魔物のスキル発動の方が早かったみたいだ。

狼の目が強く光ると同時に何かが俺の体の中に入ろうとして、いつも通りに別の何かに拒まれた。

念のためステータスを確認するが、状態異常にもなってなければステータスが大幅に低下してるということもなかった。

アリアたちのステータスも確認してみるが、問題なさそうだ。

上下真っ二つにされても攻撃してくるくらいだからヤバイかと思ったのに拍子抜けだ。

「判断が遅れてすまぬ。」

「いや、もともと俺の指示なんだから気にするな。この階も問題なさそうだからとっとと先に進むぞ。」

「え?今の攻撃で誰も状態異常になってないんスか?」

「あぁ、そこまで強い魔物じゃなかったからだろ。んじゃ、このまま最短距離で頼むわ。」

「いやいやいやいや!そんなわけな………くないのかもしんないッスね…お兄さんたちからしたら。ウチの常識で考えるだけバカバカしいみたいッスから考えるのはやめるッス。」

最後にニッコリと笑ったマルチはアオイを通り越して、先頭を歩き始めた。
俺らもそれに続いて奥へと歩みを進めた。

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