裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

186話



昨日は帰ってきたらまだ全員起きていた。
晩飯は既に済ませていたらしいが、お土産は昨夜のうちに食べきったみたいだ。俺は満腹すぎて苦しかったからお土産をアリアたちに渡して、シャワーだけ浴びて先に寝ちまったが、朝起きたら空の容器だけが置いてあったから全部食べたのだろう。
もしかしたらイーラがほとんど食べたのかもしれないが捨てたわけじゃないならいいか。

俺が起きたときには既に全員起きて準備も終わっているようだったから、さっさと宿の食堂で朝食を済ませ、各自自由行動にした。

今日アオイの人形探しについてくるのは昨日と同じメンバーだ。

昨日人形探しをしながら町を見た感じだと、アラフミナと物価なんかはほとんど変わらないようだとアリアがいっていたから、今日は別行動組に昼飯代の銀貨2枚だけ渡して、俺らは西側の人形屋に向かった。




西側であの男が勧めてきた店は2店。

最初に寄った方は可もなく不可もなく…。もちろん出来はかなり良さそうだったが、領主の館前にある人形屋を見てからだとどうしても見劣りしてしまう感じだった。一応一通り見てみたが、保留にするものはなかった。

今いるもう一つの人形屋も同じような感じだ。ただ、ここは人形の使い心地を試すことが出来るらしい。
もちろんどれでもってわけではないが、カウンター横にある椅子に座らされている男女型2体の人形は触るのもスキルで操作するのもありらしい。
らしいってのは俺の代わりに説明書きをニアが読んでくれて知ったからだ。
ちなみに壊したら弁償らしい。中古だから金貨20枚らしいが、十分高い。

弁償はしたくないが、せっかくだからと女型の人形の二の腕をかるく触ってみた。マネキンみたいなのを想像していたんだが、意外とぷにぷにしてて気持ちいい。

他にも壊れないように優しく髪を触ってみたり、指を触ってみたり、胸を………さすがにやめとくか。隣のニアがめっちゃ見てるからな。

そんなことをしていたらアオイが近づいてきた。

「試せるのは初めてじゃの。ちょいと試してみても良いか?」

アオイが店員じゃなくて、なぜか俺に聞いてきた。
まぁ何かあって壊れたときに弁償するのは俺だから間違いでもないのか。

「せっかくだ。試しておけ。」

俺が許可を出すとアオイは女型の人形に近づいて、鞘に入れたままの刀の先端を人形につけた。



…。



座ってる人形をアオイが刀で突っついているような状態から動かないんだが、どうした?

「試しに動かさないのか?」

「いや、何度も試したんじゃが、動かせん。」

どういうことだ?死体は動かせるのに人形は動かせないのか?

アオイは諦めたのか刀を腰に戻して振り返った。
俺も原因を考えてみるが、この世界の仕組みがわからねぇのに考えようがねぇな。

二人して眉根を寄せていたら、ちょうどいいタイミングでアリアが店の人形を見ながら近づいてきた。

「アリア、ちょっといいか?」

「…はい。」

アリアは人形を見るのをやめて小走りで俺の前まできた。

「アオイが人形を動かせないんだが、なぜかわかるか?」

アリアは2、3度瞬きをしたあと、しばらく下を向いてから顔を上げてアオイを見た。

「…スキルの『寄生』が発動しないということですか?それとも発動したうえで動かせないのですか?」

アリアはアオイのスキルを知っているみたいだ。互いのスキルを教え合っているのか?

「なぜか発動すらせんのぅ。」

アオイの答えを聞いたアリアが少し長い瞬きのように2秒ほど目をつぶってからゆっくりと開いた。

「……………もしかしたら生物にしか使えないスキルなのかもしれません。」

「宿主の体を乗っ取るスキルだから、そもそも宿主がいないと乗っ取りようがないわけか。ん?でも俺らがアオイに会ったときは死体を操ってたじゃねぇか。」

アリアが一瞬驚いた顔をしたあと真顔に戻り、不自然にならないような動きで周りを確認してから俺を見た。

「…ごめんなさい。話の続きは外でもいいですか?」

「お、おう。」

もしかして人に聞かれたらマズイことでもあったか?
鑑定スキルのことなら既に昨日バレちまったからもう手遅れだし大丈夫だろ。いや、ダメか。





俺とアリアとアオイとニアは一度店の外に出て歩き、路地裏に少し入ったところで止まった。

「…宿主の体を乗っ取るスキルというのは何かの本に書いてあったのですか?」

止まってすぐにアリアが確認を取ってきた。だがアリアは俺が字を読めないのを知っているから、念のための確認程度だろう。

「いや、アオイのスキルを調べた。」

「…鑑定スキルを持っているとわかることは人がいるところで話さない方がいいと思います。」

それが既に手遅れなんだが、昨日のやつとはもう会わないだろうから大丈夫だろ。
クローノストの勇者にもバレてるっぽいけど一応否定したし、他はいないはずだ…たぶん。

だから今のところは大丈夫だろ。

「そうか。今後気をつける。」

「…いえ、ごめんなさい。」

なぜかアリアが謝ってきた。むしろ忠告は助かるんだがな。

「…それで、寄生の話ですが、リキ様が見たのであれば宿主の体を乗っ取るスキルというのは間違いないはずです。」

「それだとなんで死体を操れてるんだ?」

「…死んだ後もまだ宿主が残ってたからではないですか?」

は?

「どういう意味だ?」

「…アオイさんがあの男が生きているうちに寄生したため、死んでも魂が抜けられず、宿主が存在し続けたために動かせたのではないかと思いました。」

「たしかに妾は寄生してから殺したことはあるんじゃが、既に死んでいるものには寄生したことはなかった気がするのぅ。」

ちょっと待て、こいつら普通に魂がどうのとかいってるが、この世界では信じられているのか?…いや、信じるも何も目の前に魂だけの存在がいるじゃねぇか。実は生まれつき刀でしたとかいうわけでなければだが。

「あれ?でもイーラの分身には寄生できてんじゃん。」

「…イーラの分身は魔物なので宿主はいます。」

俺はバッとアオイを見た。

「魔物だから自我はほとんどないがのぅ。イーラも気にしてなかったようじゃったから遠慮せずに使ってしまっておるが、マズかったかの?」

生み出した本人がいいならいいのか?
この世界の人間からしたら魔物は基本害悪で経験値と素材の塊でしかないからな。殺しても罪悪感もないんだろ。

あれ?どちらも気にしないなら全く問題ないな。

「イーラがいいなら俺がとやかくいうことじゃねぇよ。というか、それじゃあ人形は買っても意味ないってことか?」

「…アオイさんが人形使いのジョブを取得できれば動かせると思います。使いこなせるようになれば戦闘もできるはずです。」

人形使いってジョブがあるのか。というかアリアはなんで自分の持ってないジョブまで知ってるんだ?

「もしかしてアリアは人形使いのジョブを持っているのか?」

「…いえ、持っていません。リキ様に買ってもらった本に書かれていました。」

俺が買った本?

なんのことだと思ったのが顔に出たのか、俺を見ていたアリアも首を傾げた。

「…どれも高価そうな本でしたので、わたしが覚えるべきことが書かれた本を選んでくれたのかと思っていました。」

フォーリンミリヤで買った本のことかもしれないと思い出したところで、俺が答えるより先にアリアが一瞬だけ少し悲しそうな顔をしてから真顔に戻り、言葉を発した。

「悪いな。アリアが喜びそうなので選んだだけだから、内容は把握してねぇんだ。それに無理に覚えろってことじゃなくて、本好きのアリアが喜ぶかな程度のその場の思いつきだったからな、忘れてた。」

なぜアリアが悲しそうな顔をしたのかはわからないが、取り繕っても仕方がないと本当のことをいった。だが、なぜか空気が和んだ気がした。

「…いえ、ありがとうございます。」

「それで話を戻すが、人形使いの取得条件はわかるのか?」

「…その本には人形を自力で動かすことにより取得出来ると書かれていました。方法は『ソウルシェア』という魔法を使うのが一般的と書いてありましたが、わたしはSPでは取れませんでした。詠唱文も書かれていませんでした。」

いわれてSPでのスキル取得欄を確認したが、ねぇな。

「俺もねぇわ。」

「妾もないのぅ。」

「…でしたら、わたしは午後から別行動をしてスキルの取得方法を探しておきます。南側の人形屋までの道はニアさんが覚えているので大丈夫だと思います。」

俺らが付き添ったところで意味はなさそうだし、だったら人形を使う方法はアリアに任せて、宿から一番遠い人形屋を今日中に見てしまった方がいいだろう。

「悪いが頼んだ。俺らは予定通りに人形屋巡りを終わらせておく。」

「アリアよ、感謝する。」

「…はい。」







2件目の人形屋を見終えたあとに昼食をとり、俺らはアリアたちと別れて南側の人形屋に向かった。

アリアたちというのは、なぜかウサギもアリアに強制的に連れていかれたからだ。ウサギが残りたそうな顔をしていたが、アリアからの指名だから意味があるのだろうと思って、引き止めずに送り出した。
まぁこっちは俺とアオイと道案内のニアがいれば問題ないしな。


西側から南下しているんだが、南に行けば行くほど小汚くなっていくような気がする。
以前通った大通りはそこまでじゃないんだが、裏道はスラム街といわれても納得いく感じだ。というかスラム街なんだったか?

前回はこんな道を通っていないと思うんだが、ニアが自信を持って進んでいるようだから、とりあえずついていく。間違ってたらあとで怒ればいい。今日はあと1軒だけの予定だから時間はまだまだ余裕があるしな。

移動は基本小走りだ。本気で走ると目立つし、歩くと町が広いせいで人形を見る時間が短くなるから、間をとっての小走りだ。

俺のパーティーはこのくらいの速度なら半日走ってもほとんど疲れないからな。さすが異世界。

小走りのおかげで最後の人形屋には昼過ぎには着いた。ニアは道を間違えてはいなかったみたいだな。むしろ近道してるんじゃねぇか?…それはねぇか。

「リキ殿…。妾の人形の予算はいくらまでじゃ?」

俺が店に入ろうと思ったら、後ろからアオイが聞いてきた。それにしても今さらだな。

「聞くにしてもなんでこのタイミングなんだ?そんなの気にせずに今まで通りに好きに選べばいいじゃねぇか。」

ここで本当は金貨10枚以内がいいなんていえるわけがない。そんなこといったら今まで保留にした人形がほとんど買えなくなるからな。

「この店にどうしても買いたい人形がある…気がするんじゃが、店に入る前から感じるほどじゃからの、高いと思うての。」

ん?俺は何も感じないぞ?
いや、アオイは体を得ても周りの魔力だかなんだかを感知することは出来るんだもんな。それで見る前から欲しいと思えるレベルなら買ってやりてぇな。

「とりあえず入って見てからにしろ。勘違いの可能性もあるからな。」

「そうじゃな。」

あらためて俺は扉を開けて店に入った。

アオイがあんなことをいうからどんな高級店かと思ったら、この辺りにしては小綺麗なこじんまりとした普通の店だ。まぁ外観で想像した通りの内装というべきか。つまり今までの人形屋に比べるのも失礼なくらいに小さい。

店の中には壁にずらりと人形が座らされていて、中央に3体の人形が支え棒のようなものに背を預ける形で裸で直立させられている。

初めての裸の人形だ。男型が1体と女型が2体。男型は筋肉質に作られていて、女型は胸のサイズが2体で異なるが女性らしいしなやかな身体つきをしていた。そして、一番気になっていた大事な部分は3体ともつるりとしていた。所詮は人形か…。
まぁどうせ服を着せるのだから不要な部位だしな。

それにしてもこんな小さな店なのに人形の出来はあの男が紹介してくれた他の人形屋と大差ない。なんでこんなところに店を出しているのか不思議なくらい、人形作りの腕がいいみたいだ。

店に入ってど真ん中に一部を除いて精巧に作られた裸の人形があるのだから一番に目がいくのは仕方がないと思う。しかも今までの店には裸の人形がなかったのだからなおさらだ。だから俺は悪くないはずなんだが、イーラたち全員が人形ではなく俺を見ている気がする。もちろんイーラたちは俺の視界に入らない位置にいるから気がするだけなんだがな。つまり気のせいだろう…きっと。

「それで、アオイが気になるのはどれだ?」

言い訳しても無駄だろうから、本題に入ることにした。

「妾が気になったのはここにはないのぅ。カウンターの裏にあるようじゃが、売り物ではないのかもしれん。」

アオイがトーンの落ちた声で答えた。
まぁやっと《これだ!》ってのを見つけたと思ったら買えないんじゃテンション落ちるわな。

一応ダメ元で店員に聞いてみることにして、俺とアオイはカウンターに向かった。
イーラたちはてきとうに店の人形を見始めた。

「いらっしゃい。なんか欲しいのがあったか?」

「まぁ気になるのはあるんだが、表にねぇんだ。カウンターの裏にあるやつは売り物じゃねぇのか?」

店員は驚いた顔をした後に眉根を寄せた。
そりゃ見えない位置に置いてあるもののことを聞かれたら怪しむわな。

「誰から聞いた?」

「こいつが何か感じるものがあったみたいでな。スキルというより勘に近い何かだと思ってくれ。だから見れないなら諦めるし、もし裏に本当に人形があって、見せてくれるなら見せてほしい。」

そういって俺は銀貨を1枚カウンターに置いた。これで向こうが値上げ交渉をしてきたら、金額次第で見れる可能性が上がるかもしれない程度の浅知恵だ。チップとして受け取ってくれてもかまわない。

「……………………わかった。お前ら2人だけで中に来い。あと、その金はいらん。」

いらないといわれたら仕方がないから、銀貨はアイテムボックスにしまって、おっさんについてカウンターの裏に向かった。

カウンターの裏は倉庫のようになっていて、二段になっている棚の上下にズラリと人形が座らされていた。ここのは全部裸だ。
最奥まで少し歩くと布がかけられた壁の前に椅子が5つあり、5体の人形が服を着て座らされていたんだが、何かはわからないが違和感がある。強いていうなら人形というよりも人間の死体に見えるほどに精巧に作られているからかもしれない。
この5体は領主館前にあった人形屋のあの5体よりさらに人間っぽい。人形としての良し悪しはわからないが、領主館前のとこの人形がかなり精巧に作られた人形という印象に対して、これらは死体を加工して保存された人形という印象を受けた。あくまで俺の印象なんだがな。

まぁ欲しいのはアオイなんだから、アオイが決めればいいとアオイに視線を向けると、座っている人形の一つを目を見開いて凝視しながらワナワナと震えていた。

「どうした?気になっていた人形の出来が良すぎて驚いてんのか?」

確かにこれは値段を聞かなくても俺じゃ買えない額だというのがわかる。少なくても領主館前のとこの5体の人形と同等だろうからな。アオイも欲しいといいづらいのかもしれない。

俺はそんな風に思っていたのだが、アオイは全然違うことに驚いていたみたいだ。



「な、なぜ妾の体がここにあるんじゃ?」



ようやく発したアオイの言葉を聞いて、今度は俺が驚かされた。

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