裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

158話



3日間はあっという間だった。それだけ緊張していたのだろう。

ガキどもに冒険者登録をさせた次の日の早朝に迎えにきた第三王子のイグ車に乗って出発し、通り道にある町で一泊ずつの計二泊して、ケモーナとの国境付近に着いた。

前回使った国境の門付近ではなく、国境となる山の麓の開けた平原で戦争をするつもりのようだ。

よっぽど緊張していたのか、ここに来るまでのことはあまり覚えていない。

現在はケモーナの奴らと向き合っている。向き合っているといっても、ケモーナのやつらは国境となる山側にいて、ケモーナの最前列のやつらから俺のとこまでは1キロくらい離れてそうだがな。そして俺らのさらに後ろ500メートルくらいのところに第三王子と私兵たちが横に広がるような配置で立っている。

俺らとケモーナの奴らとのちょうど真ん中あたりで向こうのやつと第三王子の部下っぽいやつが最終確認をしているらしい。
ここでどちらかが条件を飲めば戦争をせずに終わるらしいが、ここで互いに譲れなければ、交渉してた2人が互いの陣地に戻り次第、戦争が始まるらしい。

なんでもありっていってたわりにはルールがあるんじゃねぇかって思ったが、どうやら今攻撃を仕掛けても罪ではないらしい。ただ、その場合は他の国全てを敵に回すことになる可能性が高いからやめてくれと第三王子に頼まれた。

アニメとかで変身中に攻撃したら視聴者を敵に回す的な感じか?…うん、違うな。

緊張し過ぎてわけわかんないことを考え始めちまったな。

漫画とかではここまできたら覚悟が決まるものなんだろうが、現実はそんなに優しくはないみたいだ。正直怖い。

やるしかねぇからやるんだが、微かに手が震えている。

アリアたちにバレたら恐怖が伝染する可能性があるからいつも通りを装ってはいるが、戦争ってこんなに怖いものなのか?
俺の曾祖父ちゃんとかはこんなのを乗り切ったのか?

いや、よくよく考えたらこの世界の方が死ぬ確率は低いんじゃねぇか?
銃とかねぇし、レベルを上げれば自身の肉体強度も上がる。そのうえ防具と加護で全身を護ることもできる。

そうだな。無理矢理にでも前向きに考えた方が良さそうだ。

気を紛らわせるためにも、もう一度ステータスチェックでもしておくか。


魔王LV32、奴隷使いLV80、魔導師LV200、冒険者LV100、調合師LV60、精霊使いLV80、戦闘狂LV153、調教師LV60、領主LV100

魔王のレベルはまだ32なんだが、既に魔導師のステータスを超えていたからファーストジョブに設定した。しばらくこのジョブで生活してみたが、とくにデメリットになるような効果は見られなかったからかなりの当たりジョブだろう。強いて挙げるなら物理系のステータスがたいして高くないくらいだが、そのくらいなら許容範囲だろう。それに比べて戦闘狂はせっかく高いステータスなのに好戦的になるし、周りが見えなくなるデメリットがあるから使えない。

あとは新しいスキルだが、SPで取った以外に2つほど増えていた。

領主の誇り…領民の数に比例してステータスが上がるスキル。常時発動型。

狂戦士化…自我を失う代わりにステータスを大幅に上昇するスキル。

領主の誇りはどの程度かの上昇にもよるがけっこう使えそうではある。ただ、狂戦士化はハズレスキルだろ。自我を失ったらいくらステータスが上がっても強者相手には勝てないからな。


「リキ様。観客がいるみたいだよ。」

ステータスをチェックしている途中でセリナから話しかけられたから、中断することにした。

「どういうことだ?」

「けっこう離れてるけど、あっちの手前に2人、奥に2人。こっちは手前に2人、奥に3人いると思う。」

セリナが指をさしたのは国境の左右に広がる森の中だ。確かに一瞬動いた何かが見えた気がするが、距離がありすぎるうえに木々が邪魔で見えない。でもセリナがいうんだから少なくともその9人はいるんだろう。

「ケモーナが回り込んで攻撃しようとか考えてるのかもな。」

「違うと思うよ。獣人じゃにゃい匂いがあるし。リキ様が戦う姿を見にきたんじゃにゃい?」

「俺のを見てもとくに意味はないと思うがな。まぁいつもなら見てる奴がいるとこでスキルとかはあまり使いたくないんだが、今日はそんなことは気にしないで最初から全力でいけ。誰1人死ぬことは許さない。」

俺にはどのスキルが珍しいのかとかもわからねぇから目立つことはしたくないが、全力だって死ぬかもしれねぇんだ。もういっそ開き直って全部を見せてやるさ。それでもう関わらないでくれると嬉しいんだがな。

「「「「「はい!」」」」」

「ただ、余計な目撃者は少ない方がいい。セリナ、観客の位置を出来るだけ正確に教えてくれ。」

「は〜い。」

返事をしたセリナは俺の後ろに回って、俺の肩に顎を乗せ、両手で俺の頬を挟んで動かしてきた。
口では説明出来ないから直接見せようとしたのだろうから、抵抗せずに従った。

「この真正面で森に入って20歩ほど進んだところに2人。さらに40歩進んで、左に10歩くらい進んだところに2人。」

今度は俺の顔を右に動かした。

「この真正面で森に入ってすぐのところに2人。そこから奥に50歩くらい進んで右に20歩ほど進んだところに3人だと思う。」

なんとなくの位置はわかった。
さすがに細かくはわからんが、そもそも俺自身がそんな正確に攻撃できるわけじゃねぇしな。

「ありがと。そしたら少し作戦の変更だ。アリアが全員にステータスを上げる魔法をかけ終えたら、俺が最初に魔法を1発ぶち込む。その後は作戦通りだ。わかったか?」

「「「「「はい。」」」」」

まずは牽制で超級魔法の隕石を使ってみるか。名前からして簡単に試せるような魔法じゃないだろうからちょうどいいし。
それをケモーナの奴らのど真ん中に落としてみて、どの程度の誤差が出るかを確かめてから周りの観客目掛けて使うとしよう。

これから戦争が始まる危ない場所に野次馬に来てるんだ。死ぬ覚悟は出来てるだろうから躊躇するつもりはない。

「…リキ様。戻って来ます。」

アリアのくぐもった声を聞いて前を見ると、真ん中で話し合ってた第三王子の部下っぽいやつがドライガーに乗って戻ってきていた。

アリアは現在、イーラが作り出した分身…龍素材の全身鎧に身を包んでいる。ほぼ隙間がなく、呼吸をするための穴と前を見るための穴が申し訳程度に空いているだけだ。関節部に少し柔らかい素材を使っているらしいからかろうじて動かせるが、真正面以外は見えないから戦闘はほぼ不可能だ。まぁここから移動させるつもりはないから問題ないんだがな。

これだけの防具だと重さも半端ないんだが、軽量の加護のおかげで普通に動けるみたいだ。あとは身代わりの加護もあるし、よっぽどのことがなければ死なないはずだ。

第三王子の部下っぽいやつが俺たちの前で止まった。

「どうやら相手は譲歩するつもりは全くないようだ。すまないが俺はルモーディア様のところに戻る。健闘を祈る。」

それだけいうと第三王子の部下っぽいやつは下がっていった。

「これで戦争開始なのか?」

「…だと思います。」

さすがにアリアも戦争についてはわからねぇか。


『ウサギが進化しようとしています。許可しますか?』

は?ずいぶん突然だな。
というかまだ戦ってないのに進化か?まぁ別に進化を拒否する理由がないから許可するけどな。


…ん?今ウサギっていわれたか?あれ?ウサギって人間だっていってなかったか?…まぁ既に許可しちまったから、どうにもならんし、帰ったらどうなったのか確認すればいいか。



うぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉっ!!!



ウサギが進化とか意味不明な状況を気にしても無駄だから考えることを放棄したところで、ケモーナの奴らが先に動きだした。

敵のほとんどが何にも乗らずに走ってきている。
…騎士じゃないのか?

そういや前に読んだ漫画では王に仕えるやつらを騎士とかいってたな。この世界もそんな感じか?
…今考えることではねぇな。

敵が一斉に走って来てるからか地響きがやばい。

なんだろう…不思議と手の震えが止まってやがる。

わずかな緊張はあるが、動きに支障が出るほどではない。

死と隣り合わせの環境に慣れちまったのか?

それとも俺が単なる戦闘狂なだけか?

いや、戦闘狂ってことはないだろう。さっきまで怖かったんだから、いざとなって吹っ切れただけだろう。

まぁ慣れたんだとしても、この世界で生きていくんだから悪いことではねぇか。

俺が1人で考えごとをしている間にアリアが強化魔法をかけ終えたようだ。

さて、人間同士の無意味な殺し合いを始めるとするか。

『超級魔法:隕石』

魔法名をいう途中で大きさと数、あとは落とす位置を決められるようだった。
まさか複数を一度に落とせるとは思わなかったが、落とす場所は既に考えていたから、咄嗟に拳大の隕石を7つと決め、落とす場所は観客の4ヶ所とケモーナの奴らのど真ん中、あとはその前後にした。

これで少しでもケモーナの第三王子までの道が開けばありがたいんだがな。

というかどちらも第三王子なのか…指示を出すときに混乱されても困るからアラフミナの方は今だけルモーディアと呼ぶか。まぁそもそも呼ぶことはないと思うけど。

魔法を発動すると空に魔法陣のようなものが7つ浮かび上がり、その中心部からそれぞれ光の線がすごい速さで地面に向かって伸びていった。

そのうち3本は途中で爆発を起こし、残り4本は地面に着地とともに爆発が起こった。

あまりに予想外すぎて、魔法を撃った自分自身が固まってしまった。

一瞬の思考停止から立ち直って、あらためて理解したが、あの光の線が隕石なのだろう。
それで地面に着く前に爆発したのは途中で破壊されたんだと思う。

破壊されたのは3つとも観客に撃ったやつで、左側2つと右奥の1つだ。
さすがにこんなところに護衛なしではこねぇわな。つまり強いやつには効かない魔法ってことか。

破壊力は凄まじいから、大して強くないやつを大量に相手にするときには使えそうだな。

というか今はそんなこと考えてる場合じゃないな。

「イーラとセリナは俺と一緒にど真ん中を突っ切るぞ。サーシャとヴェルは予定通り頼む。アリアは状況を見つつ援護だ。」

「「「「「はい。」」」」」

サーシャは目を閉じて集中し始めた。

ヴェルは龍形態になって飛んでいったが、ビキニアーマーをつけた龍とかシュールだな。

俺らは隕石が落ちたことによってケモーナの奴らの真ん中が開いたから、そこを使って進もうとしたところで、二足歩行の虎が凄い速度で近づいてきた。

どうやら狙いは俺のようだ。

俺は立ち止まり、相手がそのままの勢いで殴りかかってきたのを受け流す。
受け流したにもかかわらず攻撃が重てえ。

「久しぶりだな!ドワーフもどき!」

は?俺は二足歩行の虎なんか知らねぇぞ?
というか戦闘中に話しかけてくるとかずいぶん余裕があるんだな。

「おめぇがドワーフのフリなんかしやがったから探すのに時間がかかったが、今日は逃さねぇぞ。」

なにいってんだこいつ?

「リキ様、副団長です。」

セリナが申し訳なさそうに伝えてきた。
なるほど、あんときのやつか。勝手に俺をドワーフだと勘違いした馬鹿ね。
あんときと見た目が違う気がするが、どうでもいいか。どうせここで殺すんだし。

「イーラ、予定変更だ。こいつの相手は任せた。」

「は〜い。」

副団長は馬鹿だが強い。さっきの走る速さを見た感じでは無視して進むことは出来ないだろう。だが、武器を所持してないっぽいから格闘タイプだと思うんだよな。見るからに脳筋だし。

だからイーラなら物理無効を持ってるし、なんとかなるはずだ。

あとはイーラに任せて俺とセリナは走り出した。

「逃げんじゃねぇ!」

副団長が俺に殴りかかろうとしたが、間にイーラが立ちふさがり、受け止めた。

「お前の相手はイーラだよ。」

「あぁ?牽制程度だったとはいえ、俺の攻撃を受け止めるとはなかなかやるじゃねぇか。今でそれなら将来有望そうだが、カンノの仲間なら生かしておくわけにはいかねぇんだ。残念だが、死ね。」

イーラなら大丈夫だと思ってはいるが、やっぱり心配なのか、チラチラと見てしまう。
副団長が体を思い切りひねり、力の限りイーラに殴りかかった。

イーラはそれを左手で受け止めて、いつの間にかガントレットのようなものに変形させていた右手で副団長の腹にカウンターを決めていた。
どうやら副団長はダメージを受けたようで、少しよろめきながら距離を取った。

「やっぱりリキ様より弱いね。お前のパンチは痛くないや。」

俺らは走っているから既に距離が開きつつあるが副団長もイーラも声がデカいからまだ会話が聞こえてくる。

「殺す。」

どうやら副団長はブチ切れて、もうイーラしか見ていないようだ。
あの拳を受け止めて痛くもかゆくもないっていうなら、大丈夫だろう。

今度こそ副団長はイーラに完全に任せて、俺とセリナは速度を上げてケモーナの第三王子のもとに向かった。

一瞬背後から寒気がして振り向いたが、特に何もいない…気のせいか?

俺の目に反応しないんだから気のせいだな。セリナもなんもいってこないし。

あらためて走り始めた。




俺が隕石を落とした場所はクレーターみたいになっていた。その付近には何もない。少し離れたところに肉片が散らばっているが、俺が隕石を落とした場所はもっと人が密集していたはずだ。肉片も残らず消滅したっていうのか?

隕石のおかげで出来上がった道の半分を越えたあたりに1人の男が立っていた。

また強いやつっぽいな。

白い犬…いや、狼っぽい獣人だ。

団長とケモーナ最強の戦士のどっちだ?

あと少しで相手の間合いに入るというところで人型のヴェルが降りてきた。

俺の目の前に降りてきやがったからぶつかって抱き合う形で止まったが、ヴェルは少し下がっただけだ。なんつう力してんだよ。

とりあえず離れようとしたら一瞬抵抗を感じたが、気のせいだったのか次の瞬間には普通に離れられた。

「この人の相手は僕にさせてもらえないかな?」

「は?ヴェルには役割があるだろ。」

「それなんだけど、リキ様の最初の魔法でほとんどの人間の心が折れたみたいで、簡単にサーシャの魅了にかかっちゃったんだ。もちろん魅了に抵抗した人間もいたみたいだけど、サーシャが魅了した人間に殺されてたよ。だから僕は魅了されてる人間にブレスを当てるだけだったから無意味だと思うんだ。だったらサーシャの命令で自殺をさせるなり血を吸い尽くすなりした方がいいのではないかな?」

そんなに簡単にことが進んでいるのか?

そういやいくら道が開いているとはいっても、左右に敵の騎士達はいるんだから、俺らが通るのを邪魔するやつが今までいなかったのはおかしいわな。…気づけなかったけど。

まぁここで俺が相手をしてセリナだけ先に行かせるのは不安があったから、ヴェルの参戦はありがたいっちゃありがたい。

「セリナ、こいつは団長か?ケモーナ最強の戦士か?」

ケモーナ最強の戦士なら俺が足止めして、セリナとヴェルで先に行かせるべきだろう。

「団長だよ。」

「ならヴェルに任せるが、1人で大丈夫か?」

「我の手助けが必要かのぅ?」

気づいたらサーシャも来ていたようだ。

「いらない。僕1人で十分だよ。サーシャは暇ならリキ様たちと先に行けば?」

「そうするかのぅ。して、リキ様。魅了した人間はどうすればよい?殺してよいのか?」

「好きにしろ。」

「させるか!」

団長のことは警戒していたつもりだったが、いつの間にか相手の間合いに入っていたらしく、サーシャの首と体を切り離された。

自分に向けられていない攻撃だからか気づくのが遅れた。

サーシャの首の切断面から勢いよく血が吹き出し、辺りは血だらけとなった。

一瞬頭が真っ白になりそうになったが、その前に声が聞こえてどうにか冷静さを取り戻せた。

「残念ながら、今の我は首を切り離された程度では死なぬよ。」

喋ったのは転がった生首のサーシャだ。どうやって声を出してるんだ?
首なしの体が首に近づき、持ち上げてはめ直している。

その無防備なサーシャに追撃を仕掛けようとした団長はヴェルに阻まれて、危険を察知したのか俺らから離れた。

「我を殺すつもりなら、横ではなく縦に斬るべきだったのぅ。さて、止めるチャンスを逃した団長様よ。自分のせいで死にゆく部下の姿を目に焼き付けるがよい。」

「人間じゃないのか!?っ!やめろ!」

狂気の笑顔を向けるサーシャを殺すために、怒気をたたえた顔で斬りかかろうとする団長だが、ヴェルに邪魔されてサーシャのもとには行けそうにないな。

「さぁ、我に魅了されし愚かな人間よ。我のためにその命を捧げよ。さすれば我に幸福を与えられようぞ。」

ところどころから血飛沫のようなものが見えた。
本当に自殺したのか?だとしたら魅了って危険すぎじゃねぇか?

…ん?前に第三王女に討伐依頼されたサキュバスって魅了のスキルを持ってなかったか?
結果的にはかからなかったからよかったが、シャレになってねぇぞ!?

表皮に龍の鱗を纏ったヴェルと団長は素手と剣で打ち合いをしていたが、団長の剣はヴェルにかすり傷しかあたえられていないようで、それに気づいたヴェルが防御を捨てた攻撃を始め、最終的には左手で団長の剣を掴み、右フックで殴り飛ばした。

あの硬さは反則じゃねぇか?まぁ味方だからいいけどな。

「さて、それでは血の回収をしようかの。」

先ほど散らばったサーシャの血がウネウネと動いたと思ったら空中に浮かび、四方八方に散っていった。
それが騎士たちの中に入ったと思ったら、しばらくして血が昔話に出てくる龍のようにうねりながら宙を舞い、サーシャのもとへと集まってきた。

集まってきた血は、目を閉じて大きく開けたサーシャの口の中に吸い込まれるように入っていった。

あまりにも大量の血液だったため、5分くらいかかっていたと思うが、戦争中だということを忘れてついつい見入ってしまった

最後に唇の周りに少し飛び散った血を舐めとる仕草はなかなかに艶っぽい。

「力が漲るのぅ。今ならリキ様とでもいい勝負ができるやもしれぬ。」

ふふっと笑ったサーシャはやけに上機嫌にみえた。

「そんな無駄なことに使う時間はねぇ。とっとと進むぞ。団長はヴェルに任せるが、危ないと思ったらアリアのもとまで下がれ。」

「「「はい。」」」

「行かせるわけにはいかない。」

さっきヴェルに殴り飛ばされたからか鎧は砂まみれで、脇腹を凹ませている団長が立ち塞がった。

俺とセリナとサーシャは団長を無視して避けるように走り始めると団長は俺らに攻撃を仕掛けてきた。だが、またヴェルに邪魔されてる。

あれ?団長ってあんまり強くない?

それとも俺たちってもしかしてけっこう強いんじゃねぇか?

よし、このままさっさとケモーナの第三王子の首をとって終わりにしよう。




できそこないのミイラとなった騎士たちの最後尾から200メートルほど離れたところに8人の獣人がいた。
1人だけ馬に乗ってるのが第三王子だろうな。1番弱そうだし。

1人雰囲気が別格のやつがケモーナ最強の戦士ってやつかな。背中に大剣背負ってるからたぶんそのはずだ。

「セリナ。速攻で第三王子の首を落としてこい。サーシャはセリナを護れ。俺は大剣を持ってるやつを殺す。」

「「はい。」」

といっても相手はほぼ1ヶ所に集まっているから向かうところは一緒なんだけどな。

先頭をサーシャが走り、距離をおいて俺、セリナと続く。

最初に動いたのは近衛騎士団のやつらだ。
だが、すぐさまサーシャが血の弾丸を空中にいくつも作り出し、近衛騎士団に向けて打ち出した。

近衛騎士団はそれを脅威と感じなかったのか、無視してサーシャに斬りかかった。
いや、さすがにさっきのでサーシャが人間じゃないのはわかっていたはずだ。あれを見たのに攻撃を避けないのは馬鹿だろ。

確かに血の弾丸は近衛騎士団の鎧を貫通はしなかった。だが、近衛騎士団全員が顔や関節部などにいくつか擦り傷を作っていたようだ。

たかが擦り傷、だけど、サーシャの血の攻撃で負ったのならそれは致命傷だ。

案の定、6人いた近衛騎士団のうち4人は破裂した。

「ほう。今の我の血に抗うか。」

後ろからだとサーシャの顔は見えないが、たぶん笑っているだろう。そんな声音だ。

次の瞬間、ギーっという金属同士が激しくぶつかる音とともに血が飛び散った。

目の前ではサーシャが両肩からザックリとV字に斬られ、近衛騎士団の2人はサーシャの血で作られた剣のようなもので鎧ごと腹を半ばまで斬られていた。

それを確認して、俺はサーシャの左側から、少し遅れてセリナがサーシャの右側から飛び出し、それぞれの標的に向かった。

「リキ様から教わったチェーンソーという武器よ。よく切れるじゃろぅ?」

後ろからサーシャの声が聞こえたが、もう近衛騎士団のやつらは聞く余裕なんてねぇと思うけどな。


サーシャの決着がついたのを確認したから、俺は意識をケモーナ最強の戦士に向けた。

あと一歩近づいたら力の限り踏み込んで、タイミングをずらして殴ろうと考えていたら、ケモーナ最強の戦士はいつの間にか大剣を両手で持って腰の右側に構えていた。

嫌な予感がしたのと同時に目の前に薄い膜のようなものが張られ、俺が殴る体制に入り、最後の一歩を踏み込もうとしたときにはなくなっていた。

そして何故か大剣はケモーナ最強の戦士の左上に構えられていた。

いや、現実逃避をするな!

実際はかろうじてだが見えていた。

まだ間合いの外かと思っていたが、既にケモーナ最強の戦士の間合いに入っていたらしく、振り上げられた大剣が俺の左肘うえから右肩までを斜めに切断したのを。

錯覚だと思いたいほどの速さだった。全く体が反応できなかった。
視界の隅で左腕が落ちていくのが見えるが、いまだに左腕から痛みがこない。
ただ、右のガントレット内で腕輪が壊れた感触はあった。

マジか…自分が強いんじゃねぇかって思ったらこれだ。

また一回死んだ。

調子に乗って死ぬとか笑えねぇな。

しかも次の一撃で本当に死ぬんだろうな。

死を覚悟したからなのか世界が止まっているように見える。そんな中で考えることは出来るのが不思議だ。

それに今回は走馬灯ではないんだな。

…まぁどうせ助からねぇなら、せめてこいつは道連れにしてやる。
そうすればあとはアリアたちだけでもなんとかなるだろ。

緩やかに世界が動き始めた。

少しずつ大剣が俺に近づいてくるが、これなら俺が一発殴るくらいはできそうだ。
その代わり殴った瞬間に真っ二つになりそうだがな。

スキル『会心の一撃』を発動すると、この緩やかに動く世界でも問題なく発動した。
だがこれじゃあ一撃で殺すのは無理だろう。

もっとだ。もっと右腕に力を込めなくちゃこいつは殺せない。

重ねて『会心の一撃』を使おうとしても出来ないようだ。それでも右手に力を込めた。

すると、白に近い淡い光から赤い光へと変わり始めた。

前にもこんなことがあった気がするが、今はそんなことはどうでもいい。

右手に凄い力が漲る感じがある。もっといけるんじゃねぇか?

さらに力を込めると、赤がどんどん暗く…終いにはドス黒くなった。

これなら殺せる気がする。

そして、緩やかに動く世界は終わりを告げた。












気づいたら俺は吹っ飛ばされて地面を転がり、元の位置より30メートルくらい離れていた。

間違いなく俺はケモーナ最強の戦士の顔面を殴ったはずだ。だけど、あれだけの力を込めたのに顔が破裂することもなく、吹っ飛んでいった。
大剣で斬られたはずの俺も何故か斬られずに吹っ飛ばされていた。

どういうことだ?と思ったら、喉奥から何かがこみ上げてきた。

「かはっ。」

こみ上げてきたのは血のようだ。

よく見ると右側の肋骨辺りから出血してるようでチェインメイルに血が滲んでやがる。
斬られてはいないようだが、間違いなく折れてんだろ。

気づいたら身体中が痛えじゃねぇか。

左腕は二の腕から下がねぇし、右手の指は潰れてそうだ。
呼吸もうまく出来ないから、もしかして肺も片方傷ついたか?それともただ単に痛みのせいでうまく呼吸が出来ないだけか?

ここまで体が痛いと逆に考える余裕が出来るんだな。不思議だ。

「リキ様!」

セリナが駆け寄ってきて、起き上がろうとした俺を支えた。

セリナが来た方を見ると、ケモーナの第三王子は殺したようだ。ってことは負けたのは俺だけか。ダセェな。

次にセリナに目を向けると、悲しそうな顔をしていた。

「俺は大丈夫だ。だからまだ離れてろ。」

右手でセリナを押すと、セリナは悲しそうな顔のまま従うように下がった。

「最初の一撃で殺したと思ったのに、まさかFランク冒険者が身代わりの加護を持ってるとはついてねぇな。」

ケモーナ最強の戦士は右手で大剣を持って、左手で首をさすりながら歩いて近づいてきた。

たいしたダメージを受けてなさそうじゃねぇか。

俺はもう右手を握るのも出来るか怪しい怪我だっつうのによ。というか立ってんのも辛い。むしろ自分でいうのもなんだが、なんで生きてんのって感じだわ。

「それに黒薔薇もお前側についてやがんのかよ。お前は何者なんだ?ケモーナからこれだけの騎士たちを動かさせて、しかも自国の王族に味方され、黒薔薇んとこの嬢ちゃんが大事にしてた人形を持ってるとか、ただのFランク冒険者なわけねぇよな?」

何をいってんだ?人形?

辺りを見ると、セリナが右手に誰かの腕と左手にお腹が裂けて綿が飛び出ている人形を持っていた。あれってフォーリンミリヤでもらった人形か?…は?あのガキが黒薔薇の仲間なのか!?

あっ、ダメだ…血が足りなくて頭が回らない。

「うるせぇな。続きをや…ごふっ。」

ダメだ。喋ろうとすると血が溢れてきて喋れなくなる。

「あぁ、俺はこれ以上続ける気はねぇよ。俺が受けた依頼は第三王子を護ることだ。それに失敗したからせめてお前らの首を持っていこうかと思ったけど。アラフミナ王国だけならまだしも黒薔薇を敵に回してまでする気はねぇ。あ〜あ、お前さんのせいで初めてのクエスト失敗だ。」

ダメだ…意識がぶっ飛びそうだ。もう左腕をくっつけるのはあきらめて『ハイヒール』をかけようとしたのに何故かMPが0になってて使えなかったっていうね。
まさかの失血死エンドか?

「…リキ様!」

アリアの声がした気がして、朦朧とする意識のまま目を向けると、アリアがいた。

なんでアリアがここにいるんだ?

…というかもう立ってんのも無理だ。

ん?あぁ、既にぶっ倒れてるみたいだな。痛みがわかんなくなってるから気づくのが遅れたが、目の前が白いからきっと倒れて雲でも見てんだろ。それにしては一面真っ白だが、今日は曇りだったっけか………………………。










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