裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

138話



とうとうアリアとセリナが戦う試合となってしまった。

てっきりアリアは棄権するかと思っていたが、2人は既に会場の真ん中で向かい合っているから戦うつもりなのだろう。

アリアもセリナも応援してくれる客がけっこういるから、2人の対戦となった今は客の声援がかなり騒がしい。

支援職だから戦えないなんていう言い訳を許すつもりはないが、それはあくまで相手の強さ次第だ。何にだって限度がある。
アリアには悪いが、かりに無詠唱で魔法を使うとしても発動前に首チョンパされて終わりだ。アリアじゃセリナの初手を避けられないからな。
まぁさすがにセリナは殺しはしないにしてもアリアに勝ち目がないことに変わりはないだろう。
だけどアリアがやる気なら止めるのは野暮ってものか。


「始め!」

審判の開始の合図と同時にアリアは両手でロッドを前に出し防御姿勢のような構えをとったが、セリナは棒立ちのまま動かなかった。

「…これはわたしに時間をくれるということですか?」

しばらくして、攻撃をしてこようとしないセリナに対してアリアが声をかけた。

「そうだよ〜。アリアはもともと戦闘向きではにゃいからね。でも、棄権しにゃいってことはにゃにか奥の手があるんでしょ?それが見たいから、準備時間をあげようかにゃ〜と思ってね〜。」

アリアは構えをといた。

「…初めは出来る限りの抵抗をしようと思っていましたが、考えを改めます。セリナさんはずいぶん余裕のようなので、相手が弱いからといって舐めたことを後悔させてあげます。」

アリアは微かに怒りのこもった声で告げたあと、ロッドを右手で持ち、新たに取り出した杖を左手で持って詠唱を始めた。

「私が余裕?アリアが弱い?そんにゃわけにゃいよ。私はアリアを認めてる。だからこそ本気のアリアに勝ちたい。総合的に見たらやっぱりアリアが一番だし、戦闘だって本当のところはわからにゃい。だから私は本気のアリアに勝って、戦闘ではリキ様の次に強いという自信を持ちたい。」

セリナは喋りながら黒龍の双剣を取り出した。

「ハッキリいって手加減する余裕にゃんてにゃいよ。だから身代わりの加護は付けておいてね。殺す気でいくから。」

いい終えるとセリナの空気が変わった気がする。だが、まだ構えは取らずに仁王立ちしている。

『オブストラクト』

アリアが魔法を発動すると、何かが途切れる感覚があった。
何かと思っていたら、その後もアリアは口を動かしているのに何も聞こえてこない…さすがに口パクってことはないだろうから、声が観客に届く何かを使えなくしたのか?

…なるほどな。アリアが魔法を発動するタイミング的に無詠唱なのだろう。この戦いでは詠唱をしないつもりだからバレないように音を遮断したみたいだ。
別にバレたらバレたでいいと思うんだが、アリアがわざわざ隠すってことはあまり知られるべきではないのかもな。


5分くらい経ったのか?
何の魔法かはわからないが、その間にアリアはいくつもの魔法を発動させていた。

そしてアリアが紫電を纏ったのが最後の強化だったのだろう。確かめるように体を少し動かしてから構えをとった。

それを見たセリナはかなり低い姿勢で構えをとった。


特に何かの合図があったわけではないが、ほぼ同時に2人は相手に向かって駆け出し、一瞬で接触した。

接触した場所はもともと2人がいたところの丁度真ん中よりややアリア寄りではあるが、アリアはほとんどセリナと同じ速度で動いたことに驚いた。
いくら強化魔法をかけたといってもこんなに変わるものなのか?
それにアリアは近接戦闘の練習はほとんどさせていないはずだ。なのに一瞬で近づいた瞬間にセリナが斬りつけた三度の斬撃をロッドと杖で全ていなしたうえにたぶん風の魔法をセリナに当てて距離を取らせていた。

すかさずアリアがセリナに杖を向けると杖の先端からセリナに向かって電撃が走った。

だが、セリナは体を大きく仰け反らして避け、器用にバランスを取って跳躍し、再度アリアに近づいた。

今度はセリナの着地予定地が泥のようになったが、足をつける前に気づいたセリナは体を無理矢理に捻って着地位置をずらして、アリアに斬りかかった。


…セリナのやつ、本気で殺すつもりで攻撃してやがる。止めるべきか?



アリアはセリナの短剣の腹にロッドを強めにぶつけて弾いて、バランスを崩しかけたセリナを杖で殴ろうとしたが、セリナがすぐに立て直したのを確認すると口から小さなガラス玉を吐き出して、それを杖で叩いて砕いた。

何が起きたかよくわからないが、2人とも吹っ飛んだ。

セリナは運良く空中に飛んだため器用にバランスを取って着地したが、アリアは地面を転がるように吹っ飛んだため、防具の性能では護りきれずに傷を負ったようだ。

だがすぐに緑の光に包まれて傷がなくなっていく。

セリナが再度距離を詰めるよりも一瞬早く、アリアはデカい氷を生み出し、それをロッドで砕き、近づいてきたセリナに飛ばした。
正直逃げ場なんてないほどの量の氷の棘だ。

セリナは止まらず、柄が赤い方の短剣に魔力が流れるのが見えたと思ったら、セリナが赤い方の短剣を横に一振りした。
すると、セリナにぶつかる寸前だった氷が一瞬で蒸発した。

だが、アリアの攻撃を防いだセリナがなぜか目を見開いてから後ろに飛び退き、アイテムボックスから丸い何かを取り出して齧ったみたいだ。

あの氷が蒸発した湯気に麻痺の霧を紛らわせたのか?

もしかしてアリアがセリナを押しているのか?
それは完全に予想外だ。戦闘面ではセリナとアオイの2人と他のやつらではかなりの実力差があると思っていたが、考えを改めるべきだな。
それにしてもアリアはなんでも出来過ぎだろ?まだ8歳だぞ?
イーラやサーシャをたまに化け物だって思うことはあったが、もしかしたら1番の化け物はアリアだったりしてな。


距離を置いたセリナは霧が晴れる前にアイテムボックスから何かを取り出して投げた。
投げたのは手裏剣が複数とクナイが一本のようだ。

全てがアリアに向かっていたのに、突然途中で風に煽られたかのように微妙に軌道がズレたみたいだ。
これなら黙ってても当たらないだろうに、なぜかアリアは一本だけ混じっていたクナイだけをロッドで殴り飛ばした。
その時にキラッと光って見えたのだが、クナイには細い糸が付いていた。

セリナはアリアがフルスイングをした隙に背後に回ったが、その瞬間に空間の一部が歪んで、その歪んだ空間から電撃がセリナに向かって飛び出てきた。

咄嗟に体を極限まで捻って避けたが、さすがのセリナも完全には避けきれなかったようでベストの肩部分が少し焦げた。

怪我はしてなさそうだが、その一瞬の間にアリアは立て直してセリナをロッドで殴ろうとしながら、また霧を発生させた。
今度は自身も含めた広範囲に。

さすがにバランスを崩していたセリナはすぐに後ろに飛び退くことができず、アリアのロッドを短剣で一度受け流してから体勢を立て直して、霧の範囲外まで飛び退いた。

セリナが飛び退いた瞬間に霧が晴れ、アリアが全速で接近しようと踏み出した。だが、途中で急に動きが止まったように見えたと思ったら、そのままの勢いで地面を転がった。

こんな大事な場面で躓いたのか?それとも自分の魔法で麻痺になったのか?

勢いがおさまり、傷だらけで倒れているアリアはしばらく経っても起き上がる気配がない。

え?もしかしてヤバイ状況か!?

アリアのもとまで行こうかと立ち上がった時、何かが繋がるような感覚がした。

「…もう動けません。わたしの負けです。」

その後、アリアは緑の光に包まれて傷は消えていったがアリアは立ち上がろうとはせずに寝たままだ。

「…あっ、勝者、セリナアイル!」

「ワァーーーーーーッ!!!!」

急な終わりに唖然となり静まり返っていた会場だったが、審判の判定を聞いて、また熱気が戻ったようだ。

「セリナアイルちゃーーーん!!!!!」

野太い声援が送られたが、セリナは今回はそれに反応せず、俺の方に向かって一礼だけしてアリアのもとまで歩いていった。

「…すみませんがセリナさん。連れてってもらえませんか?」

アリアは首すら動かせないのか、明後日の方向を向いたままセリナに話しかけていた。

「いいよ〜。」

セリナは軽い返事をして、アリアを抱きかかえた。

「…ありがとうございます。」

「やっぱりアリアは強いね。本気のアリアは倒せにゃかったよ。試合には勝ったのにモヤモヤする。」

セリナはなんともいえない表情でアリアを見ていた。

「…最後まで戦えない戦い方をしている時点でこれは私の本気というよりズルい行為です。そこまでしてわたしはセリナさんの防具に焦げ跡を残すことしかできなかったのですから、セリナさんの圧勝です。なのに納得いかないといわれてしまってはわたしの立場がありません。」

「でもアリアはまだ奥の手があるんでしょ?」

セリナはアリアを抱えて会話を続けながら出口に向かって歩き始めた。

「…ないとはいいませんが、どれも使った時点でリキ様を裏切る行為になってしまう可能性があるので、使えません。今回のが時間とともに治る副作用で済む限界です。」

「そっか。アリアにとって私は一対一の戦闘においては限界まで力を振り絞っても勝てにゃい存在か…にゃら悪くにゃいかもね。」

セリナがニカッと笑ったのを最後に会場から出ていった。
声が聞こえなくなったから、声が拾えるのは会場内にいる場合に限るみたいだな。




アリアたちの次の試合が終わった頃、アリアが俺たちがいるところに来た。
だからどうして俺の居場所がわかるんだ?


「…無様な姿を見せてしまってごめんなさい。」

アリアは俺らの前に来るなり、訳のわからないことをいってきた。

「何いってんだ?どこが無様なんだ?アリアは直接戦闘以外の部分でこそ本領発揮するタイプだと思ってたが、戦闘でもあのセリナと一時でも互角に戦えてたんだ。誇っていいと思うぞ? 」

「…でも、最後は負けたうえにセリナさんに運んでもらう結果となってしまいました。」

「確かに動けなくなるような無茶をしたことは反省すべきだが、俺は満足してる。それじゃ不満か?」

「…いえ、ありがとうございます。」

さて、アリアをどこに座らせるか…この辺りに空いてる席なんてないんだよな。

「そういや体はもう大丈夫なのか?」

アリアが頭を下げた。

「…心配をおかけしてしまい、ごめんなさい。まだ若干の痺れはありますが、時間の経過で治るので問題ありません。」

まだ完治してないならなおさら座らせてやるべきだな。

「イーラ。その席をアリアに譲れ。」

「えー!?じゃあイーラはどこに座るの?」

いくらイーラの身長が高くないといっても立たせたら他の観客の迷惑になるよな。
…しゃーない。

「イーラは俺の膝の上で我慢しろ。」

「いいの!?」

「…リキ様。わたしのことは気にしないでください。隅で立ってます。もしくはわたしがイーラの膝の上に座ります。」

俺の言葉になぜかイーラは喜び、アリアは全力で遠慮してきた。
全力で遠慮とか意味がわからないが、そう感じるほどの気迫だった。

「遠慮するな。休めるときに休んでおけ。というか既にイーラは俺の膝の上に座りやがったから、気にせずここに座っておけ。」

アリアが通る道をあけるためにイーラを抱き寄せ、空いた隣の席を軽く叩いてアリアに座るように促した。

「……………………はい。」

アリアの邪魔にならないようにイーラを抱き寄せた際にイーラが後頭部でスリスリしてきたのがちょっと鬱陶しかったが、無理にどかしたんだし、渋々ながらもアリアは座ったから良しとしよう。

「そういやアリアはまだ会ってなかったな。カリンの隣に座ってるのが昨日一緒に山に入ったラスケルだ。」

親指でラスケルを指してアリアに紹介した。

「よ、よろしくお願いします!」

「…アリアローゼです。よろしくお願いします。」

「あ、あのぉ…。」

アリアとラスケルが軽い挨拶を済ました後、カリンがおずおずと右手を上げた。

「なんだ?」

「アリアローゼさんに質問なのですが、本当に支援職なのですか?」

7歳も年下にさん付けかよ。
まぁ冒険者歴はアリアの方が長いから、先輩っちゃ先輩か。

「…今のジョブは冒険者に設定しているので、正確には支援職ではありません。ですが、戦闘タイプで分けるのであればわたしは支援タイプでしょう。多少は見本になれたでしょうか?」

「はい!1戦目も2戦目も詠唱している間は詠唱にばかり意識を向けることなく避けに徹するなど、参考になりました!ただ、セリナアイルさんとの戦闘は速すぎて私には何が起きているのかほとんどわかりませんでした…すいません。」

「…セリナさんとの戦闘は支援職の人は絶対にやってはいけない戦法なので忘れてください。」

「なんでですか?かっこよかったですよ?」

基本が無表情だからわかりづらいが、アリアが少しムスッとした顔になった。

「…格好良さを求めるのであれば、前衛をお勧めします。かりに回復役が他にいるパーティーでしたら撹乱目的でさっきのわたしのような攻撃をするのはアリかもしれません。しかし、わたしの場合は回復も兼ねている支援なので、わたしが動けなくなれば他のパーティーが怪我をしても満足のいく治癒が行えません。結果、全滅ということもあるでしょう。パーティーメンバーの役に立ちたいという気持ちだけで支援をやる方がいるそうですが、もし支援職を続けるというのであればパーティーメンバーの生死がかかっているということを自覚してください。」

やっぱり少し怒ってるっぽいな。
というかアリアはそんなことまで考えてたのか…。
本当に8歳かよ?

「あ、うっ…すいません。そこまで考えていませんでした。教えていただきありがとうございます。」

カリンが落ち込んだが、ちゃんと気づかせてもらったことにお礼をいえるのはたいしたもんだな。

「…いえ、本当に護りたい仲間ができれば自然と気づくことなので、たいしたことではありません。後悔しないように頑張ってください。」

「はい。」

2人の話が終わり、次の試合がちょうど始まるようだったから、自然と静かになった。

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