裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
136話
「…リキ様。到着いたしました。」
頭の中に直接アリアの声が響き、目が覚めた。
寝起きだから、アリアの言葉の意味を理解するのに数秒かかり、窓から外を眺めて改めて疑問に思った。
「早くねぇか?」
「…早くリキ様に会いたくて急ぎました。予定があったのであれば、ごめんなさい。外で夕方まで待機しているので気にしないでください。」
まだ早朝と呼べる時間だろう。
いくら暑くも寒くもない程よい気温で快晴だとしても夕方まで待たせるのはな…。
それに早い分には問題ないし。
「いや、そういうわけではない。今から迎えに行くが、どこにいる?」
「…西門付近にいます。」
「わかった。準備したら行くからちょっと待ってろ。」
「…ありがとうございます。」
以心伝心を切って、軽くシャワーを浴びた後に魔物の死体を持って宿屋を出た。
そしたらちょうどカリンが冒険者ギルド側からこちらに歩いてきていた。
「おはようございます!」
「…なんでいるんだ?」
まだたぶん日が出始めてから2時間くらいしか経ってないぞ?
「闘技大会にお誘いしようと思って、カンノさんがいつ出てきてもいいように早めに来たのですが、今日は随分お早いんですね。」
このいい方だと昨日も同じくらいから待ってたのか?
ちょっと怖いわ。
「そういや昨日闘技大会がどうとかいっていたな。」
「はい!お昼までなら当日参加も可能ですし、見るだけでも楽しめるので、ぜひ行きましょう!」
まだ参加も受け付けてるのか。
自分の実力がどの程度か知りたい気持ちもあるが、一回戦敗退とかはなんか嫌だしな…ん?アリアが来てるなら、アリアに参加させるのもありだな。
カリンに支援職の見本だといえばそれっぽい理由に聞こえるしな。
「ちょうど今、俺の仲間が到着したみたいだから、アリアに参加させる。アリアは支援職だから多少の見本になるはずだ。よく見ておけよ。」
「え?あ、はい!」
そういって、アリアとイーラを迎えに行こうと歩き出すと、カリンが付いてきたからそのまま一緒に西門に向かった。
西門を出て、辺りを見渡…。
「ぐふっ。」
かなり油断していたところに横からタックルされて息が漏れた。
敵かと思い腰の短剣に手を当てながら見るとセリナだった。
「セリナも来てたのか。」
セリナが来た方向を見るとちょうどイーラが飛び込んで来ていたが、来ているのがわかってればイーラくらいは受け止められるから、そのまま受け止めた。
さらにイーラの後ろにはアリアが小走りで近づいて来ていた。
門から少し離れた壁付近で待機してたようだな。
というかなんでイーラとセリナは無言で抱きついてんだ?
いきなりの出来事にカリンが驚いてるだろ。
「…リキ様。お迎えが遅くなってごめんなさい。そちらの方は?」
遅れて俺のもとまで来たアリアがカリンのことを聞いてきた。
「いや、こんなに早くに迎えに来てくれたんだ。謝る必要がないどころか、誇っていいぞ。あとこいつは成り行きでギルドの依頼に付き添ってやることになっただけの関係だ。空気だと思ってて問題ない。」
「え!?」
カリンがギョロッと目を見開いてグリンと首を捻って俺を見てきたが、今はアリアと話を進めたいからとりあえず無視だ。
「…わかりました。リキ様の無事を確認出来たので、まずはカンノ村についての報告をしてもいいですか?」
「あぁ。」
「…まず、森の地図は6割ほど完成しました。ただ、山頂より西側はドライアドやトレントの住処となっていたようで、アオイさんの判断で不用意な接触は避けたようです。現在はドライアドからの接触もないため問題はなく、リキ様の判断を待つことにしました。食料に関しては新しく生まれた魔物は瘴気の影響を受けていないようで、魔物によりますが、問題なく食べれます。他にもテンコさんが畑を作れるように土地を整えてくれていたので、保護した中にいた畑仕事経験者に作業させています。あと、ダンジョンが一つ見つかりました。1階と地下1階の魔物を掃討しましたが、脅威ではありませんでした。しばらく放置していても溢れることはないと思います。保護した方々の仕事の振り分けも済んでいるので、わたしでは勝手な判断ができなかったドライアドの件をどうするかの判断をいただきたいです。あと、リキ様がカレンさんに預けていたブレスレットと新しく盗賊の方と対になっている指輪です。」
思った以上にちゃんとした報告をされて驚いた。
正直、俺自身が頼んだことを忘れてたことまでちゃんとやってくれていたようだ。
でも、ブレスレットと指輪は交換する必要なかったんじゃないか?
まぁ断るほどの理由もないから、もともとは盗賊と対になっててさっきまで連絡ように使っていた指輪をアリアに返して、アリアから指輪とブレスレットをもらい、はめた。
「ドライアド自体を俺がよくわからんから判断できないんだが、ドライアドってのは木の妖精的なやつでいいのか?」
「…ドライアドは魔物です。トレントの進化系といわれています。今回はドライアドとトレントに数体魔族が混じっているようです。殲滅しろというのであればアオイさんとサーシャだけでも出来るだろうとのことでしたが、交渉となるとリキ様なしでは難しいと思います。」
危険なやつらは殺すのが手っ取り早いだろう。しかも相手が魔物ならなおのこと殺すに限るだろう。それなのに交渉という選択肢をアリアが出すってことはその価値があるってことか?
まぁ実際に会ってみてから決めるとするか。
「とりあえずドライアドやトレントについては俺が帰るまで放置しとけ。ちょっかいかけてくるようなら殺してかまわないとアオイとサーシャに伝えておいてくれ。」
「…はい。イーラ、伝えといてください。」
「は〜い。」
あとはなんだったか?
食料は森の中でどうとでもなるようだし、クローノストから連れてきたガキどもに仕事も与えた。
あぁ、ダンジョンか。
ヘタに冒険者に森の中をウロウロされるのは鬱陶しいな。
「ダンジョンの存在は既に知られている感じか?」
「…いえ、ただでさえあの森の中にあり、そのうえ目立たない位置にあったため、たぶんまだ知られてはいないかと思います。ローウィンス様にも伝えていません。」
「ならそのまま秘密にしておけ。そのダンジョンはガキどものレベル上げに使う。今後も使い道がありそうだしな。」
「…はい。ただ、ローウィンス様にはリキ様から伝えておいた方がいいかもしれません。」
なんで俺から?そもそもなんで教える必要がある?
「なぜだ?」
「…今回のダンジョンは領地外にありました。なので、ローウィンス様にそこまで領地にしてもらった方が隠しやすいかと思います。」
そんな簡単に領地を広げられるものではないと思うが…まぁいうだけタダか。
「わかった。いうだけいってみる。そういや、ここまで来てくれたアリアにはこれをやろう。」
昨日買った本をアイテムボックスから出して、アリアに次々と渡していく。
最初は全部持とうとしていたアリアだが、量が多いことを悟るとアイテムボックスにしまいだした。
「…こんなにいいんですか?」
なんだかほぼ無表情なのにアリアの目がキラキラとしているように見えるな。
喜んでくれたなら何よりだ。
「これは俺らのためにもなるだろうからな。暇な時に読んでおけ。」
「…ありがとうございます。」
アリアは深々と頭を下げた。
「イーラは!?」
さっきから抱きついて離れないイーラが自分のはないのかと主張してきた。
「イーラにはこの魔物をやる。」
「ありがとう!」
ペロリと一瞬で平らげやがった。
結果は一緒だろうが、なんだかな…。
「…。」
もう1人の抱きついて離れないセリナが潤んだ瞳で無言で見つめてきた。
いや、てっきりアリアとイーラの2人で来ると思ってたから用意してねぇんだよな。
「なんだ?」
「…にゃんでもにゃい。」
シュンとしてしまった。
なにかないか……………あぁ、ちょうどいい言い訳があるじゃねぇか。
「冗談だ。セリナには闘技大会に出てもらいたいと思ってる。その順位に応じてやる物を変えようと思ってたからまだ用意してない。俺の満足する結果になったら好きなものをやろうと思う。もちろん俺が用意できる範囲でだが、出場してくれるか?」
もちろん思いつきだが、まぁセリナもかなり頑張ってるからな、用意できる範囲でなら好きなものをやってもいいだろう。
「はい!」
「イーラも出たい!」
「…わたしも出たいです。」
イーラはなんとなくわからなくないが、予想外にアリアまで食いついてきた。
「2人はもうもらったじゃん!ズルいよ!」
何がズルいのかわからねぇが、セリナが2人の出場を拒み始めた。
というかそろそろお前ら離れろよ。
「イーラだって戦いたいもん!」
「勝ってもリキ様ににゃにも要求しにゃい?」
セリナがイーラを睨みながら確認しているが、イーラは何をいわれてるのか理解出来ていないようで首を傾げている。
「にゃらいいけど、アリアはどうにゃの?」
「…。」
今度は俺に抱きついたまま真後ろに立つアリアを見ようと首を回すが、真後ろなんて見えるわけがないから、全然睨みを効かせられていない。
そのせいかはわからないが、アリアはセリナを無視している。
「というかちょっと待て。セリナには悪いが、アリアには出場してもらうつもりだ。こいつに支援職の見本を見せてやってほしいからな。」
「え!?あ、お願いします!」
急に話を振られたカリンはアタフタとした後、ペコリと頭を下げた。
「ちなみに闘技大会は出場者をステータスチェックしたり、奴隷は参加不可ってルールがあったりするか?」
闘技大会のルール自体を知らないから、カリンに確認を取っとかねぇとな。
「ステータスチェックはすると思います。参加については誰でも大丈夫なはずです。ただ、何でもありの戦いになるので、命の危険もあります。だから女の子の出場は…。」
カリンは後半を濁しながらアリアやセリナをチラチラと見ていた。
「それについては問題ない。」
カリンに答えたあとにイーラの頭に手を置くと、イーラが顔を上げた。
「イーラはすまないが出場させられない。俺と一緒に観戦するぞ。」
ステータスチェックがあるんなら一応やめておいた方がいいだろう。
「…は〜い。」
元気のない返事をした後、ウリウリと顔を俺の腹に押し付けてきた。
まぁこのくらいは大目に見てやるか。鬱陶しいけど。
「アリアは1戦だけでもかまわないし、続けてもかまわないが、無理はするな。セリナは無理はしない程度でいけるところまで戦ってみてくれ。いっておくが、優勝が目的ではないからな。無理してまで優勝しようとしても俺の望む結果でないことだけは理解しておけ。」
「「はい。」」
まぁこれだけいっておけば各自判断で危なきゃ棄権するだろう。
俺と違って2人は身代わりの加護もあるしな。
そろそろ鬱陶しさが限界を超えたから、抱きついてる2人を無理やり引き剥がした。
「じゃあカリン。案内を頼む。」
「はい!」
闘技場はかなりデカかった。
遠くからでもわかるくらい大きく、近づいたらただの壁って感じだ。
道中、アリアたちは俺の腰の人形に気づいた様子があったが、なぜか誰も何もいってこなかった。
何もいわれてないのに俺から説明するのも意味わからんから放置してるが、これはイーラを頭に乗せてたときみたいにいわないだけで頭がおかしくなったとか思われてんのか?
そのうち誰かしらが聞いてくるだろ。
それまでは俺も気にしないようにしよう。
「参加者の受付はこちらです。」
カリンが指し示すところを見るとそこそこの列ができていた。
「これに並べばいいのか?」
「はい。観覧席への入り口は別になるので、私たちはそちらに。」
参加受付と観客受付は別なのか。
「アリア、セリナ。2人だけで大丈夫か?」
「大丈夫だよ〜。」
「…はい。何かあったら加護で連絡します。」
「あぁ。任せた。」
2人にたいして手を上げ、カリンについて観覧席に向かった。
「おはようございます!」
観客受付に着くと、ラスケルがいた。
ここで待ち合わせしてたのか。
というか2人はもうプライベートを一緒するような仲なんだな。
俺らは邪魔だったか?
「あれ?えっと…。」
ラスケルはイーラを見た後、チラッと俺を見た。
そういやカリンにも俺の仲間を紹介してなかったな。
「こいつは俺の仲間のイーラだ。」
「スライ「ちょっと待て」ん?」
危なくイーラが種族名を含めた挨拶をするところだった。
こんな人がいっぱいいるところでするべきではないだろう。
それにこの2人だってこの場限りの関係だ。ヘタに情報を与えない方がいいと思うしな。
イーラの耳に口を近づけ、この国で挨拶するときは名前だけにするようにと小声で命令した。
「イーラだよ〜。よろしく〜。」
「あっ、カリントナです。よろしくお願いします!」
「ラスケルです!よろしくお願いします!」
なんか初めて会った時より2人が緊張しているように感じるが、緊張させるようなことなんかしたっけか?
イーラは別に圧力をかけてる感じもないし…まぁ気のせいか。
「カンノさんは出場しないのですか?」
ラスケルがキョトンとした顔で聞いてきたが、俺は首を振る。
「俺は出ない。代わりに仲間を2人出場させた。多少は参考になるだろうからよく見ておけ。」
「はい!」
外で話すのもなんだからと受付を済ませて中に入った。
客から金を取るようで1人あたり銀貨5枚だったが、なんとなく奢ってやった。
まぁ闘技大会を教えてもらったし、こいつらとは今日で最後だしこんくらいはな。
中は2階席と3階席があり、全てが自由席みたいだ。
まだ空席ばかりだが、最前席はほとんど埋まってるな。
早めに来たから最前席ではないがそれなりに前の席を確保できた。
そういえば聞き忘れていたと思い、イーラと反対側の隣に座ったカリンに確認を取る。
「大会はいつからなんだ?」
「本戦は日が半分ほど傾いた頃に始まります。予選は早朝から随時行なっています。予選は当日受付人数が40人に達し次第、4人になるまでの生き残り形式で行われています。本戦出場52人が決まり次第予選が終了となり、別枠の12人を含めた64人での勝ち残り戦となります。今は既に32人が決まっているようです。前回より早いですね。」
当日参加締め切りの昼までまだ3時間以上あるってのにずいぶん早くから予選をやってるんだな。
というか本戦が午後の2時だか3時だかくらいからだってのに既に席取りしてる客も凄えな。
まぁ俺も知らなかったから、かなり早く来ちまってるんだが…。
今戦ってるやつらで死に過ぎなきゃ36人が決まるから、あと4戦か。アリアとセリナは間に合うのか?
間に合わなきゃ適当に見て帰ればいいか。
戦いを見た感じでは、生死に関わらず戦闘不能もしくは降参したら負けみたいだな。
それにしても今戦ってるやつらの中にはパッとするようなやつがいないから、見てても面白くねぇ。
あまりに暇だから、会場を見渡してみると、どうやら1階にも客席があるみたいだ。客席ってか客室か?
金持ちとか特別なチケットを持ってるやつ用の観客席なんだろうな。
会場は東京ドームよりは小さそうだ。
特に台とかがあるわけではなく、中央部分の地面全てが戦闘エリアっぽいな。
それを囲むように客席が作られてるが、後ろの席のやつらはほとんど見えなくないか?
俺はなぜか裸眼でくっきり見えるけど…そんなことを考えながら周りを見ると、何人か双眼鏡みたいなのを使ってるやつがいるな。
他のやつらは目がいいのか?
今まで眼鏡をかけてたやつを何人か見てるから、視力は元の世界とあんま変わらないのかと思っていたが、違うのかもな。
そりゃレベルなんてある世界だし、俺自身が昔と視力が違うしな。べつにもともと目は良かったが、こんなに離れてるやつらの表情までくっきり見えるほどの視力ではなかったはずだ。
周りをキョロキョロとしてるうちに4人が決定したみたいだ。
予選が一つ終わると運営が死体やらを回収してから、次の40人が入って来て、入り次第開始となるのか。
予選がだいぶ雑だな。
この回にもアリアとセリナはいないみたいだな。
この回のやつらには2人くらいそこそこやれそうなのがいるみたいだが、この程度か。
これならアリアとセリナは問題なく予選は通るだろう。
「ちょっと寝るから、本戦が始まったら起こしてくれ。」
「え?あ、はい。」
「イーラも寝る〜。」
カリンに頼んで俺は背もたれに寄りかかって目を閉じた。
イーラは俺の膝を枕にして寝始めたが、重くないからいいか。
「カンノさん。特別枠選手の紹介が始まります。」
カリンに揺すられながら声をかけられて、目を覚ました。
軽く伸びをして辺りを見るとほぼ満席じゃねぇか。
ずいぶん人気なんだな。
「キャーーーーーーーーーッ ︎」
会場の真ん中にいる審判みたいなやつの方に男が歩き始めると客席の女どもが叫び始めた。
超うるせぇ。
黄色い声援って間近で聞いたら騒音でしかねぇな。
原因である男は会場全体に視線を配りながら手を振っている。
なるほど、イケメン選手だからか。
「今回、闘技大会出場3回目にして、過去2回連続優勝しているアマシアン選手です。」
会場にいる審判みたいなやつが選手の説明を始めたが、不思議と聞こえる。
キャーキャー女どもがうるせぇが、それにかき消されることなく審判の声が聞こえるってなんでだ?魔法か?
その後も全12名の選手を説明した後、1人ずつくじを引き始めた。
くじを引いたやつがトーナメント表に何かを書き込んでいく。
たぶん名前なんだろうけど、もちろん読めないから実際はわからん。
12名の後ろにいる52人の紹介はないんだな。
その52人の中にアリアもセリナもいるから、無事に予選は突破したみたいだ。
まぁ心配はしてなかったが。
アリアとセリナは3回戦までは当たらないようだ。だから2回は他人と戦えるのか。
まぁアリアが2回戦以降も戦うかはわからんけどな。
そして、早速1回戦第一試合がアリアみたいだな。
対戦相手は特別枠にいた半年でAランクになった冒険者とか紹介されてたやつだったか?
武器は戦乙女とかいってたやつと似たような剣…レイピアみたいだ。それが一本だけ腰にさしてある。
防具はあいつほど軽装ではなく、顔以外は鎧を着てるな。
「始め!」
審判の合図とともに審判の周りに薄い膜が張られた。
バリア的なやつか?
「お嬢ちゃん。予選を突破したからにはそれなりの実力はあるのだろうが、1回戦で私と当たるとは運はなかったようだね。私は女性や子どもには極力攻撃したくはないんだ。だから棄権してはくれないかい?」
仕組みはわからないが、どうやら対戦者や審判の声が会場中に聞こえるようになってるみたいだな。
対戦相手の男がアリアに棄権するよう促してるようだが、残念ながらアリアに棄権するという選択肢はないんだ。俺のせいで。
「…心優しいのですね。ですが、わたしはリキ様の期待に応えるチャンスをふいにするつもりはありません。なので、気にせず本気でかかってきていただけると助かります。」
アリアはロッドを右手で持ち、左手をロッドの先端より少し下に添えて構えた。
「そうかい。それなら本気でやらせてもらわないと失礼に当たってしまうね。殺してしまっても恨まないでくれよ。」
男はレイピアを右手で持って前に出し、左半身を引いて構えた。
数秒の間ののち、先手は男の突きだ。
まぁ速いが、支援職のアリアが詠唱しながら避けれる程度か…詠唱?
そうか、カリンに見本を見せるようにいったからわざわざ詠唱してるのか。
少し前まで死にかけだったアリアがAランク冒険者相手でもそんな余裕が作れるほどに強くなったんだな。
そんなことを思っているうちにアリアは詠唱を終えたようだ。
『プラレティックミスト』
発動と同時にアリアはまた詠唱を始めた。
かなりの広範囲に霧が発生したが、かろうじて中は見える。
男の動きが鈍くなったな。まぁ麻痺でも動けてることを凄いと褒めるべきか。
男は咄嗟に丸い何かを左手でポーチから取り出し、口に運ぼうとしたが、アリアがその手をロッドで殴って阻止した。
そこで二つ目の詠唱が終わったようだ。
『グラビティ』
これはソフィアが使ってたやつか?
あんなの麻痺した体で支えられるわけがねぇ。
案の定、男はうつ伏せで地面に伏した。
アリアは男の背中に足を乗せて、ロッドの先端を男の頭に当てた。
もう不必要と判断したのか、霧が晴れた。
「…降参してください。」
アリアは男にトドメを刺さなさかったが、どう見ても勝負ありだな。
「………………………まいった。」
「勝者、アリアローゼ!」
「ワーーーーーーッ!!!」
会場中が盛り上がってんな。
一戦終わるごとにこんなんなのか?
アリアは男から足をどけて会場を見渡し、俺を見つけたのかはわからんがこっちを向いて一礼した。
「す、凄いですね。」
「まぁアリアは本来はあまり戦闘はしないんだがな。今回は攻撃役がいないから自分から攻撃に出てたが、アリアはうちのパーティーの支援職だ。せめてあのくらいにはなっとけ。」
「…はい。」
カリンは苦笑いしながらも返事をした。
その後も一組ずつ戦っているが、やっぱり予選突破したり、特別枠なんてのに選ばれるだけあってそこそこ強いな。
今度はセリナの番か。
セリナの対戦相手はずいぶんゴツいやつだな。
予選突破組だから全く情報がないけど、セリナが負ける気はしないな。
「始め!」
審判の合図とともにセリナは短剣を2本抜いた。
黒龍の双剣でもクナイでもなく、初期に使ってた5本の短剣のうちの2本を。
ずいぶん相手をなめてんな。
まぁ確かにそのくらいの力量差はありそうだが、もしそんな油断して負けたら説教だな。
対戦相手の大男は背中に担いでいた斧を取り外し、振り回し始めた。
ミノタウルス並みの振り回すスピードは出てそうだ。まぁ斧の重さが違うだろうが。
でも、ミノタウルス並みでは昔の俺でも何とか避けれる程度なのだから、セリナに当たるわけがない。
当たればかなりのダメージを与えられる攻撃なのかもしれないが、当たらなければ何の意味もない。だからセリナは無傷だ。それどころかかなり余裕があるようで、大男の斧の一振りに対してセリナは3発、短剣の柄で殴っている。
ずいぶん余裕を見せてやがるな。
まぁ実際余裕なんだろうから、負けなければ文句はいわん。
ダメージが蓄積されたせいか、大男の動きが徐々に鈍くなってきた。
そろそろ終わりか?と思ったら大男は斧を右手で振りながら、左手からかなり細い針のような物を5本飛ばした。
斧を振り回すだけじゃねぇんだな。
まぁそんな小細工がセリナに通用するわけがなく、余裕すぎたセリナはその針を5本とも掴んで大男に投げ返した。
大男は何故か勝ちを確信していたようで、斧を大きく振りかぶっていたから、がら空きの腹に5本とも刺さり、毒でも塗ってあったのか、大男はそのまま泡を吹いて膝から崩れ落ちた。
こんなレベルでも予選通過できるんだな…。
「リキ様〜。ンチュッ♪」
まだ審判のジャッジが出ていないのに、セリナは俺の方を向いて名前を呼び、両手のひらを口に当てたあと、大きく手を開いて投げキッスのようなことをしてきやがった。
周りの視線が集まった気がしたが、もちろん無視した。
「…もしかして今の方もカンノさんの仲間の方ですか?」
ラスケルが恐る恐るといった感じで確認を取ってきた。
そういやラスケルには2人出場させてるとしかいってなかったな。
「初戦のがアリアで今のがセリナだ。見て学べることもあるだろうからよく見ておけ。特にセリナは同じ獣人だから参考になる部分も多いだろう。ただ、さっきのは対戦相手が弱すぎて、手を抜いてるみたいだから参考にならなかったかもな。」
「今ので手を抜いているんですか!?」
そうか、こいつらからしたら手を抜いてるセリナでも十分強いよな。
「いや、忘れてくれ。とりあえず参考に出来そうな部分は真似てみるといいだろう。」
「…あんなに可愛らしいのに強いんですね。」
ラスケルが会場から出て行くセリナの後ろ姿を凝視しながら呟いた。
不思議と強いより可愛いを強調しているように聞こえたな。
まぁうちは奴隷でも恋愛の自由を奪うつもりはないし、セリナもそろそろ異性に興味を持つ時期だろう。知らんけど。
だから気があう可能性もあるし、あとで紹介くらいはしてやるとするかな。
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