裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
100話
腰の短剣を引き抜いて、逆手に持ったままキャンテコックの肩を狙って振り下ろ…。
「ごめんなさい!」
咄嗟に腕を止めたが、切っ先が少し肩に触れた。でも服が切れることも血が滲むこともなかった。
まさか第一声で謝罪があるとは思わなかった。…思わなかったからこその約束だったのに、過去の俺に復讐の邪魔をされるとはな。
キャンテコックが目の前にいるというのに殺せないから異常にイライラする。
「せっかく助けてくれたのに追い返すようなことをして、ごめんなさい。」
助けてもらったという自覚はちゃんとあったんだな。だが、謝るくらいなら初めからあんな対応をするな。
仮にしてしまったとしても、すぐに出てきて謝罪はできたはずだ。それを今さら、なんのつもりだ?仲間が2人奴隷にされたから怖くなったのか?
いや、約束だから話は聞くけどな。
…ん?もしかしてセリナのいってた約束ってのはこのことか?だとしたら俺とカルナコックの話に聞き耳を立ててやがったのかよ。
短剣を腰の鞘に戻して、キャンテコックの肩を掴んで引き離す。
「なんでお前がここにいる?」
エルフの里からはけっこう離れているはずだ。たまたまここを訪れたら俺がいたという可能性は低いと思うが、なくはないのか。
「ここの村の人から聞いた。それで急いで来た。」
「あ?俺はお前に名前を名乗った記憶もなけりゃ、この村でも名前を名乗っちゃいねぇぞ?それでなんでわかる?」
「リキたちは有名だから。」
は?俺らは有名人になった覚えはねぇぞ。
むしろ目立たないようにしてきたはずだ。
「ここからは私が話しましょう。」
銀髪のショートカットにメガネをかけた、デキる女の雰囲気を醸し出しているエルフが前に出てきた。
見た目は20代後半だが、エルフの年齢なんか見た目じゃ当てにならない。
それよりもなんでこいつはしゃしゃり出てきた?
「黙れ。カルナコックとの約束だからこのガキの話を聞いているだけであって、お前の話を聞く気なんかねぇ。それでもでしゃばった真似をするっていうなら害悪と判断するぞ?」
あくまでカルナコックとの約束は『キャンテコックの話を聞く』と『キャンテコック以外のエルフは俺に害を与えない限りは関わらない』だ。だからこいつが俺にとっての害になるなら奴隷にして売ろうが何をしようが俺の勝手だ。
「先先代族長にお会いしたのですか!?今はどこにいるかご存知でしょうか?」
あいつは昔の族長だったのか。だからエルフを命に代えても守りたいとかいってたのか。なんか納得がいったな。
でも奴隷になってまでその心を持ち続けるとはたいしたもんだな。
それにしてもこいつは人の話を聞かねぇな。一つ疑問だったことに納得がいったから流してやるが、次はない。
「ちょっと前の依頼で会ったがもう死んだ。これで満足だろ?次喋ったら殺すぞ。」
思い通りにならなくてイライラするのだが、なんか変な感じだ。うまく表現できないが、なんかおかしい。
いや、それよりも早くキャンテコックの言い訳を聞いて、カルナコックとの約束を果たした後に復讐すべきだろう。
そうすれば今まで溜まったストレスも多少は発散されるはずだ。
俺は片膝をついて、キャンテコックの肩を掴んで目線を合わせた。
「言い訳はお前がしろ。どんなに拙い言葉でも約束だから最後まで聞いてやる。」
そして言い訳の終わりがお前の人生の終わりだ。
キャンテコックは俺の隠そうとしない怒気にビビりながらもポツポツと言い訳を始めた。
キャンテコックの話をまとめると、キャンテコックは現族長の娘。そしてキャンテコックのいる里の族長は族長の血を継いだ女がなるらしい。つまりキャンテコックは次期族長だそうだ。
そんな立場のやつが攫われてしまい、里のエルフたちは血眼になってキャンテコックを探し回ってたそうだ。
そんなところにキャンテコックを抱えて里に近づいてきた人族がいた。つまり俺だ。
もしかしたらキャンテコックを拷問にかけて里の場所を聞き出したのかもしれないと警戒するが、なぜか俺がキャンテコックを離したため、エルフは俺に攻撃はしなかった。でも人族を里に入れることはできない。それでとりあえずキャンテコックを回収して、俺らを警戒という形をとったとのことだ。
キャンテコックは回収されてすぐに里の中の病院のようなところに担ぎ込まれたから、助けてくれた俺たちにそんな対応をしたと知ったのは俺たちがいなくなってからだったらしい。
全てが手遅れとなってから、里の奴らはキャンテコックから話を聞き、すぐに謝罪のために俺を探し始めたとのことだ。
この村はもともとエルフと友好的な村らしく、エルフの族長とここの村長は以心伝心の加護付きアクセサリーを互いに持つほどだとか。それで特徴の一致する俺を見つけたと情報が入ってキャンテコック自ら駆けつけたんだとさ。
ちゃんと自分の足で来るってところは評価できるな。
そして、キャンテコックが俺を有名だといった理由だが、残念なことに俺には一部で呼ばれてる二つ名があるらしい。
『少女使い』
この世界での少女の基準がわからねぇが、俺にたいして最初にこの呼び方をしたやつには是非会ってみたいものだ。
そんで拳で語り合いたい。
…話が逸れたな。
ここでふと、先ほど感じた違和感がなんなのかがわかった。
俺の怒りの感情を何かに無理やり押さえつけられてるみたいだ。
怒りが一定以上にならないどころか、少しずつ治ってきている気さえする。
だから余計なことに話が逸れるほどの余裕が心に生まれたようだ。
キャンテコックの話を聞く限り、納得できなくても仕方ないと思えなくもないことだった。
でも、キャンテコックと同じ種族だからという理由だけでエルフを奴隷として売ったり、イーラに食い殺させたくらいの怒りを鎮めるほどの理由では決してない。ないはずなのにそれほど怒りの感情が今はない。
これは明らかにおかしい。
エルフに魔法を使われてるのか?
念のため自分のステータスを確認する。
状態異常はないし、スキルもないと順番に見ていくと、加護に見たことないものがあった。
『カルナコックの祈り』
…は?
カルナコックってのはあいつだよな?
あいつは人に加護なんて与えられるのか?いや、あんな殺し方をしたんだ。だから加護とは名前ばかりで呪い的なものの可能性もあるなと鑑定を行う。
カルナコックの祈り…禁忌魔法の悪影響を程度により和らげる加護。
禁忌魔法に悪影響があるってのは知らなかったが、なんであいつがそんなことをする?
俺を憎むことはあっても俺のためになるようなことをする意味がわからない。
そういや死ぬ間際に何かいってたな。
確か…禁忌魔法に打ち勝つまでイーラを側にだったか?ってことはイーラに食われる際に何かをしたのか?
どっちにしろ殺したやつにそんなことをする意味がわからない。
それに禁忌魔法の悪影響ってなんだ?
憤怒っていうくらいだから怒りか?
確かにこの世界に来てからやけにイライラするようになったと思ったこともあったが、そこまで違和感はなかった。
でも今は違和感がかなりある。
こんな理由で納得できる程度の怒りじゃなかったはずなのに、禁忌魔法の影響が和らいだだけでここまで感じ方が変わるものなのか?
もしかして、カルナコックの約束やら加護やらは禁忌魔法の悪影響がなくなればこうなると思っての行動なのか?
だとしたら完全にあいつの手のひらの上で踊らされてるようだな。
だけどそんな簡単に思い通りにさせられるほど俺の性格を知らないはずだ。
カルナコックとはほとんど話してないし、あの時はエルフは殺すしか考えてなかったしな。
じゃあただの可能性に賭けただけか?
…ダメだ。
考えれば考えるほど疑問が増える。
こんな頭で正常な判断が出来る気がしねぇ。
今の状態ではもうキャンテコックを許してもいいんじゃねぇかと思えてる自分がいるが、そんな簡単に許してはいけないと思う自分もいる。
しばらく無言で肩を掴まれていたキャンテコックは怖いのか微かに震えていた。
一度キャンテコックから手を離して立ち上がり、距離をとる。
「アリア、セリナ。ちょっと来い」
「「はい。」」
2人が俺のところまできて、次の言葉を待つ。
「悪いが今は別件で頭が上手く回らなくなっちまった。だから2人の意見を聞きたいんだが、俺が取る最善の行動はなんだと思う?」
別件ではないか。同じキャンテコック絡みだしな。まぁいい。
2人はあの時のことを知ってるし、俺がかなりイラついていたことも知っている。
その後エルフに対して行ったことも。
それを踏まえたうえでの意見が聞きたい。
「…リキ様が迷っているのであれば、友好関係を築くのが最善かと思います。ただ、裏切り者は許さないというお気持ちが強いのであれば、リキ様の意に従います。」
「私も許してあげるのが一番いいと思うにゃ〜。今のリキ様はそこまで怒ってにゃいみたいだし、エルフ全員を敵に回すよりは味方にしといた方が後で役に立つんじゃにゃいかな?もちろんエルフ全員を敵に回すことににゃっても私はリキ様の側にいるよ!」
セリナがニャハッと笑った。
アリアとセリナの発言はかなり俺寄りの意見に聞こえるが、それでも友好関係を築くべきというならきっとそれが最善なのだろう。
思考放棄にも近いが、俺が2人を信頼しているからこそだ。
改めてキャンテコックと向かい合う。
キャンテコックは変わらずオドオドしているが、気遣ってやるほどの優しさはない。
「お前は俺らに謝罪して、その後どうするつもりだったんだ?」
「助けてもらった恩返しがしたいと思った。」
感謝はしているわけか。
「俺はお前への復讐のためにお前の曽祖母を殺したぞ?それに俺の前に現れた二人組の護衛騎士とかいうのを奴隷にもした。それでも意見は変わらないか?」
後で知って敵に回られたら面倒だからな。
これで意見が変わるなら今のうちにここにいるエルフを全員殺すしかない。
さっきの短髪のエルフが目を見開いた。
だが、あからさまな敵意は向けてこなかった。
あくまでキャンテコックの決定に従うということか?
「変わらない!リキのやったことは私たち…違う。私の責任。だからそれは私が背負うべき罪だ。」
「ガキにしてはわかってるじゃねぇか。」
今は怒りの感情が薄れているが、だからといって過去にやったことに後悔はない。
怒りに支配されてたとはいえ、その時の最善を考えての行動だ。罪悪感のようなものが多少はあるとしても、間違ったことをしたとは思ってない。
それに相手は無抵抗だったわけではないしな。
一度は俺に敵意を向けたんだ。だから文句をいわせるつもりはない。
「まだ私は族長じゃないけど、リキと私たちの里との友好関係を築きたい。」
キャンテコックが年不相応に見える。
悪い意味ではない。族長としての雰囲気が出ている。
「それは主にどういうことだ?」
下手に契約となるとそれはそれで面倒そうだな。
「リキたちが困ってるときには私たちの里はできる限りの力を貸す。」
「そんなことをお前が勝手に決めていいのか?」
「里の者は了承済みだ。先ほどの曽祖母や護衛騎士の話を聞いて意見を変える者がいるかもしれない。それは私が必ず説得する。」
「それに対して、お前は俺に何を要求する?」
ここが重要だ。
もし同じくエルフが困ったときは助けろなんていわれたら面倒だ。
「エルフを仲間だと思って欲しい。」
「…は?」
思わず気の抜けた声が出てしまった。
これではエルフが一方的に損をする話じゃないのか?
俺にとっては損がないから構わないが。
もしかして何か裏があるとかか?
念のため識別を使うと『真意』と出た。
よくわからないが大丈夫ってことか?
アリアを横目で見ると頷かれた。
セリナは笑っている。
「わかった。今までのことは水に流して、これからよろしく頼む。」
俺が右手を出すとキャンテコックも右手を出して握手を交わした。
これがカルナコックの思惑通りなら、手のひらの上で踊ってやることにした。
既にほとんど消えていた怒りが完全に消失した。
表面上だけでなく、ちゃんと許すことができたのだろう。
握手をしていた手が離れると、キャンテコックはフラフラと膝をついて、蹲った。
「どうした?」
「怖かったよ〜。」
急に泣き始めた。
いや、せめて気を抜くなら俺らがいなくなってからにしろよ。
まぁ9歳にしては頑張ったんだろうから、大目に見てやるか。
しばらくして泣き止んだキャンテコックは以心伝心のブレスレットと『エルフの加護』を俺にくれた。
エルフの一部の人間は人に加護を与えられるらしい。
詳しく聞きたかったが、それはまたの機会にしよう。
今は山の魔物の討伐のためにレベル上げをしなきゃならないから、あまり他に割ける時間がない。
以心伝心のブレスレットはキャンテコックに了承を得て、アリアに渡した。
まさかエルフと和解する日がくるとはな。
キャンテコックたちに別れを告げ、俺らは村から出た後、イーラに乗って町に向かった。
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