裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

49話



昨日はそんな早くに寝たわけじゃねぇのに目が覚めちまったな。

いつも俺より早く起きてるアリアもまだ寝てるくらいだ。

さすがに休憩なしであれだけぶっ続けで戦闘したら、いくら支援重視だとしても普通は疲れるわな。

首だけ巡らして全員を見ると、カレンと目があった。

「にいちゃん、おはよう。」

「おはよう。寝れなかったのか?」

「眠いのにあまり寝れなかった。」

真っ先に寝ていたけど、すぐに目が覚めちまったのかもな。

まだ薄暗いが、一応もう日も出てるし、村の外に出ても大丈夫だろう。

「起きてるんなら朝稽古でもするか?もっと疲れたら寝れるんじゃねぇか?」

「うん。」




カレンを連れて村の外の草原まできた。

軽く準備運動をしていると、カレンが不思議そうに見ていた。

そういや今まではやってなかったもんな。
普段はべつにやらないけど、朝一で激しい運動するときはさすがに準備運動しとかなきゃ体が固すぎて動かねぇからな。

今は軽量のガントレットを装備するつもりがないからなおさらだ。

「朝一は体が固くなってるからほぐしてんだ。気になるならカレンも真似してやってみろ。」

「はい。」

カレンも見よう見まねで準備運動を始めた。




こんなもんだろ。


「始めるぞ。」

「はい。」

「カレンは刀を鞘に収めたまま使え。俺は素手でやるから、怖がらずに攻めてこい。俺に怪我させるつもりで本気でこいよ。」

「はい。」

カレンは刀を正面に構える。

刀が一本間にあるだけで間合いに入りづらいもんなんだな。

今までは構えなんか取らない魔物くらいとしか武器を使うやつとは戦ってなかったからな。
セリナは短剣だし、勇者は論外だからな。

今は鞘をしてるから切れることはないが、俺も練習するにはこれを普通の刀と思ってやるべきだろう。

だから極力触れずに、触れるにしても流すのを心がけ…いつもと同じか。

カレンがなかなか動かないから、俺から動いた。

それを待っていたように突きが来る。
刀を左手で外に流そうとすると刃を寝かせてきた。

これに触ると本来なら切れるのだから、押さえるのをやめて屈む。

横薙ぎにされた刀が俺の頭を越えた後、カレンの手を右手で押さえて左拳で顔面を殴ろうとしたのを咄嗟に下げ、肩を殴る。

加減を忘れた。

ダメージを負ったカレンの右手が刀から離れてダラリと下がり、重さのせいか刀の切先が下がるが、左手1本で切り上げてきた。

カレンが怪我をしたから一区切りだと思って棒立ちになっていた俺は予想外の攻撃に無理やり体を仰け反らせる。

なんとか避けれたが腰が痛え。

すかさずカレンは一歩踏み込み、返した刀で横薙ぎにしてきたが、片手だからか遅い。

タイミングを合わせて刀の腹に手を添えて軌道を下方に落としながら飛び回し蹴りをカレンの顔に放つ。

カレンは左肘を上げて二の腕で受けるが、また加減を忘れた俺の蹴りを受けて、刀を落とした。

つい10歳のガキ相手にマジでやっちまった。

まぁ特に加護も付けてない素手での戦闘だから大丈夫だろう。

ふと観察眼が反応した。

なんだと警戒するとカレンが飛びかかってきた。

目が真っ赤になり、額の端にツノが1本生えていた。

右手はダラリと下げたまま、左手を前に出し、ヨダレまみれの口は全開だ。

咄嗟に左手でカレンの左腕を掴んで引っ張り、右手で背中を押さえて地面に叩きつけた。

咄嗟の行動だったから、抑えつける際にカレンを考慮できず、カレンは地面に思いっきり顎をぶつけた。
たぶん舌は噛んでないだろう。

まぁ土だから大丈夫だと信じたい。

わりとマジで押さえつけてるのに、気を抜いたら拘束を解かれるんじゃないかというくらいに抵抗してくる。

鬼化してるからなのか鬼人族はもともとなのかわからねぇが、かなり力があるんだな。

そんなことは今はどうでもいいか。

「カレン!鬼化を解け。これじゃあ練習にならねぇ。」

「ヴゥゥ…。」

どうしたもんか。

見ていると髪の毛がつむじから徐々に白くなり始めた。

これは観察眼に頼るまでもなく、なんか嫌な予感がする。

案の定、半分くらいが白髪になったところで観察眼が危険を告げてきた。

危険予測に従い、拘束を解いてすぐに離れると、カレンがゆっくりと立ち上がった。


白く長い髪、前髪の隙間から存在を主張する白い2本のツノ、長い前髪で隠れているがたまに風に揺れて現れる赤い目、左の口角が少し上がって笑っているように見える口、背後にオーラが見えるんじゃないかというくらいの存在感でありながら、どこか儚げという矛盾を感じてしまった。

これが本当の鬼化か?

髪の色も長さも変わっちまったし、ツノが2本ある。

さっきの状態であの力だったんだ。
今は単純な力は俺よりあると思った方がいいだろう。

素手じゃ危ないだろうが、カレンが素手なのに俺が武器を使ったら負けな気がする。

しゃーねぇから相手してやるか。

「こいよ。そんな扱えねぇ力に頼ったって強くなれねぇことを教えてやるよ。」

言葉を理解しているのかはわからないが、俺の挑発に応えるように戦闘が始まった。


予想以上に速い。
もしかしたらセリナより速いんじゃねぇか?

しかもそれで力は俺以上。

一発くらったらボコボコにされるだろうな。ヘタしたら殺されるな。

それでも理性が働いてないからか動きが単調で避けることならなんとかできている。

だが、軽量の加護がないだけで、避けるのでいっぱいいっぱいになるとは思わなかったな。

この世界にきてだいぶ加護に頼っていたことを実感せざるを得ねぇわ。

避けながらどうにか出来ないかと思っていると、カレンが何かブツブツといっているのに気づいた。

だがよく聞き取れない。

「いいたいことがあるならハッキリいえ。」

この状態のやつにこんなこといっても無駄だろうがな。

「なんでなんでなんでなんでなんで…。」

攻撃の手は止めずに壊れたように何でを繰り返し始めた。

「なんでカレンばっかりこんな目にあわなきゃならないんだよ!」

一際鋭い一撃が放たれ、避けたはずなのに頬が少し切れた。

「鬼だから母ちゃんは殺さた!鬼人だから村を追い出された!鬼人だから施設に断られた!子どもだから仕事をさせてもらえなかった!人間じゃないから炊き出しをもらえなかった!餓死よりはマシだと奴隷になるしかなかった!奴隷だから怖いことも痛いことも強要された!なんでなんでなんでなんでなんで!」


ずいぶんストレスが溜まってたんだな。
だけどそんなことを俺にいわれても困る。
俺は奴隷になったら戦闘を強要するって先にいったはずだ。

それに生まれながらの境遇については俺よりもアリアの方がわかってくれそうだから、そっちにいってくれ。

正直俺の過去は恵まれてた方だからな。


カレンは鬱憤を叫びながらも殴りかかってきている。
よく叫びながらこれだけ速い攻撃を繰り返せるな。

俺は思考しながら避けに徹してるだけで結構限界なんだが。

鬼族が伝説を残すようなやつらってのにちょっと納得できる。
なんせ10歳の鬼人族でこれだからな。


それにしても最近のガキは3日も我慢出来ねぇのかよ。というか正確には昨日が初戦闘だから2日目が始まったばかりか。


そう考えたらイライラしてきたな。


もう武器うんぬんで勝ち負けとかどうでもいいや。


一度カレンから大きく距離をとり、鉄屑と化したガントレットをアイテムボックスから取り出し腰に付けた。

カレンがすぐに間合いを詰めてきたが、ちょうどいい。

カウンターの要領でカレンの額を殴るとそのまま後ろに倒れ、後頭部から地面に激突した。

軽量の加護が付いただけでこんなに動けるようになるとか、やっぱり加護って凄えわ。

ちなみに妹からもらった指輪はしたままだったが、カレンは額に傷ができてなかった。

どんだけ硬いんだよ。ちょっと指が痛えじゃねぇか。

カレンが仰向けから跳ね起きようとしたから、着地の瞬間に足を払ってコケさせて、両腕を掴んでうつ伏せに拘束する。


「なんだ?同情してほしいのか?お前は鬼の血を混ぜた母親を恨んでるのか?」

「母ちゃんは悪くない!」

「だったら今までの仕打ちを自分が鬼人だからってせいにするんじゃねぇ!」

カレンの肩がビクッと跳ねた。

「確かにお前が受けた仕打ちは同情に値するものだろう。だけどそれはお前が出会った奴らが腐ってただけで、お前が鬼人だから悪いんじゃねぇよ。」

「だけど!鬼人は半魔だから…。」

「お前の母親は魔族なのか?」

「違う!」

「じゃあ自分で自分を貶めるなよ。お前は母親の鬼の血が半分入った人間なんだって、むしろ誇ればいい。鬼の血とかかっこいいじゃねぇか。」

「かっこいい…。」

「俺はお前が鬼人だから厳しくするだの甘くするだのとは考えちゃいねぇ。それに俺は最初にいったぞ?奴隷になったら戦闘を強要すると。」

「うぅ…。」

「お前が鬼人だからとか子どもだからなんて関係ねぇ、俺とカレンがした約束だ。その約束を破るっていうならもう信用できないから俺はいらない。だが、俺はお前の鬼の力に期待をしてるんだ。…カレンくらいの歳じゃ最初にいった『鬼人だから』と今いった鬼の力、つまり『鬼人だから』の意味の違いはわからねぇよな。だが悪い、俺も言葉じゃうまく説明はできねぇ。」

こういうときにアリアがいれば代わりに説明してくれるんだがな。

なんか面倒になってきた。
イライラしてたのもどうでもよくなってきたしな。

「つ・ま・り・だ!カレンは鬼の血が混じってることを誇りに思え!そして鬼の力を存分に発揮しろ!」

もう自分でも何をいってんのか、何をいいたいのかわかんなくなってきた。

朝っぱらから頭を使わせるんじゃねぇよ。
俺は元々夜型なんだからよ。

「あらためて聞くが、カレンは俺の奴隷を続けるか?それともスラムに戻るか?」

けっきょくは本人の意思が大切だからな。
嫌々やられても迷惑でしかない。

「…。」

今度は髪の毛先から徐々に黒くなり、短くなっていった。

鬼化を解除したっぽいな。

途中からは会話もできてたし、制御できれば使えるスキルっぽいな。

「…ごめんなさい。」

「俺は謝罪が聞きたいんじゃない。そもそもストレスなんて溜めない方がいいから、発散したことを咎めるつもりはハナからねぇ。俺はほとんど怪我してねぇし。俺が聞きたいのはカレンが今後どうしたいかだ。」

「もう1人は嫌だ。にいちゃんと一緒にいたい。頑張るから見捨てないで…カレン覚え悪いけど、頑張るから…痛いのも怖いのも我慢する…強くなるから…ごめんなさい…ごめんなさい。」

今度は泣き出したみたいだ。

拘束を解いて、両脇を持って持ち上げて座らせた。

「わかった。ならこれからもよろしくだ。とりあえずこれでも飲んどけ。」

そういってアイテムボックスからポーションを取り出して渡した。

「…ありがとう。」

カレンは泣きながら、ポーションをちびちびと飲み始めた。

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