ワールド・ワード・デスティネーション

抜井

9

  僕たちはそのあと歩いて海まで行った。潜水艦を接岸する桟橋がいくつか海へ伸びているあたりを通り抜けて、そして小さな公園に出た。公園の端には錆びたクレーンがぽつんと取り残されていて、僕たちはそのすぐ横にある階段に腰かけた。
 「死んだかと思ってたわ。」
僕は桟橋の向こうに半分背中を出して浮かんでいる潜水艦を眺めていたところで、驚いて彼女を見た。
「どうして僕が死ぬと思った?」
「そうよね。そんなに簡単には死なないわね。」
「テレビを眺めているとね、毎日たくさんの事件や事故が起こっているのが分かる。片方では事故で何人もの人が一度に沢山死んで、もう片方では絶望的な状況からあっさり帰還してくる人もいる。」
僕はしばらく考えた後そこまで言って、もう一度潜水艦を見た。甲板の上に何人か制服を着た人が作業をしているのが見えた。
「どうして僕が死ぬと思った?」と僕はもう一度質問をした。
彼女は手の拳で膝を何度か叩いてから、「兄と同じ目をしてたからよ。」と言った。
「兄はね、5年前の夏、ちょうどあなたと同じようにあの港に座って海を見ていたの。」
彼女はそう言って風が吹いて顔にかかった髪を耳にかけなおす。
「音楽が好きで、小さい頃からギターを習ってた。」
僕はあかりを思い出してドキッとした。彼女も小学校のころピアノを習っていたからだ。
「私にはいつも優しかったけれど、ほかでは結構無茶をやってたみたい。あの日もきっと何かあって、それで」
彼女はそれから先を言わなかった。僕たちの間をまた風が通り抜けていった。海の潮を含んだ重たい風だ。

「本当は今日全部話してしまおうと思ってたの。」
少しして彼女はそう言った。
「人に話せることは話せないことよりずっと少ない、って昔誰か言ってたよ。」
「それ、今あなたが考えたことでしょ。」
僕は困った顔をした後頷いた。
「でも、本当にあなたはそう思うの?」
「うん。かわいい女の子とデートに行きたいのに、なかなか誘えないときがまさにそれだね。」
彼女は少し呆れた顔をしたが、それでも少しだけ楽になったようだった。

「僕は見ての通りいつでも暇だからさ、また話せると思ったときに連絡してほしいな。」
「ありがとう。」

太陽はいつの間に傾きかけていて、陶器を粉々に割ったような海はその光を反射して複雑に輝いていた。そんな景色をしばらく眺めていると、ふと僕はまるで女の子の心みたいだ、と思った。




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