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抜井

1.1 日本海軍試射廠跡

 朝の光が十分に体に染み渡る。これが私の今日のエネルギーとなる。ベッドから起き上がり周りを見回す。レンガの壁、大きなステンドグラスの窓、質素な什器、いつもと変わらない気色。
 洗面所に行き体を点検する。肩のところで切りそろえられた細い髪と、特徴的なくっきりした眉毛、細い目。ほっそりとした腕に、まだ十分には膨らんでいない服の上からではふくらみが分かりにくい乳房、そして真っ白な足。大丈夫、これはきちんと私の体だ。こうやって毎日自分の体を点検しないとある日突然消えてしまうような気がして怖いのだ。




  ここは私だけの世界だった。




それほど大きくないこの島は瀬戸内海の真ん中あたりに位置する。近くの呉市とは橋でつながっているが、住民も少ないためほとんど利用する人はいない。私が住んでいるのはこの島の一番はずれ、まず誰も来ないような場所だった。島の中央には大きな山があり、その山には舗装道路が付いていないので車で超えることはできない。おまけにその道は冬は凍結、夏は草が生い茂り動植物が跋扈するので一年でもわずかな期間しか通ることが出来ない。それゆえに山のこちら側、私が住んでいる場所へ来る人はいないのだ。
 ただ1人だけ例外の人がいる。高橋と呼ばれる初老の男性が私に不定期で近くの(といっても実際は結構遠いのだけれど)島から船で日用品を運んできてくれるのだ。しかし彼が私の世界に上がってくることはない。いつも段ボールを船から下すとすぐに帰って行ってしまう。
 彼は夕張の手配した人で、この島に住んでいる。私は今まで何度も夕張に助けられている。もしかしたら彼も同じように夕張に恩があるのかもしれない。




 もう少しここのことについて詳しく話そうと思う。
 ここは旧日本軍が極秘任務のために建設した巨大な施設群だったが、戦争が終わるときに米軍が破壊したために完璧な姿で現存する建物は少ない。私は生き残ったうちの一つのレンガの建物に住んでいる。ほかにも生き残った施設はいくつかあるが、いずれも木々が茂る山の中にあるため航空写真や海からでは確認できない。ただしドッグ、それだけは例外だった。ドッグは海に突き出た大きな建造物で、昔軍艦や潜水艦がそこに係留されていたらしい。今は高橋さんが船を止めて荷物を積み下ろしする場所になっている。そしてそこは私のお気に入りの場所でもあった。
  ドッグの上には戦時中から残るさび付いたレールがあり、そのレールはドッグの先端付近でぷっつり途切れている。私はレールの内側を歩き先端まで行く。先端からの見晴らしは素晴らしいものだ。昔千葉に住んでいる親戚の家まで行ったことがあったが、そこの海の眺めはつまらないものだった。太平洋というのは落ち着いて静かな海という意味らしいが、島の一つもなく、ただひたすら水平線が続く海を眺めるのは退屈だった。
 今ドッグから眺める瀬戸内海の景色は本当に美しい。あらゆる場所に島が点在し、そしてはるか向こうには、水平線すれすれに四国が見える。島と島の間は流れが速いのでところどころ白い泡が立って、きらきらと輝いてみえる。私はそこから見える景色が大好きだった。そしてそれを見るたび昔同じような海の景色を見たことがある気がするのだが、いつも思い出せない。

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