ケーキなボクの冒険

丸めがね

その187

左胸を打ち抜かれたリーフの呼吸はすぐには止まらなかった。
真っ暗な海の上の、星が煌めく空が、倒れるときに視界に入った。
そして瞬の足元。
板張りのデッキに倒れるリーフを、瞬は見下ろしている。
「大くん!どこだ!」リーフを探す小次郎の声が近づいてきた。
「さよなら、リーフ。」肩から血を流しながら、瞬がリーフを抱え上げる。
「瞬さん・・・・」天使のような美しい顔が間近に迫り、優しくキスをした。「運命がキミを守るなら。その時はボクは君の奴隷になろう」
「瞬!やめろ!」リーフが顔を横にそらすと小次郎の姿が見える。
瞬は少し高くなった台に足をかけ、海に向かって両手を伸ばした。リーフを抱えた腕を。
「やめてくれ!」小次郎の叫び声
リーフの身体が、一瞬飛び、すぐに暗い海の中に飲み込まれる。
「リーフ!!」そう呼んだのは小次郎だ。リーフを海に投げ込んだ瞬はなぜか優しく微笑んでいた。

リーフはあまり海を感じていなかった。ただ暗黒に沈みゆく自分の体。
宇宙
宇宙に漂うとしたらこんな感じだろうか、とだけ思う。

遥か海の底から巨大な何かがリーフに迫る。
それが何かは分からなかったが、不思議と恐怖は感じなかった。
もし、大いなる意思
というものがこの世界に存在するのであれば、それだったのかもしれない。
その中から白い影がゆっくりと近づいてきた。
「人魚・・・?」5メートルはある人魚の男がリーフを抱きかかえた。リーフの太ももの丸い紋章が青く光る。
リーフの意識はそこで途切れた。



リーフを追って、小次郎はためらうことなく暗い海に飛び込んだ。真黒な冷たい夜の海、助けられるはずも助かるはずもなかったが、小次郎は青い光に導かれる。
その光は小次郎にリーフを手渡した。
腕の中の小さな少女を助けることこそ、彼の運命。
小次郎とリーフは青い光に守られるように海面に上がり、ヘリに救助された。

瞬が打った銃弾はリーフの心臓をかすめていたが、動きを止めることはなかった。
病院に搬送し、緊急手術・・・小次郎は持てる財力と人脈を惜しみなく使ってリーフを助けた。小次郎だからこリーフの命は救われたのだ。
それこそが運命であるかのように。

数日間、リーフは目を覚ますことなく眠り続けていた。
その間はリーフの意識は二つの世界を行き来していた。
現実世界の家族と過ごした日々、学校での出来事、向こうの世界で出会った人々が交互に現れては消える。
そのなかで、不思議な空間が出てくることがあった。とても居心地がいい場所で、暖かくてどこか懐かしい。
女の人がリーフに話しかける。顔は見えない、ただとても優しい光のようなひと。
「リーフ。お願い」
「リーフお願い。この世界を助けて」
「リーフ、運命はいつもそばにいるから」


小次郎は常にリーフに付き添い、その手を握っていた。
ほとんど寝ていなかった小次郎が、その時だけはウトウトしていた。冷たかったリーフの小さな白い手が
ポワッ
と暖かくなる。
「リーフ・・・?」
その名を呼びながら目を開けた時には、ベッドの中に彼女の姿はなかった。



「・・・来る・・・」森の大賢者クルクルはアーサーに言った。クルクルは”風の精霊”と話せるようになっていて、海岸で倒れている、小さくて黒髪で巨乳の女の子の話を聞いたのだ。
「ううん、リーフはすでにこの世界に戻ってきている。ただ、この場所とは離れた南の海にいるようだけどね。」
「すぐに行くぞ!」アーサーは椅子から立ち上がったが、クルクルは手で制した。
「ちょっと待ってアーサー!リーフがその場所に帰ってきたことには、意味があるんだ。つまり・・・」「つまりなんだよ!」一刻も早くリーフのもとに走りたいアーサーが苛立つ。「つまり、リーフがここに来るのを待つ方が良いと思う。きっとその間に、運命の男たちに出会うだろうから。」
「ふざけるな!じゃあ、リーフがほかの男に抱かれるのをおとなしく待ってろっていうのかよ!冗談じゃねぇぞ!オレはもう・・・我慢できない!」
アーサーは考え込むスカーレットとベイド、クルクルを押しのけて地下室を出た。
「ジャック!起きろジャック!無理してでも飛んでくれ!リーフを見つけに行くんだ!」アーサーはホシフルの国の城中に響き渡る大声で叫ぶ。


リーフが打ち上げられたのは、人気のない海岸だった。
大陸の南端、グレンの国。
サラサラの砂浜と暖かい地域特有の植物、陽気な日差し。
「う・・・ん・・・」リーフがゆっくりと目を覚ます。まず目に飛び込んできたのは。まぶしい太陽の光だった。真上にあるということはお昼頃だろうか。
「って・・・」起き上がる時左胸がチクリと痛んだが、傷口は綺麗にふさがっていた。「え・・・ここは・・・・」ボーっとする頭を抱えて少しずつ記憶の糸を手繰り寄せる。
リーフが覚えているのは、瞬に銃で撃たれ、海に沈んだ時までだった。
「で、ここはどこなんだろう?海に漂流してたどり着いたのかな・・・?まさか天国じゃないよね・・・。」自信がなくなって辺りを見回す。
すると、10メートルほど横の砂浜に何かが見えた。目を凝らす・・・それは、倒れている人間だった。

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