ケーキなボクの冒険

丸めがね

その181

”ベランダに出ろ”と指示があった時間まであと5時間。このマンションに越してから、小次郎が大ちゃんを何時間も一人にすることはなかったし、夜7時になるとベランダは自動ロックされてしまうので出られるとは思わなかった。
「でも・・・」と大ちゃんは思う。「もしこの映像を送ってきたのが瞬さんなら、きっとどうにかするんだろうな。」
果たしてその通り、小次郎はその日に限ってなかなかマンションに帰ることが出来なかった。大学で次々に断れない用事が舞い込み、帰り道では前方の道路で人身事故があって大渋滞に巻き込まれた。時計を見ると8時半。いつもならとっくに大ちゃんのもとに帰っている時間だ。
「大くん、大丈夫かい?まだ少し遅くなりそうなんだが・・・」「小次郎さん、ボクは大丈夫ですよ。心配しないでください。」
10分おきにかかってくる小次郎の電話。今の場所からすると、9時過ぎの帰宅になるだろう。
ほらね、と大ちゃんは思う。
8時55分、ベランダの大きなドアは、カラカラと軽い音を立てながら当たり前のように開いた。もうかなり涼しい夜風が全身に当たる。どうやってこの、小次郎が作った要塞のようなマンションのセキュリティーを破ったのか。大ちゃんは単純に知りたいと思った。
(もしボクが生きて瞬さんに会う機会があったら聞いてみよう・・・聞いても分からないかな、難しすぎて)
辺りをミョロキョロ見回すが、怪しい人影はないようだった。(腕利きのスナイパーがどこかにいて、ボクを狙撃するのかな・・・?マンガみたい?)大ちゃんはベランダに置いてあるアンティークのベンチに腰掛ける。(もうなんだか疲れちゃった。小次郎さんに迷惑かけたくないし、ましてや結婚なんて無理だし、男の戻れそうにもないし、どうにでもなれ!)やけっぱちである。
時計は9時を差した。
「あれ?」何も起こらない。上からも下からも訪問者はいなかった。「おかしいな、時間間違えた?」
「間違えていないわよ」すぐ横から声がする。
小次郎の部屋のベランダに美紀が髪をなびかせながら立っていた。


*****
「リーフはどこだ!!」
ドンッ!
紅い髪の王子アーサーは、大きな木のテーブルを力いっぱい拳で叩いた。
「まあ落ち着いて。アーサーも見たでしょう?今リーフは、違う世界にいるんだ。」
森の大賢者クルクルは、呆れた顔でアーサーを見た。「ほんと気が荒いな、アーサーは。」
ここは薄暗いレンガ作りの地下室。かび臭い匂いと、狭い空間にキツイ薬草の香りが充満している。
部屋の真ん中に四角いテーブルが一つあり、その上には古い壺と大きな丸い紫の水晶が乗っている。4つのイスにはアーサー、クルクル、ベイド、スカーレットが座っていた。
「確かに、リーフ様がいた・・・!見たこともない世界に・・・」スカーレットも悔しげにつぶやいてテーブルを叩いた。美しい顔が苦悩で歪む。
椅子に納まりきれない体格の大きなベイドは、難しい顔をして腕を組み水晶を睨みつけていた。
「テーブルを叩くのはいいけど、水晶には触らないでね。効力が消えるから。」クルクルは薬草をツボにいくらか足しながら言った。木のしゃもじで混ぜると薄く煙が上がる。
「つまり、リーフはこことは違う世界にいるんだよ。見たでしょ?あそこは、リーフがもともといた世界なんだ。リーフは何らかの理由で帰ってしまったんだよ。」
「どうすればリーフを連れ戻せるんだ?!」アーサーが怒鳴る。「だから落ち着いてってば。多分だけど、リーフはこちらでの記憶を大部分失っている。まずは思い出してくれれば解決策の見つかると思うんだけど・・・。」「そうは言っても、こちらからはほとんど何もできない。また、あちらの世界にコンタクトを取れませんか、大賢者殿。」スカーレットはじっとクルクルを見る。
「スカーレットとアーサーを向こうの世界に少し送ったけど、もうしばらくは無理だね。ボクの魔法と水晶の力を合わせてもあれが限界なんだ。それに二人の体の負担も気になる。普通の人間だと、肉体と精神が元に戻らないからね。でも、一番気になるのは・・・」「気になるのは?」ベイドが口を開いた。
「リーフが死にかけた状態で向こうの世界に行ったことなんだ。リーフはヒューと言う男の剣で心臓を貫かれた。その瞬間消えたという。もしかして、必要だったから向こうの世界に行ったんじゃないかって思うんだ。」「・・・つまり、今無理にこちらに連れ戻しても、リーフの命が危ないってことか?」「まあ、そういうこと。」
「だけど!」アーサーがまた机をたたく。
「リーフはあっちの世界でも困ってるじゃないか!!」


時はさかのぼって、リーフが消えた日。
マーリンとララの目の前で、リーフがヒューに刺された時。正気を失っていたヒューはすぐさまララによって取り押さえられた。「ヒューさんを殺さないで・・・」その言葉と共に、リーフはマーリンの腕から消えた。
「リーフ!!」狂ったようにリーフを探すマーリンとララ。
そこに現れたのが、クルクルとアーサーだった。「一足遅かったみたいですね・・・。」

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