ケーキなボクの冒険

丸めがね

その165

走るルナの前方にアリスが見えた。麻の薄い布のフードをかぶっているが、ルナにはすぐにわかる。それがアリスであることが。
側には男が一人いた。濃いブロンドの髪をした男だ。
「アリス!!」
ルナは叫ぶ。
アリスはゆっくりと振り向いた。フード越しに微笑む唇は、何もかも分かっているかのようだ。
「ルナ。」
名前を呼ばれて、ルナの汗ばんだ背中は身震いする。透き通った、愛らしい声。
「アリス・・・わたしはお前を殺しに来た・・・」
「だと思った。」探し求めていたアリスの微笑。
ルナは、自分の上半身の服を破り、胸をはだけた。日焼けした肌の乳房の下に、赤い魔法陣が彫り込んである。
「ルナ、あなたまさか・・・やめなさい、それを呼び出したら無事では済まないわよ。」
「アリス・・・どうして巫女たちを殺したんだ・・・!どうして・・・ひとりで・・・」
「・・・」
「いや、もう理由なんかどうでもいい。全てを終わらせてやる!」そう言うとルナは、魔法陣の真ん中にナイフを突き立て最後の印を刻んだ。
魔法陣は血しぶきをあげ、赤く光る。「ああああ!」ルナの絶叫とともに、その輪から何かが出てきた。
「あいつを殺せ、”混沌の亡霊”!」
”混沌の亡霊”・・・カラスのような漆黒の体、背中の羽、その顔は死者が蘇ったような醜さ。
長く伸びたどす黒い腕には長く鋭い爪。
その体はどんどん巨大化し、10メートルを超える木を見下ろすほどになった。
辺り一面も突然の雷雨の前のように暗くなる。

「ルナ、あなたがそんなにバカだったとは驚きだわ。自分の体を使って混沌の亡霊を呼び出したということは、私の命だけでなく、あなたの命をも捧げなければ地獄に返せないのよ。」
「百も承知だ、アリス。そして、我々の魂は未来永劫地獄の僕になるということもね。共に行くんだ、地獄へ、アリス」
「まっぴらごめんだわ。」
アリスは呪文を唱えながら、爪の先でその腕に何かを書き始めた。
「・・・まさか・・・あいつを止めろ!混沌よ!」
混沌の亡霊は暴風のようにアリスに迫った。しかし赤い光がアリスを守る。
「くそ、あいつの中にはすでに赤のドラゴンの加護が宿っているのか・・・!」
アリスの腕の魔法陣が完成すると、アリスは人の言葉でない何かを叫んだ。
すると、魔法陣から目もくらむような閃光が放たれ、そのあとアリスの右腕は爆発して消えた。
「百目の巨人!」
アリスは自らの右腕と引き換えに百目の巨人を呼び出す。
「ルナは内臓を、私は右腕を差し出したわ・・・。もう後には引けないわね。」


リーフとジャックが追い付いた時には、辺りはまるで地獄のようになっていた。
「・・・う・・・うそでしょう・・・?あれはなに・・・?」
空には暗雲が広がり、大地は唸り声をあげる地響き。共に10メートルを超す巨体の二匹の怪物たち。
向かい合い、視線を外すことなく互いを見つめる二人の少女ルナとアリスは、どちらも真紅の血にまみれている。
「ルナ!・・・アリス!」リーフはとっさに叫んだ。
百目の巨人から伸びた手がリーフを狙ったが、ジャックが間一髪で助ける。「リーフ、あいつらは危険だ・・・!ひとまず逃げるしかないぞ・・・!」「そんな、だってルナとアリスが血だらけで・・・」そう言っている間にも百目の巨人の手が襲ってくる。怪我をしているジャックがリーフをかばうのも限界が見えていた。
「リーフ様、お逃げ下さい!アリスとこの百目は私が地獄に連れて行きます!」「ルナ!ダメだよ!」「混沌よ!百目を亡ぼせ!」
混沌の亡霊はルナの声で両手を広げた。黒い闇が広げた腕の残像に残る。そしてその闇は鈍く光る爪のような剣となり、大きくしなると百目の巨人に向かって伸びていった。
亡霊の剣は巨人の体に雨のように降り注ぐ。赤黒い血しぶきが辺りに飛び散り、その血は煙を出しながら草木を溶かした。
「火炎!!」ルナが叫ぶと、混沌の亡霊はその醜い口から炎の柱を吹き出す。それは百目の腹に当たり肉を溶かした。
亡霊が動くたびに、ルナの魔法陣から血が流れる。
溶かされた肉をものともせず、百目は体中から伸びた手で混沌に掴みかかった。
「破裂!」今度はアリスが叫ぶ。百目が掴んだところの亡霊の身体がドンッ!という爆音とともに破裂した。
「どうしようジャックさん・・・どうなるの?」リーフは恐怖のあまりジャックにしがみついた。ジャックはその腕にしっかりとリーフを抱きしめる。
百目と混沌の恐ろしい戦いが続いた。やがて百目は、混沌の剣によって体を縦に真っ二つに切断される。
「よし・・・!やったか・・・?!」しかしルナの勝利ではなかった。切断された片方の身体が、手と足を一本ずつ動かし、地を這うようにルナに近づく。
「くっ・・・!」ルナは剣を抜いたが遅かった。百目は背中から腕を伸ばしてルナの片方の眼球をえぐる。
「ルナーー!」リーフはたまらず、ルナの方に駆け寄った。ジャックは止めようとしたが、傷が痛んで間に合わない。百目はリーフの方に向きなおして手を伸ばす。
「百目、あの目障りな女も殺せ!」「止めろアリス!!混沌!!百目を止めろ!!リーフ様逃げて・・・!」潰れた片目を押さえながらルナが叫んだ。

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