ケーキなボクの冒険

丸めがね

その105

緑のマントを被った女は、クルトによく似た美しい顔をしている。ただその長い髪の毛は、金髪ではなく暗い紫色、生気のない瞳も、茶色ではなく血の赤色だった。
彼女が人ではないことは明らかだ。
「どうだ」女は無機質に言った。「すぐに絶望の扉が開くでしょう」クルトが膝をついたまま答える。「そうか」
マントの女は、クルトの顔を見て何かを言いかけたが、やめた。いつもと少し違う息子の顔。
女はクルトに小さな黒い瓶を渡す。クルトはそれを皮の袋に包んで胸元にしまった。
「決して振り向くな。」女はクルトを通り過ぎて雪の森に帰っていく。
その後ろ姿は歩くたびどんどん大きくなり、形が変わり、緑色の大きな蜘蛛になった。恐ろしいことに、その足には世にも恐ろしい形相をした女たちの顔が付いていた。1本に1つの顔。8人の女の顔が。その8つの恨みの叫び声とともに、クルトから母と呼ばれた女は消えていった・・・。


リーフが目覚めたのは夕方だった。お昼前から眠っていたので、昼寝にしては長かった。
「誰かがベッドに運んでくれたんだな・・・。」起き上がろうとしたとき、今見た夢のことを思い出した。
裸にされ、手足を縛られて、誰かに激しく求められてしまう夢・・・。夢のはずなのに、快感も痛みも生々しい感触が残っている。「うわ~・・・。ボクなんちゅー恥ずかしい夢を見てるんだろ・・・。この世界に来てからいろいろ・・・いろいろされたからなぁ。いかんいかん」一人顔を赤くしながら、自分がちゃんと服を着ていることを確認して安心した。
リーフが大急ぎで、キッチンを借りてエリー姫の夕食の準備をしていると、ロックがニコニコしながら近づいてきた。「あ、ロック、お夕飯少し待っててね。先にエリー姫のハーブケーキ作っちゃうから・・・。」「は~い。ところでリーフ、どうだった?」「え?なにが?」リーフはケーキ作りの手を止めずに答える。
ロックはリーフの微妙な反応に、2秒ほど考えた。そしていつも調子で明るく言う。「ううん、なんでもないよ!」
(サスケ、寝てる間にやっちゃったのか)このつぶやきはもちろんリーフには聞こえていない。
1時間ほど前、サスケはリーフと結ばれた証拠を持ってきた。ロックはそれを見て、「さぞ痛かっただろうね」とだけ言った。


3日目の夕飯をエリーの部屋に運ぶリーフ。体に優しそうなハーブケーキと、ベリー系の果物を混ぜた解毒のお茶。
コンコンドアをノックして入ると、エリーはいつものように窓辺のイスに腰かけて座っていた。窓辺と言っても洞窟なので、窓から見えるのは岩肌のみ。
エリーがリーフの方を見た。いつもは視線だけ寄越すのだが、今回は顔全体をリーフに向ける。
リーフは「あっ・・・・」と思った。顔中、体中がむくんでいたのに、今は少しスッキリしたように見える。肌の色も艶が出てきた。何よりよどんでいた瞳に光がある。
「すごい!」思わず声を上げるリーフ。「エリー様!すごい良くなってますよ!なんていうか、綺麗です!!こんなに早く治るなんて、すごいです!!」
エリーは目を丸くした。綺麗、と本心から言われたのは生まれて初めてかもしれない。実は自分でも、体が軽くなり、肌を触った感触が良くなり、気分も良くなっているのを感じていたのだ。
エリーの茫然とした沈黙を怒っていると思ったリーフはなるべく近づかないように、窓辺から遠くのテーブルに食事が乗ったトレイを置いた。「すこしでも、食べてくださいね。」と言って部屋を出ようとしたとき、後ろからつぶやくような声が聞こえた。
「・・・本当に、お母様が用意して下さった食べ物には、毒が入っていたのかしら・・・」
バッと振り向くリーフ。姫は何もない窓の外を見ていた。
体にたまった毒と一緒に、気持ちの毒も出て行ってるのだろか、姫が素直になった気がする。リーフはエリー姫がとても寂しそうに見えた。
「そうかもしれないけど・・・、食べ物に入っていたのは毒かもしれないけど、もしかしたら王妃様は本当に薬だと思って・・・、勘違いしてエリー姫にあげてたのかもしれないよ・・・!」エリー姫は必死に言うリーフにフッと笑った。

それからエリーは、用意された食事をすべて食べるようになり、一言二言、リーフに話しかけるようになった。クルトとロックも、姫を励ますために大いに活躍した。ロックは底抜けの無邪気さと話術で、旅の話など聞かせて楽しませ、クルトは歌を歌ったり楽器を弾いたりして心を癒した。サスケは雪山にしか生息しないという貴重な解毒の薬草を、何種類も取ってきてくれた。
エリーはみるみるうちに、醜いアヒルの子が白鳥になるかの如く、美しくなっていった。
肌は陶器のように透明感がある艶やかな白に、声もよく響く綺麗な声に、体も余分な水分と脂肪が抜け、スッキリした長身になった。髪だけは、長年にわたって蓄積された毒が抜けず、エリー姫は自ら長い髪をショートカットに切ってしまった。
洞窟に来てから5日、エリー姫は凛々しい美女に変身した。


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