全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

44話 母の存在

「自分でもなにがなんだか分からなくなっちゃって…それで、って誰なの?となにか関係があるの?」

「つきしまたくみは母さんの実の息子だよ。そして、それこそあの拓相だ」

「そう」

「なんか冷めてんね」

「私においっ子なんていないからおかしいとは思ってたんだけど、まさか自分の子だったなんてね。てっきり、養子かなにかだと思ってたよ」

「その記憶は消えてなかったんだ…」

「そうみたいだね…ねぇ、ゲン」

「ん?」

「ここ、懐かしいね。毎年来てるの?」

「いいや。久しぶりに夏恋に会ったから、たまたま来ただけだよ。それがどうかしたの?」

「特になにかあるわけじゃないけど…あんたたち本当に仲良かったもんね。施設に行った後も一緒に遊んでくれてたんでしょ?私からもちゃんとお礼しなくちゃね。それから…」

「母さん。もう話済んだんなら、俺ちょっと用があるから行くよ」

「やだ。反抗期?」

「年的にはそうかもしんないけど、違うから。もう行くね」

「ちょっと待って。行くってもしかして、あんた本当の家に帰るつもり?」

「…そうだけど、よく分かったね」

「自分の子のことぐらいなんでもお見通しだよ。ほとんど一緒にいてやれなかったけど、ずっと見てたんだから。あんたたちのこと…でも、月島 幻舞のことがいくら分かっても、本当のゲンが分かんない。ゲンはやっぱり私の子じゃないのかな…ねぇ、教えてよ。ゲンのこと、ゲンの家のこと、全部教えてよ」

「心配しなくても、血が繋がってなくたって俺は母さんの子だよ。生みの親より育ての親とはよく言ったものでしょ」

「ありがとう。ゲン」

 紅葉は幻舞を強く抱きしめた。

「じゃあ、俺もう行くから」

「やだ。ゲンが話してくれるまで私このまま離れないから」

「子どもかよ」

「子供じゃないもん」

「はぁ…もう、分かったよ。話せばいいんでしょ。話すからもう離れて」

「やだ。ゲンのことだから、離したらそのまま行っちゃうでしょ。ほら、いつまでも浴衣姿の若子たちに見惚れてないでこっち向いて」

「はぁ…じゃあまず、そのことから話すか」

 賑やかな境内から身体ごと視線を逸らし、紅葉の方に

「俺目が見えなくなったんだ。昨日の試合の時」

「えっ…うそっ!?なんで急に…」

「心臓に病があるって前に言ったことあったよね」

「うん」

「それが原因なんだ。目も。耳も。何個かは分からないけど、俺の身体には魔力の流れを止める魔工具ルーンが埋め込まれれていて、時限式だとは思うけど、不定期に来るその魔工具の起動で身体の自由が奪われていってる」

 神経系、リンパ系に次いで並ぶ魔力系。身体全身を巡る魔力管まりょくかんは魔力によって基礎運動能力の上昇を可能にし、目が良く見え、耳を良く聞こえるようにした。
 しかし、それらは魔法の行使による能力上昇とは異なり、細胞に魔力を供給する、いわば血液循環と同義である。それが普通となった細胞は魔力の供給が止まると、再度魔力が供給されれば復活する仮死状態となってしまう。

「そんな…どうすることもできないの?」

「無理。身体の自由が全部奪われたら生物兵器として使われるらしい。そんな胡散臭うさんくさい話信じてなかった時期ときもあったけど、実際、目も耳も、四肢と味覚まで失くなっちゃったら信じるしかないかな」

「…」

 紅葉は絶句した。眼前に広がる“”の二文字から、声もなく涙を流すしかなかった。

「ごめん。急にこんな話…」

「うぅん。私が頼んだんだし…それに、嬉しいの。こんなにゲンが自分のこと話してくれたの初めてだから。だから続けて」

 次から次に溢れ出る涙を必死に拭いながら、一音一音発する度に声は細くなり、今にも消え入りそうだった。

「じゃあ、次はクーウィルのことだけど、その前に“シンツウ”についてちょっと話さないといけないけどいい?」

「どういうこと?」

 辛うじて聞き取ることが出来たが、声が震え正確にそう発音出来ていなかった。

「シn…」

『パシン』

 幻舞が話し始めようとしたところ、紅葉は自分の両頬を手のひらで叩き、喝を入れた。

「急にどうしたの?そんなに気合入れなくても大丈夫だよ」

「ご、ごめん。自分から『聞きたい』なんて言っといて情けなくて」

「まぁ、別に謝らなくてもいいけど。じゃあ、惑星シンツウのことから話すよ」

「うん」

 覚悟を決めた威勢の良い返事が、どこか明るくもみえた。

「あそこは一つの国家しかないんだ。しかも、その国は一人の人間だけで成り立ってる。要するに、シンツウは一人の人間が牛耳ぎゅうじってるんだよ。とはいっても、シンツウの大きさは精々、東大陸国程度だけどね」

「そんなことって…程度なんてもんじゃないよ。凄すぎるでしょ。それで、一体誰なの?そのシンツウを支配してるのは」

「俺の実の兄“ジルク・クーウィル”。俺たちクーウィル家はシンツウの民に命令できる権力はあるけど、あいつにだけは逆らえない。逆らえば、殺されるだけだからな。ただ、ジルクの前以外では権力が使い放題だからわざわざ殺されにいこうなんて奴もいないってわけ。それであんな好き放題やってんの」

「じゃあ、ジルクってのが就いてからそうなったってこと?」

「いや、あいつが特別酷いだけで、昔から、少なくとも親父の時もそれなりには権威的ではあった。ただ…あいつだけは唯一、国王親父に逆らうことが出来た。あいつの魔法は別格なんだ。前国王親父を殺したのはあいつだしな」

「えっ!実の父親を殺したってこと?」

「そういうこと」

「それが許されてるの?」

「許す、許さないは一番力のある奴が決めるんだよ。あそこは。だから、ジルクにはなんの処罰もない。不審に思ったところで、それを行動に起こせば親族もろとも皆殺しになるから従うしかない。そんなんを敵にしてんだ。母さん達を巻き込めるわけねぇだろ。何人死ぬかわかったもんじゃねぇし」

「…」

 先程までの元気は消え、再び、今度は“絶望”と“”の前に言葉を詰まらせた。

「取り敢えず、全部話すって言っちゃったから話すけど、本当に大丈夫?こっからは結構きついと思うけど。特に母さんにとっては」

「どういう…事?」

「“邪双剣イガナ&ウレナ”。聞いたことあるだろ」

「ウレナってあの?」

「そう。勇さんの“邪剣ウレナ”は双剣なんだ。んで、もう一方はジルクが持ってる」

「じゃ、じゃあ、勇は…」

「思ってるのとはちょっと違うと思うけど、こっちの情報は全部ジルクに渡ってると思うしってのもあながち間違いじゃない。ただ、あの武器ルーンの魔法<表裏一体アンチノミー>で操られているようなものだな。元々、光属性は精神操作にけてるし、情報をリークする時のことはどうとでもなるだろうから勇さんはなにも覚えてないんじゃないかな」

「あ、もしかしてゲンの魔法属性ってそういうこと?」

「いや、そうだけど。そこ!?もっとなんか、勇さんのことでないの?」

「いやぁ…まぁ、確かに驚いたよ。驚きはしたんだけど、驚きすぎてなにも感じないっていうか…勇がスパイか…って、今こんな感じ。ねぇ、もしかして拓相も…」

「拓相がどうかした?」

「いや、なんでもない」

 我が子の事を何一つ知らない自分が嫌になり、紅葉はそれ以上口にするのをやめた。

「そう…んで、なんだっけ。えーっと…そうだ。勇さんのことも話したんだっけ。それでずっと気になってたことがあるんだけど、勇さんの“時間アンプラ”って本当?」

「本当もなにも、あの時、あんたの魔法で操られてたから嘘なんかつけっこないでしょ」

「そうだっけ?」

「そうだっけって…で、それがどうしたの?」

「いやぁね、ジルクも持ってるんだよ“時間”と“空間アンプラ”」

「偶然とは思えないってこと?」

「そう。ただ、魔法の譲渡じょうとなんて聞いたことねぇし。そもそも、“時間”と“空間”なんて固有魔法があること自体おかしいんだよ。いろんな対象物に決まった力を加えるのが固有魔法の特徴で、汎用型属性魔法の上位互換とか他属性系魔法みたいに例外はあるけど、時間空間を操るなんて次元を超えた魔法、どの例外にも分類しようがない」

「そんなこと言われたって、私だって分かんないわよ」

「そうだよな。ごめん。じゃあ、最後は俺の魔力のことなんだけど、実は……」

「だからあんな必死で庇ってんの?昨日ももしかして操られてたわけじゃないの?」

「あんなちんちくりんに操られてたまるか。まぁ、そういうわけだからあいつを死なせるわけにはいかねぇんだよ」

「そっか…」

「なにその顔」

「いや、時間が空間がなんて言ってるけど、あんたも大概だなと思って」

「はぁ!?俺なんか全然優しいもんだろ」

「どこが」

「まぁ、いいや。そんなことよりもう一つ言っとくことがあった。総紀おじさんは本当は母さんのこと殺せって言われてたのを生かしてくれたんだから、殺そうなんて考えるなよ。それに、母さんが生きてることがジルクに知れたら総紀おじさんも危ないから、くれぐれもばれないようにね」

 幻舞の眼差しは再び、境内へと向けた。
目の前に色づいた世界が広かっていた事、そして隣にはいつも夏恋の姿があった事、様々な事が走馬灯の様に頭に流れ込んでくる。常に緊張状態だった幻舞に懐かしむ間を与えたのは間違い無く、背後に居る紅葉母親だった。

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