全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

40話 劣等感

  

 -7月中旬、月島学園第一訓練場-


 校内戦が始まって二週間も経たない内に第一訓練場の修理は終わり、それ以外に明らかな原因があるが、試合をまわす効率が上がった。
 300人いた選手も段々と数を減らしていき、開幕より一ヶ月以上経った現在いま、残りは16人となった。

「さぁ!校内戦も残すところあと一週間となりました。本日行われるのは、皆さんもご存知の通り無敗組の決勝です。入試の時に一際注目を集め、その直後に軍からの特別推薦で入隊。次はなにをしてくれるのか期待せずにはいられない異才を放つ一年生、月島 幻舞選手が昨日の第一位会長に続き、本日の決勝の相手、第二位の神代 遥選手までも破ってしまうのか目が離せません!」

「「「うおぉー!」」」

 桜田 香華の言葉を合図に、会場の雰囲気は徐々に熱気を帯びていった。
 その一角で、やけに目立つ大きな団体が内輪話に花を咲かせていた。


 -同施設、展望テラス-


「最近は試合以外で全く顔を見せてなかったくせに、自慢でもしに来たの?」

「そうそう。どうだ?『異才を放つ一年生』だってよ」

「はいはい。それで本当はなにしに来たの?」

 千鹿達だ。自分の試合が無くなったクラスメイトも応援しようと自然に集まり、さらに大きな団体を作っていた。

「「「あはっ…」」」

「「「おのれ、月島 幻舞…」」」

「本当、なにしに来たんだか…あんたもあんたよ。満更でもない顔しちゃってさ」

 応援を目的に来たはずの1‐Aと1‐Bのほとんどの生徒が、幻舞に向けて様々な視線を飛ばしていた。主に女子生徒が憧れや尊敬の眼差しを。一方、男子生徒からは嫌悪や嫉妬、怒りなど全く逆の感情が込められた眼差しを。女子生徒の中にも、若干一名だが真横からそういった眼差しを送る者がいた。


「ここ、第一訓練場一試合目には、総合武術世界チャンピオンの信楽 飛鳥選手が登場します。この選手もまた、一年生にして軍への入隊を既に決めている異才の持ち主。そんな彼が、この試合、どのような戦いを見せてくれるのか注目です。」

「「「うおぉー!」」」

「さらに、その対戦相手も一年生。今日試合を控えてる他の選手も合わせると、ここまで残った一年生は六人もいるのが驚きです。これは間違いなく過去最高でしょう!というか、そうであって欲しい…」

「「「あははは」」」

 会場の盛り上がりも最高潮に達したところで、香華が軽く本音混じりのボケを挟んだ。すると、まるで台本が用意されていたかのような、息のあった合いの手が展望テラスの生徒から入った。

「それでは、選手の入場です。東門より姿を見せましたのは、1-A信楽 飛鳥選手!四月のランキング戦には出場していないものの、入試の実技成績は学年四位。一年生トップクラスの実力者であることはこの数字が証明しています。対して、西門より姿を見せましたのは、同じく1-A月貞 天生つきさだあまき選手!信楽選手もそうですが、一日目に惜しくも負けてしまい後がない中、一年生は勿論、二年生、三年生の上位ランクの選手も次々に薙ぎ倒す怒涛の追い上げで、復活組の七回戦、ベスト16まで駒を進めてきました。さぁ、まもなく試合開始です!」


『let’s strike on』フォーン


「おっ、始まった始まった」

「今日は確か全員あるんだったよね」

「あぁ、俺の相手はまだ決まってねぇが、幻舞以外は俺も含めてみんな復活組の七回戦だな」

 本戦行きをかけた二重トーナメント形式で行われる月島学園“BOS”校内選抜戦。二度負けるまでは、たとえ一回戦で負けようが決勝で負けようが敗者復活のチャンスが与えられる。
 一回負けたほうが必然的に試合数が多くなる為、うまいことどこかで負けようと考える者がでてくるほど生徒達にとってはありがたい話ではあるが、これは優しいわけではなくちゃんした理由がある。トーナメントと言っても試合の組み合わせが毎回ランダムで決まる特殊ルールが採用されている為、多少の運も関わってくるが様々なタイプの相手に対応できる柔軟性が求められているのだ。

「私の相手はさっき来てたよーな…」

 撫子はおもむろに手持ちの端末を操作し始めると、突然千鹿の目の前に端末の画面を差し出した。

「じゃーん!猿島さるしま…って、誰だろー」

 一族の名は知識として持っていた撫子だったが、学校以外では個人として有名でない者の下の名前を知識としては持っていず、名字だけを読んで少し間を置くと、誤魔化すように後を読むのを諦めた。

成弥なるや。猿島 成弥。ってか、あんた一度会ってるでしょ!名家のお坊ちゃんだからってすごい偉そうだったあの!」

 漢字がわからない生徒に先生が享受するように、千鹿は二回音読してみせた。
 幻舞の特別入学試験の時、誰に飛ばしたものでもない野次を飛ばしていた三年生、学年ランク第五位猿島 成弥。

「うん…」

「ちょっと、聞いてんの?」

「うーん…」

「はぁ…撫子、つきs…拓相が結婚しよだって」

「うーん…」

 自分の対戦相手よりも各訓練場での一試合目と二試合目の組み合わせが流れている電光掲示板の方が気になるようで、千鹿の話をずっと上の空で聞いていた撫子の応えは全て生返事だった。

「まったくもう…ん?みんなどうしたの?」

 千鹿達を囲む1‐Aと1‐Bの生徒の大半が顔を赤らめたていた。その内、男子生徒は顔いっぱいにシワを作り拓相の方を睨みながら。女子生徒は驚きが隠せない者や撫子を心配している者など様々だったが、それでも皆共通して顔は赤かった。

(本当に忙しいなぁ…)

 などと思いながら、千鹿が改めてキョロキョロと見渡していると、おそらく会話の内容に興味をそそられ、その奥から千鹿の方をチラチラと見る男女数名が、視界に小さく映った。千鹿はようやく自分達が目立っていることに気がついた。

「ちょっと、あんたたちとりあえずその顔やめろ」

 周りに聞こえないように小声で言った千鹿の声は届かず、皆の表情は固定されたままだった。

(それはそうと、撫子はちゃんとわかってんのかな…噂での言動がどうであろうと相手は”中位一族”〇〇家なんだよ)

「はぁ…」

 自分で吐いた大きなため息を目で追うように、足元を見つめていた千鹿の目線は顔ごと上へ向けられた。

「ねー、千鹿ちゃんは誰とやるの?」

「えっ!あ、あぁ…まだ。会場が第二訓練場あっちってことだけは昨日連絡来てたけど」

 撫子ほどいい加減な返答はしなかったが、千鹿もまた自分の思考に集中していた為、特段唐突でもない撫子の問いに一瞬言葉を詰まらせた。

「お前ら、ちゃんと観とけよ。今日勝てば、明日当たるかもしれない相手が決まるんだぞ」

「観てはいるんだけど、飛鳥も天生君も一回見てるからね。今までも一回見れば大体いけてたし」

 手すりに両ひじをつき、その上に顎を乗せながら試合を見ている千鹿は、幻舞の方に顔を向けることなく、そのまま試合を見ながら受け答えをした。

「なら、天生に注目してこの試合観てみろ。あの後、ちょっと手ほどきを加えたんだよ」

「あんた、一人一人みんなに特訓つけてんの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど、育成ゲームやってるみたいでついつい楽しくなっちゃってな」

(月島、サイコパス…)

 千鹿は顔を引きつらせながら、飲み会で突然性癖を暴露する変態を見るような目で幻舞を見ると、そのまま、するすると一歩どころか二歩も三歩も後退した。


 ・


 ・


 ・


「撫子の試合は全く見所がなくてつまんなかったぁ…飛鳥の試合とは大違い」

 千鹿達の基準で結果だけを言うとすれば、飛鳥が勝った。しかし、内容は、二人の魔工具ヴァッフェが試合のレベルを底上げし、高校生同士の闘いとは思えないかなり高レベルな試合の中で、どっちが勝つか最後まで予想できなかった。
 防御が鉄壁な天生に、攻撃を受け流した後素早く攻撃にシフトチェンジする、攻防一体の飛鳥。両者の攻守が目紛めまぐるしく入れ替わりながら、二人が一つの塊のように、観てる方が疲れるほど舞台を縦横無尽移動していた。
 しかし、決着は突然、あっけなくついた。天生の“魔力流動”が疲れで少し疎かになったことにより、<戈宵水かしょうすい>の甲冑シールドが脆くなった一瞬、飛鳥がそれを見逃すことなく一撃で仕留めた。
 この試合に比べれば、撫子の試合は試合開始数秒で決着がつき、見所と呼べるものをあえて挙げるとすれば決着の瞬間ぐらいだなものだった。<氷の雨アイスヘイル>を避けきれず被弾。これも見所かどうか怪しいところだ。

わるーござんしたーねー」

 周りの意見なんてどうでもいい。という旨を伝えたかったのだろうが、いつもの言葉を感情を除いて言えばよかったものを、わざわざ使い慣れていない言葉を使った為、イントネーションがごちゃごちゃだった。

「「「あははは」」」

「もー、笑わなくてもいーじゃん!」

『ピロリン』

 その時、皆の笑い声を遮るように無機質な音が鳴った。拓相の端末だった。

「わりぃ。会場の雰囲気にやられたみたいだわ。先に行っててくれ」

 拓相は自身の端末を開き、数秒固まったように画面を見た後、そう言った。

「冷めてから当てられてんじゃないわよ」

「…行こう。千鹿ちゃん」

「会長?どうしたんですか。痛いですよ」

「あっ…ご、ごめんね」

 拓相に近づこうとする千鹿の腕を、楓は強く握りしめながら強引に引っ張る。途中、一度だけ振り返ることがあったが、その後はひたすらに前を向き早足で拓相から離れていった。
 千鹿に『痛い』と言われるまで、自分がどれだけの強さで千鹿の腕を握っていたのかさえ気づかないくらい、歩くことに、いや、拓相からに無我夢中の様子だった。
『次の対戦相手は“鳳楓”さんです。』
 千鹿達からは死角となる柱の裏で、拓相は無意識に身を震わせながら、これまた無意識にその活字とにらめっこをしていた。

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