全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

37話 トリに相応しき試合


「よし、そろそろ俺の見せ場だぜ!」ヨイショ

「「「うおぉー!」」」

「なんだ?みんな気が早すぎだろ…」テクテク

 校内戦の時は選手控え室として使われている男子更衣室のベンチで、音楽を聴きながら集中力を高めていた拓相が、試合直前になった為イヤホンを外して腰をあげると、上の展望テラスで歓声があがった。
 自分が音楽を聴いている間に展望テラスで何があったのかをわかっていない拓相は、その歓声が自分に向けられたものだと勘違いして一層やる気を高めた。

「さて、気合い入れてくかぁ!」

 両腕を大きく上にあげて、座った状態で固まった身体を伸ばしながら体育館に一歩足を踏み入れた拓相は、向かいの展望テラスで盛り上がっている生徒に視線を向けられているのが自分ではなく真上の展望テラスだと気づき、その展望テラスに自分も目をやると、そこで起きている光景に目を疑った。

「はぁ!?おい、自分の生徒の試合を差し置いてイチャつく担任がどこの世界にいるんだよ!」

「ちっ、いちいちめんどくせぇな…」

「め、めんどくs…あぁもう!幻舞、早く降りてこいよ、次は俺とお前の試合だぞ。」

「お前、なに言ってんだ?俺はその申し出断っただろ。」

 琉の言動によって溜まった不満を向ける矛先を求めて、事前に申請しておいた初戦の対戦相手である幻舞を舞台へと呼んだ拓相だったが、それに対する幻舞の返答はさらに拓相の不満を募らせた。

「は!?俺はそんな話聞いてないぞ!」

「そんなん知るかよ…」

(言ってないのか?会長はそういうとこちゃんとしてると思ってたんだがな…)

「えー、もう少し見ていたかったですが、生憎あいにく、時間もありませんので校内戦1日目、本日の最終試合にまいりたいと思います!さて、本日のとりを務めるのは、皆さんも知っての通り今戦闘場におられます一年生首席鳳 拓相おおとりたくみ選手です。」

 琉と海凪のやりとりに一番興味を示していた桜田 香華さくらだきょうかだったが、海凪の身体が救護係に引き渡されると、真っ先に仕切り皆の興味を次の拓相の試合に向けさせた。

「一年生で1日目のとりは荷が重いのではと思う人も多いと思いますが、彼の実績と試合を見ればその人たちも納得することでしょう。なんと、鳳 拓相選手は一年生で唯一四月の校内ランク戦に出場して全校ランキング3位を取ってしまったのです。我らが会長は同じ時期に1位だったらしいのですが、そんなことは関係ありません。彼の実力はすでに証明されているのです。」

(((関係ないなら言ってやんなよ。)))

「一年で初日のとりなんて、あの楓でもやらせてもらえなかった役目なのに…そんなにすごいの?楓」

「四月の校内ランク戦の成績と入試の成績は二つとも私の時の成績よりも全然低い」

「じゃあなんで…軍の人だって見にきてるんでしょ?」

 “BOS”は、全国の魔法闘士ストライカー育成機関から選りすぐりの魔法闘士が集まる武の祭典である。
 そこには、当然軍のお偉いさんは勿論撫子の両親である国王王妃両陛下も出席される。そのため、軍は各育成機関の選抜試験を視察の為に回るのだ。
 つまり、見られる側としてはもってこいのアピールチャンス。アピール次第では選抜試験で軍に目をつけられて飛び級で入隊することも夢ではない、学生時代の海凪と琉もそうして入隊した。

はるちゃん、そんな拓相がなんで軍の入隊試験に合格できたと思う?」

「そんなの、死ぬほど努力したんじゃない?そうじゃないならコネかな?」

「コネって…努力したに決まってるでしょ!私が聞いてるのはそんな当たり前のことじゃなくt…」

「楓、しっ、もうすぐ始まるみたいよ。」

 喋っていたところを途中で口を押さえられて止められた楓は、むすっと口を尖らせて分かりやすく機嫌を損ねた。

「さー、校内戦初日のラスト試合にふさわしい二人が舞台で顔を合わせました。私から見て左側にいますのは、先ほども紹介致しました一年生首席鳳 拓相選手です!」

「対して、私から見て右側に立っているのは一年生次席月貞 天生つきさだあまき選手です!剣士の天敵“鏡写しの剣士ミラージシュバリエ”には惜しくも負けてしまいましたが、入試の模擬戦で5戦4勝という見事な成績を収めました、こちらもかなりの強者つわものです。」

「「「わぁぁー!」」」パチパチ

 実況の桜田 香華が選手紹介を終えると、戦闘場で向かい合う大役を任された二人に止めどない歓声が送られた。

「それでは、二人は準備をしてください。」

「ちょっと待った!」

「どうしました?」

「俺と幻舞の話はまだ終わってねぇぞ。」

「対戦申請の件でしたら、先ほど彼が自分で言っていた通り断られています。」

「はぁ…きょうちゃん、試合を始めてくれる?」

「わ、わかりました。」

「だから、俺はそんな話聞いt…」


『let’s strike on』フォーン


 楓がポケベルの様な形をした最新の小型通信機器で香華に試合開始を促し、校内戦1日目の最終試合一年首席vsたい次席の試合は、拓相の声を遮るようにして鳴らされたホイッスルによって強制的に幕が開けられた。

「ちっ、今度こそあいつを負かしてやろうと思ったのに……」

(なにをブツブツ言ってやがる。そんなに俺じゃ物足りないってか、ふざけやがって…)

「行くぞ!“夜露よつゆ”」タッタッタッ

 申請した幻舞との試合がただ無くなっただけでなく、自分の了承もなしに勝手に設定された試合を強行された拓相は、ぶつぶつと色んな人への不平不満を垂らしていた。
 そんな拓相の態度を自分とのマッチングに不満をいだいているためのものだと思い、完全に頭に血が上った月貞 天生は、腰に差してあるさやから刀を抜くと先手必勝と言わんばかりに無鉄砲に突っ込んでいった。

「<戈宵水かしょうすい>」

 月貞が発動した魔法により、“夜露”という刀がコートでも着込むかのように大きく水をまとった。


 -同施設、展望テラス-


魔工具ルーン型の武器ヴァッフェに<戈宵水>か…魔法力もそこそこのようだし、持ってるものは良さそうだな。」

「持ってるものはって…天生君に失礼だよ。うちの学年の次席なんだからね。」

「お前も大概だと思うが…」

「あっ…えへへ」

 千鹿は、自分の失言に気がつき口に手をやったが、言われた当人がいないからかしばらくすると頭に手を置きながら笑って誤魔化した。
 これは、決して千鹿の性格が悪いというわけではない。人間の当然の心理『まぁいっか』というやつである。
 たとえ本人が目の前にいたとしても、今度は『まぁいっか』ではなく、『笑って誤魔化そ』となる。
 人間なんて所詮、興味のない奴に対してh…おっと済まない、気にしないでくれ。三人称三人称…

「それで、お前はあの天生とかいうやつにどうやって勝ったんだ?」

「うーん…たしか<剣術反射グリフエンディミット>で押し切った感じだったと思う。」

「たしかって、お前まさか覚えてないのか?」

「正直、ここ数ヶ月で色んなことが起こりすぎてあんま覚えてないんだよね。」

「そうか…」

 幻舞は、今の千鹿の発言に思うところがあった。しかし、それを言うとまた話がれかねないので、敢えて口にするのをやめた。

「ねぇ月島、あの<戈宵水>とかいう魔法そんなにすごいの?」

「お前ほんとに覚えてねぇのかよ。」

「いや、覚えてるよ。」

「は?!どっちだよ…」

「いや、そうじゃなくて、私の時は、あの魔法どころかなんも魔法を使ってくれなかったの。」

「それは本当か?」

「うん…てっきり魔法が使えないと思ってたから、入試成績が二位って知った時は本当にびっくりしたよ。」

「なるほど…」

(こいつ、かなりの天然なのか?)

 幻舞には、月貞 天生という人物についてのある程度の情報を得た同時に、それらを教えてくれた千鹿についても新たに分かったことがあった。

「さて、茶番はこれくらいにして試合を見るぞ。」

「茶番って…本当に月島は人を見下しすぎだよ。」

「あぁはいはい、それより試合がすごいことになってるぞ。」

 他人のことを言えたものではない千鹿の説教じみた言葉を軽く受け流して、幻舞は千鹿を試合に集中させた。


「あまり俺をバカにすんじゃねぇぞ…」ブツブツ

「な、なんだ?」

 拓相の身体から魔力が溢れ出し、今にも魔力暴走状態になろうかと言わんばかりのその一瞬。瞬きもできぬ刹那の間にことは起きた。

「   」シュン

「ガハッ!」


「あちゃぁ…」

「え!?なに、今の…」

 拓相の幻舞のような速さ動きに、幻舞は、頭に手をやりガクリと項垂うなだれ、千鹿は、何が起こったのか理解ができずに呆然としていた。


『ピー』
  

 やけになった拓相の戦いっぷりに展望テラスの皆が呆気にとられたところで、魔法闘士育成機関七校対抗魔法競技祭、通称“BOS”の月島学園校内戦1日目が終了した。
 その内容はと言うと、楓の思惑とは異なり初日のラストに相応しい試合とはならなかった。
 しかし、展望テラスで見ていた生徒や教師達の反応は楓の想像を遥かに超えていた。そして、何より楓を驚かせたのは拓相の異常なまでの成長速度だった。

(少し前までは、次期当主候同じ土補に名前が挙がるに立つことすらなかったただのが、いつの間にか私の横を走り抜けて、今は私の前を私よりも速く走ってるなんてね…)


 -“BOS”校内選抜戦終了後、帰路-


「月島、海凪先生どうだった?」

「心配すんな、俺が行った時は気持ちよさそうに寝てたし、今は多分琉先生がついてるから。」

「そっかぁ…ふふっ。」

 気を落としていたと思ったら急にニヤニヤし始めた千鹿に、皆が呆れたような冷ややかな目を向けた。
 
「あ、そうそう…」

 千鹿は、何かを思い出すと、先程までニヤついていた者とは思えない表情に切り替わった。

「さっきの試合、拓相なにしたの?」

「それ、私も気になってたんだねぇ…」

 楓も千鹿に続いたが、その言葉には他意が込められてるようにも感じ取れた。

「それが…」

「あ、あぁ、あれは加速系魔法の<超速オーバースピード>だよ。こいつ、魔力変換能力は凄いくせに、それが如実に現れる無属性魔法をほとんど習得してなかったから教えてやったんだ。<超速>はその内の一つな。」

 拓相が意味ありげに口籠ってしまったのを幻舞がすかさずフォローした事で、千鹿達の不信感を綺麗さっぱり取り除けた…筈もなく、幻舞の行動は、千鹿達の不信感を余計に煽ってしまう結果となった。

((二人ともなんか隠してない?))

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