全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

33話 悪魔の名はクラウディアス

「「「…」」」

 千鹿達は、一切口を開かずにただ一点、横になっている幻舞の顔を見つめていた、その場はまるで、お葬式のようだった

『ガラガラ』

 すると、その静まった空間に扉が開く音が響いた

「どうだい?ゲンの様子は…」

 総紀だった
 この光景もまた、以前と被るところがあった、ただ一つ、その腕に抱えられている魅鵜瑠みうるを除けば…

「…」

「千鹿、おさえておさえて、ここで怒ってしょうがないよ」

「わかってる、わかってる…けど、こいつは…」

 千鹿は、撫子に押せられたおかげか、肝心の彌鵜瑠が気を失っていたためか、声には出さなかったものの明らかに怒っていた

「総紀、今までいったいどこに行ってたんだ?」

空羅そらたちを呼び戻しに、ね」ガラガラ

 中途半端に空いていた扉が全て開けられると、そこには、自らの部下を引き連れて麓姫ろきを追ったはずの蜂宮はちみや 空羅と蜂宮 紫羽しうがいた

「な、なに!?総紀、これは一体どういうことだ?!いくらお前でも許されんぞ!」

 自分の命によって送らせた部隊を、なんの相談も無しに勝手に引き帰らせた総紀の行動に、勇は怒りを覚えた

「おいおい、勇さんの命令じゃなかったのか?」

 空羅達は、この撤退命令が勇の指示であると聞いていたようだった
 しかし、総紀が嘘をつくのも当然のことである、ある者からの命を遂行中に、別の者からの命を、しかも、それが当初の命とは真逆だった場合、それを聞き入れる道理など全くと言っていいほど無いのだから

「一回落ち着いてくれないかい?勇」

「落ち着けるわけがないだろ、なぜこんなことをした?!答えろ!」

「いやいや、ベッドの上見えないのかい?」

 ここは学校内の医務室、いくら知り合いしかいないとはいえ大きな声を出すのはマナー違反である

「っぐ…と、とにかく答えろ」

 勇は、ベッドの上で横になっている病人幻舞を見ると、さっきよりも声を抑えて再び総紀に返答を求めた

「はぁ…だから落ち着けって、 いいかい?まず、幻舞が一対一で敵わなかった敵、勇はそれを数で補おうとしたんだろうけど、全くもっていつもの勇らしくもない、少し考えればわかる話なんじゃないかい?」

「なにがだ?!」

 確かに、今の勇は落ち着きを欠いていて、いつもの勇とは照らし合わなかった

「君たちは、幻舞と闘ってた相手がどんな魔法を使ったのか見てたかい?」

 なんと、幻舞と麓姫の闘いを千鹿達が観戦していた事を総紀には見抜かれていた

「え、えっと…」

 千鹿は、取り調べ中の犯人のように自分が観ていた事を肯定するようで、返答することを躊躇ためらった

「大丈夫、ゲンはそのこと知らないだろうし、僕からゲンに言うこともないから」

 分かり易いからか、千鹿の頭の内は総紀にバレバレだった

「…た、たしか、炎を使ってた」

「それだけかい?」

 まだ少し躊躇っている千鹿に、総紀は追い打ちをかけるように質問を投げかけた

「その炎が月島に付きまとってたように見えた、かな」

「それで?」

「うーん…それ以外はよくわからなかったかな…あ、でも、こいつとさっきの敵の方に炎が行ったときに不自然に止まったのが少し気になってて」

 千鹿の言った“こいつ”とは、未だ総紀に抱えられている彌鵜瑠のことである

(敵の方は自分で守ったんだろうけど……にしても、それだけか…)

 千鹿達が、体育館で起こったことを説明できないのは必然である、総紀達でさえ、事前の情報無しでは何が起きたかは理解すらできないことが起きていたのだから

「勇、これだけじゃあわからないと思うからもう一つ、体育館では<衆紫炎換陣ブレイズインフェルノ>の発動形跡があった、ゲンほどの相手だったから隠す余裕もなかったんだろうね…ともあれ、これでもうわかったんじゃないかい?」

「まさか、今日襲ってきたのは“不知火しらぬい一族”だとでも言うつもりか?!」

 勇は、今日の敵が不知火一族から送られてきたのではないかと思い仰天した

「間違ってはないけど少し違うかな…ゲンがなんで月島を名乗って、その魔法まで使えるかは前に聞いたよね」

「ま、まさか…」

「そう、今日襲ってきたのは確かに不知火の人だけど、ゲンの言ってた“いとこ”にあたる人でもあるってこと、しかも、不知火家の焔魔ヴェーダを使える上に<衆紫炎換陣>までとなればもうわかったんじゃないかい?」

 惑星シンツウの“クーウィル一族”では、遺伝子研究が最先端を行っているがために常識では測れない実験が行われていた
 その一つが、新たな固有魔法力の発現である
 この実験は、幻舞達の親の代に初めて成し遂げられ、幻舞達は二代目成功実験被験者となった

「あぁ、すまなかった…」

「いや、僕もあのときは冷静じゃなかったからお互い様かな」

「ちょ、ちょっと、話が進みすぎて全くわからないんですけど…」

 千鹿は、話について行けずにとうとう会話に口を挟み一回区切った

「あぁ、ごめんごめん、すっかり置いてっちゃったね…でもね、これを喋っちゃうと軍の存亡にも関わりかねないから僕の口からはちょっと、ね…」チラッ

 総紀は、勇の方に意味ありげな視線を送った

「はぁ、まずはなにから話したもんか…」

 不知火家は“上位一族”に位置する日本の名家である、その情報は厳重に保管されているため、軽々しく口外するわけにはいかないのだ
 もしそれらの情報を口外しようものなら、軍の与信に関わり、総紀の言う通り軍の存亡は危ぶまれることとなる
 そのため、勇は話す内容を模索していた、と言うより、今回の件における不知火一族の管理責任を言い訳にできる内容を模索していたと言う方が正しいかもしれない

「まずは、炎属性魔法の性質について話そうか……」

 炎属性魔法とは、その名の通り火を扱うのだが、最も特徴的なのは『広範囲攻撃でも威力が減りにくい』ということである
 普通、魔法の効果範囲を広くすればするほど、威力はそれに伴い減っていくが、炎属性魔法はその減少幅が他の魔法と比べて少ないのだ
 つまり、炎属性魔法を使う術者に対して数で応戦するのは道理ではない

「そして、不知火一族の固有魔法焔魔とは、炎属性魔法の“上位性魔法”にあたる一種の炎属性魔法なんだ、つまり、さっき言ったことに該当する魔法なんだよ」

「じゃ、じゃあ、あの炎の不自然な動きはなんなの?」

「千鹿ちゃん、申し訳ないけどそこまでは言えないかな…ただ、今回の敵は、最上級の高等魔法も使えるとだけ言っておくよ」

 千鹿の質問は、総紀がとった行動の合理性を説明されただけの現状では、当然出てくるであろう質問だった
 しかし、それを説明するには<衆紫炎換陣>の説明が必要不可欠である、それまで口外してしまっては、管理責任では言い訳が効かなくなってしまうため、総紀は千鹿の質問に対する返答を拒んだ

「そうですか…」

 納得のいっていないような千鹿だったが、それと同時に、幻舞と幻舞が対峙している敵の力量を再認識し固唾を飲んだ

「さて、幻舞を起こそうか、よいしょっと」

 総紀は、今まで大事そうに抱えていた魅鵜瑠を空いているベッドの上に寝かせた

「起こすって前みたいに?」

「あぁ、今回は傷も少ないしすぐに起きてくれるんじゃないかな?」スッ

「…」ビクッ

 総紀が“魔法流動”を行おうと幻舞の肩に手を添えた時、幻舞の身体が不自然な反応を見せた

「ゲン…」

「は、はい…」

 なんと、幻舞は起きていたのだった

「ゲン、いつから起きてたんだい?」

「勇さんが大きな声を出したあたりから…」

「はぁ、勇…」

 幻舞に聞かれたくないような話をしていたこともあって、それを聞かれていた一因でもある勇に非難の目を向ける総紀の行動は当然のものだった

「じゃあ、ゲンからみんなになんか言うことはないのかい?」

「…」

 言葉は見つかっていた幻舞だったが気がとがめていた

「月島、私からも言わなくちゃいけないことがあるんだけど…その…ごめんなさい、勝手に覗き見るような真似しちゃって」

「なんだ、そんなことか…それならお前は会ったときからそうだろ」

「そ、それは…」

「それに、今回も初めて会ったときも俺の注意不足が招いただけだからお前が悪いわけじゃねぇよ」

「ゲン!」

 いつまでも今自分の為すべきことを為そうとしない幻舞に総紀が痺れを切らして怒鳴った

「…そ、その…すまなかった、この武器ヴァッフェなんだがな、これを使うと人格を悪魔クラウディアスに乗っ取られちまうんだ…」

 幻舞は、実際に魔剣クラウディアスを起動させて見せた

「そんな…じゃあ使わなきゃ、月島だったらそれでも…」

「お前ももうわかってるだろ、これを使わなきゃ奴らには勝てねぇ、使っても勝てるかどうかわからないんだからな」

 千鹿の僅かながらの望みも叶うことはなかった

 突然伝えられた、魔法<化け悪魔デビルズサモン>の残酷な真実
 それに千鹿が抵抗するも、抵抗しきれない悲しい現実
 これからそれらとどう向き合っていくのか

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