全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

22話 合格


魅鵜瑠みうる、お前、月島学園に転校しろ!」

「「「は?」」」

「幻舞、確かに近くに置いとくほうが監視しやすいってのはわかるが、それはお前一人で決めれることじゃないだろ」

「もちろん、転校するかしないかを決めるのは学園長ですが、多分大丈夫ですよ」

 勇は普段、幻舞の『大丈夫』はいつもの楽観的思考と思っているが、今回のはいつもとは違い、どこか確信があるもののように思った

「わかった、でも内と外を警戒するのは、いくらお前でも一人じゃ無理なんじゃないか?」

「無理じゃありませんよ…確かに楽ではありませんが、やることは今までとさほど変わりませんしね」

「まさか、お前があの学校に入学したのって…」

「まぁ、それだけじゃないんですけどね、でも主な理由は多分想像の通りだと思います」

「き、貴様ぁ!バカにするのもいい加減にしろ!みすみす敵を逃して、しかも貴様が守りたい者の近くに置くだど…は転校なんてしない、早く殺せ!」

「おれ、か…随分と口が悪くなったな、魅鵜瑠」

「そんなことどうでもいいだろ!」

「まぁな、じゃあ一つ聞くが、お前は俺を殺したいんじゃなかったのか?」

「あぁ、殺したいさ!殺したいほど憎い奴だから、そんな奴に見逃されることほどの屈辱はないって言ってんだよ!」

「なるほどな、ここで俺がお前を見逃せば余計に恨みを買うことになるのか…それは面白そうだな」

「面白いだと?!おれが貴様だけを狙うなどいつ言った、もし貴様がおれを見逃したら、まずは貴様の大事なもんから殺してやるよ」

「おい幻舞、流石にこいつを月島学園に入れるのは…」

 勇の制止を完全に無視して、幻舞は魅鵜瑠との会話を続けた

「俺は特になんの心配もしてない…なぜなら、お前は俺が近くにいる限りなにもできないからな!」

「おれは柚鶫ゆつぐさんから貴様についていくつか聞いてる、貴様は貴様とは程遠いんじゃないのか?」

「まったく、余計なことを…」ボソッ

(でも、詳しいことは知らないみたいでなによりだな)

「幻舞、本来のお前ってどういうことだ?」

「…」

「なぜ黙ってるんだ?幻舞」

「そのことについては、来るときが来たら話すつもりですので、今はいいですか?」

「あぁ、俺達が強制するようなことじゃないしな」

「じゃあ魅鵜瑠、楠木 夜蛛くすのきやくを連れて一旦帰れ、そして荷物をまとめたらもう一回戻ってこい、明日の登校時間に間に合わなかったら、そのときは覚悟しとけよ」

「幻舞、転校手続きだけなら別にこっちでもできるが、いったいこいつをどこに泊めるつもりだ?ここなんて言わないよな?」

「さすがにここには泊めませんよ」

「だったらどこに…」

「僕んですよ、そこなら監視しながら泊めれますしね」

「確かにそうだが、お前はそんなことしてて持つのか?」

「持つって、魔法力と体力から考えても、適任なのは僕しかいないでしょう」

「そうじゃなくて…」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 勇が心配しているのは幻舞ののことである、そのことには幻舞も気づいたが、あえて気づかぬふりをした、なぜそんなことをしたかというと、幻舞がそういう性格だから以外に言えることはない、勇もまた、そのことに気づいたがあえて気づかぬふりをした、これは勇が幻舞の意思を尊重したための行為だろう

「じゃあ、この話はこれで終わりでいいですか?」

「ああ」

「では、空羅そらさんと紫羽しうさん、ちょっと来てもらってもいいですか?お二人には僕から話したいことがありますので」

「わかった」

「うん」

 幻舞が急に話を振ったのは、さっきまで怒りで冷静さを欠いていた紫羽と、こちらは冷静さは欠かなかったものの、落ち着いているように見えてに対して怒りを覚えていた空羅の二人だった

 そんな二人が、なぜ夜蛛を操っていた魅鵜瑠を問い詰めなかったかというと、魅鵜瑠が幻舞と話していたからである、正確には二人は知っていたからである、幻舞が主観だけで話をする人が大の苦手であるということを、それも自分が話をしている最中に割り込まれたら、間違いなく怒りを露わにするということを…これは気を遣ったからではなく、幻舞の怒る姿を知っているからそれを避けようとしたための行いである

「じゃあ空羅、俺は先に帰るから戸締まり頼んだぞ」

「あぁ、わかった」


ー同施設内の医務室ー


「すいませんでした」

 幻舞は、医務室に入るなり深々と頭を下げ誠心誠意謝罪した

「急にどうしたんだ?確かに君は試験官という立場だったが、これは予想外の出来事だ、だから君が謝るようなことじゃないよ」

「いえ、これは予想外の出来事なんかじゃありません、言い訳になりますが、確かにここまでのことは予想外でした、しかし何か起こることはわかった上で試験を続けました、これは全て試験官である僕の責任です、すいませんでした」

 幻舞はまた、深々と頭を下げ謝罪をした

「詳しくはわかんないけど、大まかな話はわかったわ」ペシン

「おい、紫羽」

「…あんたみたいな子供がの責任を負えるとでも思ってるの?調子に乗るのもいい加減にして!あんたに責任が全くないわけではないけど、あんたに試験官を任せた大人にだって、それを認めた大人にだって、あたし達親だってそうよ、みんながみんな取るべき責任は十分にあるのよ、あんたみたいな、自分しか頼れないような奴が軍にいることが不愉快でしかないわ」

 紫羽は、そう言って医務室を出て行った

「ごめんね…でも、僕も紫羽と同じだよ、もっと周りを頼ってみてもいいんじゃないかな?」

「…」

「実は、僕も紫羽も楠木 魅鵜瑠については少し勇から聞いてたんだ、だから一次試験のときの楠木 夜蛛の闘いぶりを見れば、何かが起こることは予想できた、それでも三次試験の試験官は君でいいと思ったんだ、今でも君で良かったと思ってる、僕も紫羽も」

「でも、僕がまどかさんとまつりを後回しにしたから、結果としてこんなことに…」

「それは違うと思うよ、じゃあ君は、もし君が助けた三人が怪我を負って、その三人の親に謝らなくちゃいけないときに『優先して守ったので大丈夫です』なんて言うのか?君の負うべき責任は、誰が先で誰が後だったかじゃないだろう、君はなんでその順番で助ける選択をしたのか、それぐらいの説明はする義務が君にはあると思うよ、そしてその選択が間違ってなかったなら、その点においては君を責めることはできないよ、たとえ結果がどんなに残酷なことであったとしても」

「ありがとうございます」

「それも違うよ、なんで君は娘達を後回しにする選択をしたんだ?」

「それは、僕なりにつけた魔法闘士ストライカーとしての力量の少ない順に助けました」

「親バカに思われるかもしれないけど、そうだろうね…勇が今日の北海道からの受験者は全員君の教え子って言ってたからね、君の実力は軍の誰もが一目置いてるぐらいだから、その弟子が弱いわけないもんね、つまり君は自分の弟子をしてその選択をしたんじゃないの?」

「それは、どうでしょう…」

「確かに、自分の力量や教え方を信頼した場合にも取り得る選択だけど、その場合も自分の教えを請うた弟子を信頼することにはなるんじゃないのか?」

「信頼、ですか…」

「そう、信頼…そしてそれに応えられなかった円と祭にも責任があるかもしれない、でも、もしかしたら君の見込み違いだったのかもしれない、それは今はわからなくてもこれからずっと一緒にいれば、だんだんとわかってくるんじゃないかな、それがになると僕は思う、さっきは『もっと周りを頼れ』なんて言ったけど、それは君がその努力をしてないからなんだ、一人でやれることには限界があるよ、今からでも遅くはないからもっとその努力をしてほしいって、僕だけじゃなくみんながそう思ってるよ」

 幻舞は、最初と比べれば間違いなく変わったと、100人中100人がそう答えるだろう、明るくなり、周りを避けたりはしなくなった、しかし、性格とは内面的なものでありながら表面的なものでもある、つまり簡単に作れてしまうのである、だから性格が変わったからと言って人が変わったとは言えない、人が変わるにはその人の根本にあるものが変わる必要がある、そしてそれは自分では決して変えることのできず、他人によってでしか変えることができない非常に厄介なものである、しかし、その第一歩を踏み出すことは当人にも可能なことで、それは相手との信頼関係を得ることである、要するに空羅が幻舞に言いたかったのは『自分を変える努力をしろ』ということである、幻舞の根本にあるものが、月島 幻舞と言う人間を形成しているものが何かはわからないが、少なくとも空羅は、幻舞が性格を変えたのは第一歩を踏み出したためであると思ったから、説教じみたことを幻舞に言ったのだろう

「「んー」」ムクッ

「さっきからなんの騒ぎ?」

 ここは医務室、幻舞達の話し声がうるさくベッドで寝ていた二人が目を覚ました、円と祭だ

「あれ、生きてたの?」

「って、おい!」ビシッ

(親が子に対して言う言葉かよ)

「では、お二人も目を覚ましたのでそろそろ解散しましょうか、戸締りは僕がしておきますので先に帰って構わないですよ、いや、まだお二人は完全じゃないので帰ってあげてください!」

「わかった、お言葉に甘えさせてもらうよ」











「ふぅ、ここで最後か…」

 そこは幻舞が軍に特別に借りている部屋、中がどうなっているのか、中で何が行われているのか、その部屋について知っているのは幻舞以外に誰一人としていない

「おい、いつまで寝てるつもりだ?」

「こんなとこで寝てるかよ!」

「あっそ…で、お前は誰の指示で動いてるんだ?」

「指示?そんなん知るかよ!」

「俺は無駄な魔力消費は避けたいんだ、できることならお前の口から聞かせてくれないか?麻呂部 不劉まろのべぶる

「お前の技なら知ってるぞ!確か<抜け殻の人形パペットエンプティ>っていうんだよな、それならお前の望み通り、俺の口から言ったことにもなるんじゃないか?」

「言っただろ、魔力の無駄遣いはしたくねぇんだ、とっとと言え…ちなみにお前もだからな、えーっと、焔 南夢ほむらなむって言ったっけか?」

「ふん、バレてたのね…どうせあんた、わかってるんでしょ?」

「なにを?」

「うちらが誰の命令で動いてるのかに決まってるでしょ!」

「まぁ、だいたいはな」

「だったら、いちいちうちらに吐かせる必要もないんじゃないの?」

「だんだんと精神的に疲弊して、もう言って楽になりたいっていうときの顔を見るのがたまんなくてね!」

「っ!?ず、随分と悪趣味ね」

「冗談に決まってるだろ」

「とても、冗談言っててるような感じじゃなかったんだけどね」

「まぁいい、とにかく早く言ってくれねぇか?」

「言わねぇよ、拷問でもなんでも好きにすればいいだろ!」

「はぁ、じゃあ明日また来るか…今日の晩飯と明日の朝飯は冷蔵庫入れとくから、二人で食えよ、じゃあな」

「あ、そうだ、言い忘れてたが、お前達と魅鵜瑠合格だから」

「「え!?」」

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