転生キラーと無敵共《インヴィシビリティ》

平 均

プロローグ 〜転生した経緯〜

鉛色のように暗い空を見ながら
いつもと何も変わらない道を
お気に入りの音楽を大音量で聴きながら家へと帰っていた。
僕が音楽を大音量で聴きながら帰る日は
大抵学校で嫌なことがあった日である。
いじめとかそういうのではないが、クラスの雰囲気が僕を苦しめるのである。
クラス内ではヒエラルキーが作られ
ヒエラルキー最上位の奴らは下位のものたちをさげすむことで
自分の価値を認識し、下位の奴らを嘲笑うのである。
もちろん下位のものが上位のものに意見することなんてできないだろうし、
それ以前に意見する勇気があるやつなんていないのである。

「もし異世界に転生してやり直すことができたら...」

何度もそう考えたが当然
そんな妄想転生ストーリーが起こることはなく
余計に今の現状を意識させるのである。
自分の不甲斐なさに拳を握る力が強くなり、
気付いたときには
自分の爪が手のひらの皮膚に食い込んでいた。
そのとき、いきなり聴いていた音楽がぷつりと切れてしまったのである。
しかしイヤホンの方には何の異常もなく
どうやら携帯電話の電源が落ちたらしい。
またこの帰り道の静寂さが僕の惨めさを改めて思い知らせるのである。
音が聞こえなくなったイヤホンをしまい、歩き出そうとした
そのとき

「きゃゃゃあああ!!!」

恐怖による何かが裂けるような叫び声が
身体全体をまっすぐ突き抜けるように響き渡った。

そのときやっと自分がトンネルにいることに気がついた。
その位置情報の処理に脳が追いつかないまま
僕はその叫び声が聞こえた方向へと走り出していた。

2つの人影が見えたと思ったその刹那、
目が血走り、明らかに持ち慣れていない新品のナイフを持った
見た目が40歳くらいの小太りの中年男性と
目の前の恐怖におびえブルブルと身震いして唇を食いしめている
下校途中であろう女子高生の映像が目から入り頭の中をグルリグルリと回り、
軽い立ちくらみのように目の前をチカチカさせ、
今起こっている状況を把握させることを遅らせた。

男の興奮はおさまらず、どんどん彼女の方へと足を進める。
足を地面に擦る音が彼女の恐怖心をあおり
どんどん胸の内側から膨れ上がらせ息をすることを苦しくする。
彼女の彼を化け物のように見る目が
彼の愛情をより醜い憎悪へと変えていき、
身体がその視線に耐えられないかのようにブルブル震えだした

「ねぇどうしてぇお、おれのきもちをわかってくれないんだよぉぉぉぉ!!!!」

全身が怒りの塊で、耐えきれず爆発したように叫びながら
彼のナイフを持っている手の軌道が
彼女の左胸の下へと弧を描きながら物凄いスピードで吸い込まれていくのがわかった。

彼女は動けるような精神状態ではなかったし、
僕の距離からでは間に合わないのは明白だった。

こんなに自分の行動に後悔というかやりきれなさを感じたのは
いつぶりのことであろうか
いつもは自分ができなくても、どんなにさげすまれても
その場でつくった自分を正当化する魔法で乗り切ることができた。

ただ今は違う。

「たまたまその場に居合わせただけで僕には関係のないことだ」

という魔法が拭えるほどいまこの状況はそんなに薄っぺらいものではなかった。

そう感じたときには彼女の方へと手が伸びていた。
これが僕の最後の抵抗というものなのだろうか
、勇気を出して行動できるいつもと違う僕に

「なんだ、やればできるじゃん。」

とささやき、
僕はぎゅっと目をつぶった。

「ドンッ。」

鈍く低い音が近くで響くのが聞こえた。
そしてぱっと目を開けると

自分の腹部と彼のナイフを持っている手が密着しており、
腹部の強烈な痛みと共に温かい液体がドボドボと流れて
熱のようなものが上がってくるのを感じた。

もう状況を理解する力なんて残っているはずもなく
頭がふわっと浮く感覚に襲われその場に崩れ落ちた。

かすれながら目に映るのは、
泣き叫びながら僕の腹部を押さえる彼女と

人を刺してしまった恐怖心からなのか、
べったり液体のついたナイフを放り出して
まるで何かに追われるように逃げていく彼の姿と

『your story just ended once. 』

と表示された
僕のバキバキに割れた携帯電話の画面だった。

人というのは自分が想像しないような状況に陥ったときの
自分の行動なんか予想できないものであり、

まるで神様のいたずらのようなもである。

高嶺 春タカミネ ハルくんっ!
        転生した世界へようこそ!」

僕の目の前にいたのは
僕の知る限りでは
女神という選択肢しかなかった。

『your story just started agein!』


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