高校で幼馴染と俺を振った高嶺の花に再会した!
54.藍田の想い
お粥は我ながら良い出来だった。久しぶりにキッチンに立ったのに加えて藍田に食べさせるということで多少緊張したが、お粥の調理は些か簡単で物足りなさすら感じる。
藍田が体調を崩していなければ、普通に料理を振る舞ってもよかった。体調を崩さなければ家に招かれることもなかっただろうから、無意味な仮定ではあるのだが。 
そう考えていると、脳裏に理奈の顔がよぎった。
地区大会の決勝で勝ったら、理奈に料理を振る舞う予定だった。
結局負けてしまったのであの約束を再び言葉にすることはなかったが、こうして先に藍田へ料理をしたことに対して少々罪悪感が出てくる。
それでも目の前で美味しそうにお粥を口に運ぶ藍田を見ると、そんな考えは消えてしまう。
イメージに反して、藍田は本当に美味しそうに食べてくれるのだ。
「おいしい」
定期的にそう言ってくれるので、照れ臭くなる。
「ただのお粥だよ。若干具も入れたけど、入れすぎても今は食べられないだろうし」
「ううん、おいしい。とってもおいしい」
「……ならよかった」
回りくどくない、直球の褒め言葉に嬉しさがこみ上げる。誰かに料理を振る舞うのも悪くない。
「ご馳走さまでした」
目を瞑って両手を合わせる藍田に、俺は口元の緩みを悟られないために席を立った。
空になったお皿を回収し、流しに置く。
「今日はありがと」
「いや、いいよ。皿洗ってから帰るから、もう奥で休んでな」
「そんなわけにはいかないよ」
そうは言われても、病人に手伝わせるわけにはいかない。俺は無視して食器を洗い始めると、藍田は諦めたように俯いた。
お粥なので大した汚れは見当たらないが、病人の食器ということで入念に洗う。食器を置く棚には、ほとんど新品同然のコップたちが並べられていた。
藍田はいつから此処に一人で住んでいるのだろうか。彼女が万全の状態になったら、タイミングを見計らってそうした家庭環境のことを訊いてしまってもいいのか気になった。
この家に入った際の藍田の表情はどこか暗かった。
デリケートな話を他人から訊かれることを良しとしない人が沢山いることは分かっている。
それでも俺は彼氏だということに間違いはない。
始まり方は酷いものだったが、最近の藍田を見る限り彼女も俺のことを彼氏と認識しているように思える。
「ねえ、やっぱり話そうか」
声のした方へ顔を上げると、藍田はソファに腰を下ろして横になっていた。
「何を?」
「……ほんとに大したことないから、そうやって私のために悩まれるの嫌なんだよね」
「……参ったな」
ばれていたのか。普段通り食器を洗っているつもりだったが、藍田には俺の思考を見破っていたらしい。
こうして見透かされる気分になるのは、高校で再会した当初から何ら変わっていない。
理奈には及ばないが、藍田も中学からの付き合いで長い時間を過ごしてきた。
だからこそ藍田の家庭環境が気になってしまったのだが、「ほんとに大したことない」という口振りから察するに、俺の想像していたようなものではないのだろう。
心の中で胸を撫で下ろすと俺は首を振った。
「まあ、大したことないならいい。よかった」
俺が言うと、藍田は眉間に皺を寄せた。
「よかったって?」
「いや、他意はないぞ」
何か勘違いしたのだろうかと俺は慌てて手を振って釈明する。
藍田は小さくため息を吐いた。
「……そう。ごめんなさい、体調不良でちょっと余裕ないのかも」
「無理もねえよ、倒れたんだから。ゆっくり休んでくれ」
何を勘違いしたのかは判らないが、誤解が解けたようでホッとする。
時計を見ると、此処へ来てから二時間程度経っていた。俺はテスト終わりで疲れているし、藍田も一人で休みたいだろう。
椅子に置いていた鞄を持ち上げると、下にはDVDがあった。
鞄の下敷きにしてしまっていたらしい。
「ごめん、DVDの上に鞄置いちゃってた。割れてないから大丈夫だとは思うけど」
「何のDVD?」
確認するとDVDを入れるケースは半透明で、中身は市販のものではない。直接『バスケ6〜7月』と書き込まれている。
「バスケのやつだな。6月から7月って書かれてる」
「ああ、それ。北高の試合データだ。もう沢山見たし、いいよ」
「試合データ? そんなの撮ってたんだ、気付かなかった」
マネージャー業の一環だろうか。選手のサポート、試合中のアドバイスもあるというのに。ほとんどの活動を生徒主体で行うのは負担が大きくなる。それを今まで選手たちに感じさせてこなかったのはひとえに藍田と戸松先輩の技量、能力の高さだろう。
「中学の頃からね、観てたよ。桐生くんのことは」
「そっか、藍田って中学からマネージャーやってたな」
藍田の男バスはよく覚えている。勿論藍田がいるということで特別視していたという理由が大きいが、地区大会であたる学校にしてはディフェンスが堅かったのだ。
練習試合、公式戦を重ねる度に手強くなっていくことから研究されていることは察していたが、それも藍田のサポートがあってのことだったのだと今判った。
「いつも私の中学は桐生くんに負かされてたからね。チームで桐生くんが出場してる時間だけ巻き戻ししたりしてたし、私なんて家に帰ってからも観てた」
「だから名前知ってたのか?」
藍田と出会ったのは中学二年の夏。俺が名乗る前から、藍田は俺の名前を知っていた。
通常相手の選手を呼ぶ時は背番号なので、俺も驚いたことを覚えている。
「うん。チームメイトが桐生くんに何度もパス求めてたから、自然と覚えちゃった」
藍田はソファに寝転びながら、クスクスと笑う。
顔が赤くなるのを感じた。その頃の俺は仲間からボールを渡せと言われても、自分の力で進路を切り開くことに熱中していた。本当に無理だと感じた時はパスをするが、地区大会ではそうした場面も少ない。
今思い返せば恥ずかしい話だ。俺にボールを回さなければ勝利することができないという試合ならまだしも、それ以外でも同じ様なプレースタイルだったのだから。
ただ、一つ合点がいった。
藍田はバスケに詳しいが、特に俺のプレーに関してはほとんど一挙一動把握していると言ってもいい。俺はそのことを少し不気味にさえ思っていたが、マネージャーとして研究していたからだと判れば話は別だ。
「今思い返したらさ」
藍田は身を起こして、首筋の汗を拭った。
先程着替えた部屋着が少しはだけて首筋から胸元に掛けてが露わになり、俺は思わず目を逸らす。
「私、あの頃から桐生くんのこと気になってたなぁ」
「あの頃って、中二の頃か?」
尋ねると、藍田は無言で頷いた。
「プレーは唯我独尊。入らなかったら叱咤されそうな、一見無謀な攻撃を直ぐに仕掛ける。でもチームメイトたちはそれぞれの思いがあっても、桐生くんの実力は認めざるを得ないなんて表情で。痺れちゃったの」
俺の中学時代は身内から見れば酷いものだったと思うが、外から見ればそう感じる人もいたのか。運動部という、実力が第一に評価される共同体。藍田もそんな環境に身を置いていたからこそ、その感情を持つ結果に至ったのだろう。
「自分を第一に考えてる、自分に正直な人。何度試合を観ても変わらないその姿に惹かれていった」
「──惹かれて?」
藍田から出たとは思えない言葉に耳を疑う。
だが最近の挙動を考慮すると強ち意外とも言えない。実際理奈に嫉妬していたのは事実で、その時は驚いた。
「……なんてね。冗談」
「……なんだよ」
俺は息を吐いた。
だが考えてみれば当然のことだ。もし本当に藍田が出会った頃から俺に惹かれていっていたのなら、俺が屋上で振られることもなかっただろう。
「桐生くんってからかった時の反応面白いもん」
「またそれか。熱出してなかったら頭叩いてたわ」
俺の返事に藍田はクスリともせずに、ゆっくりと近付いてきた。
表情がいつになく真剣で、背筋を伸ばす。
「でもね、今のが冗談だとしても」
藍田は手を重ねてくる。その手は驚くほど熱い。
言葉は続かない。俺は先に続く言葉が何か重要なものな気がして、何も言わずに待った。
藍田の吐息だけが、この部屋の静寂を崩す唯一の音。
大きな瞳が迷うように揺れたと思うと、彼女は口を開いた。
「私は今、桐生くんが好きだよ」
藍田が体調を崩していなければ、普通に料理を振る舞ってもよかった。体調を崩さなければ家に招かれることもなかっただろうから、無意味な仮定ではあるのだが。 
そう考えていると、脳裏に理奈の顔がよぎった。
地区大会の決勝で勝ったら、理奈に料理を振る舞う予定だった。
結局負けてしまったのであの約束を再び言葉にすることはなかったが、こうして先に藍田へ料理をしたことに対して少々罪悪感が出てくる。
それでも目の前で美味しそうにお粥を口に運ぶ藍田を見ると、そんな考えは消えてしまう。
イメージに反して、藍田は本当に美味しそうに食べてくれるのだ。
「おいしい」
定期的にそう言ってくれるので、照れ臭くなる。
「ただのお粥だよ。若干具も入れたけど、入れすぎても今は食べられないだろうし」
「ううん、おいしい。とってもおいしい」
「……ならよかった」
回りくどくない、直球の褒め言葉に嬉しさがこみ上げる。誰かに料理を振る舞うのも悪くない。
「ご馳走さまでした」
目を瞑って両手を合わせる藍田に、俺は口元の緩みを悟られないために席を立った。
空になったお皿を回収し、流しに置く。
「今日はありがと」
「いや、いいよ。皿洗ってから帰るから、もう奥で休んでな」
「そんなわけにはいかないよ」
そうは言われても、病人に手伝わせるわけにはいかない。俺は無視して食器を洗い始めると、藍田は諦めたように俯いた。
お粥なので大した汚れは見当たらないが、病人の食器ということで入念に洗う。食器を置く棚には、ほとんど新品同然のコップたちが並べられていた。
藍田はいつから此処に一人で住んでいるのだろうか。彼女が万全の状態になったら、タイミングを見計らってそうした家庭環境のことを訊いてしまってもいいのか気になった。
この家に入った際の藍田の表情はどこか暗かった。
デリケートな話を他人から訊かれることを良しとしない人が沢山いることは分かっている。
それでも俺は彼氏だということに間違いはない。
始まり方は酷いものだったが、最近の藍田を見る限り彼女も俺のことを彼氏と認識しているように思える。
「ねえ、やっぱり話そうか」
声のした方へ顔を上げると、藍田はソファに腰を下ろして横になっていた。
「何を?」
「……ほんとに大したことないから、そうやって私のために悩まれるの嫌なんだよね」
「……参ったな」
ばれていたのか。普段通り食器を洗っているつもりだったが、藍田には俺の思考を見破っていたらしい。
こうして見透かされる気分になるのは、高校で再会した当初から何ら変わっていない。
理奈には及ばないが、藍田も中学からの付き合いで長い時間を過ごしてきた。
だからこそ藍田の家庭環境が気になってしまったのだが、「ほんとに大したことない」という口振りから察するに、俺の想像していたようなものではないのだろう。
心の中で胸を撫で下ろすと俺は首を振った。
「まあ、大したことないならいい。よかった」
俺が言うと、藍田は眉間に皺を寄せた。
「よかったって?」
「いや、他意はないぞ」
何か勘違いしたのだろうかと俺は慌てて手を振って釈明する。
藍田は小さくため息を吐いた。
「……そう。ごめんなさい、体調不良でちょっと余裕ないのかも」
「無理もねえよ、倒れたんだから。ゆっくり休んでくれ」
何を勘違いしたのかは判らないが、誤解が解けたようでホッとする。
時計を見ると、此処へ来てから二時間程度経っていた。俺はテスト終わりで疲れているし、藍田も一人で休みたいだろう。
椅子に置いていた鞄を持ち上げると、下にはDVDがあった。
鞄の下敷きにしてしまっていたらしい。
「ごめん、DVDの上に鞄置いちゃってた。割れてないから大丈夫だとは思うけど」
「何のDVD?」
確認するとDVDを入れるケースは半透明で、中身は市販のものではない。直接『バスケ6〜7月』と書き込まれている。
「バスケのやつだな。6月から7月って書かれてる」
「ああ、それ。北高の試合データだ。もう沢山見たし、いいよ」
「試合データ? そんなの撮ってたんだ、気付かなかった」
マネージャー業の一環だろうか。選手のサポート、試合中のアドバイスもあるというのに。ほとんどの活動を生徒主体で行うのは負担が大きくなる。それを今まで選手たちに感じさせてこなかったのはひとえに藍田と戸松先輩の技量、能力の高さだろう。
「中学の頃からね、観てたよ。桐生くんのことは」
「そっか、藍田って中学からマネージャーやってたな」
藍田の男バスはよく覚えている。勿論藍田がいるということで特別視していたという理由が大きいが、地区大会であたる学校にしてはディフェンスが堅かったのだ。
練習試合、公式戦を重ねる度に手強くなっていくことから研究されていることは察していたが、それも藍田のサポートがあってのことだったのだと今判った。
「いつも私の中学は桐生くんに負かされてたからね。チームで桐生くんが出場してる時間だけ巻き戻ししたりしてたし、私なんて家に帰ってからも観てた」
「だから名前知ってたのか?」
藍田と出会ったのは中学二年の夏。俺が名乗る前から、藍田は俺の名前を知っていた。
通常相手の選手を呼ぶ時は背番号なので、俺も驚いたことを覚えている。
「うん。チームメイトが桐生くんに何度もパス求めてたから、自然と覚えちゃった」
藍田はソファに寝転びながら、クスクスと笑う。
顔が赤くなるのを感じた。その頃の俺は仲間からボールを渡せと言われても、自分の力で進路を切り開くことに熱中していた。本当に無理だと感じた時はパスをするが、地区大会ではそうした場面も少ない。
今思い返せば恥ずかしい話だ。俺にボールを回さなければ勝利することができないという試合ならまだしも、それ以外でも同じ様なプレースタイルだったのだから。
ただ、一つ合点がいった。
藍田はバスケに詳しいが、特に俺のプレーに関してはほとんど一挙一動把握していると言ってもいい。俺はそのことを少し不気味にさえ思っていたが、マネージャーとして研究していたからだと判れば話は別だ。
「今思い返したらさ」
藍田は身を起こして、首筋の汗を拭った。
先程着替えた部屋着が少しはだけて首筋から胸元に掛けてが露わになり、俺は思わず目を逸らす。
「私、あの頃から桐生くんのこと気になってたなぁ」
「あの頃って、中二の頃か?」
尋ねると、藍田は無言で頷いた。
「プレーは唯我独尊。入らなかったら叱咤されそうな、一見無謀な攻撃を直ぐに仕掛ける。でもチームメイトたちはそれぞれの思いがあっても、桐生くんの実力は認めざるを得ないなんて表情で。痺れちゃったの」
俺の中学時代は身内から見れば酷いものだったと思うが、外から見ればそう感じる人もいたのか。運動部という、実力が第一に評価される共同体。藍田もそんな環境に身を置いていたからこそ、その感情を持つ結果に至ったのだろう。
「自分を第一に考えてる、自分に正直な人。何度試合を観ても変わらないその姿に惹かれていった」
「──惹かれて?」
藍田から出たとは思えない言葉に耳を疑う。
だが最近の挙動を考慮すると強ち意外とも言えない。実際理奈に嫉妬していたのは事実で、その時は驚いた。
「……なんてね。冗談」
「……なんだよ」
俺は息を吐いた。
だが考えてみれば当然のことだ。もし本当に藍田が出会った頃から俺に惹かれていっていたのなら、俺が屋上で振られることもなかっただろう。
「桐生くんってからかった時の反応面白いもん」
「またそれか。熱出してなかったら頭叩いてたわ」
俺の返事に藍田はクスリともせずに、ゆっくりと近付いてきた。
表情がいつになく真剣で、背筋を伸ばす。
「でもね、今のが冗談だとしても」
藍田は手を重ねてくる。その手は驚くほど熱い。
言葉は続かない。俺は先に続く言葉が何か重要なものな気がして、何も言わずに待った。
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コメント
ノベルバユーザー377114
幼馴染ポジの負けヒロイン感はやっぱり拭えませんね...
話は面白いけど結末は見えてそう。
今の所は藍田より圧倒的に理奈の方が好き。