高校で幼馴染と俺を振った高嶺の花に再会した!
23.戸松先輩からの依頼〜理奈side3〜
「おはよう、陽」
陽と藍田さんが付き合って一ヶ月。
梅雨も明けて、そろそろ上級生のバスケ部最後の大会が始まる。今日も私はバスケットシューズを器用に入れた鞄を肩に掛け、陽に笑顔を見せる。
「ういーす」
「なにその気の抜けた返事、さてはまたギリギリだったなもし!」
「朝からうっせえなあ」
陽はカリカリと頭を掻く。心底うるさそうな顔をしてるけど、私はやめてあげない。
だって、登校時間で一緒に歩ける時間は少ない。ただでさえこいつといると短く感じる時間が、藍田さんのせいで半分以下になってしまった。
山道が始まる前の横断歩道で、いつもあの女はこいつを待っている。私が陽と過ごせる朝の時間は、長く見積もっても十分あれば御の字だ。
「ねーねー、ランチ奢ってよー」
私は欲望の赴くまま、思ったことをペラペラと口にする。
陽は面倒そうに、だけど確かにわずかな愛情を乗せて「はいはい」と受け流す。
もちろん愛情といっても、恋人のそれではない。
傍から見れば流しているように見える陽のぶっきらぼうな返事は、私にとって一番好きな反応だ。
ついつい、その反応を引き出したくなってしまう。
「ねねねー、ランチランチ」
「だーもう、腕掴むな!」
だから私は、切り上げるために思いっきり陽の腕を握った。
制服の上からでも感じられるしなやかな筋肉。
「痛い痛い!やめろって!」
嘘つけ。
こんな筋肉あって痛くできるほど、私の握力は強くない。……多分。でもそんな反応があることで、私たちの気分はまた盛り上がる。
「にひひ、奢る気になった?」
「なるかアホ。逆にお前が奢れ」
「えー、いやよ。そうだ、前のお弁当のお返しってことでさ!」
作ってもいない弁当だけど、またツッコミを入れてくれるはず。
「あれ、弁……ああ、いや理奈から作られてないだろ!」
「……あー」
こいつのことなら結構なんでも分かってしまうのが玉に瑕。
今の反応、藍田さんに作ってもらった弁当と一瞬混ざったんでしょ。
「わかったよ、また奢ってやるから」
「いつ?」
「いつかー」
「それ奢らないやつじゃん!」
「うっせ」
ぽん、と頭の上に手を乗せられる。
大っきいなあ。
とても安心する。それだけで、モヤモヤは幾分か晴れた。
それでもやっぱり、いつもの横断歩道が見えると気持ちが沈んだ。
「じゃ、私はここらでおさらばします」
「おう、いつも悪い。また教室でな」
「うん、朝練頑張ろ」
短い挨拶を済ませて、私は陽を見送る。
暫くすると、藍田さんの姿が見えた。
電信柱の影からあざとく陽を驚かせると、私と同じくらい近い距離で歩いて行った。
……目の前で手を繋がれたら、その時私はどんな風に感じるんだろう。
二人は、上手くいっている。案の定、陽は藍田さんを嫌い切れていないようだった。
そんなの顔を見たら分かる。少し前に行ったっていうデートとやらをきっかけに、それまで硬かった態度が少しずつ崩れてきてる。
……ま、そうだと思ったけどさ。藍田さんのことを好きになるかどうかは置いておいて、嫌いにはなれないって。
それでもなんかムカつく。腹が立つ。
横断歩道を渡り、山道に差し掛かる二人の姿が少しずつ小さくなっていく。
……そろそろいいか。私はため息を吐いて、重い足取りで学校に向かった。
◇◆
「陽が最近ボーッとしてる?」
「そうなの。 それでね、そろそろ大会も近いじゃない? 私たちは二年生だけど、それでも三年生まで部活を続けるためにはこの夏か、冬の大会で結果残さなくちゃいけなくて」
一気に喋り切ったのは、男バスのマネージャーである戸松先輩。陽から話は聞いていたが、なんていうかアイドルっぽい容姿にアイドルっぽい声だ。それでいてどこか年上と感じさせる雰囲気もあって、なんだかすごいモテそうだ。
「でね。やっぱり男バスとしては、桐生くんの力は必須なわけで。その、情けないんだけど」
戸松先輩の声は尻すぼみに小さくなっていく。部の事情を一年生に押し付けるのが申し訳ないと、そんなニュアンスだろうか。
「陽は強いですし、今はあいつに頼り切りでも仕方ないですよ。仮入部の頃と今の男バス見違えますし、冬になったら県も夢じゃないです」
それに、と続ける。
「あいつ、バスケ部好きって言ってましたから。力になれるのは嬉しいと思います」
「そ、そっかぁ。えへへ、よかった」
本当に嬉しそうに笑う戸松先輩に、釣られるように口角が上がる。……良い先輩だな。
「そ、そう、それでさ!」
戸松先輩が話を戻すように元気に声を上げる。大きな瞳を曇らせて、再びヒソヒソ声で話し始めた。
「……最近、桐生君藍田さんと付き合い始めたじゃない?」
「……みたいですね」
「その、部としても仲良くなってくれるのは万々歳なんだけど。それでも、最近の桐生君見てると……」
確かに、陽は最近練習をチラリと見るとボーッとしていることが多い。でもいざドリブルを始めると誰にもボールを奪われることがないので、私以外誰も気付かないと思ってたけど。
マネージャーってやっぱり選手のこと見てるんだ。
「やっぱり私個人としてはさ、大会前はさすがに集中してほしいの……桐生君が出る代わりにベンチに下がる選手もいるわけだし」
「正論ですね。直接あいつに言ってやってください」
「やー待って! そんな直接的じゃないけど、私も言ったのよ!」
「何て言ったんですか?」
「桐生君、最近どう? って……」
「間接的すぎます……」
それで伝わったら苦労しない。
「だからやっぱり、ここは桐生くんの幼馴染って噂の香坂さんに頼もうかなって。今日体育館使うの男バスと女バスだし、タイミング見てそれとなく注意してあげてくれない……かな?」
不安そうに頼み込んでくる戸松先輩は、恐らく男子ならイチコロだろう。私には全く効かないが、それでもバスケ部と陽のことを思う気持ちは本当みたいだし。
「いいですよ」
断る理由もない。陽が練習に集中しないのはよくあることだが、大会前はさすがにマズい。せっかくあいつにとって大切であろうバスケ部だ。
戸松先輩は私の承諾を聞くと、やった! と飛び跳ねた。
「なんで藍田さんじゃないんですか?」
思わずそんな質問が口をついて出た。……陽の癖移ったんじゃないかと疑ってしまう。
戸松先輩は一瞬キョトンとすると、バツが悪そうに笑った。
「なんていうか、香坂さんのほうが桐生君のこと分かってそうで。……このこと藍田さんには内緒ね?」
「……そうですか。まあ、私で良ければ言ってみます」
「うん、ありがとう!」
ニコッと笑う戸松先輩は、まるで太陽のようで。
藍田さんより陽のことを分かっていると言われただけで気分が高揚した私には、少し眩しすぎた。
陽と藍田さんが付き合って一ヶ月。
梅雨も明けて、そろそろ上級生のバスケ部最後の大会が始まる。今日も私はバスケットシューズを器用に入れた鞄を肩に掛け、陽に笑顔を見せる。
「ういーす」
「なにその気の抜けた返事、さてはまたギリギリだったなもし!」
「朝からうっせえなあ」
陽はカリカリと頭を掻く。心底うるさそうな顔をしてるけど、私はやめてあげない。
だって、登校時間で一緒に歩ける時間は少ない。ただでさえこいつといると短く感じる時間が、藍田さんのせいで半分以下になってしまった。
山道が始まる前の横断歩道で、いつもあの女はこいつを待っている。私が陽と過ごせる朝の時間は、長く見積もっても十分あれば御の字だ。
「ねーねー、ランチ奢ってよー」
私は欲望の赴くまま、思ったことをペラペラと口にする。
陽は面倒そうに、だけど確かにわずかな愛情を乗せて「はいはい」と受け流す。
もちろん愛情といっても、恋人のそれではない。
傍から見れば流しているように見える陽のぶっきらぼうな返事は、私にとって一番好きな反応だ。
ついつい、その反応を引き出したくなってしまう。
「ねねねー、ランチランチ」
「だーもう、腕掴むな!」
だから私は、切り上げるために思いっきり陽の腕を握った。
制服の上からでも感じられるしなやかな筋肉。
「痛い痛い!やめろって!」
嘘つけ。
こんな筋肉あって痛くできるほど、私の握力は強くない。……多分。でもそんな反応があることで、私たちの気分はまた盛り上がる。
「にひひ、奢る気になった?」
「なるかアホ。逆にお前が奢れ」
「えー、いやよ。そうだ、前のお弁当のお返しってことでさ!」
作ってもいない弁当だけど、またツッコミを入れてくれるはず。
「あれ、弁……ああ、いや理奈から作られてないだろ!」
「……あー」
こいつのことなら結構なんでも分かってしまうのが玉に瑕。
今の反応、藍田さんに作ってもらった弁当と一瞬混ざったんでしょ。
「わかったよ、また奢ってやるから」
「いつ?」
「いつかー」
「それ奢らないやつじゃん!」
「うっせ」
ぽん、と頭の上に手を乗せられる。
大っきいなあ。
とても安心する。それだけで、モヤモヤは幾分か晴れた。
それでもやっぱり、いつもの横断歩道が見えると気持ちが沈んだ。
「じゃ、私はここらでおさらばします」
「おう、いつも悪い。また教室でな」
「うん、朝練頑張ろ」
短い挨拶を済ませて、私は陽を見送る。
暫くすると、藍田さんの姿が見えた。
電信柱の影からあざとく陽を驚かせると、私と同じくらい近い距離で歩いて行った。
……目の前で手を繋がれたら、その時私はどんな風に感じるんだろう。
二人は、上手くいっている。案の定、陽は藍田さんを嫌い切れていないようだった。
そんなの顔を見たら分かる。少し前に行ったっていうデートとやらをきっかけに、それまで硬かった態度が少しずつ崩れてきてる。
……ま、そうだと思ったけどさ。藍田さんのことを好きになるかどうかは置いておいて、嫌いにはなれないって。
それでもなんかムカつく。腹が立つ。
横断歩道を渡り、山道に差し掛かる二人の姿が少しずつ小さくなっていく。
……そろそろいいか。私はため息を吐いて、重い足取りで学校に向かった。
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「陽が最近ボーッとしてる?」
「そうなの。 それでね、そろそろ大会も近いじゃない? 私たちは二年生だけど、それでも三年生まで部活を続けるためにはこの夏か、冬の大会で結果残さなくちゃいけなくて」
一気に喋り切ったのは、男バスのマネージャーである戸松先輩。陽から話は聞いていたが、なんていうかアイドルっぽい容姿にアイドルっぽい声だ。それでいてどこか年上と感じさせる雰囲気もあって、なんだかすごいモテそうだ。
「でね。やっぱり男バスとしては、桐生くんの力は必須なわけで。その、情けないんだけど」
戸松先輩の声は尻すぼみに小さくなっていく。部の事情を一年生に押し付けるのが申し訳ないと、そんなニュアンスだろうか。
「陽は強いですし、今はあいつに頼り切りでも仕方ないですよ。仮入部の頃と今の男バス見違えますし、冬になったら県も夢じゃないです」
それに、と続ける。
「あいつ、バスケ部好きって言ってましたから。力になれるのは嬉しいと思います」
「そ、そっかぁ。えへへ、よかった」
本当に嬉しそうに笑う戸松先輩に、釣られるように口角が上がる。……良い先輩だな。
「そ、そう、それでさ!」
戸松先輩が話を戻すように元気に声を上げる。大きな瞳を曇らせて、再びヒソヒソ声で話し始めた。
「……最近、桐生君藍田さんと付き合い始めたじゃない?」
「……みたいですね」
「その、部としても仲良くなってくれるのは万々歳なんだけど。それでも、最近の桐生君見てると……」
確かに、陽は最近練習をチラリと見るとボーッとしていることが多い。でもいざドリブルを始めると誰にもボールを奪われることがないので、私以外誰も気付かないと思ってたけど。
マネージャーってやっぱり選手のこと見てるんだ。
「やっぱり私個人としてはさ、大会前はさすがに集中してほしいの……桐生君が出る代わりにベンチに下がる選手もいるわけだし」
「正論ですね。直接あいつに言ってやってください」
「やー待って! そんな直接的じゃないけど、私も言ったのよ!」
「何て言ったんですか?」
「桐生君、最近どう? って……」
「間接的すぎます……」
それで伝わったら苦労しない。
「だからやっぱり、ここは桐生くんの幼馴染って噂の香坂さんに頼もうかなって。今日体育館使うの男バスと女バスだし、タイミング見てそれとなく注意してあげてくれない……かな?」
不安そうに頼み込んでくる戸松先輩は、恐らく男子ならイチコロだろう。私には全く効かないが、それでもバスケ部と陽のことを思う気持ちは本当みたいだし。
「いいですよ」
断る理由もない。陽が練習に集中しないのはよくあることだが、大会前はさすがにマズい。せっかくあいつにとって大切であろうバスケ部だ。
戸松先輩は私の承諾を聞くと、やった! と飛び跳ねた。
「なんで藍田さんじゃないんですか?」
思わずそんな質問が口をついて出た。……陽の癖移ったんじゃないかと疑ってしまう。
戸松先輩は一瞬キョトンとすると、バツが悪そうに笑った。
「なんていうか、香坂さんのほうが桐生君のこと分かってそうで。……このこと藍田さんには内緒ね?」
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ノラウ
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