クロノスの森
7話「ぽっぽ亭」
この世界には大まかに別けて四つの大国が存在しています。
人間至上主義のバーランド帝国。
種族問わず神々を崇拝する者達が集まったシャルカル教国。
冒険者が世界一多いとされるラットルク王国。
小さな国が集まって構成されたアクサス共和国。
そして、ラットルック王国の南端。マリューの森を挟んでバーランド帝国に近接した地にあるのが、メリアルナルの街。
シロが始めて足を踏み入れた街ーー。
「に、人間、たくさん…」
街に入ったシロは、その人の多さから酷い怯えを見せて、ミリアの背後にピッタリと張り付いていました。
「そんなに怯えなくても誰も何もしてこないよ?」
と、ミリアはシロを宥めますが、それぐらいの言葉ではシロを安心させる事は出来ません。
「こりゃ、先が思いやられるな」
やれやれと言った風に溜息を吐いて、リールットは一つの店の前で立ち止まりました。
「さてっ!少し予定にゃ早いが、別に構わないだろ!?入るぞっ!」
「えっ!?ここって…」
「ああ!出発前に言っただろ!?ポッポ亭だ!!」
言うと共に、大きく両手を広げて背後の店を見せ付けます。
店の外にも洒落た机や椅子が並べられ、それを避けるように色とりどりの花が植えられた花壇が宙に吊り下げて飾られています。
その外観を見ただけで、少々値が張るような店だと思えたミリアは敷居を跨ぐだけで少しの躊躇いを覚えました。
リールットは、今から食べる物を想像して嬉しそうに頬を緩めながら足を進めます。
そして、シロはーー。
「は、入るの…?」
怯えていました。
その怯え様は、まるで魔王城を前にした村人の様です。
そんなシロの状態に気が付いたリールットは足を止めて振り返って言います。
「ああ!入る!金なら大丈夫だ!なんでも食っていいぞ!」
「食べ…食べられる…」
ミリアの服をより一層強く握り締めるシロ。
「なんでそうなんだよ…」
シロの反応に頭を抱えたくなったリールットでしたが、シロは今の今まで森で暮らし。生活は全て自給自足であり、弱肉強食の世界に居た事を思い出し、その言葉の意味を理解する事が出来ました。
「…ああ、そう言う事か。大丈夫だ。ここは調理された料理しか出てこねぇよ」
「ほ、ほんと…?」
「ああ!オレを信じろっ!」
女性にしては大きな背中をシロに向けて、リールットは店内へ堂々と入って行きました。
その後を、意を決したミリアと、怯えつつもミリアの服の裾を掴んで離さないシロが続いて入って行きます。
店内は、入ってすぐ右側にカウンター席。左側に広々と設置された机席があります。
そして、内装にも宙吊りに飾られた花壇がありました。
「いらっしゃいませ。何名様で…?」
出迎えてくれた女性店員は、目の端に映った少年がビクッと怯えて少女の背中に隠れてしまった事に営業用の笑みを一瞬だけ引攣らせてしまいましたが、再度、言い直します。
「何名様でしょうか?」
「三人だ」
「三名様ですね。席のご要望はありますか?」
「あー、机席で頼む」
「はい。畏まりました。どうぞこちらへ」
それから、店員に案内されたのは店内の窓際の席でした。
席は、リールットが一人。
向かいに、ミリアとシロが座っています。
「ご注文がございましたら、そちらのベルにて気兼ねなくお呼びください」
店員は深々と礼をしてから席を離れて行きます。
「よしっ!頼むぞ!」
店員が去って行くのを見届けたリールットは誰よりも早くメニュー表を取って、注文内容を選んで行きます。
ミリアもそれを覗き込んで、その金額に生唾を呑み込みつつも注文を選んで行きます。
そして、シロはと言えばーー。
「ほら、お前も好きなもん頼めよ」
「っ……」
隅っこに縮こまって恐怖に震えていました。
「はぁ…しゃーねぇな。お前の分は適当に頼んどくぞ?」
「……」
どうやら、シロは怯えるのに精一杯なようです。
「つっても、聞こえてねぇみたいだな…」
リールットの親切心から来る言葉にすら返事を返す余裕すらありません。それだけ周囲の人間達が恐ろしくて堪らないのでしょう。
例え、背後の席で楽しそうに談笑しながら食事をする女の子達でさえも、彼からすれば凶悪な笑みを浮かべた悪魔が何らかの生物の臓物を食べているようにしか見えていないのです。
「クロ…ポチ…オデさん…たす、助けて…」
うわ言のように助けを呟く程に恐怖を感じ、今にも泡を吹いて気絶しそうな雰囲気です。
よく見れば、目の端から涙を流しています。
「…シロ?」
「ヒッ!?」
ミリアの呼び掛け一つで、驚いて縮こまる有様。
尋常ではない程の怖がり様。
どこからどう見ても食事を出来るような状態ではありません。
なので、ミリアはシロの事を考えて早急にこの店を出るべきだと判断しましたーーのですが。
「リールットさん。シロがーー」
「よしっ!オレとシロの分は決まったぞ!お前は決まったか?」
リールットにそんな気は更々なかったようです。
シロの現状に気付いてはいますが、念願のデザートを前に『一時撤退』の文字はありませんでした。
「あの、リールットさん?」
「なんだよ。まだ決まってねぇのか?なら、オレが勝手に決めるぞ?」
パラパラパラと流すようにメニュー表をめくると、素早い動きでベルを鳴らしました。
ーーチリーンッ。
小気味良い音が店内に響き渡ります。
「で、どうしたんだ?」
「いえ…何でもないです…」
ミリアは、子供のように瞳をキラキラと輝かせて店員を今か今かと楽しそうに待つリールットを見ると、言うに言えなくなってしまいました。
〜〜〜
「って事はよ、シロは巨大な鳥にあの森に落とされて、家の帰り道が分からねぇって事か?」
「う、うん…」
「だから、私は旅をしながら家を探そうって誘ったの!」
「あー、だから冒険者か。納得だな」
冒険者。それは、人材派遣のようなものです。
個人。または団体が冒険者ギルドへ求人を出し、それを冒険者登録した者が受ける。
依頼内容は様々で、魔物討伐であったり、薬草採取。はたまた、買い物の手伝いや行方不明のペットの捜索なんて物もあります。
しかし、冒険者ギルドの実態は、その名の通り冒険者組合。
冒険をする者の為に創設された職業です。
依頼を受けて報酬を得る職業であり、冒険の資金集めや情報交換をする場所でもあります。
しかし、冒険を目的として行動している人は少なく、働く先がない者やそうして稼ぐしか取り柄のない者。また、一攫千金を目指している者達が大半です。
稀なケースで言えば、冒険者ギルドでより高位の冒険者となって地位を獲得しようとする者もいます。
成功した者の中には貴族に成り上がる事の出来た者もいますが、極稀な話です。
そして、今回。ミリアが考えたのは、冒険者として世界各地を冒険し、シロの家を探そうと言う事でした。
「シロから聴いたんですけど、シロの住んでた所は崖と谷に囲まれた森で、オデサンって言う大きな木があって、綺麗な青い湖があって、変な生き物が一杯いる所らしいです。リールットさんは何か知りませんか?」
「あー、知ら……ん?ちょっと待て。それって…」
ミリアの説明はおざなりにも上手いとは言い難く、しかし、それでも特徴を捉えており、リールットはどこかで聴いた話を思い出しました。
「それってよ、森の中央に肉塊の木があったりするのか?」
「肉塊の木?」
二人の視線がシロへと向けられます。
その視線を受けたシロは更に縮こまってしまい、それ以上の情報を得る事は出来ないと感じたリールットは今までの話の中の僅かな情報で推測した事を話します。
「あー、もしかしてだけどよ、お前の住んでた所ってクロノスの森って所じゃねぇのか?」
「ち、違う…ク、クロが、ガーペイジの森って…言ってた…」
「ガーページ?聞いた事ない森だな」
「でも、そこを探せばシロの家に行けるんだよねっ!ねっ!?」
「かも知れねぇな」
そこで話は一度終わり、食後の甘いジュースを一口飲み、リールットは視線をシロの前に置かれた食事の山に向けます。
「で、シロ。食わねぇのか?美味めぇぞ?」
「………」
無言で眼前に並べられた料理を見つめるシロ。
彼は今の今まで食事に指一つ付けてなかったのです。
「んー?お腹空いてないのかな?」
ーーぐぅぅぅ。
「そんな事ないみたいだねっ」
シロの耳の先がほんのりと赤く染まりました。
「一口だけでも食べてみたら?美味しいよ?」
「…で、でも…」
「金なら心配ねぇ!オレの奢りだ!」
「そうよ!沢山食べて、もっと強い人にならなくちゃ冒険者はできないよっ!」
二人の促進もあって、ようやくシロは食器を手にして料理へと向かわせます。
「……毒…入ってそう…」
しかし、それでも食べる気はないのか、ツンツンと料理を突くだけ。
「ほら!食べる!!」
「ーーむぐっ!?」
そんなシロに業を煮やしたミリアは、自分の食器でシロの前に置かれたスープを掬い上げると、彼の口に無理矢理ねじ込みました。
「食べ物は粗末にしちゃダメ!」
メッ!と優しく叱るミリア。
無理矢理とは言え、シロは口に突っ込まれた物を吐き出さずにモグモグと咀嚼し、ゴクンッと呑み込みます。
「…お、美味しい……」
そして、目の色が変わったかと思えば、次々と眼前にある料理を口に放り込み始めました。
その勢いは留まる事を知らず、山程あった料理は次々とシロの胃袋の中へと消え去って行きます。
「そんなに急いで食べなくても誰も盗らないよ。落ち着いて食べよ?ね?喉、詰まらすよ?」
「………」
ミリアの声も届かないほど彼は眼前の料理に夢中になっており、食べる勢いはより激しさを増しているように感じます。
「ハハハハハッ!こりゃ、何言っても通じねぇな!」
「ですね…」
その光景に、リールットは大笑い。ミリアは苦笑いを浮かべました。
「でもよ、コイツ本当に何者なんだろうな?」
「突然どうしたんですか?」
「考えてもみろよ。人間離れした素早さ。卓越した罠の技術。表層とは言え、マリューの森を一人で生き抜く力。んでから、あのクソ不味いけどスゲェ回復力のある肉の玉。人間を極度に怖がるし…それを除くと、まるで話に聞く魔族だぞ?」
「魔族?でも、魔族は頭に角が生えてるんじゃ…?」
「だよな。でも、コイツにはそれがねぇ。見たまんまの人間だ。まぁ、目の色は珍しい黒だが…オレはコイツが不思議で堪らねぇんだよ」
「別にいいじゃないですか。シロはシロ。それでいいんです!」
無邪気に笑って胸を張るミリアに、やれやれと肩を竦めるリールット。
「能天気なもんだな。コイツがマリューの森を活性化させた噂の魔族かも知れねぇんだぞ?」
「でも、魔族じゃないもんっ!」
「はぁ…」
これ以上言っても無駄だと感じたリールットは、小さく溜息を吐いて運ばれてきたばかりのデザートに手を付けます。
「噂通りの美味さだな」
「です!」
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