クロノスの森

九九 零

9話「決闘」




「なっ!?ど、どうなってんだよっ!?」

それは、マリューの森でミリアとリールットがよく見た光景。

罠にかかり、植物の蔦に雁字搦めにされて宙に吊られ、捕らわれの身となった魔物達と酷似した光景。

その光景と違う点と言えば、ブァックを捕らえたのは蔦ではなく、極細の透き通った糸。
そして、相手が人間だと言う点でした。

「や、やめろぉぉぉぉぉ!!」

悲痛の叫び声がギルド内に木霊しました。


〜〜〜


時は数秒前に遡る。

「始めっ!!」

ブァックは余裕を醸し出して戦斧を片手に、戦闘に入いっているにも関わらず、シロは怯えたまま身動き一つ出来ない状態で開始の合図が出されてしまいました。

「行くぜぇぇ!!」

まず、ブァックが先手必勝とばかりに戦斧を振り上げてシロを一刀両断せんと上段に構えて突っ込みます。

その勢いはさることながら、開始早々の突撃は、まだ冒険者を始めて間もない者にとっては反応できない攻撃でしょう。

しかし、シロに向けて勢い良く振られた戦斧は、スカッと宙を切りました。

「んなっ!?」

まさか駆け出し冒険者相手に初手を外すとは思ってもみなかったブァックは、動揺を隠しきれずに立ち止まると、慌てて眼前から消えたシロを探します。

しかし、どれだけ探してもシロの姿は確認できません。

なぜならばーー。

「術式起動…成長促進…」

ブァックの足元にしゃがんでいたからです。

ブァックは突然足元から声が聞こえて視線を下に向けますが、時既に遅し。

「うおっ!?なんだこれ!?」
「どうなってんだよっ!?」
「なっ!?なっ!?なんだ!?なんだよ!?」

ギルド中が輝きを放つ魔法陣に包まれると、一瞬にしてギルド内は混乱の渦に飲み込まれました。

それもそのはず。建物を形作る木の板から発芽した芽が育ち、立派な木となり、室内を埋め尽くさんと生えてきたのですから。

肝心のブァックは驚きの余り、数歩後ずさりをするとーー何かが彼の足に引っ掛かりました。

「なん…だっなああぁぁぁぁあぁぁ!!」

その何か。とは、目で捉える事も出来ない程に細く、透明感のある糸。

ブァックには何が起きたか理解出来ません。

ただ、目に見えない何かに足を掴まれ、持ち上げられたようにしか思えないのです。

そして、ギルド内に無数に生えた木の成長が止まる頃。ブァックは、全身を身動き一つ出来ないように糸によって拘束されていました。

「なっ!?ど、どうなってんだよっ!?お、降ろせ!降ろせぇぇぇ!!」

どれだけ叫ぼうとも、彼に救いは訪れません。

皆が一様に口を半開きにし、今起きた事象が信じられないとばかりに唖然と呆けています。

その中でも、彼の取り巻きは群を抜いて呆然としていました。

ビィィィンッと糸が揺れ動く音が響き、振動がブァックに伝わります。

その糸を辿って視線を向ければ、そこには槍を手に、まるで宙に立つかのように糸の上に立ったシロが居ました。

シロはゆっくりと槍の矛先をブァックに向け、駆け出す態勢へと移ります。

「倒す…殺す…?」

「ちょっ!待てっ!待てっ!!」

シロがボソリと呟いた一言。

それは、ブァックにとって最悪の未来を想像させられました。

もがき、暴れ、なんとしてでも逃げ出そうとするブァック。しかし、どれだけ暴れようとも糸はビクともしません。

「やめろ!来るなっ!来るなっ!!」

ただ悲痛な叫びを上げて少しづつ歩く速度を上げる悪魔・・を拒む事しか出来ず、目尻に涙を溜める事しか出来ません。

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

ブァックの号泣を併せた叫びをも虚しく、遂に悪魔が駆け出し、ブァックの脳天を狙って槍を突き出されました。

ブァックの脳内に一瞬にして過去が流れ行き、我に返ったその時。
彼の眼前には、今まさに槍が突き刺さらんとーー。

「やめてっ!!」
「止まれシロ!」

残り数ミリでブァックの眼球に突き刺さろうとしていた槍の動きがピタリと止まり、引き下げれました。

その一瞬の出来事で安心したのか、気の抜けたブァックは意識を失い、脱糞、失禁。

そんなブァックに視線を向ける事なく、シロは声を上げた二人の元へとショボくれた顔で帰還します。

「ま、まだ、勝ってない…」

「違うぞ、シロ。お前は勝ったんだ」

よしよし。と、子供を宥めるようにリールットはシロの頭を優しく撫でます。

「で、でも、生きてる…」

リールットの手がピタリと止まり、頭痛を覚えて額に手を当てました。

「街中で人は殺しちゃいけねぇんだ。こう言うのは、相手に負けを認めさせりゃ勝ちなんだよ」

「じゃ、じゃあ、まだ…」

「いや、お前の勝ちだ。見てみろよ、あのクソ・・野郎の姿」

「………」

リールットの指差す方向。ブァックをへと視線を向ければ、彼は冒険者達の良い笑い者になっています。

「誰がどう見たってアレは敗者の姿だ。お前の勝ちだ。な?」

「う、うん…」

シロは納得いっていなさそうな表情を浮かべるも、おずおずと頷きを返してリールットの服の裾を掴んでそそくさと彼女の背後に隠れました。

審判の男は、無様な姿と化したブァックを散々笑い者にしたから元の場所へと戻ると、声を高らかに上げます。

「勝者…えーっと、そいつの名前はなんつーんだ?」

「シロだ」

「了解。勝者、シロ!!」

「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」

冒険者達の雄叫びがギルド内に響き渡ります。

その大半は賭けに負けた者達の悲痛な叫び。賭けに勝った者達の歓喜の叫びですが、残りはシロを祝福する雄叫びです。

その後、冒険者達の手によって床や壁、はたまた天井から生えた木々の伐採。それと同時進行で、汚物の塊となったブァックは身包みを全て剥がれてから取り巻きと共に冒険者ギルドから追い出され、シロは残りの者達から質問責めに遭ってました。

「あの木を生やすのはどうやったんだ?」

「ーーー」

「あー、魔法術しき…なんとかだってよ」

「宙に浮いてたのも魔術なのか!?」

「ーーー」

「えっ…。えっと…蜘蛛から摂った釣り糸だって!」

とは言え、シロの人間恐怖症が治ったわけではありません。

彼は終始リールットかミリアの背後に隠れ、冒険者の質問には彼女達を通して行われていました。

「その槍…まさかとは思うけど、素材は神樹か?」

「ーーー」

「…え?そうなの?…その辺に生えてた木って言ってるよ?」

「俺、見てた。凄く早かった。どこで覚えた?」

「あ?コイツはなんの事言ってんだ?」

「ーーー」

「…あぁ、そう言う事か。罠の技術は森で覚えたんだってよ」

冒険者ギルドは情報を共有する場でもあります。

その為、大半の冒険者は友好的であり、ブァックのような輩は珍しく、そして、嫌われる対象でもありました。

だからなのか、片付けを終えた冒険者達にシロの情報が伝わるのは早く、勝者を祝う宴が始まるのも、また早かった。



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