最強剣士だったけど、異世界では大したことなかったようです

青年とおっさんの間

プロローグ

「さてと…」

 俺はいつもの様にボディースーツに袖を通し、その上からデバイスを装着する。
 いくら大会規定レベルに出力を制限されているとはいえ、このブレードライザーで斬られれば失神、悪ければ骨折くらいはしてしまうだろう。
 とは言っても、今まで一度も『ブレードバトル』通称『BB』で相手からの攻撃を貰ったことはないけど。

「ふぅ…」

 最後にフルフェイスのヘッドデバイスを装着し、ゆっくりと深呼吸をする。

「時間か」

 エントランスゲートを潜りコロシアムへと入場すると、割れんばかりの歓声と音楽が鳴り響く。
 それもそのはずだ、今から行われるのはBBの世界大会の決勝。この大会で優勝した者が名実ともに世界最強の剣士として称えられるからだ。
 コロシアムを埋め尽くす数の観客たちは、今日新しく誕生する世界最強の剣士をこの目で見ようと世界中から集まってきたやつらだ。
 それ程までにこのブレードバトル、最強の剣士の称号が与えられる戦いが、世界中で注目されていることがよく分かる。

 俺が一通りコロシアムを見回し視線を前に戻すと、相手剣士が既に開始位置に立ち、真っ直ぐ俺を睨みつけていた。
 流石、決勝まで勝ち進んできただけはある。この雰囲気に圧倒されないというのは剣士の心構えとか何とやらは最強の剣士の称号を得るには相応しいみたいだな。
ヘッドデバイスの半液晶型モニターに『Finalbattle… Rady…』と表示される。
 あれ程騒がしかったコロシアムが一瞬で静寂に包まれる。

『Go…!!』

 合図と共に相手剣士が一気に間合いを詰めてくる。

「へぇ〜… 流石に速いな」

 開幕速攻で不意を打ち、勝負を決めるつもりだったみたいだが大きくバックステップをして初撃を躱す。

「おっと!?」

 思ったよりも相手剣士のリーチが長く、ボディーデバイスのプレートを掠る。

「あら? 結構リーチあるんだなー」「…… 私の初撃を躱せた人は貴方が初めて…」

 その声… 女か? ヘッドデバイスで顔はよく分からないが、間違いなく女の声だった。

「どうやら俺の相手はお姉さんだったようでして」

 確かにBBで女性剣士も少なくはないが、男性剣士と比べるとどうしても体格やパワーに差が出てくる。
 単純なぶつかり合いでは男の方に軍配が上がるため、正直余程の技術とセンスがないと決勝までは勝ち進めない筈だ。

「いやはや、やっと楽しめそうだな、これはッ!」

 俺は腰に下げていたソードデバイスを左手に持ち、エネルギーを具現化させる。
 一瞬で相手剣士の懐に飛び込み、一閃の斬撃を浴びせる。

「ぐふッ!!」

 流石、ぶっ飛ばすつもりで斬ったのに、胸部のプロテクターデバイスを破壊しただけに終わった。
 といってもかなりの痛みはあるはずだが。

「何!? 今の動き…」「あら、喋り方でお姉さんだと思ったけど、おんにゃの子くらいだったのね」

 女剣士のプロテクターデバイスが壊れたことにより、その下の肌にピッタリとフィットしているボディースーツが自己主張の少ないお胸だと教えてくれる。
 残念… もう少し大きかったら対戦時間引き伸ばして観賞するのに…

「このような脂肪の塊など戦闘に邪魔のけ、この位が丁度いい」「おいおいおい、男のロマンってやつを何もわかってないな、アンタは」
「五月蝿い!」

 相変わらずの踏み込みの速さ、懐に潜り込むのに一瞬の迷いもない。こいつはかなりの戦闘経験を積まないと身に付かないやつだ。
 相手の女剣士が俺の懐に潜り込んだ瞬間、剣を斜め下から切り上げる姿勢になる。
 「はッ!!」

 残念だが、ペチャパイ剣士の間合いはもう見切った。
 俺は身体を縦にする様に体勢を変えながら一歩横に移動する。それだけでペチャパイ剣士の剣は俺の目の前を大きく空振りし隙ができる。

「しまっ…!?」「手加減はするよ、ハアッ!」「ガハっ!!」
 完璧のタイミングで放った剣だが、当たる瞬間に刃先を横にし、切るというよりは叩くイメージでぶっ飛ばした。
 モロに攻撃を食らったペチャパイ剣士はコロシアムの外壁まで吹っ飛び激突する。
 いくら剣士と言えど、女の相手に切り掛かって大怪我負わせたら、次の日寝覚めが悪いからな。
 でも、今の攻撃で意識を刈り取るくらいはできただろうから… って、マジか!?

「なぜ手加減した…?」

 そう言いながら、ゆっくりと身体を起こし立ち上がるペチャパイ剣士。
 装着しているアーマーデバイスも殆ど壊れているし、ヘッドデバイスも何処かに飛ばされた様で、ペチャパイ剣士の顔がモロに見える。
 銀色の長い髪をなびかせ、真っ直ぐ俺を見つめる吸い込まれそうな澄んだ瞳。整って綺麗な顔つきからは剣士であることはこれっぽっちも伺えない。

「… 答えて!!」

 いけね! ペチャパイ剣士に見惚れてついボーっとしてしまった。頭をブンブンと横に振って意識を元に戻す。

「深い意味はないんだけど、アンタが女だから…」「私が女だから手加減したって言うの…!?」

 俯き、プルプルと身体を震わせている。なんか怒らせちゃったかな…?

「貴方に決めようと思ったけど、やめる! ここで消すッ!!」

 顔を上げ真っ直ぐ俺を睨みつけるペチャパイ剣士、怖え〜… 何か心なしかコロシアム全体が凍り付いているような… 
「そっ、そう怒るなよ〜、可愛い顔が台無しだぞ?」
「五月蝿いッ!!」

 その言葉と同時にペチャパイ剣士から何か物凄い力が放出されるのを感じる。

「一体何がどうなってるんだ!?」

 ペチャパイ剣士を中心に地面や大気が凍り付いている。やっぱりあのペチャパイ剣士がやってんのかな?これ…
 ペチャパイ剣士が腕を横に開くと、ペチャパイ剣士の頭上に数え切れないほどの氷の槍が出現する。
 1つ1つの氷の槍は人の拳程度の大きさだが、あの鋭利な先端に貫かれれば命はない。
 いや〜…. まさかあれが全部俺に向かって飛んで来るなんてことは〜….

「アイシクルレイン!!」

 掛け声と共に振り下ろした手が俺を捉えると、頭上の氷の槍が一斉に俺に向かって突撃してくる。

「ひぃーッ!?」

 背を向けて走って逃げるが、氷の槍は俺のいた辺りに次々と激突しながら俺の方に迫ってくる!
 俺を追跡して来るなら逃げ場はない! なら…

「全部斬るッ!!」

 氷の槍が着弾し、周りの地面諸共巻き込み、砂埃が舞う。

「女だって甘く見るからこういうことになる…」

 勝利を確信した女剣士はソードデバイスの具現化を解き、腰のバインダーに戻す。
 女剣士はまさかこの世界で魔法を使うことになるとはこれっぽっちも思っていなかった。
 しかも、相手に流されて自身の中でもかなり強力な魔法を使用してしまった。
 「まだまだ私も未熟だな…」
「…… ああ、本当だな… 相手がまだ倒れてないのに勝ったつもりでいるんだからな!」

 まあ、ペチャパイが勝ったと思うのも無理はない、流石に俺も死ぬかと思ったからな。
 思わず利き手である右手を使っちまったくらいだからな。

「さて、反撃… と行きたいところだけど、ソードデバイスがもう壊れちゃって…」

 手に持ったソードデバイスから煙が上がると、強制的に具現化が解かれる。

「俺の負けだな… それにしても何だったんだ、さっきのあれ?」
「どうして…? どうして無事なのッ!?」
「勝ったんだからいいじゃん、そんなこと」「気になるの! 教えなさい!!」
「別に、アンタの攻撃が俺を狙っての広範囲攻撃だったから、俺に当たりそうな氷の槍だけ斬り落としたんだよ」

 まあとは言っても避けるのは大変だったけど… 
 あれが俺を狙ってのピンポイント攻撃だったらこう簡単にはいかなかっただろう。

「魔法を剣で塞いだですって…?」「へ? 何だって?」
「はあ、いいでしょう… 貴方を私の世界に連れて行くことにします」「ごめんな、そんなに強く頭ぶつけたのか…」
「やっぱりもう一度蜂の巣にしてあげましょうか?」「はい!ごめんなさい!!勘弁してください! もう剣ないからッ!!今度こそ死んじゃうからーッ!」
「ふぅ… それで貴方名前は?」「俺は悠、天月悠あまつき ゆうだ、アンタは?」
「私はセリス・レム・イリシュタリア」「お、おう… 横文字なのね…」
「さあ、じゃあ悠、手を出して」「はい」

 セリスの出された手に俺の手を重ねると、突然辺り一面が強い光に包まれる。

「な、何だ!?」「魔力を解放、転移結晶に全ての魔力を注ぐ… 開けッ!時空の扉!!」

 周りの景色がいつの間にか変わっていて、まるで何もない空間にいるような感じだ。
 周りをキョロキョロと見回していると、足元がフワッと浮いたような感じがして直ぐに下を見る。

「う、浮いてる!?」「違う、吸い込まれているのよ。時空の扉に…」

 隣にいるセリスが上を見上げていたため、俺もセリスが見つめている視線の先に目を向けると、ビル1つ飲み込めるほどの大きな扉が徐々に開きかけているところだった。

「一体何がどうなってるんだ!?」「大丈夫、ちょっと落ちるだけ」

 空に浮かぶ巨大な扉が完全に開き、物凄いスピードで扉の向こうへと吸い込まれていく。

「あッ、あああァァァあッ!!!」

 扉に吸い込まれて直ぐに、俺は意識を失った。



……
………


「う… ゆう… 悠!!」「ん… ここは?」
「そろそろ落ちるわよ」「へ? あーッ!!」

 目覚めた瞬間、いきなり身体が糸が切れたように下へ落下していく!

「い゛て゛ッ!!」

 受け身を取る間もなく顔面から地面にぶつかり悶絶する。

「落ちると忠告していたのに」「もうちょっと分かりやすく説明してくださる!?」

 今にももげそうな鼻を押さえながらセリスを見上げる。どうやらセリスさんは綺麗に着地されたようで、髪の毛をファサッと搔き上げる余裕まであるらしい。
 それにしてもここは何処だ? 俺が落ちた場所は草地で、辺り一面が同じ草原のようになっている。
 「直ぐに移動するわよ、立って」「移動するって言っても何処に?」
「あそこ…」

 2、3歩前に立ち、下の方を指差すセリス。俺も立ち上がりセリスと同じ位置から指の先を見下ろすと、眼下には巨大な街が広がっていた。

「何だここは?」「王都アイゼンガルド、私たちの街…」

 う、嘘だろ? まさか本当に…

「異世界に来ちまったのか〜ッ!!?」

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