マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

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リサの衝撃のカミングアウトの後、会場には爆音が流れ、スクリーンには俺とリサのドラムを叩いているPV映像が交互に流されている。

「兄さんの1番弟子だって… !?」


 もう何年も音信不通だった兄の名前を、まさかこんな所で、しかも《Ex 》のドラマー、リサから聞くことになるとは…


「ビックリした?」
「………… 」

「ごめんねー、戦意喪失しちゃたかな? そんなつもりはなかったんだけど、ただね… マサキくんの弟がどれだけ凄いのか、見てみたかったんだよね〜 」

「何… だって… ?」

「だからさ、マシュ? 私を… 楽しませてよ!」


 そう言い残して、リサは自分のドラムセットの方へと向かって行った。


「兄さん… 」


 歳の離れた兄さんの背中を追うように始めたドラム。それだけが、俺と兄さんとの繋がりだった。

 兄さんに褒めてもらいたかった。認めてもらいたかった。兄さんのようになりたかった。

 そんな俺の気持ちから逃げるように、兄さんは姿を消した。

 わかってる。俺を面倒とか、嫌いになったわけじゃないって…

 だけど、つい考えてしまう。

 兄さんは…

兄さんは、本当はどう思っているんだろうと…


「マシュ〜! 早く準備しろ〜ッ!!」


  ユウが向こうの方で、『早く行け』とジェスチャーを送ってくる。

 そんなユウの姿が、視界の隅に入ってくれたお陰で、少し過去にタイムスリップしていた自分を現在(いま)に引き止めることができた。

 そうだ、そうだった…

 今の俺にはガップレ(みんな)がいる。

 それこそが、俺のアイデンティティー。
今、俺がドラムを叩いている理由だ!

 何だかわからないうちにこんな事になったが、勝負と言うからには全力でやってやるさ!

 俺は自分のドラムスローンに腰を掛け、ゆっくりと肺の中の空気を全て吐き出し、全身の筋肉に火を入れた。










「お、マシュのやつ、気合い入ってんな〜」


 俺は、ステージ下手側の待機席で、少し遠目から見るマシュと、中継スクリーンにドアップで映されるマシュとを見比べながら、そんな事を呟いていた。


「そう? 私にはいつもと変わらないように見えるけど… 」


 隣に座っている、歩美ことガップレのミュアは、沸るマシュのオーラを感じ取れない様子だった。


「僕も、まったく違いがわからないんだけど… 」
「うむ、僕ちんも同意見ですぞ!」


 どうやら、俺以外のガップレメンバーには、マシュのオーラを感じ取る能力が未開発らしい。

 全く! 裏ハンター試験に合格してから、出直して来なさいっての!


「まったく、まだまだだね」
「具体的には何がいつもと違うの?」

「筋肉」
「「「は?」」」


 3人の異様にシンクロ率の高い「は?」に少したじろいでしまうが、直ぐに態勢を立て直す。


「だから筋肉だってば、俺なんかおかしなこと言ってるか?」
「筋肉… ねえ?」

「えっと〜 ユウくん? 具体的にその筋肉がどう違うのか教えてくれない?」

「そうだなー… 」


 何故か肩の力が抜けてしまったミュアを横目に、引き笑いのヨシヤが質問を繋ぐ。

 やれやれ、1から10まで説明しないとわからないとは… 困った子たちだよ。


「マシュの筋肉をよく見てくれ、ひとつひとつの筋肉が脈動しているのがわかるだろ?」


 まるで筋肉が自ら呼吸をし、心の臓に酸素を送っているかのように、マシュの筋肉(それ)は、少しずつ鼓動を早めているようだった。


「信じられない…  筋肉のひとつひとつが生きているみたい!」
「いや、これは刷り込みだ… この僕が、まさか、そんなファンタジーな話を、ぼっ、僕は信じないんだからねッ!!」

「ふむ、あれが筋肉道の極みなのですね、マシュ氏! 僕ちんも、いつか勇子ちゃん道を極めれば、マシュ氏と同じ高みへ… 」
「ショウちゃん、うるさい、黙らっしゃい」


 ショウちゃんのせいで、話が脱線しそうになるが、何とか食い止めて話を続ける。


「あそこまで筋肉の調子が上がってるのは、この前の単独アリーナライブの時以来か… 」

「まったくわからんですぞ… 」
「僕、なんか頭痛い… 」

「いや、それ以上かもしれない…!今日はすげえもんが見られるぞ〜!」


「それでは両者、向き合って!」


 プロレスかボクシングのレフリーのような、赤い蝶ネクタイに黒と白の縦縞の服を着たおっさんが2人の間に立ち、交互にアイコンタクトを送る。


「レディー… ファイッ!!」
『BPM 76 』


 おっさんレフリーの合図と同時に、スクリーンには曲の速度を表す、BPMが表示され、その速さのメトロノームが2小節分だけ拍を刻む。

 2人は同時に、そのリズムに合わせ、残りの空白の時間を寸分の狂いなくビートを刻んでいく。

 さて、最初に仕掛けるのはどちらかな?


『BPM 120』
「こんなのいかが!?」


 リサが次のテンポアップの間にフィル(即興演奏)を入れてくる。

 マシュのテンポを乱し、動揺させるつもりらしいが… 


「悪いけど、挑発には乗らないぜ?」


 マシュはリサの挑発を物ともせず、ただ正確にビートを刻み続けていた。


「これならどう!?」
『BPM 182』


 ロックバンドであるリサの、専売特許とも言える速いリズムに、これでもかと細かく激しいフィルを挟み込みんで、さらに挑発を重ねる。
 

「くッ… 」 


 流石のマシュもリサの怒涛のフィル攻めに、若干の動揺の色を見せていた。


「さーて、ここからだぞ〜 マシュの本領発揮は!」
「こんな速いテンポ、ガップレの練習でもやったことないけど、マシュくん大丈夫かしら… ?」

「確かに、マシュの本来のプレイスタイルはジャズだから、スウィングや、ゴーストノートをバチバチに挟むのが得意なんだが、テンポが速くなればなるほど、当然やり難くなる」

「あーらら、じゃあそろそろ限界なんじゃない? 僕、見てられないよ」


 そう言って、マシュから目を逸らすヨシヤを、俺は手振りでまあまあと宥めてから話を続ける。


「だけど、あいつはガップレのドラマーとして、ジャズばかり叩いてたわけじゃないだろ?」

「そうだった! ポップスやロック、最近では、ショウちゃんがメインで作ったメタルの曲だって叩いてたんだ!」

「その通り! そして、ガップレ唯一のメタル曲、『wake up in the new world』でマシュが使った新しい技は… 」
「「ダブルベースドラム!!」」

「そう、略して『ツーバス』だ」


 ミュア、ヨシヤ、ショウちゃんの声が大きくシンクロする。

 『wake up in the new world』で、マシュが見せたテクニックは、ドラムのことにあまり関心のないミュアを始め、多くのファンから絶賛されたものだった。

 ダブルベースドラムは、足元の1番大きなベースドラムを2つセットし、本来、1つのベースドラムでは対応できない連打を可能にするものだ。だが…


「でも、マシュくん、今日のセッティングはワンバスじゃないの?」
「そう、その通り」


 マシュの通常時のドラムセットは、シングルベースドラム、所謂、ワンバスというやつだ。

 ツーバスのセッティングでは、どうしてもその大きさ故に、ドラムをセッティングする場所の広さが求められる。

 そして、またその大きさのため、ワンバスのセッティングに比べて、タムやシンバルなども普段と同じ場所にはセッティングできない。

 そうなると、やはり叩き方やアプローチが少なからず変わってしまう。

 だから、マシュは 『wake up in the new world』の練習や披露が終わった後は、またワンバスのドラムセットに戻していた。


「じゃあ、ツーバス使えないじゃん!どーすんのさ?」

「ヨシヤ氏、何も連打はツーバスでないと出来ないものではないのですぞ?」


 流石、メタラーのショウちゃんは、とっくにわかっていたようだ。


「ワンバスでも、まるでツーバスのように連打する方法があるとしたら?」
「そんなスゴい方法があるの!?」

「正確には“方法”じゃなくて、“道具”なんだけどね」
「それは?」

「ツインペダル」

 本体側に2つのビーター(ドラムを叩く棒)がセットされていて、もう一方のペダルとシャフトで繋がっているものだ。

 これにより、ベースドラムが1つしかない場合でも、限りなくツーバスの感覚に近い演奏が可能となるわけだ。


「それとマシュの筋肉(マッスル)パワーが加わると… 」
「およ、そろそろマシュ氏が仕掛けるようですぞ!」

「まあ、実際見た方が早いだろ」


 そう言って、俺の方へと視線を向けていたミュアとヨシヤへ、マシュの方を見るようにと、顎をクイクイっと動かして視線を誘導する。


『BPM 200』
《ズドドドドドドドドドドド!!!》


 BPMが読み上げられた瞬間、マシュがものすごいスピードとパワーで、その両足を2つのフットペダルに、交互に押し付け始めた。


「んなーッ! 何てもんを使うのよ、アンタ!?」


 流石のリサも予想していなかったのか、マシュのツインペダルの連打に変な声を上げている。


 「 両足で安定してリズムを取れる分、両腕は自由にフィルを入れることが出来るわけだ。さあ見せてくれ、マシュ! お前の筋肉(マッスル)パワーを!!!」

「聞いてないわよ!? マシュがツインペダル使うなんてーッ!?」

「行くぜリサ!! これが俺の必殺技! 筋肉(マッスル)ビィーーーートッ!!!」

《ズドドドドドドドドドドド!!!》

 「はッ、激しいぃ!? ダメっ… こんなの…!!」


 マシュの必殺筋肉(マッスル)ビートの圧力にリサのリズムが崩れゆく。


《カンカンカンカン!!!》


 ゴングがけたたましく鳴り響き、第1ラウンドの勝者を告げる。


「第1ラウンド、勝者! ガップレ〜、マーーシュッ!!!」
「「「うぉおおおお!!!」」」

「やった!」
「やりましたぞ!」
「よし!」

「やったなマシュ! けど、まだ油断はできないぜ… 」


 俺はステージの反対側で、未だ余裕の表情を見せるレオンの顔を見ながら、異様な空気を肌で感じていた。

コメント

  • ノベルバユーザー558342

    すごく面白いです!更新楽しみに待ってます♪

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