顔を隠してるのが気に食わねえ！ 2

「さて… 皆様、この度は入月家にお集まり頂きありがとうございますッ！」

 突然、リビングのテレビの前に500ミリのペットボトルをマイクに見立てた愛美が唐突に司会を始める。

「それでは、これより学園祭の時に延期になりました『大和撫子選手権』を開催したいと思いまーっす！」
「「「お〜ッ！！」」」

 ソファーに座っている女性陣から同時に拍手と歓声が上がった。
 未だかつて、この大して広くない家に、ここまで大勢の人が集まったことがあっただろうか？
 歩美や西野が家にいるのは見慣れた光景だが、委員長の立花やバスケ部1年の華ちゃんまでいると、この家がまるで自分の家ではないような気さえしてくる。

「はーい！ みんな、その前に今日は勇くんの彼女候補の方々がいっぱい来てくれるって聞いて、たくさんご飯を作ったから食べて食べて〜！」「「「はーい！！」」」
「いやいや、その前に彼女候補ってところを誰かちゃんと突っ込んであげて… 」

 母さんが出来立ての手料理をテーブル並べ始めて、早速、大和撫子選手権は一時中断となった。
 学園祭のクラスの出し物として、メイド&執事喫茶なるものをしたのだが、何故かそこで大和撫子選手権なるものが行われ、最終的な判定をこれまた何故か俺に頼まれたのだが、全員良かったなんて答えてしまったがために、後日こうして我が家で開催されることになってしまったのだ。
 それからしばらくは何もなかったのだが、まさか今頃になって開催することになるとは…
 貴重な休みの日を愛美に家から追い出され、歩美と喫茶店で過ごしていたら、まさか歩美からこの事実を聞くことになるとは思ってもいなかった。
 そして、歩美と2人で家に帰って来てみれば、ものの数時間でこんなことになっていたというわけだった。
 何が愛美の原動力になっているのかは分からないが、それぞれに案内を送り、都合のいい日にちを取り付け、こうして当事者全員を集めるなど俺には到底できない。
 その行動力を俺にも分けて欲しいくらいだ。

「私も何かお手伝いしましょうか？」「大丈夫よ歩美ちゃん、みんなとゆっくりしてて〜」
「じゃあ、お言葉に甘えて… 何かあれば言ってください」「ありがとー！」

 歩美が早速キッチンで料理を作っている母さんを気遣って声をかけているが、やはり歩美はこういう所が気が効く。

「あの… 勇志先輩のお母さんってすごく綺麗ですね！ 高校生の息子がいるようには全然見えないです！」

 先程から俺の隣に座っている1年後輩の花沢華ちゃんが、唐突に俺の母さんの詐欺ともいえる容姿を褒め始めた。

「あ〜… そうなんだよ、見た目だけはね。 昔モデルやってたせいか、昔から容姿だけはあんまり年取らないんだよね… 」「も、モデルさんだったんですか！？」
「あらあら？ 今でもまだまだイケるわよ〜？」「ダメだよお母さん！ お父さんがヤキモチ妬いちゃうから〜！」

 腰に手を当てて、グイッと胸を突き出すようなポーズをとる母さんに、愛美が父さんの話を引き合いに出す。

「最近、あの人全然帰ってこないから、少しは心配させちゃおうかしら〜？」

 頬に手のひらを当てて真剣に父さんを悩ませる方法を考える母さんを横目に、俺は最近全く音沙汰のない父さんのことを少し思い出していた。

「勇志先輩のお父さんは何されてる方なんですか？」

 唐突に出た入月家の現在絶賛不在中の大黒柱の話に、華ちゃんがクェッションマークを浮かべながら俺に訪ねてきた。

「私も聞きたい！ 勇志ん家はよく遊びに来るけど、勇志のお父さんを1回も見たことないし」

 華ちゃんの疑問に被せるように西野が不思議に思っていたことを話したところで、一斉に俺に視線が集まった。

「えっと… 」「勇志くんのお父さんはICPO、つまり国際警察なんだよ」「へー」

 颯爽と俺の代わりに俺の父さんの説明をするガップレのベース担当『ヨシヤ』こと山崎義也が、いつの間にか、さも当然のようにソファーから此方に顔を向けて話していた。

「ICPOなんて、すごく大変なお仕事に勤めていらっしゃるんですね」「そうなんだけどね〜、妻としてはやっぱりお家にいてほしいかな〜… 」

 委員長と母さんが何やら話をしている傍、俺は当然のようにソファーに座ってくつろいでいる義也に話し掛けた。

「義也、お前は一体どこから湧いて出て来た？」「失礼だなー、ちゃんと勇志くんの部屋の窓から入って来たよ〜！」
「不法進入だ！ それに俺の部屋2階なんだけど！？」「ほらほら、そんな細かいこと気にしてたら、せっかくのママさんの手料理が冷めちゃうよ？」
「そうそう、さあさあ皆んな食べて食べて！」「じゃあ皆様、お手を拝借… 」「「「いっただきまーっす！！」」」

 何故か義也の掛け声で始まった昼食だったが、みんなそれぞれ美味しい食事に舌鼓にしつつ、思い思いに会話を楽しみながら、あっという間に時間が過ぎていった。
 「「「ご馳走様でした！！」」」
「あー、美味しかった〜！やっぱり勇志のお母さんの手料理は最高ね！」
「特にハンバーグは今まで食べたことがないくらい美味しかったです、是非今度作り方を教えて下さい！」

 西野がお腹をさすりながら母さんの手料理を褒めたその横で、委員長はハンバーグの作り方を教えてもらおうとする程に、母さんのハンバーグが気に入ったようだ。

「お片付け手伝いますか？」「いいのよ〜歩美ちゃん！ 今日は嫁取り合戦なんだから、頑張ってね！」
「ええっ！？ あ、はい… 」

 歩美はいつも俺の家で食事をした後は、決まって母さんの手伝いをしているから、今日もそのつもりで申し出たみたいだが、断られてしまったようだ。
 先程からあまり口数も少ないし、きっと俺と同じでいつもと違う雰囲気に困惑しているのかもしれない。
 ちょっとフォローしておくか。

「（どうしよう… 勇志先輩の前なのに、つい美味しくて沢山食べちゃった… よく食べるこだって思われてないかな〜？）」
「華ちゃんも沢山食べたよね〜、私よりいっぱい食べたんじゃない？」「あわわわわ！ 西野先輩！？ 声が大きいですッ！！」

 俺が席を立とうとすると、隣で西野と華ちゃんが仲良さそうに戯れ合っていた。
 しかも、華ちゃんの方から西野の口を抑えるようにのしかかっていて、一体いつの間にそんなに仲良くなったんだろうかと思わずにはいられなかった。

「ゴホンッ…！」

 ちょうど席を立ったところで、突然の愛美のわざとらしい咳払いが聞こえ、全員の視線が愛美に集中する。
 俺とは机を挟んで反対側の端に座っている歩美の隣に席を移動しようと思ったのだが、空気を読んでそのまま座り直すことにした。
 愛美はそのままガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、手に持ったA4サイズ程のホワイトボードとペンで何やら文字を書き始めた。

「おい、愛美？」「ふふふ、皆さん！ 実は『大和撫子選手権』はもう既に始まっているのですッ！」
「そ、それはどういうことよ！？」

 愛美のいつの間にか開始されていた宣言を受け、堪らず西野が声を上げる。

「大和撫子たる者、食事の様子１つとっても上品かつ繊細でなければなりません！」
「確かに、一理あるわね… 」「ちょっと時雨？ 感心してる場合！？」
「西野さん！」「はいッ！？」

 愛美に名指して呼ばれ、思わず背筋が伸びる西野。

「西野さんは口に食べ物が入った状態で会話することと、食べ方が汚いことから大幅な減点です！」「うッ… つい気が緩んでしまった… 」

 母さんの料理がよほど美味かったのか、西野は貪りつくように食べてたから減点というのも頷ける。
 しかし、それくらいがっついて食べてくれたら、もてなす側としては嬉しいものだが、大和撫子というのとはちょっと違うということなのだろう。
 そもそも、西野にお淑やかさがあるかと言えば皆無だ。

「次は華さん！」「はいッ！？」

 次に愛美に名前を呼ばれた華ちゃんも、西野の言われようを受けて、かなり緊張した面持ちになっていた。

「華さんは基本的な動作は合格ですが、箸の持ち方が変です！ 真ん中でクロスしてます！」
「ごっ、ごめんなさ〜い！」

 華ちゃんの箸がクロスしてしまう癖は、バスケの試合の日にお弁当を一緒に食べた時から気付いていたが、まさかそれまで減点になるとは…
 大和撫子への道のりは険しいんものなんだな…

「私… どうしても正しい持ち方に直せなくって… 」

 そういって再び箸を正しく持ち直そうとする華ちゃんを見て、俺はなんとかしてあげたい衝動にかられつい手が伸びてしまった。

「よし、華ちゃんいい？ まず箸を1本持って親指と人差し指で固定するんだ。そして… 」
「あわわわわぁわ…！？」

 俺は華ちゃんの右手をとり、箸を1本ずつ華ちゃんの手にのせ、丁寧に持つ場所を教えた。
 「あとは、上の箸だけを動かすようにして箸の先をトントン叩くように練習すれば、出来るようになるよ！」「あッ… はいッ！！ がががが、頑張ります！」

 だんだんと華ちゃんの手が熱くなってきて、ちょっと汗ばんでいたような気もするけど、考えてみればつい最近まで男性恐怖症だったんだから、無理もない。
 それより、ここまで男の俺と接することが出来るようになったんだから本当に大したもんだよ… あれ、涙がでそう…

「ほらほらお兄ちゃん！？ あんまり長く手を握ってると、華さん倒れちゃうよ？」
「あ、ごめんッ！！」

 愛美に注意されて、急いで手を離したが、華ちゃんはまるで沸騰しきったやかんのような湯気を上げて机に突っ伏してしまった。

「そんな！ まだ男性恐怖症が治りきってなかったのか…！？」「そういうんじゃないと思うんだけどな〜」
「愛美、何か言ったか？」「ううん！ そうみたいだね、だからそっとしておこうよお兄ちゃん！」
「お、おう… 」
「ゴホンッ！ じゃあ、気を取り直して次は立花さん」
「え！？ 委員長も大和撫子選手権に参加してたのか！？ まあ、家にいるってことはまさかとは思ったけど… 」
「ええ、私もそんなつもりはなかったのだけれど、せっかくお招きしていただいたので、参加させてもらうことにしたのよ」
「何か、ごめんな… 」「私はこれでも結構楽しんでるわよ？」
「それならいいんだけど… 」
「立花さんは、文句なし10点満点です！」「「「おぉ〜… 」」」
「姿勢から食べ方まで、それはもう絵に描いたような美しさでした」

 愛美にここまで言わせるとは、さすが委員長大したもんだ。
 今も優雅に食後のコーヒーを、それはもう美しく嗜んでいらっしゃる。
 その横で、先程ダメ出しをくらった2人が見る見るうちに小さくなっていくのが少し気の毒に感じた。

「部長？ どうしたらそんなに完璧に出来るんですか〜…？」

 元々小さい華ちゃんが、さらに小さくなりながら委員長に尋ねる。
 「どうかしら？ 完璧とは言えないけれど普段から意識していれば、いずれ意識しないでも出来るようになるんじゃないかしら？」
「部長、バスケの練習でも同じこと言ってましたよね」
「完璧を求める方法に作法もバスケもさほど違いはないのよ」「が、頑張ります… 」
 さすが委員長、完璧という言葉を言わせてこれ程様になる人も珍しい。

「さて、最後は歩美ちゃんですが〜… 」

 再びペットボトルをマイクに見立てた愛美が、4人目の人物である歩美の名前を呼び、勿体つけるように言葉の間をあける。
 全員の視線が愛美に向いたところで、愛美は大きく息を吸い込み口を開いた。

「歩美ちゃんも文句なしの10点満点ですッ！」「「おお〜！！」」
「食べ方はもちろんのこと、お母さんに食事の手伝いや片付けを申し出たことが何より素晴らしいです！ あと5点あげたいくらいですよ！」
「そんなところまで見られているのか… 」

 もっとお遊びの延長かと思いきや、些細な配慮や、言動まで審査されているなんて…

「歩美ちゃん、何かコメントありますか！？」

 愛美は家に来てから口数が少なくなった歩美から話を引き出そうと、マイク代わりのペットボトルを歩美の口元に差し出す。
 すると、歩美はニコッと笑顔を作り、「いつもやってることだから」と一言返しただけだった。

 「…ゴホンッ！ でっ、では、二次審査の前に
一度片付けがてら休憩にしましょーう！」

 愛美は、歩美のいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、少し慌てた様子で一旦その場を閉じることにしたようだ。
 その合図と同時に一斉に話し始める一行をよそに、歩美は1人静かに席を立ってベランダに面した窓から足を降ろすようにして座った。
 その背中に、何となくお母さんを亡くした頃の歩美の姿がダブって見えた。

「隣、いいか？」

 そんな歩美を放っておける筈もなく、俺は歩美の返事を待つことなく、ゆっくりと隣に座った。

「どうした？ なんか楽しくなさそうだけど」

 歩美の目線の先にある庭の花壇に植えられた白と薄いピンクのマーガレットの花に目を合わせて、隣に座っている歩美に話しかけた。

「マーガレット、今年も綺麗に咲いたね… 」「うん、それにまた大きくなった」

 小学生の頃、うちに遊びに来ていた歩美に母さんが、花壇に植える花は何がいいか聞いたら即答で返って来たのが、このマーガレットの花だった。
 そして、次の週末には花に全く興味のない俺がかり出され、歩美と2人でこのマーガレットの花を植えた。  以来、何回か植え替えはされたものの、ずっと家の花壇にはこのマーガレットが綺麗な花を咲かせていた。

「2人で一緒に植えたの覚えてる？」「ああ、覚えてる。いい思い出だよ」
「本当に？ 勇志、ずっと面倒臭いって顔しながら植えてたんだよ？」「あー、だから今ではいい思い出ってことだよ！」
「もう、調子いいんだから！」

 そう言いながら歩美はクスッと笑顔をこぼした。
 今日、家に帰ってから初めて歩美の笑顔を見て、少しホッとしている自分がいた。

「私、この家が好き… 」

 突然発せられた歩美の言葉に、反射的に歩美の顔に目を向けるが、歩美は花壇に咲く花に目を向けたままだった。
 しかし、その顔にはさっきまでの笑顔は影も形もなかった。

「勇志も、勇志のお父さんとお母さんも、そして愛美ちゃんも、みんな大好きで、私はもう１つの家族みたいに思ってた」
「……… 」
「ごめんね… こうやって皆んなで騒ぐの好きなのに… 私、今日やっと気付いたの… 本当の家族じゃないんだって… 」

「確かに本当の家族じゃない。本当の家族は、歩美のお父さんと天国にいるお母さんで、それ以外に歩美の本当の家族はいない 」
「勇志… 」

「だけど、もう１つの家族があってもいいんじゃないか？」

「もう１つの… 家族…？」
「俺と愛美、それに母さんと、たぶん父さんも、歩美のこと家族と同じくらい大切に思ってるよ」
 「うん… うん…！ ありがとう… 」

 歩美はそう言いながら俯いて声を震わせていた。
 長い髪に隠れて表情は見えなかったが、どんな顔をしているか容易に想像することができた。

 「勇志くん、歩美ちゃん！」

 少ししてリビングから義也がいつになく大きな声で俺と歩美を呼びながら俺と歩美の間に顔を出した。

「どうした？そんな大声出して」
「お取り込み中に申し訳ないんだけど、水戸さんから緊急の呼び出し！」

「っ…  珍しいわね、水戸さんが緊急の呼び出しするなんて」

 まだ少し鼻声の歩美が、赤くなった目をこすりながら義也の方に顔を向けた。

「確かに… 水戸さんの呼び出しは大抵いつも急なことが多いのに、敢えて〝緊急〟をつけるぐらいだからよっぽどの事なんじゃないか？」
「詳しいことはメンバー全員集まってから話すって」
「了解。 じゃあ皆んなには悪いけど、ヤマトナデシコ何たらは抜けさせて貰うか」「そうね… 」

 そう言って俺と歩美は腰を持ち上げた。

「何か嫌な予感がするんだよなー… 」

 義也は誰にも聞こえないような小さな声でそう言うと、リビングのテレビが映し出す、あるバンドが来日したというニュースをじっと見つめていた。